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第27話 家中に吹く嵐


「若様.....そのような顔おやめくだされ。某は大丈夫でございますから。おやすみなさってください」


「分かった。しかし急変したらすぐに呼んでくれ。何があってもだ」


 傍に控えている薬師に伝えると、薬師は平伏して応を答えた。


 ご覧の通り、暗殺者の刃は俺に届かなかった。この岡本(おかもと)宗慶(そうけい)が俺を庇って斬られたのだ。

 しかし幸いにして傷は浅いようだった。俺の悲鳴を聞き、すぐ馳せ参じた伊王野(いおうの)資宗(すけむね)がすぐに下手人を払い除けたからだ。


 ヤツを捕らえられなかったのは悔やまれるが、第二波、第三波を想定すると伊王野も追いかけることができなかった。

 まあなに、目撃者の証言を擦り合わせれば犯人は分かるだろう。壬生家の謀叛人が斬られた時とは異なり、警備も厳重になっている。恐らく内部の者の犯行だろう。顔を隠しながら入城したとは考えにくいからな。



 俺が居室に戻ると、襖の前で七井(なない)勝忠(かつただ)が控えていた。警備の報告だろう。中へ入れと促し、対面に座して報告を受ける。


勝忠(かつただ)、下手人は分かったか?」


「恐らくこの者だろう、と言う名は上がってきました。なかなかに信じ難いことですが....」


「申せ」


「いま城に居らず、退城が確認されていない者は.....皆川(みながわ)俊宗(としむね)殿ただ一人だそうです」


「なっっ?!!!」


 俺は声をあげて驚愕した。


 宇都宮家の最南端に位置し、今回の古河公方攻めの1つのキーポイントになるはずだった皆川城、皆川家。それが主君の暗殺を試みたということは、俺の首を手柄に古河公方か北条のどちらかへ寝返るつもりだったのだろう。

 しかし今回の軍議には皆川俊宗を呼んでいない。俺があいつを信用していないからだ。俊宗は史実で宇都宮家を裏切り、北条家に臣従するどころか一時宇都宮城の占拠までやらかすからだ。まだまだ先の話だが。


 そして皆川俊宗が宇都宮城を占拠した際に斬り殺したのが、その時、宇都宮家中で権勢を奮っていた岡本宗慶......そして今日斬られたのも岡本宗慶......偶然にしては出来すぎている。


「皆川俊宗が岡本宗慶を......」


 何か因果なものを感じて、冬だというのに嫌な汗が出てきた。


 そういえば、那須(なす)高資(たかすけ)も史実通りに千本(せんぼん)資俊(すけとし)に殺されている。時と場所、方法も違えど、だ。

 改変された歴史が元に戻ろうとしているかのように、なるべく同じことが起こるように動いている、そんな気がしてしまう。


「何か嫌な予感が......」


「予感でございますか?」


「いや、こっちの話だ」


「.....いずれにしても某は皆川家離反の可能性ありと、南方の各領主へ早馬を走らせようと思いますが、宜しいですか?」


「頼む。すまんな、年の瀬だと言うのに」


 平伏すると七井勝忠は足早に去っていった。俺はぼんやりと答えがない自問自答を続ける。


───今この時の皆川家の離反は、自然か不自然か

───歴史改変の反動。そんなことあるのだろうか?

───反動があるとして、今俺がやっている覇業は.....




「兄上様?夜分遅くにすみません」


 瞑目しながら座して思考していたことで、うたた寝をしてしまったようだ。お雪の声で意識が戻った。お雪が何のようだろうか。というか今何時だ。


「.......あ、ああ、どうした?」


「伊王野という方から(ふみ)を預かりまして、寝ている若様を起こすのは忍びないと」


「結構な時間寝てしまったかな....どれ」


 折り畳まれた文を広げて黙読するが、さっぱり内容が分からない。ご無事で何よりとか、ご自愛くださいとか、書いてある文章自体は読めるが何を伝えたいのかまるで頭に入ってこない。


「なんだこりゃ。親愛なる主君へとか書く家臣なんているかよ。意味も分からないし、紙の無駄だろうが」


 俺がポイと放り投げると、お雪が拾って目を通す。


「あ....兄上様......これは恋文では........?」


「は.......?」


 ば、馬鹿な。主君が家臣や小姓に熱をあげるとかは聞いたことあるが、逆ってありなのかよ。しかも俺6歳児だぞ.....寒気がする。ショタホモとか最低ではないか。


「お雪。想像したくないが、それが40歳過ぎの男から6歳児に宛に出した恋文だとしたら、客観的に見てどう思う?」


「恋愛は当人同士のことなので好きにされたら良いと思いますが、控えめに申し上げて気持ち悪いです。仮に(わらべ)側の家長がそれを見たら大ごとになるでしょう」


「そうだよな....よかった、俺の頭は正常らしい」


 はぁ.....因果がどうのと悩んでいたら、いきなりレベルの高い衆道を当てられるとか頭が狂ってしまいそうだ。恋愛と喧嘩は同じレベルのもの同士でやって欲しい。


「まあ見なかったことにしよう。ああ、恋文と言えば、お雪の嫁入り先を高定が探してくれているから期待して待っていてくれ」


「え.......」


「え、じゃないが。もう嫁に出てもおかしくない年齢だろう。家長の俺が世話をしなくてどうする」


 お雪の予想外の反応に不安を覚えてしまう。俺は間違ってないよな?間違ってないと思うのだが。良く話せと怒られはしたが、家長が縁談を進めるなんて普通のことのはずだが.....。


「私は嫁に出られなくても結構です。兄上様、もしその世話が必要だというなら、兄・信芳の方が先ではないでしょうか?何ゆえ私を先に嫁に出そうとされるのですか?」


「ぐっ......それは」


 確かにそうだ。信芳(のぶよし)のことを忘れていた。


「兄上様は意図的に私を避けようとなさってますよね?私はいま仕事が充実しておりますので嫁に出されても困ります。兄上様もお困りになられるのではないでしょうか?」


 もうダメだ。最初の理屈で負けてワンサイドゲームになっている。もうちょっと慎重にことを進めるべきだった。


「分かった。とりあえず信芳の世話だな。まずはそっちをしっかりやろう。すまなかった」


「はい。それでは兄上様、おやすみなさいませ」


「ああ、おやすみ」


 居室を出て行くお雪。

 ようやく終わったと胸を撫で下ろす俺。




───兄上様のばか....


 襖が締め切られる前に放り投げられた言葉に、俺はこの夜、一睡も出来ないほど悩んだ。もう何もかも無茶苦茶だ。どうなってんだ、うちの家中は。




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