第32話 北条の掠奪
1551年9月
佐野領のある農村に、北条家の兵30名が到着した。騎馬を数騎混ぜた少数混成編成である。しかしその鎧甲冑は統一され、如何にも精鋭と言わんばかりの迫力があった。
さらに最悪なことに、この事態はここ、この村だけではなかったのである。恐らく十数はある村々で、同時進行で行われていた出来事だった。
「貴様がこの村の長か」
「へ、へぇ.....お侍様が、こんな辺鄙な村に何の用だべか?」
村の入り口で兵を出迎えた村長は、後ろに控える数十の武者を見るとぶるぶると震えた。未だかつてこんな迫力のある兵たちを見たことがない。佐野家の兵はもっと気さくだ。なんなら知り合いまで居たというのに、そんな者は1人も居なかったのだから。
一方の兵は、村長が痩せこけている様子でもないところを見ると、やはり肥えている、食べ物をたんまり持っている、と確信した。周囲の田畑も収穫が終わっている様子。間違いないと思った。
「村の食料を全てここに持ってこい!我が軍が接収する!」
「そ、そんな.....収穫したばかりさ言うのにそんな酷い話あんだべか?」
「うるさい黙れ!!下野の乞食どもが!!早く持ってこないと叩き斬るぞ!!!」
「ひ、、ひぃ....分かったべよ!!持ってまいりますで、お待ちくだされえ!!」
ひょこひょこと歩きながら村の奥に引っ込んでいく長。その姿を眺めながら、兵は舌打ちをした。
明らかに貧乏くじ。威張り散らせるのはスカッとするが、他の隊は休んでいるというのがなんともやり切れない。敵の首級を上げでもしなければ、手柄という手柄にもならない。こんな仕事は無駄骨もいいところだ。
「俺らも休みたかったな」
「本当そうだ。1週間休みの奴らが羨ましい」
「言うな。戻ったら俺らも少しは休ませて貰えるだろ」
村長が消えてから暫く経ち、ずいぶん遅いなとイライラし始めた頃、ようやく村長が戻ってきた。その後ろには、小さな米袋を1つずつ抱えた男が2人いた。兵はそれを見て愕然とした。
「な、なんだと?!それっぽっちな訳がねえべよ!!」
「お前....下野訛りが移ってるぞ....」
「お侍様ぁ....申し訳ねえ、食い物はあるんだべが、運ぶ人手が足りねえべよ。みんな城さ篭っちまって、ワシら留守番なんだべ」
「荷車くらいあるだろうが!!頭を使え!頭をっ!」
「荷車は普請さ言うて持っていかれちまったべよ。去年だったか、春だったか....なあアレはいつだんべかな?」
「くそっ....!!腹立たしい!!」
兵が唾を飛ばして怒ったが、何も解決はしそうになかった。ああ言えばこう言う。それもそう、北条領から見れば下野国なんて貧民が住む田舎なのだ、恐らく食い物以外は何もないのだろう。
そのやりとりを見ていた後ろの兵が、話に混ざってきた。
「俺らで運んじまうか?こんなんじゃ日が暮れても終わらんよ」
「最悪だ、最悪」
「まあ仕方がないじゃないか。早く終わらせて陣に戻ろう」
諦めた北条家の兵たちは、村民の後ろについて村へと入って行った。見るからにボロ屋が建ち並んでいるその様子に、さっさと帰りたいという思いが強くなっていった。
ある区画に差し掛かると村長たちの足が止まり、振り返ってこう言った。
「ここらの倉の中さ、食い物入れておりますから.....どうぞ好きなだけ持って行ってくだされ」
「ちっ、全く....」
閂を外して回る村人を見ながら、兵は舌打ちをした。収奪ですら面倒なのに荷運びもやらされるなど、ふざけた話だ。
「ちゃちゃっと終わらせるか....」
「そうだな」
荷車に見張りを10人ほど残して、家々に入って行く兵たち。さっさと終わらせて陣に戻って休みたい。その怠惰が油断を生んだ。
ガタンッ!
ガタガタッッ!!ドサッ!
「ん?!」
「なんだ?まさか...」
家々からバタバタと慌ただしい音が聞こえてくると、残った兵は剣を抜き身構えた。そして気付いてしまった、四方八方に人が隠れられる家々があり、自分たちが囲まれている可能性があることに。
「ぐがっっっ!!!」
「ぎゃああ!!!」
家屋の中、暗闇から飛んできた矢で数人が倒れた。その後、横殴りの矢の雨が終わる頃には、立っている北条兵は居なかった。
「全員仕留めたな?」
「はい、俊宗様。30人だったのでこれで全部かと」
「よし。鎧を剥いで拠点に戻るぞ」
「「「ははっ!!」」」
着物姿の皆川俊宗とその家臣たちは、北条家の兵を隠し、無人の村を後にした。
*****
「俊宗殿自ら村人に扮するとは、軽率すぎぬか?」
「いえ、謀叛を企てた身。ここまでしなければ若様の信は得られますまい」
拠点に戻った皆川俊宗は、指揮を執っている益子安宗にそう答えた。少し離れたところには、筵の上に北条家の揃った武具甲冑が山積みになっている。
傍には鹵獲した軍馬も並び始めた。
「しかしまあ、首尾は上々のようですな」
「うむ。俊宗殿の隊の他に5組が既に戻ってきておる。倒した北条兵は100を軽く超えておる。上々だろう」
今のところ失敗報告はない。北条軍もまさか佐野の村民が全て皆川領に避難済みで、宇都宮軍とすり替わっているなど思うまい。
「見事な策よ。これが数え6つ、いや7つだったか。童の考えることとはな.....」
───佐野の領民は全て皆川領へ避難させよ
───行きがけの人狩りはない。狙われるのは食い物だ
───村民とすり替わってゲリラ戦をしろ
「これが若様の言う、げりら戦というものなのですかな」
「よく分からんが、確かに勝てているのだ。若様を信じよう」
「ですな。では、某は兵の慰労と見回りをしてきます」
益子安宗は皆川俊宗の言にただ頷いた。
安宗は皆川家と馬を揃えたことはなかったが、こうも献身的に働く者だったのだろうかと首を傾げた。しかし安宗にとっては大した問題ではない。まあ良いと、北条家の鎧を甲冑を整理し始めた。





