第41話 運命不変
「貴国らに同盟を申し入れます」
宇都宮広綱の放った言葉に、2人の当主は目を見開いた。
飛ぶ鳥を落とす勢いの宇都宮家だ。代が変わってからというもの連戦連勝、不敗に加えて大金星まで獲っている。そして下野国の当代守護。
それが自分たちに同格の同盟を申し出るとは思わなかった。勢いに乗じて傘下にくだるよう、臣従を勧告するのだろうと思っていた。もちろんそれを呑む道理があるかどうかは別として。
佐竹義昭と里見義堯は、これは大きな利のある話しだと思った。宇都宮家は強い。これから東関東の主軸になりうる存在だ。これに応じれば、この場に呼ばれていない、小田や鹿島、千葉や結城らの1つ格上になれる。
「むむ........」
「ううむ......」
とりあえず考えるフリをした。沈黙が室内を包む。首を回すと、佐竹と里見の視線が交わった。互いの目は了と言っていた。
ならばもう、あとは答えるのみ。
「お願い申す」
「お断り致す」
居室が凍りついた。
否と答えたのは佐竹義昭だ。里見はバッと横を見て、いやお前.....了という目をしていただろうが....と驚いた。何故に断ったのだお前は、と。
「佐竹殿は随分に野心家のようだな?下野国と隣接しておるからか?儂には理解できぬわ」
里見がそう毒づいても、佐竹義昭は微動だにしない。こちらを見て、無言を貫いている。何を考えているのか全く分からないが、理屈が通じない相手ほど恐ろしいものはない。俺は額に湧き出る汗を拭うこともできず、ただ問いかけた。
「な、なぜ駄目なのでしょう。私が言うのも烏滸がましいですが、貴家にも十分、利がある提案と思いますが」
平静を装ったが、いくらか狼狽えた様子が出てしまう。そんな俺に、佐竹はこう言った。
「宇都宮家は、北条軍を退ける力を持つには持つが、我が佐竹家に背をとられては満足に戦えない。後顧の憂いを断ちたいと、つまりそういうことだな?」
「そうです」
「宇都宮家の槍は、本当に我らを護ってくれるのか?」
一時的な同盟か否かを気にしていたのか。北条家を呑み込んで、返す刀で佐竹を呑み込む、そう言う心配をしているのだ。
「勿論です。此度の同盟が成れば、宇都宮家は領土の拡大を止めます。民を肥やし、兵の命が無駄に散らない、そんな国を作るつもりです。その話に佐竹殿と里見殿も加わって頂きたい。ただそれだけです」
「この三家以外はどうする。結城に千葉、鹿島や小田だ」
「いたずらに民を傷つけぬのであれば、切り取るなり好きにしたらよろしいでしょう。場合によっては当家も手伝います。千葉家ほどの大きさになれば難しいかもしれませんが、呑み込むか、輪に入れるかは先方次第と考えています」
俺がそう話す間も、佐竹は俺の目をジッと見つめていた。
俺の心の奥深くを覗くような、そんな目だ。裏がないか確認しているのだろうか。生憎、俺にはそんな後ろめたいものはない。であれば、誠心誠意に話すだけだ。大丈夫、これは勝てる話し合いだ。
「条件がある」
「なんでしょう?」
「某の娘を、広綱殿に貰って頂きたい」
その一言に俺は衝撃を受けた。
佐竹の突然の申し出は、勢いよく頭を殴られたような錯覚を覚えるに十分なものだった。
何故ここで、その話が出てくるのか全く分からない。史実の宇都宮広綱の正室、南呂院の輿入れ話が、ここで出てくるとは.......。そのルートは回避したはずだと、勝手に思い込んでいた。
「そ、それは......」
「出来ぬと申すか。ならば決裂よ」
佐竹の娘を貰うことに個人的な抵抗はない。過去の記憶を参照して、もう茨城県の女は.....などと言うつもりもない。
しかし未来を知る俺にとって、歴史を改変して関東に平和をもたらそうとしている者にとって、それは抵抗のある条件であった。
───歴史改変の反動。そんなことあるのだろうか?
かなり以前に考えたことが脳裏をよぎる。今回もどこか、歴史が意思を持って自己修復しようとしているように感じてならない。歴史の改変者として、それだけは絶対に認めたくない。
「他の条件では駄目ですか?」
「駄目だ」
「どうしても、嫁に貰わないとなりませんか?何故です?」
そう言うと佐竹は瞑目して身体を揺すった。その姿は当主というより、1人の男、という顔つきになっているようにも見えた。
眉間に力を込め、何かをひりだすように唸ると、ようやく口を開いた。
「俺の勘が言っている。血縁を繋いでおくべきだと。繋いでおかなければ何か悪いことが起きるような、そんな予感がしているのよ」
勘か......。
理屈でないならば、もうどうにも説得できる気がしない。俺の秘密を打ち明けたとしても、後出しではただの阿呆だと思われるだけだ。
そして佐竹との同盟は必須だ。北条家と再び争うことになった場合、背面に備えがあるかどうかは大違いだ。片手間に北条家と戦っては、以前のように無駄に兵を散らすことになる。
回避策はあるだろうか?婚姻を避けるために佐竹を討ち、常陸国を平定する?馬鹿馬鹿しい話だ。そんなことをしたら、関東に平和をと宣言した、佐野や皆川に合わせる顔がない。
急いで思考を続けるが、一向に解決策が見当たらない。
駄目だ、もう何も思いつかない.....。
俺はゆっくりと畳に手をついた。
「分かりました」
短くそう答えると、義理の父となる男に深く頭を下げた。それは長い長い礼となった。
俺は顔を伏せたまま、込み上げてくる涙を一生懸命に抑えていた。それがなんの涙なのか分からないままに。
思わず目を瞑る。
すると色々な思い出が駆け巡ってくる。
数え5つの頃から頭を使って策を練り、東西南北に奔走して口だけで周囲を説得し、いつの間にか関東の.....人の為になるように尽力してきたというのに。そんな俺を嘲笑うかの如く、何らかの力が歴史を元に戻そうとしている。
そうだ。俺はそれが悔しくて悔しくて仕方がなかったのだ。





