第44話 目覚め
「広綱様!しっかりしてくだされ!!」
誰かに揺すられて重い瞼を開けると、よく見知った老け顔が目に飛び込んできた。芳賀高定だ。
「.......高定か」
「ああ.....気付かれましたか。本当に心配しましたぞ。酷く汗もかいてうなされておりました」
「すまん、大丈夫だ。ただ俺は.....さっきまで何をしていたっけ。ちょっと意識が朦朧としていてな。よく思い出せん」
「ええ、ええ。ゆっくり思い出してくだされ。広綱様は古河城から戻られて鰻様を食されていたところです。全く本当に.....神罰ですぞこれは」
そうだ、そう言えば見慣れた部屋だ。宇都宮城の俺の居室か。はぁ....しょうもない夢を見てしまった。よほど疲れていたんだろうな。しかし鰻を食って精をつけるどころか意識を失うとは.....。
「いやなに、悪い夢を見てな」
「左様で」
高定から水を受け取り、喉に流す。ああ美味い。なんとも数日ぶりに飲んだような感覚だ。
「ああ.......そう言えば、高定も出てきたな」
「某が、ですか?」
「わざわざ親父の命日を選んでな。俺に世継ぎができたから隠居させてくれと頼んできたよ。家督を譲るのを許してくれと。思わず泣いてしまったわ」
「.......は?」
俺の言葉に、目を丸くしている高定。変なことを言っただろうか。
「それを、某が申したのですか?」
「ああ、そうだが.....ええ?」
「広綱様、それはまた.....先の世を見られたのでは?」
「いや、そんな馬鹿な」
あんな馬鹿馬鹿しい話があるか。あんなファンタジーじみた。いや、長尾景虎は確か......。
───これが、先の世だ
そうだ、こう言っていた気がする。なるほど、景虎はそれを伝えたかったのか。いやいやいや、やっぱり意味が分からん。正直言って全く信じられない。
だって仮に本当に先の世だとしてだぞ、なんだっけ、松平家が関東を裏から支配していて暗躍してるって無駄の塊じゃないか。1000年の栄華とか言ってたが、徳川の天下は300年も続かなかったろう。
───未来永劫、憎しみ合わせてやる
確かに今も昔も思い当たる節がないではない。まるで誰かに操られているような悪意、他者への侮蔑。関東人同士の蔑み合い。あれが全部、仕組まれたことだって言うのか?
非科学的すぎて俺の頭じゃ処理できそうにない。
「馬鹿馬鹿しいという言葉以外に思いつかん....」
しかしよくよく考えると、壬生の獄中暗殺、皆川家の謀反と、史実とは異なる点がいくつかあったことも事実だ。つまりそれが....?
「まるで馬鹿馬鹿しいが....万が一にも本当だったら拙いな」
「一体なにを見られたのですか?教えてくだされ」
「あと7年後、佐野泰綱が死んだ日から暫くして、俺は捕縛され、最後に処断されていた。宇都宮家も滅びただろう。たぶん」
いや、滅びてはいないか。恐らくは歴史が元通りになっただけ。俺の息子の国綱は赦され、宇都宮家は維持できたはずだ。まあ結局は国綱の代で大名では無くなってしまうが.....。
「す、すると...関東の平和は成らなかったということですか....」
高定が肩を落として大きく落胆する。無理もない。今の俺たちは争いのない関東を実現するために奔走してきたのだ。それが失敗したと思ったのだろう。
「違うぞ、高定。平和は来た。たった7年で終わったけどな。俺たちの努力は無駄じゃない。とても充実した、幸せな7年だった」
嫁が来た日のこと。子供が産まれた日のこと。信芳が嫁を貰い、お雪が泣きながら俺をぶん殴って嫁に出て.....色々思い出すと懐かしさでまた涙が出そうになる。領内は活気に満ちて、皆が皆、平穏無事だった。差別も罵倒もない穏やかな日々。
所詮は夢。そんな記憶もどんどんと崩れていく。恐らく明日には殆ど覚えていないのだろう。これから起こる出来事だというのに、なんとも切ない感情が湧き上がってくる。
不思議な感覚だ。戦国の世に迷い込んだ時にはそんな感情は湧かなかったというのに。
「しかし、たった7年とは.....無念ですな」
「また......ひっくり返してやれば良い」
「は?」
気づけば俺はそう呟いていた。
そうだ、未来の歴史なんてクソ喰らえだ。今までも変えて来たじゃないか。これからも変え続ければ良い。変え続けてやる。なにが歴史の自己修復だ。やってやろうじゃねえか。
「松平をぶっ潰してやる....あの野郎、絶対許さねえ!!」
「は??広綱様.....??」
「高定、今から準備するぞ。7年後の奇襲を逆手にとって、あのタヌキ野郎を血祭りにあげてやる!!餃子は栃木県の魂だ、浜松には絶対に渡してやらん!!!」
「松平とは?!聞いたことがない名前ですが?!広綱様!!某にきちんと説明してくだされ!!!」
俺は立ち上がり、駆け出した。
なに、敵は分かったんだ。どうにでもできる。まずは東区の再整備だ。佐竹領から石炭を取り寄せて反射炉をもう1年早く作ってやる。足尾銅山もフル稼働だ。公害なんて知ったことか。くくく.....浜松に餃子は渡さん。松平め、絶対に後悔させてやる。
ああ....、それとお雪の俺への想いも知ってしまったんだった。家を出るその日まで黙っていたとか正気の沙汰ではない。言いたいことがあるなら早く言えば良いものを。....これも何とかしなくてはいけないのだろう。
そして高定は絶対に隠居させてやらん。死ぬまで俺の右腕だ。毎日辞めるなと言い聞かせてやる。ブラック企業のごとく働かせてやる。
「広綱様ああ!ぎょうざとは一体何なのですかああ!!」
高定の叫び声が宇都宮城内に響き渡った。また広綱様が何かやらかしたのだろうと家臣たちは肩をすくめた。
いつもいつも突拍子もないことを始めては周囲を振り回し、たまに大きく成長して戻って来ては、また失敗する。家臣たちから広綱はそんな目で見られていた。
しかしまだ誰も気が付く者はいない。
先の世を視られる稀代の英雄たちと、この当主が肩を並べるまでになっていたことに。目覚めたその神力をもって、この先何度も宇都宮家の.....関東の危機を救うことになろうとは。
広綱は走り続けた。
歴史が元に戻らぬよう、いつまでも。
<了>
これにて終幕となります!
最終話まで読んで頂いた皆様、
本当にありがとうございます。
北条家の再侵攻や、家臣の謀反、お雪の恋の行方、長尾家との関係、大洗海岸での運動会、里見の海戦、色々書きたかった場面はありました。
そんな続きを書くかどうかは今のところ未定です。もっと続きを読みたい!!続きを書けオラア!!というお声を多数頂ければ充電しながら検討いたします。
いずれにせよ、1ヶ月で1300件以上もブクマを頂けるとは思ってもいませんでした。最後まで読んでくださった方には改めて感謝申し上げます。読了後のご感想、評価の★、レビューなど頂けますと大変嬉しいです!
また、栃木県民の皆様、茨城県民の皆様、ネタにして申し訳ありませんでした!どちらも素晴らしい地域だと思います!実は私、生まれは栃木県、親の実家は茨城県ですので皆様と無関係ではございません!むしろ田舎っぺのサラブレッドとも言えましょう!!
まあそんな話はどうでも良いとして....。
約1ヶ月間の毎日投稿という形でしたが、充実した1ヶ月でした。アドバイス下さった方々、誤字訂正下さった方々、感想欄で荒ぶる栃木県民の皆様、温かな応援を頂きまして、本当にありがとうございました!





