第14話 城下の整理
1549年11月。
もうすぐ年の瀬。評定が終わると諸将らはそれぞれの居城に戻っていってしまったが、宇都宮城には芳賀高定の裁定で七井勝忠が残ってくれた。
「あ、若様。おはようございまする。指示通り、東区整備の差配は某が行っておりますれば、ご安心くだされ」
「ああ、良い感じじゃないか」
宇都宮城の東側のはずれに人々が集まり作業をしてくれている。本格的な工業区を作るため、比較的空いている場所を探して再開発をしているところだ。
「信芳は.....あそこか」
そこら辺の小学校くらいはありそうな敷地の真ん中で、ポツンと残った民家の前で信芳が指示を出している。恐らく薬品精製の機材なんかを準備しているのだろう。俺は近づき、声をかけた。
「信芳、具合いはどうだ?」
「若様。なかなかに広うございますね。このような敷地使い切れるやら」
「いやすぐに手狭になるさ。そうでなければ困る。この敷地が遊ぶようなら宇都宮家も終わりだな」
「そんな.....若様に拾って頂いてから、毎日のように腹が痛いですよ」
「それはいかんな。クレオソートという腹痛薬なら製法を知っているが、そっちを先に作るか?松の原木を乾留するだけだからメタノールの機材をそのまま転用できるぞ」
「若様、急に腹痛が治りました。もう大丈夫です」
「ははは」
クレオソートは分かりやすく言えば正露丸だ。あの有名な下痢止め薬も結構簡単に作れる。しかし下痢は腸内の不良物を吐き出そうという自然代謝であるから、無理矢理止めるべきではないと言うのが近代の通説だ。
下痢、止めるべからず。覚えておこう。
そんな汚いことを考えていると、ふとお雪の姿が目に入った。あちらも男衆に指示を出して窯を作っているようだ。
「お雪も大変そうだな。それは窯か?」
「兄上様、そうです。木炭高炉を作るために煉瓦が必要とのことでしたので、まずは職人に普通の窯を作らせています」
一門衆に加えてから、お雪は俺を兄上様と呼ぶようになった。まあ義兄妹なので間違ってはいないが、15歳の女性が5歳児を兄上様と呼ぶのはかなり違和感がある。下手をすると変態的だ。
「しっかりやってるな。全体を検分したら俺もここに加わろう。釘を量産しないとこの敷地に何も作れんしな」
「はい!お待ちしております!」
お雪は少し明るくなった。宇都宮家という後ろ盾ができたからのような気もする。恐らく精神的にそこまで強い女性ではないため、依存できるものがあるとしゃんとするのだろう。
工業区は問題なさそうだ。炉に火を入れて煉瓦を作り、高炉を動かして鉄を溶き、釘を作って施設を拡充し.....1ヶ月もあれば何とか形になりそうだ。
それにしてもやることがありすぎる。暫くは逐一確認して滞りなく進むよう管理しなければならないだろうが.....。
*****
工業区を視察した後、次は勝忠を伴って商業区に向かった。
既存の建物の中から明らかに異質な家屋を移動させ、商家が中心となるよう整理しているだけなのでこちらの賑わいは工業区ほどではない。
工業区画を整理するついでに手を入れては見たものの、これで良さそうな気もするし、何やら無駄なような気もしてきた。個人的には利便性を感じるが、効果が出るかどうかは分からないな。
「若様、何やら浮かないご様子ですが、どうされました?」
「うーん.....東に工業区、南に商業区と分けて整理することに決めはしたが、商業区の位置がな.....」
「何か問題でもございましたか?」
「いやなに、後のオリオン通りに商業区を作りたかったが、三の丸とは重なっているんだ。三の丸を取り壊す訳にもいかんしなぁ」
オリオン通りは昭和の宇都宮を象徴する商店街だ。平成令和と寂れていったが、オリオン通りなくして宇都宮の発展を語れない。それほどに宇都宮最大の商店街は、栃木県民の心の拠り所なのだ。
「左様でございますか。若様のお好きなようになされるが良いでしょう」
ひとが悩んでいるのをお構いなしに、最近は勝忠の投げやりなセリフが増えたような気がする。この、若様のお好きなように〜というヤツだ。こんな冷たい奴ではなかったような気がするが。さては高定から何か言われてるな。
「その、若様のお好きなようにってのは高定に何か言われたのか?」
「ぎくっ?!い、いえ、そのようなことは.....」
「正直に申せ」
「は、はぁ....。ご推察の通りでございます。若様がよくわからないことを言い出したら、好きにやらせてやれば宜しい、理解する必要はない、と言われておりまして」
「全く、高定のやつめ......」
好きにやって宜しいと言うなら好きにやるぞ?
「三の丸を取り壊そうかな」
「若様のお好きなように.....い、いや、駄目ですぞ?!三の丸を壊すなんて聞いたことがございませぬ!!」
「ははは、冗談だよ」
宇都宮城下が少しずつ変わっていく。もっともっと発展しろと期待を込めながら、人夫ひとりひとりに労いの言葉をかけて回った。