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第13話 宇都宮評定2


 那須家の攻略は糟谷で十分と俺が言い放つと、評定の場が凍りついた。先の敗戦から考えるに、誰もが不可能だと感じているのだろう。


 なにせ今年3000の大軍で勝てなかったのだ。糟谷の手勢500前後で勝てる道理がないというのも一理ある。


 しかし那須家がいくら勇猛と言っても手勢は300程度。ましてや今は宇都宮家に負けじとお家騒動の真っ只中だ。やりようはある。




「その話をする前に、ある者たちを皆に紹介したい」


 俺が合図をすると、末席から信芳(のぶよし)、お雪、銀次が歩み出てきた。よく見ると信芳(のぶよし)と銀次は汗をダラダラ流し、お雪に至っては普段より顔色が白いようにも見える。


「ここに居る信芳とお雪は、先の宇都宮城攻略の際に使用した火炎兵器を作った者たちだ」


「おお....!!」

「あの蒼い焔の術か!!」

「こんな若者だとは....」


 ここに居る諸将は宇都宮城攻めに加わっていた者が大部分だ。その効果を肌で感じているから話が早い。


「そしてあんなものはまだまだ初歩の初歩。信芳とお雪と銀次とで、これからも新たな兵器を作っていくつもりだ。いつの日か、一里(いちり)離れた城を攻撃できるようにもなるだろう」


「い....一里(いちり)先ですと?!」

「そんな馬鹿な....信じられぬ」

「戦が変わってしまいますぞ....」


 俺の頭にあるのはもちろん大砲だ。正確には山砲(さんぽう)を考えている。栃木県立博物館に展示されている幕末の青銅砲。あれが作れれば関東制覇も夢ではない。

 一里(いちり)(4キロメートル)も飛ばす必要はないと思うが、今は大口を叩いておこう。


 しかし問題は火薬だ。硝石が自家生産できるようになるにも数年は掛かるし、硫黄の入手経路も悩みの種だ。栃木県に火口を持つ活火山はないから硫黄鉱の入手は困難極まる。

 栃木県の資源には何もない。里芋なら沢山あるんだが。いっそニトログリセリンを精製する方が簡単なのではと思えてしまう。


 そんなことを考えながらふと信芳を見ると「聞いてない聞いてない」という顔をしながら硬直していた。俺は気付かないフリをして「任せたぞ」という雰囲気で頷き応える。


「まあそう言うわけだ。那須攻めも策を授けるから安心しろ。しかしそれも皆の協力があって初めて成せるものだ。なので1つ頼みがある」


 そう言いながら家臣の顔触れを見渡すと、どんな無茶を言われるか身構えているようで、強張った顔をしている者が多かった。


「とにかく人手が足りないのだ。子育てが終わった女性でも、老婆でも良い。秘密を厳守でき、労役に抵抗がない者たちを皆の一門から出して欲しい」


「「「ははああっっっ!!!」」」


 返事は良いが大丈夫だろうか。こればっかりは集めてみないと分からない。


「最後に、皆も新しい兵器がどれだけの利益をもたらすか想像できていることだろう。それを支える銀次、信芳、お雪を宇都宮家の一門衆として迎え入れる。軍は持たぬが評定に参加させたい。高定、異論はないな?」


「ございませぬ」


 高定は少し引き攣った表情でそう答えた。


 高定に相談してなかったからな、後で謝っておくか.....。その後も評定は続いたが、信芳とお雪、銀次は平伏したまま顔を上げることはなかったし、彼らにも悪いことをさせてしまったかも知れない。




*****




「若様、少し勝手が過ぎますぞ。宿老の(それがし)には、重要なことは事前に伝えておいて貰いたいものですな」


「本当にすまん。最近、高定も忙しい様子だったからな」


「確かにそうでしょうが、まあ言っても仕方ありますまい。これからはお願いしますぞ」


 俺は茶を啜りながら高定の説教を聞いていた。

 一門衆だの那須攻めだの好き勝手に喋ったことへのお小言だ。こりゃあ高定が真岡領に戻ったら大変だな。あの魔改造された真岡領を見たらどんな小言を言われるか.....。先手をうって謝っておくべきか。


「すまんな高定、真岡のことだがな───


「いやはやしかし、先の評定は胴に入っておられました。もう元服されても宜しいのでは?」


「俺はまだ5つだぞ.....」


「なに、あの様子なら問題ないでしょう。元服など結局は家の問題でございますれば。それに元服すれば戦も女も自由になりますぞ」


「どっちも興味がないと言っただろうが.....あとそれと真岡のことなんだがな───


「領民になにやらやらせてる件ですかな?」


 聞き流されてるかと思いきや、先手を打たれてぎくりとした。


「なんだ知ってたのか。高定も人が悪い」


「多少は耳にしております。自然薯(じねんじょ)でしたか、まあ育つのならばやってみたいものですな。引き続きやらせておきます」


「すまん、頼んだ。それと益子にも頼みがあるのだが」


安宗(やすむね)に直接頼まれたら宜しいではないですか」


「まあそれでも良いんだが、うり坊を捕まえて育てて欲しいんだ」


「うり坊とは.....あの、猪のですか?」


「ああ、そうだ」


「猪は馬のようには言うことを聞きませんぞ。戦場で使うなど土台無理な話でしょう」


「いや違う、食べるんだ」


 突然、阿呆を見るような目付きになる高定。

 やめてくれ、そんな哀しい目で俺を見ないでくれ。


「はぁ.....戦のことに熱心になられたかと思いきや、食い物の話ですか。獣を食べるなど感心しませんが、そういや自然薯といい、若様は食い物にも熱心でございますな」


「ははは......これをそのまま益子に言って、すんなりウンと言ってくれるか分からなくてな」


「安宗は怒るでしょうな」


 そうハッキリ言われると苦笑いしかできない。この時代の牛肉食は流石に禁忌すぎるから、猪だけでもなんとか食料にしたいだけだったのだが。


「糟谷が槍を奮っている間に猪を捕まえておけ、などと口が裂けても言えませぬ。益子に手柄を立てさせる場を用意してくだされば、安宗には(それがし)からなんとか頼めましょうが」


「鹿沼城に残ってる壬生(みぶ)の仕置きでも良いかな?」


「目下では。しかし若様、常陸国(ひたちのくに)の佐竹攻略はいつ頃になります?位置的に、益子には佐竹攻略を任せた方が宜しいと思いますれば尋ねております」


 俺は腕を組んで眉間に皺を寄せる。


 なかなか難しい質問だ。下野(しもつけ)国の東西平定が来年だとして、更に翌年、結城を先に攻略すべきか、佐竹を先に攻略すべきか、極めて難しいところだ。


「早くても2年後か3年後だろうな。約定のある結城とも早く雌雄を決したいが、結城に手を出したら小山氏と古河公方が黙ってないだろう?」


「古河公方ですか......確かにそうでしょうな。楽観的に申せば、形式的な抗議だけになる可能性もありますが。十中八九、結城を突けば小山が加勢し、小山も討てば古河公方の逆鱗に触れましょうな」


 高定は唸りながら考え始めた。体を揺すり、何か策を考えようとしている。なかなか可愛い絵面(えづら)だ。



「若様、この高定に1年の猶予を頂けるようでしたら、大義を手にすること叶うやもしれませぬ」


「古河公方を担げるということか?!」


「逆にございます。古河公方を敵に回すのです。敵にするのも大義の有無は大違いにございます。今のところこの策しか思い当たりませぬな」


 なんだかよく分からないが、そこら辺は高定に任せてみるか。味方を作る天才の高定が、敵を作ろうと言ってるのだから、さぞ妙案なのだろう。


「分かった。古河公方の件は高定に任せる。見通しが固まったら教えてくれ」


「承知しました。いや話が逸れましたな。益子には壬生の仕置きと、数年後には佐竹攻略かどこかの大戦(おおいくさ)を任せると伝えて宜しいですかな?」


「うむ、頼んだぞ」


 俺がそう答えたのを見て立ち上がろうとする高定に、更に声を掛ける。


「最後に1つ。那須の千本家と接触できるな?」


伝手(つて)はございますが.....(はかりごと)ですかな?」


「御名答。内容はまだ考えていないが、決まったら話す」


 高定は、ヤレヤレ....若様は恐ろしゅうございますなと呟きながら俺の居室を出て行った。


 ヤレヤレじゃないよ、まったく。史実で千本(せんぼん)資俊(すけとし)(そそのか)して、千本の主君、那須(なす)高資(たかすけ)を毒殺させたのはお前だろうが。どっちが恐ろしいんだか。



 しかし数年後のことまで考えなければならないのか.....当主ってのは大変だな。ただ確かに中長期計画がないと化学推進も優先順位が決まらないし、考えておいた方が良いのかもしれないな。


 俺は当主の重責というものをなんとなく感じ始めていた。早く豚肉を食べたいと思いながら。




関東見取図

挿絵(By みてみん)




宇都宮県立博物館の入館料はおとな260円です。

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[一言] ん?金採掘出来るのに資源がない? そら石なし県の千葉県民に言ったら空港も無いの?と切り返しされるわね…
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