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第18話 鹿沼を攻める


 春が訪れ、しばらくが過ぎた。


 春の作付けもとっくに終わり、戦の足音が聞こえる季節。時を追いかけるように俺たちは研究に没頭した。花見の誘いも全て断った。気がつけばもう桜はだいぶ昔に散っていた。



 ポンッッッッ!!!


 宇都宮城の工業区画の隅で、乾いた破裂音が響いた。工業区で働く宇都宮家家臣たちの親族は、音のした方向へ一斉に振り向いた。目線の先には、主君の伊勢寿丸(いせじゅまる)と、酷い悪臭のする建屋の住人、信芳(のぶよし)が居た。


「やったな.....。完成だ」


「おお.....これが化学ですか.....」


 資源のなさに苦しむこと数ヶ月、どうにか黒色火薬が完成したのだ。その証拠だと言わんばかりに、破裂音に驚いた鼓膜がまだ悲鳴をあげている。それが言いようのない達成感として我が身に襲ってきた。


「素晴らしい。しかし問題は量だな。やっぱり」


「これでも足りないのですか?」


 調達班は頑張ってくれた。何といえば良いか、砂糖袋4つ分くらいの火薬をなんとか作ることができた。しかしこれから試射などをすれば、実戦で使えるのはせいぜい1発か2発と言ったところだろう。


「全く足らないな。兵を損耗せずに敵に勝つ、それを追求するために化学に頼ってみたが、これじゃ城門1つ抜いて終わりだろう」


「それでも宜しいのではありませんか?兵の仕事は命をかけて敵を倒すことでしょう。門を崩せれば、兵の士気はあがりましょう」


「本質的にはそうだが、兵の死は色々な所に波及する。今後の宇都宮家が歩む道を考えれば一兵たりとも犠牲にできない」


 俺は拳が白くなるまで握りしめた。偉そうなことを言ったは良いものの、出来ませんでしたじゃ何もやらないのと変わりはない。


 益子と糟谷は、今か今かと出陣を待っている。もたもたしていると梅雨の季節もやってくる。今この時、時は味方ではない。早く決めなければならない。この少量の火薬をどう策に組み込み、如何に犠牲を減らすか。この切り札をどう使い、どう敵に打ち勝つか。


 俺の思考はその一点のためにぐるぐると回り始めた。




*****




 壬生の残党が残る鹿沼(かぬま)城から少し離れた位置で、益子(ましこ)安宗(やすむね)の手勢1500が布陣の準備を始めていた。


「果たしてどう出てくるか。いずれにせよひと休憩だ」


 敵勢は見えない。その安堵感か、山道を歩いてきた疲れからか、ひとまず腰を下ろして息を吐く。

 安宗は鹿沼城を睨みながら、つい先日、伊勢寿丸(いせじゅまる)と会話した時のことを思い出していた。



───良いか安宗。これは2つ、いや、3つで1つの策だ。

───どれか1つでもしくじれば東西平定は成らん。

───先鋒の安宗がもっとも重要だ。頼んだぞ。



 主君の言に身震いがする。3つの策というのが何を意味しているのか分からないが、この益子軍の役割が極めて重要だということは嫌でも分かった。



───和議の使者は必ず来る。条件を提示し、降伏させよ。



 合戦前に使者を交わすのは戦場ではよくあること。しかし壬生方は当主の綱房(つなふさ)どころか、兄の徳雪斎(とくせっさい)まで宇都宮城で急逝している。宇都宮家に対して恨みも少なくはないだろう。

 であるから、必ず和議の使者が来る、と断言する根拠はよく分からないものがあった。


 つまるところ若様の言は、兵を消耗せずに城を落とせという意味だろう。いずれにせよ、何らか策に嵌めて城を落とさねばなるまい。


 思案しながら口を(すす)いでいると、陣の中が少し騒がしくなった。


「安宗様、壬生家の使者がまいられております」


「なんだと.....?」


───和議の使者は必ず来る


 幼い当主の言葉が放った言葉が、安宗の頭を(よぎ)り、急に胸騒ぎがしてきた。





(それがし)は、大門(だいもん)資長(すけたけ)と申します。兄・綱房から村井城を預かる身にございましたが、兄の死後、大蓮(おばつじ)様より請われて壬生家の取りまとめをしております」


 大門資長は、座りながら落ち着いた様子で深々と頭を下げた。一方の安宗は面食らった。使者として当主が出てくるなど、既に壬生家が投降する意思を見せているとしか思えなかったからだ。


「某は益子安宗にござる。大蓮(おばつじ)様とは?」


「失礼致しました。綱房の御正室様にございます。綱房の死後、出家なさいましてその戒名にございます」


「なるほど。それで、使者とのことだが用件は?」


「はい。鹿沼に残る壬生家は宇都宮家に叛意など持っておりませぬ。降伏の意をお伝えに参りました。何卒、寛大なる御心で壬生家をお赦し頂きたくお願い存じ上げまする」


 なんだと、これでは若様の筋書き通りではないか。


───和議の条件を記した。これを相手に呑ませよ。


 はと、伊勢寿丸から書状を預かっていたことを思い出し、懐から取り出す。和議など滅多に起こらぬだろうと踏んでいた安宗は、内容を全く把握していなかった。慌てて目を通す。


「宇都宮家当主からの書状である。以下の条件で降伏を受け入れる。受け入れざる時は、討つの宮様の加護をもって益子安宗が鹿沼城を攻め落とすものである」


 朗々と読み上げていた安宗は、討つの宮様のくだりで、なんとなく気分が良くなった。


「1つ、壬生家に鹿沼城を安堵する」


 仕置きだと言うのに些か甘いように感じるが。


「2つ、嫡流、庶流問わず、壬生家の童は宇都宮城下で暮らすものとする」


 人質か、随分慎重だな。そんなことをせずとも庶流の大門家が壬生を取り仕切っているあたり、さしたる脅威にはならぬと思うが。まあ若様の千里眼もこの程度ということか。



「3つ、壬生家は.......な、なんだと?!」


 安宗は書状に記された内容に目を疑った。到底自分では思い付かないような条件に、書状を持つ手が震えてくると、次第に汗が噴き出てきた。


 こ、これが6歳になったばかりの童の考えることか.....。


 呆然とする大門資長をよそに、安宗はただただ固まっていた。

 



関東見取図

挿絵(By みてみん)




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