第4話 結城の返答
宇都宮城を奪われ、母が逆臣の手に掛かって亡くなってから1週間が過ぎた。
この1週間、目が回るような忙しさだった。簡易であるが両親の葬儀に始まり、壬生勢が宇都宮城を進発した報せ、これを迎撃するための軍議、宇都宮家臣たちへの書状と、大きなことでもこれだけあった。
俺の実務というのはそうそうなかったが、マスコット的な立場だとしても大変だったのだから、芳賀高定や七井勝忠の負担は相当なものだろう。
どちらも大切な家臣だ。なんとか楽にしてやりたい。それもこれも関東が田舎で、更に宇都宮家に大きな力がないせいだ。
しかし俺にはなんとかしてやれる力がある。
そう、栃木チートだ。
「高定、苦労を掛ける」
「身に余るお言葉です」
俺と高定は評定とは別の相談の場を設けることが多くなっていた。高定が言い出したことだ。恐らく俺の様子に異変を感じたか、いつも突拍子もないことを言い出すから警戒して、だろう。
「お前たちにこれ以上の負担を掛けたくない。宇都宮家を復興するための策をいくつか練ったのだが、これを見てもらえないか」
「うぅっ......」
なんとも心外な反応だ。俺の策とやらが心労に来るらしい。俺自身が負担になっては本末転倒だが、これもみんな将来のためを思ってのこと、なんとか耐えてくれ。
「領内に共同の厠を設置して管理すべし....?領内の童たちにタンポポを集めさせ、1升あたり銭10文で買い取るべし?若様、これは....?」
「厠は硝石を作るための布石だ。人糞、人尿から火薬の材料が作れる。いずれ鉄砲が戦場の主力になる時代が来る。使って良し、売って良しだ」
「は、はあ....ではタンポポは?」
「タンポポは余すことのない資源だ。タンポポの根を炒って煎じると茶のようなものができる。タンポポの茎からは.....なんと言えば良いか、ゴムが作れる」
「ご、ごむ.....?」
「そうだ、ゴムだ。ありとあらゆるものに流用できる素材だが.....簡単に言えば靴底などに利用すると、疲れにくく速く走れる」
高定がまた口を開けて固まってしまった。
「おい、どうした」
「い、いえ.....。この高定、いずれも聞いたことがございませぬ。若様はどのようにしてこの知識を?」
「栃木県民の嗜みだと言っただろう」
「そのような嗜み、聞いたことがございませぬ」
疑いの眼差しが痛い。
「実はな、栃木県はゴム生産が日本で7位なのだ。このようなこと、栃木県民なら子供でも知っていることよ。もちろん硝石もだ。栃木県で大量に採掘できる大谷石の表面からも採れるのだがな。製法はいくつも持っておきたい」
「.............」
高定の疑いの眼差しはまだ消えない。
「まあなんだ、天啓だとでも思っていれば良い。天が授けたこの知識で、俺は宇都宮家を再興したいのだ」
困ったな。子供の戯言として扱われて放置されても堪らんし、もっと即効性のある策を先に出した方が良かったか。
「......分かった分かった。ではこちらを見てくれ」
「ふむ.....どれどれ、真岡領の金鉱床について、ななななな、なんですって?!!!!この真岡で金が採れるのですか?!!!」
「あまり良質な金鉱ではないが採れる。その地図はかなり正確に描いたからすぐ見つかるはずだ。しかも真岡と益子の間であるから、比較的安全に採掘できるはず」
「なんと、これが本当なら.....うまくやれば......」
「本当だとも。俺を信じろ」
「.......分かりました。領内に山師をやっていた者が居たはずですので調べさせます」
少し目の色が変わったな。まあ金が出れば俺を信じるだろう。それよりも結城領にはいつ行けるのか。まさか忘れられてないだろうな。
「ところで結城へはいつ行ける?」
「使者を遣わせましたので暫くはお待ちくだされ。当主がいきなり訪ねてすぐ面会という訳にも参りませぬゆえ」
「そうか、ことは早い方が良い。急ぐようにな」
「ははっ」
*****
それから10日が過ぎた。
「結城から返事はまだ来ないのか?」
「はっ、左様にございます」
このタイミングで結城と会談というのはさすがに奇手過ぎただろうか?しかし勢力位置、勢力規模、判断力、どれをとっても結城を動かすのが最善手のはず。
次点で佐竹だ。しかし佐竹を動かすために北条まで遣いを送らなければならん。それには年単位で刻を浪費してしまうだろう。宇都宮家の、北関東のターニングポイントは、このとき、この方法のはずだ。
「先方が会う気がないのであればやむを得んな。粘り強く対応してくれ。それで、北の戦況はどうなっている?」
「はっ。飛山城の付近で鬼怒川を挟み、両軍睨み合っております。また、芳賀・益子以外の宇都宮家臣たちから、我が方に少ないながらも援軍が到着しつつあります」
「順調か。ではなるべく刻を稼いでくれ」
*****
更に5日が過ぎた頃、城内に騒々しく駆け込んできた一向がいた。
部屋には俺と高定、そして真っ黒に日焼けした謎の一団。先頭のご老体が平伏すると、背後に控えていた若い衆も同じように続いた。
「それで、具合いはどうだったのだ」
高定が老人に問いかける。
「へ、へえ!!それはもう、見事な銀黒さ見づけました。ありゃ間違げえなく、金が出る岩肌にごぜぇます!」
「銀次....間違いないのだな?」
「この金掘り銀次の名にかけて、間違いねえでございます!」
よし、金が見つかったか。メジャーな鉱脈ではなかったから少し不安があったが初手としては上出来だ。それにしても金掘り銀次ってのは名前にかなり不安があるが、大丈夫だろうか。
「うむ、良くやった。銀次とやら、その方は山師を続けて長いのか?」
「石さいじって40年になりますが、本業は畑仕事でして、暇を見つけて山で鉱脈さ見でおります」
兼業農家なのか。こういうのも技術を継承せねばいけないだろう。栃木の鉱脈は漏れなく俺の頭に入っているし、これから掘りたい場所がいくつもある。
「そうか。宇都宮城に戻れたらまた力を貸してくれ。掘りたい場所が沢山あるのだ。禄は充分に出すし、採掘に使える人材は根こそぎ面倒見てやろう」
「へあ?!そそそ、そんな?お抱えの山師なんて聞いたことさねえですし、ワシら礼儀作法も何も知らぬ身ゆえ、勿体のうごぜえますだ」
「そう言うな。無事、金鉱を見つけた以上はな。分かるであろう?良いようにするから期待しておれ」
「へ、へへええっっっ!!!!」
これにて一件落着だ。あとは人夫の頭数次第でカネは如何様にでも湧き出せる。しかし資源も有限だからな、カネのある内に栃木県に産業を起こさないと。
誰も居なくなった一室。
次はどんな手を打つべきかと思考を巡らせていると、高定が戻ってきて声を掛けてきた。
「若様」
「お、おい、どうした高定。白装束なんて着て」
戻ってきた芳賀高定は白い紋付き袴に身を包み、俺の対面に居構えた。
「この高定。先日より若様が御乱心なされたのではないかと疑っておりました。その上、あろうことか結城家との会談の一件、某の判断で止めておりました。この不手際、腹を切ってお詫び申し上げるほかございませぬ!!」
「な、なんだと?!結城へ使者を出していなかったのか?!」
「ぐ、、、ま、誠に!!誠に申し訳ございませぬ!!!」
「な.....なんだと.......」
金を見つけてひと段落と思ったらとんでもない事態が起こっていた。3歩進んで2歩下がるとはまさにこのことだ。
待てど暮らせど結城から返答がないと思っていたら、高定が止めていたとは.....。