第15話 しんどい火薬作り
※何点かご指摘を頂き、表現を変更しました。ストーリーに変更はありません。
1549年12月。
宇都宮城下の区画整理は一通り片付き、人夫たちは生垣の整備や、材料の運搬に注力していた。建屋以外は完成目前と言ったところか。
生産用の設備も作りたいし、労働者の生活施設も作りたい。欲しい建屋はまだまだある。もう少し頑張らないとな。
そんな工業区に立派に佇む大きめの建造物、木炭高炉の点検を終えると、俺は大きなため息を吐いた。
「はぁぁぁ.....石炭さえ採れれば反射炉から始められるというのに、木炭に頼らなければならんとは」
そんな俺を見て横でソワソワするお雪。
「でもこれも立派な炉ですよ。私はこんな大きな物、お城以外で見たことがありません」
巨大なビール瓶のような炉の後ろに、大きめの吹子が備わっている。吹子には水車が取り付けられ、もともとこの区域に流れていた鬼怒川の水流を動力源に利用した。
この時代、ヨーロッパでは既に動いている炉だが、日本にはまだ存在しない炉だ。俺には時代遅れでも、お雪にとっては立派な日本初なのだから、溜め息ばかりつくのも良くないかも知れない。
「危ないから離れていろよ」
銀次の採ってきた鉄鉱石を釜に押し入れ、木炭に火を付けると次第にゴオオオという音が響きだした。吹子が送風し、炉内の温度をどんどん上げているのだ。
「本当にこれで鉄が溶けるのでしょうか」
「溶けるさ。暫く放っておこう」
4時間ほど経ったかどうかという頃、真っ赤に光る液体が高炉から流れ出てきた。銑鉄が終わったということだ。流れてくる溶鉄を鍋で慎重に受け止めると、脱硫に取り掛かる。
「兄上様がいま入れたのはなんでしょうか?」
「錆だらけの鉄屑だ。こうしてすぐによく混ぜる」
鉄を強くするためには硫黄を除去するための脱硝剤を投入し、撹拌する必要がある。しかし脱硝剤となる褐鉄鉱が栃木県では産出しない。関東だと群馬県の群馬鉄山だけだったはずだ。
ただし脱硝に必要なのは酸化鉄であるから、こうした鉄錆でも代用できるというわけだ。
「うふふ。なんか、お料理みたいですね」
「............」
そう言って横で笑うお雪の顔を見たかったが、今はそれどころじゃない。命に関わる作業をしてるのに余所見はできない。
「鉄の質を上げたいならもうひと工程あるが、今回は省こう。後はこれを粘土で作った鋳型に流す」
「釘の鋳型ですね」
実際の和釘で粘土にたくさんの穴をあけておいた鋳型だ。そこへ、トロトロした液体を流し込んでいく。
「これが冷えるまで待てば良い。量産釘の完成だ」
「確かに、これなら誰でもできそうですね」
「そうだな。5、6人には教えて、交代制で出来るようにしてくれ」
「はい!」
鋳型を変えれば大抵のものが作れる。これでひとつ形になってきたと言えるだろう。というか何故に釘ごときでこんなに苦労するのか。先が思いやられる。
*****
肩をぼきぼき鳴らしながら信芳の化学棟に足を向ける。肩を鳴らして歩く5歳児とは、全く可愛げがないと思いながら。
「今のところメタノールしか作ってないが、硝酸と硫酸はどうしても作りたい。火薬を作るには硫黄の精製も必要だ」
「作りましょう!どうやるんですか?」
信芳にやる気があるのは違和感があるな。妹が巨大な炉で製鉄を担っているのに刺激されたのだろうか。まあモチベーションが上がるなら理由は何でも良いのだが....。
「それが作れないんだ。材料がない」
「ええ.......」
どれもこれも火口を伴う活火山が近くにないと採掘できない鉱石が必要だ。近くだとどこだろうか、箱根山あたりか?とにかく栃木県ではこれらの鉱石が採れない。硫黄だけなら那須山でも採れるが、那須攻略はまだ先だ。
「硫酸なら来年か再来年には手に入りそうだが。こいつは頭が痛いな。硝石の自家生産も数年は掛かる。すぐにでも火薬が欲しいというのに」
火薬作るのってこんな大変なのか?硝石さえ集められたら火薬なんて作れてもいいと思うのに。たぶんここがド田舎だからなんだろうな。京に近ければ商家に集めさせる方法が一番早いんだろうが。
「何とかならないでしょうか?」
「とりあえず硝石だけでも作ってみるか.....無理矢理に作る方法はある」
「是非やりましょう!」
「よく言った。では───
近隣の肥溜めを周り、長年熟成された屎尿を収集せよと言うと、信芳は顔を歪めた後に卒倒しかけた。やると言ったからには頑張ってほしいな。お兄さん、応援するぞ。
*****
「ダメだこりゃ......栃木県には資源が無さすぎるわ」
屋敷の蒸し風呂に入って今日1日の汚れを落とす。この蒸し風呂というのもなかなか慣れないが、これしか無いのだから諦めて入るしかない。
「せめて北条か武田だったらな。武田領なんて硫黄どころか石油も採れるし最強すぎるだろ。まあ武田領に居ても海がないとか愚痴を言いそうだけど」
そんなことを呟きながら、お湯を沸かした入浴風呂も早く作りたいなと思っていると、とんでもないことが起きた。
「あら?兄上様も入られてたのですね」
待て待て待て、ここ混浴なのかよ。
「ああ、もう出るが.....」
「左様でございますか」
全くとんでもねえな戦国時代は。兄妹とはいえ義理のだろうが。羞恥心がチートすぎる。まあ俺が5歳児なのもあるんだろうが。少しは遠慮をして欲しいもんだ。
勝忠に頼んで温泉でも連れてって貰うかな。いや梅毒が致命傷になる時代だから温泉も避けた方が良いのだろうか。いやしかし、困ったな。専用風呂を作るまで難儀しそうだ。
俺は風呂を出て、汗を拭いながら独り言を繰り返す。
「梅毒を治せるペニシリン作りなんて壮大な寄り道をしてても仕方がないし。プライベート温泉が作れればな......いや待てよ、温泉か。湯の花とか硫黄華あたりなら比較的入手し易くて硫黄が精製できるんじゃないか?」
風呂を出て汗を拭いながら、そんなことを思い付く。
やらないよりはやった方が良い。男は度胸、なんでも試してみるものさ。
「ダメ元で勝忠に頼んでみるか」
ざぶんと入る湯船の定着は江戸時代かららしく
決して栃木県が貧しいからではございません。