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第29話 小山城


 小山城。


 思川(おもいがわ)という利根川水系の一級河川が脇に流れ、すぐそばのせり上がった丘陵に築かれたのが小山城である。

 栃木県南端に位置するこじんまりとした城だが、城主であった小山氏が永くこの地を治守してきたのは、建てた城の位置も背景の1つであっただろう。




小山(おやま)高朝(たかとも)にござる」


 口火を切ったのは下座にいる虜囚の小山家当主。縛られてはいないが、両脇は宇都宮の兵が控えている。


「高朝の、(おもて)をあげい。此度の一件、われの策である。其方を無碍に扱うつもりはない。安心せい」


 はいいいぃぃぃぃ?!

 藤氏の手柄になってるのは良いとして、小山家の処遇には口を挟まないで貰いたいんだが.....。同席させたのは失敗だったな。もう言ってしまったことは仕方がないとして、計画が狂わないことを祈るしかない。


 念のため藤氏が喋り終わるのを待ち、一呼吸おいて俺が話を始める。


「高朝殿、私が宇都宮家当主、伊勢寿丸にございます」


 そういうと、小山高朝は俺を見た。侮蔑するでも憤慨するでもない。落ち着き払った目だ。しかし目の奥には不屈の炎が見える。まだ諦めてないのか。


「かような童が当主とは......此度の一件、どういうことか説明して貰えるかな?」


「説明ということのこともないだろう。宇都宮家と小山家は長年争っていた間柄。小山家が負け、宇都宮家が勝った。それだけだ」


「なんだと?!学もない田舎者の....小童が偉そうに!!」


 小山高朝の傍にいた男が声を荒げた。恐らく嫡男・秀綱(ひでつな)だろうが、まあ放っておこう。


「私を罵るのは構いませぬが、藤氏様の手前で品位を下げる言動は慎まれた方が良いかと思います。どうですかな?」


「このっっっ!!!」


「やめよ秀綱。伊勢寿丸殿の言う通りだ。いくら喚けど我らが敗者なのは変わらぬ。大人しくせい」


 別に崩れていた訳ではないが、高朝は座を正して礼をした。


「失礼致した。しかし某には不思議でならぬこと。なぜ藤氏様が宇都宮殿と一緒におられるのか分かりかねておりますれば、どうか」


 説明しろと言うことなんだろう。こちらには説明する義理もないのだが、藤氏はそれを聞いて機嫌を良くしたのかベラベラと喋り始めた。


 大丈夫かこの人。なんだか不安になってきた。




「なるほど、北条を討つための鉄を打ったと言うことでございますか....であれば宇都宮家と小山家は盟友、ということでよろしいですかな?」


 藤氏は綺麗さっぱり喋った。もう出るものもないくらい。敵は北条だとかそんなことまで言ってしまったものだから、小山高朝もその気になってシレっと盟友などと言っている。


「いや、小山家は宇都宮家に臣従してもらう。それができぬならできる代まで腹を切れ」



 俺の残酷な言い放ちに、小山高朝は口元をピクピクと痙攣させた。元服もしていない身なりのクソガキに腹を切れと命令されるなど、由緒ある家柄の家長としては腹に据えかねる思いだろう。



「それは、なんと(むご)い言い様。宇都宮の童は皆このような鬼子なのか......。下野国がこのような有り様で、北条家に勝てるなどとは到底思えませぬがな」


「高朝殿にそれを問われる筋合いはないな。高朝殿はそこの秀綱殿が北条と通じていることはご存知であろう」


「なっ?!」


 声を上げたのは秀綱だったが、俺は高朝から目を離さなかった。様子を観察していると、まさに不動。全く動じていない。これは.....知っていたな?


 小山秀綱が北条と結び、当主・小山高朝を排斥するのはまだ先の話だ。しかし書状のやりとりは既に始めているのではないかと俺は読んだ。つまりブラフだ。微動だにしない高朝を見て俺は確信し、畳みかける。


「家中が割れている小山家が藤氏殿を担ぐだと?!嫡男を排斥できもせずに、下野国がどうのと良く言えたものだな!!馬鹿も休み休み言え!!!高朝、敗者として腹を切るか臣従するか、早く選べ!!」




 日陰といえど夏。外では喧しくセミが鳴き、室内の空気をジワリと熱しているようにも思える。こんな釜の底のような状況で、生死の決断をしなければならないのは、高朝にとってなんとも無念であった。


 冷静になり、無言のまま色々な計算をする。噴き出た汗は、いつの間にか引いていた。


 仮に自分が意地を見せて腹を切っても、秀綱も処断されるだろう。次男の高綱はまだ幼い。

 それにこの目の前の童、只者ではない。これまでの宇都宮の馬鹿どもとは一線を画す、そのように感じていた。見かけによらない豪胆さや残酷さは年相応ではない。なによりあの大音量を放つ攻城兵器、その登場と宇都宮家の代替わりが同じとくれば、この当主が変化の呼び水となっているのは明らか。


 沈黙を続ける高朝に、伊勢寿丸の静かな声が届いた。


「臣従するならば藤氏様に誓って無碍にはせぬ。家と所領のある程度は安堵しよう。手柄を立てれば元に戻してやる。高朝、俺の気が変わらぬ内に返事をせよ」


「......分かり申した。小山家は敗者の側。宇都宮家に臣従致しますのでどうか一族に寛大な措置をお願い申し上げまする」



 恐らく悪鬼か何かだろう。腹を切れと言ったかと思えば、家を安堵すると、意図的に揺さぶってくる者と、不利な立場でまともに相手をすべきではない。それに、古河城まで落ちてしまってはすぐには形勢はひっくり返らない。今は降り、機を待つべきだと。高朝はそう思った。





*****




 よし、何とかなった。


 次は皆川城、そして最後に佐野城だ。北条が動き出す前に、旧・古河公方勢を取り込まなければならない。ぐらぐらでも良い。とにかく形にしなければ勝負にすらならない。ゆっくり休んでいる時間などないのだ。


 着いて早々だが、家臣に指示を飛ばして進発の準備を整えさせる。古河城から戻ってきた手勢2000と小山城の兵300。とりあえずこれで十分だろう。


 俺はその日のうちに、皆川領へと進発した。




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― 新着の感想 ―
[一言] >「高朝殿にそれを問われる筋合いはないな。高朝殿はそこの秀綱殿が北条と通じていることはご存知であろう」  これで処罰しないで、通じているのを逆利用して偽情報でハメる計略とかは……まだ完全に…
[気になる点] 藤氏は藤氏の都合で動くに決まっているのだから、事前に口裏を合わせておくか、確実性を求めるなら、口を挟まれぬように単独で動くべきだったな。 根回し報連相は乱世だろうが太平の世だろうが、…
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