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第30話 太平を望む者たち



「皆川家は宇都宮家に臣従致しまする」


 兵3000弱を引き連れて皆川城へ進むと、皆川(みながわ)俊宗(としむね)は抵抗することもなく皆川城を開城した。広間でかつての主君と再会した皆川俊宗は、俺が話しをする前に臣従を口にした。


「謀叛を企てておいて許されると思っているのか?」


「くうう......誠に....誠に申し開きのしようもございませぬ」


 とりあえず脅しはしたが、気持ちは分からないでもない。皆川家も佐野家も宇都宮家、古河公方、北条家、山内上杉家に挟まれた不遇の領地なのだ。助かろうと思えば強者に縋るしかない。


 その上、俺が壬生城を結城にくれてやったもんだから、ほぼ四方を古河公方に囲まれてハゲ上がる思いだったろう。俊宗が謀叛を起こすのはだいぶ先のはずだが、予想外に早まってしまったのは俺のせいでもある。


 それにな.....。


───仔細話さずアレをやれコレをやれと、

───兄上様は少し独善的すぎます。

───家臣のお侍様にも同じことをしているようだと、人が離れていきませんか?


 先日、お雪に怒られた言葉を思い出すと、さすがの俺も汗が出てきた。皆川(みながわ)俊宗(としむね)の未来の叛意とかは全く関係ない。今回の一件は全部俺が悪いと思う。猛省しなければ....。



「皆川家の苦労は理解しているつもりだ。だから赦す。俺を庇って斬られた宗慶(そうけい)には謝っておけ」


「は、ははっっっ!!」


 皆川家の臣従は呆気もなく終わった。

 しかし開戦からもう8日、いつ北条が軍を向けてきてもおかしくない。時間が短縮できるものなら何でも有り難い。


 当家が約定を反故にした手前、結城は降らないだろうし、北条との戦いで役に立つとは思えない。結城は高定に釘付けさせておくとして問題は佐野か....。とりあえず出発して、道中で策を練ろう。


 そんなことを考えながら立ち上がろうとした矢先、客間に皆川家の家臣が息を切らせて滑り込んできた。


「俊宗様、佐野家から使者が参っております。なにやら火急の用件と」


「なに?むむ.......」


 急と聞き、一度思案した後に俺を見る皆川俊宗。俺に判断を委ねているのだろう、首肯すると意を汲んだようで、通せと家臣に命じた。


 使者と面会できるように席を移って暫くすると、皆川家の家臣に連れられて2人の男が入ってきた。礼をして席に座る使者。


 というか、1人は佐野(さの)昌綱(まさつな)じゃないのか?!

 そして昌綱が下座という事は、もう1人は......。


「お目通り叶いまして恐縮です。佐野(さの)泰綱(やすつな)でございます」


 やっぱりか。使者じゃないじゃん。思いっきり当主親子じゃん。ちょっと破天荒すぎないだろうか。まああの佐野家を常識で計ろうとするのも無理な話か....。





*****




「聞けば先日、(せがれ)が失礼をしたとのことで、伊勢寿丸殿にはまず非礼をお詫び申す。大変失礼致した」


 真っ先に処理してこちらのカードを奪おうという交渉術なのだろうか、宇都宮家の登用試験に潜り込んだ昌綱の件を詫びられた。

 顔を上げた佐野家当主・佐野泰綱は、柔和な表情の中に鋭い眼光を持ち合わせた、なんとも奥が深そうな男だった。これはなかなか骨が折れそうだ。


「まさかこの場で佐野殿にお会いできるとは思っても見ませんでした。宇都宮家当主・伊勢寿丸です。よしなに」


「いやなに、宇都宮軍が皆川に進発したと聞いてはちょうど良いなと。其方も手間が省けたであろう?」


 飄々としたこの態度、この子にしてこの親ありか。直球で来るなら乗っかるしかあるまい。


「では用件も一致しているということで良いでしょうか。皆川家は先程、当家に臣従して頂きました。佐野殿はどうされますか?」


「ふむ。難しい問いですな。当家は古河公方に属しておりましたが、宇都宮家と一戦交えた訳でもなく、皆川殿のように後ろめたいこともございませぬからな。はてさてどうしたものか」


「一戦交えれば宜しいのでしょうか?」


「ははは。見た目とは裏腹にだいぶ剛毅であられるな。しかし伊勢寿丸殿に当家自慢の唐沢山城を落とせますかな?」


 唐沢山城。上杉謙信ですら一度も落とせなかった難攻不落の山城だ。その山城はそこらの山城とは格が違う。山頂に築かれたその山城には、山頂にありながら水源すらも多数確保されている、まさしく天然の要塞だ。


「宇都宮家の総力を持ってすれば落とせまする」


 その言葉の真贋を確かめるように、佐野泰綱が双眼に力を込めた。伊勢寿丸もジッと泰綱の目を見た。


 嘘は言っていない。ありったけ大砲をぶち込んでやれば落とせる。そういう信念を込めて泰綱と見つめ合った。


「はーー、大きく出たな!さすが伊勢寿丸殿だ!」


 茶化してきたのは昌綱だ。この破天荒ぶりは当主・泰綱も想定していなかったのか、口を慎めと嗜めた。

 しかしそんな茶々を意に介さず、逆に変化の呼び水として利用するかのように、伊勢寿丸は次の句を発した。



「しかし───


 座したまま手をつき、畳に届くくらいに頭を下げた。


「どうかこの通り、宇都宮家に臣従頂きたい」




 場が凍りついた。佐野親子も、皆川俊宗も、傍に控えていた俺の家臣も。皆がその有り得ない光景を見て、ただ唾を呑んだ。あの佐野昌綱すら黙り込んだ。なぜ頭を下げているのか、誰も分からなかったのである。頭を下げて臣従を頼むなど聞いたこともない。


 暫くして、ようやく泰綱は口を開くことができた。


「頭を上げてくだされ。なぜ私に頭を下げるのか、理解できませぬゆえ」


「唐沢山城を落とすことは、当家が死力を尽くせば可能だと確信しています。ですがその先に何もありません」


「何もない......?」


「はい」


「では何があれば良いのだ。貴殿は何を望んでおられる?」


「平和の訪れた関東」



───平和の訪れた関東?


 佐野泰綱には分からなかった。そもそも平和という単語がよく分からないし、佐野家が臣従したところで何か大層なことが起こるとは思えない。伊勢寿丸の放ったその言葉を、うわ言のように復唱した。


「平和の訪れた....関東......?」


 しかし次世代の麒麟児である佐野昌綱には何となく意味が理解できた。この意であれば頭を下げたことも合点がいく。


「伊勢寿丸殿は、我々に盾となれと申されている。その理解で宜しいか?」


 昌綱がそう質すことで、泰綱もようやく気がついた。古河公方を討った後、攻めてくるであろう北条家。それを唐沢山城で防げと言っていることに。


「どうかお願い致します。我々も死力を尽くして戦います。佐野領で北条家の侵攻を食い止めたい。力をお貸しください」


「そ、それは........」


 泰綱は臣従も1つの選択肢、と覚悟はしていた。下野国のほぼ全てを手中にした宇都宮家。まともに戦って勝てる相手ではない。唐沢山城が落ちる姿は想像できないが、佐野領を奪う手はいくつもある。なんなら我らが籠城する間に領民を攫ってしまえばいい。


 しかし目の前の小さな当主が突き付けたのは、覚悟していたケースの更に上をいくものだった。北条家の大軍を堰き止める死兵になれ、と言っているのである。そんなもの、すぐに応と言える訳がない。




「伊勢寿丸殿、平和とは如何なるものか」


 答えあぐねる泰綱をよそに、昌綱が口を開いた。


「領民が無益な戦に駆り出されない、そんな世です」


「そんなもの絵空事では?百歩譲って関東内部の戦が消えたとしよう。しかし奥州や甲州は、変わらず戦火に燻るだろう。そして火種は必ず飛び火する。これをどう防ぐ?」


「策をもって制せば良い。関東に戦火が及ばぬよう、私が代わりに戦いましょう」


「それが出来ると申されるのだな?伊勢寿丸殿に?」


「はい」


「仮にそうだとして、そもそも我らの利はなんだ?北条軍を防ぐ死兵となるなら、北条家に(くだ)った方がマシであろう」


「だからこそお願い申し上げているのです」


「お認めになるのだな?貴家へ臣従することが下策であると」


「北条に降れば今年100の命が守れましょう。しかし来年1000の命が犠牲になります。守るべきは覚悟と矜持、そして先の世への責任です」




 気がつけばもう昌綱と俺しか喋っていなかった。あまりにも話のスケールが大きすぎて、先の世を知るだけの凡人の俺と、今代の異端児である昌綱しか問答ができなかった。しかしその問答が煮詰まってきた頃、予想だにしなかった者が声を上げた。


「佐野殿っ!!某、皆川俊宗からもお願い申し上げまする!!どうか我らと戦ってくだされっっ!!!」


 俺に促されるでもなく、叫びながら頭を畳につけた皆川俊宗。この場にいた全員の視線が皆川家の当主に集まった。


「我が皆川領は佐野殿と同じ境遇にございます!大国に挟まれ、常に戦火の只中にあり、戦えばいたずらに領民を死なせ、降れば傘下の先で先兵とされる。もう......もう我慢ならん!!我らは使い捨ての駒ではない!!某は、平和な関東というものが成せるならそれを見てみたいっ!!!」


「そ、某も俊宗様と同じ思いにございます!」

「この身を佐野領に捧げまする!!どうか!!」

「佐野殿!!どうかお願い申し上げまする!」



 隅に座していただけの皆川家の家臣たちが次々と続いていく。


 こんなことになると思わなかった。皆川家がこんなに熱い男たちだったとは誰も思わなかった。本心から出た言葉なのだろう。苦しんできた者たちの本音が、何代もかけて蓄積された鬱憤が、ある男の心を打った。


「.......父上、宇都宮に降りましょう」


「いや、昌綱。一時の感情で家の行方を決めてはならん」


「父上、宇都宮家の覚悟がこれほどのものなら勝ち目は十分あります。勝ち馬に乗らなくてどうされますか」


「そうであるが、しかし.......佐野家家訓、他人と簡単に寄合うな.....」


 佐野家、家訓か。


「佐野家・家訓。馬は肥やして自分は痩せるほど働け、と言いましたかな。ならば民を食わせ、私が平和のために奔走するというのは、貴家の理に沿っているのではありませんかな?」


「なっっ?!」

「なぜ当家の家訓を(そらんじ)られる?!」


「(栃木県のことで)私の知らぬことなどありません」


「伊勢寿丸殿、予想以上でありましたか....」

「.....いやしかし....ううむ.....」




 1551年7月

 佐野家を呑み込んだ宇都宮家は、ついに下野国を平定した。


 佐野家の臣従は、佐野昌綱の後押しだけでなく、皆川俊宗の訴えも大きかった。俺には兵を斬る力はない。人と人を結ぶだけ。そうして北条家に勝つだけだ。北条家は恐らく、万の単位で兵を送り込んでくる。


 絶対に勝たねばならない、絶対に───




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