第33話 虚偽と開戦
1551年9月
北条軍の陣中で焦っている者たちがいた。佐野領の村々からの掠奪を指示された家臣と、その一門である。
「不味いことになったな。500人が全員帰らぬとは。全員討たれたのか?」
「それすらも分かりません。追加で人を送ったのですが、村には人っ子一人おらず....軍から逃げ出した可能性もなくはないかと」
それは考えにくいと思った。しかし討たれたにせよ逃げたにせよ、これはどうにも報告のしようがない。
「どちらにせよ不味い。どうしたものか。これは一族郎党、磔の刑もあるぞ....」
北条家に居るからこそ、裏切り者の末路はよく知っている。磔の上、野晒しというのはよく見た罰だ。兵が脱走したなどと疑われては、そうなる可能性は十分にある。
「報告しないという手はないのでしょうか」
ある者の発言に、全員が唾を呑んだ。
「兵が減ったのをか?」
「そうです。十中八九、皆討たれておりましょう。であれば佐野家は我らと戦う意思があるということです。どこかで一戦交えるのであれば、そのどさくさに紛れて死傷者が出たということにしてはどうでしょう」
「む、そうだな。それは良いかも知れん」
家臣は唸った末に、それは妙案だと思った。藁にも縋りたいところに出た光明。大きな声になりそうなところを何とか抑える。
「集められなかった兵糧はどうします?」
「ぐっ.....」
別の者からの突っ込みに落胆する。そうだ、命ぜられた任務をこなせていないではそもそもお話にならない。食料の徴発に出た部隊が全滅したと報告をするよりはよほどマシだが、疑いの目を向けられる可能性はある。
「米が無かったことにしましょう」
「は?」
「佐野家の計略で、村々の食料は全て徴収され、村民は飢える寸前であったと。無いものは集めようがありません。我らの責任にはなりますまい」
「さすがだ!さすが我が一門の知恵袋!」
こうして決まった家臣の虚偽報告。北条軍の第一手は虚偽に終わり、このことが後々さらなる死傷者を出すなど、まだ誰も知らなかった。
*****
「なに?村に食料が無かったというのか?」
「はい!十数の村々を回りましたが、佐野家が先回りして徴発したようで食い物は全くなく、農民は雑草を食べて生活をしておりました!!」
「なんと惨い」
「自領の民だろう。信じられぬ」
「下野の田舎者は皆こうなのか....?」
「しかしそれだと、籠城する気があると?流行り病というのは嘘か?」
「お、恐らくそうでしょう!使者殿、流行り病というにはその目で見たのか?!どうなんだ?!」
虚偽報告を行なった家臣は、ここぞとばかりに使者に噛み付いた。元々の作戦に無理があったのであれば俺は悪くない、使者が悪いのだと。心の中でそう責任を転嫁する。
「い、いえ。確認はしておりませぬ。病が移ると聞いたもので....」
「なんと....つまり佐野の罠だったとは!!」
「卑劣極まりないな」
「一気呵成に攻め落としましょう」
「山猿大将ぶぜいがコケにしおって」
「ふむ......一戦交えてみるか。さすれば答えも出よう。唐沢山城を攻めるのに異論がある者は居るか?」
綱成の問いに否を発するものは居なかった。休息も充分。コケにされた分、殴ってやらねば気が済まない。皆、そのような表情だった。
「よし、では明日、唐沢山へ進発する!準備をしておけ!」
「「「ははっっ!!!」」」
茶番が終わり、北条家最強の黄色備えが進軍する。
*****
「ついに来たか」
西側の山道を登ってくる敵兵が、木々の合間からチラホラ見える。使者を追い払ってから2週間弱、ようやく敵が攻めてきたのだ。虚策で半月も刻を稼げたのは上出来だろう。ゲリラ戦で数百の敵を減らせたと報告も受けているし戦果は十分だ。
「そのようですな。まあなに、山道は細いですから、大軍などあまり意味がありません」
「うむ。こちらも準備万端だ。初日は軽く追い返してやろう」
「はっ!!」
迎撃の最終点検をする。もちろんまともなやり方で勝負するつもりはない。ビビらせ、油断させ、卑怯に勝つ。寡兵をもって大軍を退けようと言うのだ。使える手は全て使う。
中天をだいぶ過ぎた頃、ようやく交戦しても良いくらいの距離になってきた。北条軍が陣形を組めるような広いスペースはない。まだ2、3の隊列で縦に伸びた阿呆のような形となっている。
「よし、迎撃隊、出るぞ!」
俺たちは討って出た。籠城なのに討って出るなど正気の沙汰ではないが俺たちには策がある。ほれみろ、敵は予想外の出来事に慌てている。隊列が乱れて押し出されてしまったのか北条兵が2、3人が滑落した。儲けものだ。
「撃て!!」
城外、城内から北条兵めがけて多数の弓が降り注ぐ。いつまでも終わらない矢の雨に慌てて、更に北条兵が滑落してゆく。宇都宮家の高炉で鏃を量産してある。質は良くないが、弓矢は山ほどあるのだ。ありったけくれてやる。
そうこうすると、撃て撃てと怒号が聞こえ、北条軍も撃ち返してきた。
「迎撃隊は散れ!!!雲丹を投入しろ!!!」
俺がそう叫ぶと、人の背丈を軽く超えた、棘だらけの球状の物体が、北条軍の隊列めがけて転がっていった。





