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第42話 鰻様


「いやーーー、めでたいことですな。誠にめでたい!」


「そうか......」



 宇都宮城への帰路。年甲斐もなく(はしゃ)いでいる芳賀高定に、俺は呆れ返っていた。そんなに俺の縁談が嬉しいのか。文句を言われるよりは良いが、俺の雰囲気を察してほどほどにして貰いたい。



「勝手に縁談なんて進めるな、と怒られると思ったが」


「何を申されますか。広綱様は宇都宮家の当主にございますれば、何を怒ることがありましょうか。しかし相手が北条家や最上家などであれば尚良かったと思いますがな」


「そう上手くいかないだろう」


「それと佐竹くらいは臣従させても良かったと思いますがな。広綱様も以前、佐竹攻めをお考えであったではありませぬか」


「.............」



 結局は文句があるんじゃないか。



「もう済んだことは良いだろ。三家が纏まって、平和に向けて前進できたんだからさ」


「はい。十分な成果かと思いますぞ」



 高定はそう言いながら、若様、立派になられましたな!などと言いながらニコニコしている。元服前からずっと策を練って色々してきただろうに、何を言っているんだろうか。



「まあ、しかしなんとも疲れた。なにか精の付くものが食べたいわ。益子で育てさせてる猪は.....まだまだだもんな。鰻あたりなら獲ってすぐ食べれるんじゃないかな.....」



 結婚。そんなものは前世でもしたことがないのだ。その不安と、歴史改変が上手くいっているのかという不安で、陰鬱な気持ちに包まれる。その暗い気持ちを振り払うかのように(メシ)のことを考えていると、高定が突然、大声を上げた。



「なっ、なりませんぞ?!!」


「な、なんだよ....急に」


「鰻様を食べるなどと、滅多なことを申されますな!!」


「ああ.....」



 俺は思い出した。そうだ、昔の栃木県民は鰻を食べない。江戸時代に入って広く白焼きが食べられるようになっても彼らは食べなかった。鰻様が神様を乗せて今世に乗ってやってくるとかなんとか、下野国にそう言う信仰があったはずだ。



「良いじゃないか....鰻くらい食べても。精霊馬(しょうろうま)みたいなもんだろう。高定だって(ひさご)は食うだろう?」


「うぐ....いやしかし.....」



 盆に飾る茄子ときゅうりは江戸時代からだ。この時代は(うり)系の何か、(ひさご)を使っている。まあそれは良いとして、これはダメであれはダメだと言うのもおかしな話だ。ビーガンじゃあるまいし.....魚だってみんな食べてる。



「知りませんぞ。大平(おおひら)山で一揆が起きても」


「いや、それはこっそり獲ってきてくれよ.....別に大平山の近くの鰻が食いたいと言ってる訳じゃないんだから」



 ブツブツと文句をいう高定は放っておいて逡巡する。疲れたと言って、思考をやめて良い訳ではない。


 歴史を変えるために佐竹家に頼らずに壬生を討ったのに、結局は佐竹家と同盟を組んで、佐竹義昭の娘を嫁に貰うことになってしまった。


 そもそも佐竹と同盟して何とかやりきろうとしている時点で、史実の宇都宮広綱と大きな差異がないように感じる。関東が平和になるよう、俺は本当にうまくやれてるのだろうか。気が付かない内に、史実に沿うように動いてしまってるのではないだろうか。


 段々と自信がなくなってくる。



「高定、いま佐竹と組むと言うのは下策だと思うか?」


「下策とは思いませぬな。伊王野殿はともかく、他の那須衆が大人しくしているとは思えませぬ」


「那須衆か.....」


「佐竹を放っておくと、那須を取り込んで宇都宮城を攻めてくる可能性もありましょう。那須衆は強者(つわもの)揃いゆえ、某であれば北条家との戦線で活躍させるでしょうな」



 そうだった。今回はたまたま唐沢山城で防げたが、北条が南方方面から攻めてくる可能性だって十分ある。適材を適所に置かなければどうにもならん。



「分かった。北条軍の侵攻を防ぐ策を、高定も考えてくれ」


「承知しました」



 馬はポカポカ歩いて行く。一路、宇都宮城を目指して。




*****




「おお、まるまるとした立派な鰻じゃないか。そりゃあ永年禁漁みたいなもんだからこうもなるよな」


「は、はい.....こちらの鰻様はどの池に放しましょう。捕まえるのも難しいものですし、あたくしがやっておきますが」



 鰻を持ってきた商人が恐る恐るそう申し出る。観賞用とか鎮守用とでも思っているのだろう。それにしたってそこまで畏れ多いとは信心深さに頭が下がる。


 たかが鰻に何を気にしているんだか。



「いや、このままで良い。下がっていいぞ。代金は後で払わせる」


「ははぁーー」



 商人を目で見送ると。横に座っていた高定が口を開いた。



「本当にお食べになられるので.....?」



 俺の悪食ぶりに、心底軽蔑するような視線を向けてくる高定。



(さば)く者もおりませんぞ?広綱様がおやりになられるのです?精を付けるなら、しもつかれを食された方が宜しいのでは?」


「まあ.....何とかなるだろう」



 シモツカレの提案をシレっと受け流す。北関東の住人以外は馴染みがないだろうが、シモツカレというのは食べる嘔吐物のようなものだ。魚の骨や酒粕が入っており、見た目も、味も嘔吐物そのもの。給食で出ると阿鼻叫喚になるというそんな郷土料理。


 それはさておき、シモツカレなんぞ食べさせられる前にさっさと鰻を捌かなくては。頭を突いて腹を捌けば良いんだよな?プロの料理人みたいにはできないだろうが、食えれば良いだろう。しかし餃子を作る前に鰻を食うことになるとは、栃木県民失格だな。


 台所に行くと、料理係たちはざわざわしながら、鰻様を殺すなんて見たくないと言い、全員が出て行ってしまった。ここの料理係に忠誠心はないのか。



「本当に鰻様を殺されるので....?」


「見たくないなら来なきゃ良いのに.....」



 結婚してから食う物までケチをつけるのは流石にどうかと思う。俺がやるんだから好きにやらせて欲しいものだ。


 鰻を掴もうとするとヌルヌルと手からすり抜けた。



「高定、これが平和というものだ。掴もうとすると掴みがたく、取って食えば実に旨い。食えば皆、幸せよ」


「ううむ.....巧いことを言っているような、そうでないような.....」



 しかしこれはなかなか難しそうだ。勝負は一瞬となるだろう。頭の中で鰻を捌くイメージを作り上げる。俺は意を決して桶から鰻を取り出し、鉄串を鰻の頭目掛けて振り下ろした。



「あーーーーー!!!」



 鰻の叫びを高定が代弁した。


 食文化の改革も大変そうだとつくづく感じた。これからは高定の居ない時にやろう、そう思うほどには。








参考画像

挿絵(By みてみん)




唐突な挿絵となり、大変失礼致しました。


広綱さんが、本当に婚約してしまいました。

宇都宮城で怖い女性が待っているのにも関わらず。


というわけで次回・最終話?!


 「広綱、死す!!」


ええ.....(´・ω・`)


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― 新着の感想 ―
[一言] 流石に年がね、まぁ広綱が12歳くらいで仕込めばお雪も十分適齢期でまぁ二三人位は普通に産めるのでは? 子の時代に子供産めるかどうかって超重要ですし。
[良い点] 黒ユキちゃん降臨… 次回サブタイ「悲報 主人公若年脱毛症に」 束の間の平和だね
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