第34話 猛将と鬼子
「雲丹を投入しろ!!!」
俺の掛け声と共に現れたのは、巨大なウニのような何か。全高2メートルほどの丸い物体が、カラカラと音を立てて転がり、北条軍に襲いかかった。
「化け物だ!!!」
「な、なんだこりゃあああ!!!」
「落ち着け!!ただの木の束だ!!」
そう、ただ細い木材を丸く組み立てただけのものだ。しかしその木にはメタノールを染み込ませてあってだな。
誰かが撃った一本の火矢が雲丹を掠めると、雲丹は火球となった。青い火と赤い火が混じり、なんとも恐ろしい姿になった。
「う、うわあああ!!!」
「やっぱり化け物だあああ!!!」
「やめろ!!押すな!!!」
燃え雲丹に押されて身体を焼かれる者、押されて滑落する者、ここぞとばかりに接敵した佐野兵に槍で突かれて絶命する者。
形勢は我が軍に傾いたまま一向に収まる様子はなく、ただただ北条軍の命が散っていった。
暫くその様子を眺めていると、雲丹を何とか解体した北条軍が、突撃の怒号と共に再び進軍してきた。
「くそおおお!!!山猿共が!!全員ぶちころ....ぐっ!!」
「ぎゃっっ!!いたたたた!!!」
「うぐっっ!!いや止まれ止まれ!!!
北条軍の足元には雲丹の残骸である木片や、北条兵の死体が転がっていた。そんなことは北条軍も分かっている。しかし問題はその先にいつの間にか撒かれていた撒菱である。
どんなに品質の良い甲冑を着ていても、足回り、特に足の裏は足袋や草鞋に毛が生えた程度だ。足を止めて仕舞えばこっちのもの。
特に狭路で突撃の号令が掛かって進み出した軍など、簡単には止まれない。押し潰される者、撒菱を踏んで悶える者、更に押されて滑落する者、様々であった。
「よし、ゴム靴隊!!斬り込め!!!」
大手門から討って出た新手は、底の厚い靴を履いていた。もちろん靴底はタンポポから抽出したゴムで丁寧に仕上げた逸品である。撒菱を踏んで突き抜けないかは分からないが、突撃できているし何とかなるのだろう。
するとゴム靴隊の中の1人が足を止め、こちらを振り向くと叫んだ。
「我が君の初陣に勝利を捧げます!!某の槍捌き、とくとご覧あれ!!」
うーん、なんだか恐ろしくて視線を外しているが、耳だけでも伊王野資宗だと分かる....良いから早く斬り込んでくれ。先に突っ込んでいった糟谷に手柄を全部取られてしまうぞ....。
しかし伊王野資宗率いるゴム靴隊の戦果は凄まじかった。撒菱に悶える北条兵を次々と屠っていく。なんならもう撒菱とか関係ないところまで押し返して行っている。純粋に強い。
こうも順調な様子を見ていると途端に不安になってくる。この隙に東から攻められてないだろうな.....と考え始めた頃、北条軍から退却の声が上がった。
ゆっくりと後ろに交代していく敵勢。我が軍は一度も劣勢になることはなかったが、その光景を見てようやく勝ったと言う実感が湧いてきた。
「若様、勝ち鬨を上げてくだされ」
後ろから佐野泰綱が声を掛けてきた。そうか、俺が言うのか。見渡せば兵たちは皆、俺を見ていた。
「勝利だ!!!我が軍の勝利!!えいえい!!」
「「「おう!!!!」」」
俺たちは初戦勝利に酔いしれた。気がつけばこれが俺の初陣だった。山頂で缶詰めの中の初陣とは、俺らしいと言えば俺らしかった。
*****
一方、北条家の陣中は穏やかではなかった。
「負けただと?」
「は、はい.....申し訳ございませぬ」
「それで?どれだけ兵を討ってきた?」
綱成からの叱責に家臣たちは震えた。常勝軍団・北条綱成軍に敗北は許されない。それどころか今からもっと酷い報告をしなければならないのだ。
「どうした、早く答えよ」
「そ、それが1人の兵を討つことも叶わず.....」
「どういうことだ?!きちんと説明せよ!!!」
声を荒げれば荒げるほど萎縮する家臣たちだが、覚悟を決めた1人が意を決して喋り始めた。
「唐沢山を登り終えて大手門に差し掛かりましたところ、大量の矢が放たれ、巨大な火球が転がってきました。反撃を試みたのですが、罠を敷かれて足元が覚束ず、再び佐野に押し込まれたという次第にございます。なにぶん狭路な山道ゆえ、数の利を活かせず....申し訳ございませぬ」
「くっっ........」
沈黙がその場を包み込む。すでに陽は沈み、篝火がパチパチと音を立てるだけであった。
「此度の敗因は、数の利を活かせなかったことにございます。であれば修正は容易にございます。」
「申せ」
「はっ!まず唐沢山は西側以外にいくつか登山口がございます。数の利を活かし、それらを全て封鎖しましょう。その上で、日々交代しながら毎日攻めますれば、唐沢山城の士気は大きく下がること間違いなし。数の利は必ず我らに勝利をもたらすと具申致します」
当たり前の話だ。
当たり前だが、敵を侮ったが故、一足飛びに攻め落とそうとしてしまったのかも知れない。まあなに、過ちは正せば良い。有利なように進め直せば良い。
「そうであるな。正攻法で行く。明日は備え3つを東に移動させ、布陣し直せ。明後日以降、東西から攻められるよう準備せよ」
「「「ははっっ!!!」」」
猛将と鬼子、両雄の戦いはまだ始まったばかりであった。
雲丹参考画像
海のない下野国が考えた決戦兵器だ!
雲丹が量産の暁には、北条なぞあっという間に叩いてみせるわ!





