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第6話 結城会談

※訂正のご報告

1. 過去話で佐竹を佐野と誤っていた

2.土人、など差別的意味合いを含む表現


「いやはやこれは.....下野(しもつけ)国の大領主であられる宇都宮殿が、このようなむさ苦しい結城領までおいでとは」


 会談の場に遅れて登場した結城家当主、結城(ゆうき)政勝(まさかつ)。嫌味たっぷりな台詞を吐きながらゆっくりと上座に座ると、皆の視線がそこに集まった。


 この言い回しといい、宇都宮家が下座であることに加え、周りにはズラリと居並ぶ結城の家臣団。嫌がらせの度合いが尋常じゃない。


「初めてお目に掛かります。宇都宮家当主、伊勢寿丸(いせじゅまる)にございます」


「宇都宮家は宿老(しゅくろう)芳賀(はが)高定(たかさだ)にございます。政勝殿、こたびの両家会談、御快諾頂きましたこと、誠に感謝申し上げまする」


「うむ。しかしだな、宇都宮家の当主は忠綱(ただつな).....いや失礼、尚綱(なおつな)殿ではなかったかな?はて?ワシの記憶違いであろうか?」


 首を傾げ髭を擦り上げながら結城政勝がそう言うと、脇に居並ぶ結城家臣の中から声が上がった。


「政勝様!先代の尚綱殿は五月女坂(さおとめざか)にて、那須(なす)高資(たかすけ)殿と交戦して討ち取られてございます。ご報告が遅くなり大変申し訳ございませぬ!!」


「おお、そうだったのか。これは大変に失礼を申し上げた。さぞや難しい戦いだったのであろう。このたび改めてお悔やみ申しあげる」


「政勝様!五月女坂では宇都宮家3000の手勢と、那須家300の手勢で相対(あいたい)した戦にございます!当家より遠方での戦でございますれば、報告が遅くなったこと誠に申し訳ございませぬ!!」


 くそっ.....とんだ茶番だこんなもの!!これだから茨城(いばらき)の礼儀知らずめは....。一体どこまで宇都宮家をコケにする気だ。まずい、(はらわた)が煮え繰り返って挑発に乗ってしまいそうだ。


「なんと!!3000の手勢が300に敗れたとな?!!宇都宮家はなんと戦上手なことよ。そうは思わぬか」


「聞いたこともない戦力差にございますな!!」

「ははは!宇都宮家は用兵に長けておられる!!」

(わろ)うす!(わろ)うす!ぬはははは!!」


 俺は顔を伏せたまま歯軋りし、結城に悟られぬよう拳に力を込めた。恐らく後ろに控えている高定も耐えていることだろう。いま激昂しても何も得るものがない。むしろ笑い草が増えるだけだ。


 宇都宮家を侮辱する声がひとやみした後、俺は声を上げた。


「左様にございます。当家には戦上手な将がおりませぬ。ならば是非とも関東随一の政勝殿にご支援願いたくお願いに参った次第です」


「若いのに口は上手ですな。しかし、はてさて、支援とは?」


「当家の逆臣、壬生(みぶ)家が居城としている壬生城、宇都宮城を攻める際に加勢を頂きたいのです」


「冗談がすぎますな。その方の父上、尚綱殿は何度も当家に侵攻なさっておいでであったのをご存知ないのか?今更、馬を並べて戦ってほしいなどなんとも虫の良い話。まして壬生など....他家の内乱など知ったことではない」


 そうだそうだと周囲がざわめく。


「いかにも、此度のお願いは当家の内乱が発端にございます。しかしながら結城家とも全くの無関係ではございませぬ」


「なんだと?」


政勝(まさかつ)様の妹君であり私の母、霧姫様....宇喜院様が、壬生の凶刃に(たお)れてございます」


 母の死は家中の秘としていた。漏れていなければ初耳のはずだ。


「なに.....妹が?いや、嫁に出た以上、妹は宇都宮の人間だ。結城とは何の関係もない。それが乱世の慣わしよ」


「左様にございますが、ならばこそ。当家に加勢頂くことで結城家当主、政勝様の名は、義に厚い名君と広く轟きましょう」


「......おい、小僧」


 結城政勝の目が据わった。対談の間に冷やりとした空気が漂う。先程まで野次を投げていた結城家家臣たちは静まり、政勝の声が室内に響く。


「よくもまあ、その歳でそこまでベラベラと話せたものだ。しかし、誰の入れ知恵だ?後ろに控えている芳賀殿か?」


「............」


「小僧ならば母の仇を討ちたいとでも言っていれば可愛げがあるものを、分かった風に喋りおって」


「母の仇を討ちとうございます」


「ええい、話にならんわ!!!!」


 一転、政勝の怒声で緊迫した空気に包まれる。後ろに控えていた高定が、堪らず声を上げる。


「もちろん(ただ)でとは申しませぬ。当家から金品1000貫───」


「当家からッッ!!」


 俺は高定の声を遮り、力一杯に叫んだ。


「当家から壬生城およびその周辺領地!!加えて金品1000貫、いや、2000貫!!そ....それも毎年お支払い致しましょう!!!」


「なっ?!若様?!!」


「それに、こ、この当家の家宝!!!(いの)(くつ)兼定(かねさだ)、一振りを差し上げまする!!!」


 腰から太刀を外し、目の前に置く。両脇に居並ぶ家臣たちがざわざわと騒ぎ始めた。武人にとって刀工・兼定の一振りは垂涎の一品、取り乱さずには居られない。


「若様!!!段取りと違いまするっっ!!!」


「ひっ、控えろ高定!!!これは......そ、そうだ!!宇都宮家と結城家、当主同士の会談であったはずだ!!元より貴様に発言権はない!!」


 後ろに顔を向けて睨むと、高定がブツブツと呟いていた。宇都宮家はもう今代限りかも知れぬ.....などと言っている。


 高定を無視して上座に視線を滑らせると、政勝の口の端は僅かに緩んでいるように見えた。が、それも一瞬だった。表情が変わり、10秒か20秒、沈黙が訪れる。政勝は中空を見やりながら、思考を続けているようだ。


「私に出せる対価の限界です。これでご支援頂けぬのなら.....」


「いや待て待て。そうだな、そなたの真剣な想いはしかと伝わった」


 政勝の態度が変わった。この場に居た者は皆そう思った。特に結城の家臣たちは、当主の意を聞き逃すまいと固唾をのんで二の句を待った。


「我らの間には....先代以前からの深い溝があったが、そちらの条件は十分に誠意があるものに感じる。こたびは過去の遺恨を水を流し、約定(やくじょう)を結ぼうではないか」


「ありがとうございます!!」


 政勝が同意を示すと水を打ったように会談の間が祝福のムードに一変する。先程まで宇都宮家を小馬鹿にしていた結城家の家臣たちは、壬生など我が刀の錆にしてくれるなどと競うように叫び始めた。


 俺は破顔し、歳相応の喜びを表現するのに努めた。振り返り、高定の顔を見ると引き攣り笑いをしていた。結城に恭順したかのような破格の条件に、全く喜べないと言った表情に思えた。





*****





 会談が終わり帰路。

 宇都宮家の一向が真岡領に差し掛かった時、俺と高定はどちらともなく視線を合わせた。


「くくくくく.....高定!名演技であったな!!太平の世では良い役者になれるぞ」


 真一文字に結んでいた高定の口が、みるみる緩んでいく。


「はははは!勘弁してくだされ。しかし上手くいきましたな!全く、若様の台本通りとは」


 そう、俺の全て台本通りだった。


 結城政勝は基本的に内政に長けた当主だ。滅多なことでは釣り出せない。ごまんと餌を用意し、宇都宮家が大した脅威にならないと思わせないと決断しないと踏んでいた。


 特に金子(きんす)の多寡は重要だった。宇都宮家としてはこれからカネがじゃぶじゃぶ入ってくるから問題ないが、それは秘中の秘。結城家には分かるはずもない。

 恐らくは家中はバラバラ、無茶な出費で10年もしないうちに宇都宮家が破綻すると読んだのだろう。


 とは言えだ、あそこまで下劣な()き下ろしにあうとは夢にも思わなかったが....。まるで挑発のフルコースだ。まだ胸がムカムカする。


「よく我慢できたな?」


「若様に危害があったら辛抱しかねたでしょうが、交渉の場で感情的になるほど愚かなことはありますまい。端的に言えばよくあることです。若様こそよく辛抱できたと、某は感心しておりました」


「まあアレは標準的な茨城県民だ。先に分かっていれば耐えられる」


「いやはや、なんとも.....」


「しかしこの恨みは必ず晴らすぞ」




 無事、結城から支援を取り付けることができた。関東の地で人知れず、史実とは異なる歯車がゆっくりと回り始めていた。



関東見取図

挿絵(By みてみん)





※広綱の母の名前は、霧姫と記載しているサイトがあったので一応それを踏襲していますがどうにも根拠に乏しそうなので、霧姫/宇喜院という名前は架空の名前だとお考えください。

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― 新着の感想 ―
[一言] この主君だと茨城平定したら最初に焼き討ちしそう。 げに栃木県民の恐ろしきことよ。くわばらくわばら...。
[気になる点]  人の事を言えるほど御大層な人間じゃありませんが、土人ってあまり使うべきじゃない言葉じゃないかなって思います。  他のページにさすが栃木の女は賢いといったような記述がありますが、どこの…
[良い点] 両は戦国時代でも、金の質量単位です。一両が4~5匁位です。 でも、2000貫の金品というのは絶妙な案配かと。北条の重臣クラスの知行がそれくらいですよね。
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