第40話 三当主会談
1552年8月
ついに三当主会談の時が来た。
古河城に東関東の三家が集まり、今後の関東を行方を決めることが目的だ。しかし表向きは足利藤氏の家督相続の祝儀となっており、予めの根回しは何もない。うまくまとまるのだろうか、一抹の不安を握りしめ俺は席についた。
「此度、われの相続の儀に集まってもらい、大変嬉しく思う。其方たちの後ろ盾が有れば関東は盤石。後は発起人の広綱殿に任せて、われは退席する。ゆっくりと話し合うが良い」
台本通りで安心した。自分も議論に加わると勝手に言われたらどうしようかと冷や冷やものだった。
「佐竹義昭殿、里見義堯殿、改めてご挨拶申し上げます。宇都宮家当主、広綱でございます」
「佐竹義昭にございます。広綱殿、下野国守護の就任、お祝い申し上げる」
「里見義堯だ。儂からもお祝い申し上げる」
「ありがとうございます。過分な御役目に感じておりまする」
さて、どうしたものか。成り行きでと考えていたから、この後はノープランだ。本題をぶちまけるか、小手先から話を固めるか。
「何を申されるか。下野国を平らげ、単独で北条家の大軍を退けたと聞き及んでおる。過分ということはないだろう。某ですら常陸国の平定はまだ途上なれば、なにゆえこの佐竹をお呼びになられたのかその真意は聞きたいものですな」
そう言うと佐竹は、ちらりと里見を見た。
恐らくこの言葉の意味するところは、小さいながらも既に一国半を持つ里見に対する謙遜と、宇都宮家の真意を計りかねる者同士の意思伝達のようだった。
「左様。何ゆえ儂らを呼ばれたのだ。広綱殿の神算鬼謀は安房にも轟き及んでおれば、見た目通りの若者と侮るつもりは毛頭ない。小細工は無用だ。真意を申せ」
仲良く馴れ合う気はないと言うことなのだろうか。それとも先に腹を探りたいということなのだろうか。まあ後者だろう。その考えは良く分かる。
「真意は必ずお教えします。しかし一言で申し上げて我が意が伝わるか甚だ疑問であれば、まずは私から質問をしても宜しいですか?」
「ふむ」
「よかろう」
「まず、当家が古河公方を保護しなかった場合、関東はどのようになっていたか、佐竹殿、里見殿のお考えを教えて頂けますか?」
2人の国主は、俺の問いに大きく唸った。
壮大な話だ。そして各家当主にとっては最も難題で、最も関心があるテーマだった。なかなか面白そうな知恵比べに思えるが、目の前の少年に侮られる回答は出せない。それ故に瞑目し、考えを点検した。
暫しの沈黙が続き、佐竹義昭が口を開いた。
「某の読みでは、藤氏様が家督を継ぐことはなく、古河公方は北条家の傀儡になったろうな。藤氏様のお味方は小山家くらいのものだったから、さすがに厳しかろう。しかし北条家が関東の中心に進出するとなれば、周辺国主で手を組み、我らは総力戦で抑え込みに掛かっただろう」
予想通りの回答だ。それもそう。それが史実なのだから、佐竹の回答は至極ご尤もだ。
「それで北条家に勝てますか?」
「勝てるに決まっておるではないか。北条軍を退けた宇都宮家が加勢すれば負ける道理はなかろう。よもや加わらぬなどとは申すまい?」
俺は静かに溜め息を吐いた。
「もちろん当家もその輪に加わったことでしょう。しかし死力は尽くしません。北条が引いた後、また周辺国で争うとなればその余力が要りますから」
「むむ.....」
佐竹が言った筋書きだが、俺の返しに里見が唸った。これまでの戦歴に思い当たる節、漁夫の利を得た経験があるのだろう。
「もし佐竹殿の言う筋書きであれば、当家としては長尾家をその輪に加えるでしょう。皆様もご存知の通り、長尾家が北条家に矛を向け、上野国を徐々に切り取っております。真に北条を相手にできるのは長尾家以外にありません」
「ならばそれで良いではないか」
「そうだ。勝てれば良い」
「......勝てれば良いのか?その勝ちとは一体なんだ?」
俺の雰囲気が変わったことに気付いたのか、2人の当主はピクリと眉を動かした。反論を身構えるかのように、口を真一文字に結んで俺を見据えている。
「長尾が関東に何を求めていると思ってるんだ?他国の軍勢をもって北条を退けたとして、関東には何が残る?長尾がいつまでもこの僻地に大軍を置くと思っているのか?引いた後はどうする。北条家がまた攻めてくるぞ」
「.......また北条家が攻めてくれば、また長尾家を頼れば良いのではないか?」
彼らは上杉謙信の乱取りをまだ知らない。領民の私財を奪い、家族を攫う、乱取りの惨さが想像できていない。しかし規模は小なれど、どこの地域でも乱取りはある。それが大軍になったらどうなるか、阿呆でも分かる話のはずだ。
にも関わらず、完全に他人事を装ってるこの態度には腹が立つ。佐竹、里見が関東の端に位置しているからということ差し引いても、あまりにも現実を見ようとしていない。
「では仮にそうしたとしよう。それは即ち、龍虎が争う大戦の度に、田畑を荒らされ、兵が挑発され、領民が攫われても、何もかもが已むを得ないと諦めているということで良いか?」
「そ、それは......」
「仕方がないではないか.....」
両家とも大国に勝てないと思っている。未来の里見家は北条に大勝することもあるが、今は北条家の調略に苦しんで勢力を落としつつある時だ。
沈黙に耐えかねた里見義堯が口を開いた。
「広綱殿は、何を申されたいのだ?」
──貴国らの、宇都宮家への臣従
数年前の俺であれば、そう言い放っていたかも知れない。宇都宮家が関東を制覇する。佐竹、小田、里見を丸呑みし、北条を討って関東平定を成す、そんな青写真を描いていたこともあった。
しかし俺は知ってしまった。小領主たちの意地を。奮起すれば大軍をも食い止められる底力を。
───そ、某も俊宗様と同じ思いにございます!
───この身を佐野領に捧げまする!!どうか!!
───佐野殿!!どうかお願い申し上げまする!
他家の領地を命懸けで守ろうとする者たち。
───若様はここが落ちる前にお逃げくだされ。
───我らで最後まで戦いまする
───若様、倅だけは勘弁してください。
死兵となって次に望みを繋げようとする者たち。
関東を統一する覇道の道に、もはや大義などあるはずがない。俺たちはもう既に戦える。大国から身を守れる。後ろから刺されさえしなければ、宇都宮家で北条家の侵攻を防ぐことができる。
───海がないってヤバくない??(笑)
懐かしさすら覚える中傷も、最早どうでもいい。俺のちっぽけな自尊心など犬にでも食わせてやればいい。田舎者で良い。海なんか無くったって良い。欲するのではなく、与えること。領民を肥やすこと。それが俺の役割のはず。
「私は、貴国らに同盟を申し入れます」
関東見取図





