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第10話 宇都宮城攻め


ーー 宇都宮


 その名はこの地に祀られる、天皇に逆らう逆臣を討つ武神「討つの宮」が由来するという説が有力である。


 宇都宮家中の内乱により何度も簒奪された宇都宮城だが、戦国時代を通して正攻法では不落であった宇都宮城は、まさにその武神の加護が宿っていたと言えるだろう。


 しかし一方、その宇都宮城を奪還せんとする宇都宮軍の総大将、芳賀(はが)高定(たかさだ)にとっては、後に関東の七名城に数えられる宇都宮城の防御力は、もはや頭痛の種でしかなかった。




「よもや初手から籠城とは.....壬生(みぶ)徳雪斎(とくせっさい)の入れ知恵か。してやられたわ」


「そうだな。しかしこのまま膠着するのは奴らの思う壺。何とかせねばまずかろう。お前の判断なら益子は突撃するぞ。どうする?」


 軍議の場、高定の弱音に、高定の実の兄である益子(ましこ)安宗(やすむね)が応えた。しかし高定は敢えて安宗と視線を合わせるのを避けた。ここで宇都宮家の両翼である益子が損耗するのも些か不味い。


「宇都宮城を包囲して4日。抵抗激しく目の前の大手門すら抜けていないのは痛い。水掘は深く、橋は狭い上に弓の的になり易い。これをどう攻めたものか.....」


破城槌(はじょうつい)の準備はどうか」


「簡易なものは拵えましたので投入はできまするが.....」


 散々議論した内容だ。皆、何が問題か分かっている。急拵えの破城槌ゆえに防火措置を施せていないのだ。投入してもすぐに火だるまになるであろうことは容易に想像できていた。


(やはり決め手に欠けるな)


結城(ゆうき)は物見か?」


「はっ。援軍が来ぬよう鹿沼方面を封鎖してくれておりますが、積極的な加勢ではありませぬ」


 宇都宮城を落としても結城に益はない。もちろん報酬は宇都宮城を落とした後に支払う約定だが、現場レベルでは功を積んでも益なしと及び腰だ。


「水谷め.....しかしやむを得ん。これは宇都宮の戦であるからな」


 諸将から次々に意見が出るが、基本的にどれも力技だ。味方の被害もそれなりになることだろう。

 何か策が欲しい。そう願っていた時だった。



「高定様!伊勢寿丸様から主命を預かって参りました!」


「なに?主命だと?」


 伝令から(ふみ)を渡され、目を通す高定。途中まで読み進めると表情が固まり、みるみるうちに青ざめていった。


「若様.....まるでこちらの状況が全て見えているかのような....。まさしく神算鬼謀。この高定、震えが止まりませぬ....」


「高定殿、どうなされた?若様は何と?」


 芳賀高定はようやく益子安宗を見た。総大将としてようやく突破口が見え、溢れ出る自信がそうさせた。


「若様から策を頂いた。秘策の秘ゆえ委細話せぬが、明日快晴なれば一気呵成に攻め落とすぞ。諸将はそのつもりで布陣しておれ」


「応ッッ!!」

「高定様が認める主家の策、楽しみでございますな!」

「明日こそ壬生(みぶ)を叩き切ってくれるわ!!」




*****




 翌朝、宇都宮は快晴だった。冬を目前とした朝の涼しさを感じながらも、強い日差しがさすことを予感させる、そんな雰囲気が漂っていた。


「先陣は糟谷(かすや)に任す。くれぐれも作戦通りに頼むぞ」


「お任せくだされ!!万事整っておりまする。策がなればこの又左衛門(またざえもん)、一番槍を頂きますぞ!!」


 やがて糟谷の手勢200が置き盾を揃えながら大手門に迫る。矢が滝のように降っては担いでいる盾に衝撃が走る。


「ぐっ!!これしき!!」

氏家(うじいえ)魂、壬生の畜生に見せてくれるわ!」


 高定はその様子を固唾を呑んで見守っていた。目標に肉薄したのを確認してもまだ緊張は解けなかった。


「又左衛門様!!手筈通りに撒き終わりました!!」


「よし、一旦引け!!!距離をとった後は弓で応戦しろ!」


 城内外から中距離での矢の投げ合いが始まる。大手門に取り付いている人数こそ少ないものの、ここ数日と同じ動きだ。守備方からすると、緩慢な攻め手と嘲笑っていることだろう。


(今のうちにせいぜい余裕でいろ!!)


 糟谷又左衛門はそう呟きながら、敵兵に悟られぬように火矢を番え、大手門を射た。糟谷の弓は宇都宮家で指折りだ。動かぬ的など外す訳がない。


(よし、狙い通り。あとは蒼い火とやらの確認だ)


 糟谷が目を凝らして門を凝視していると、なるほど僅かだが揺めき立ち上がる炎が見えた。


(おお.....高定殿の言うとおり、見えない炎が上がっておる。これは何という恐ろしい策よ....言われねば決して気付かぬわ)


 糟谷の配下が大手門に撒いたのは、伊勢寿丸(いせじゅまる)が木炭から抽出したメタノールだった。この時代の人間には知るよしもないが、メタノールは引火点が極めて低い液体である。近くに火の気があればすぐに発火、延焼する。


 しかも晴天下では視認性の低い青い炎で発火するとあっては、守備方が火の手に気がつく頃には、既に手遅れの状態であった。みるみるうちに大手門は大火に包まれ、2時間もしないうちに崩れ落ちた。


「主家の逆臣どもめ!!!討つの宮様の憤怒の炎を目に焼き付けよ!!」


 三の丸に突入し、逃げ惑う守備方を切り捨てながら糟谷隊は快進撃を進めていった。そこかしこで鬱憤を晴らすような怒声が起こり、壬生兵の悲鳴が上がる。


 少なくない守備兵の死体の山が築きあげられ、夕暮れになる頃には二の丸を塞ぐ門が炎に包まれていた。




*****




「糟谷殿、大手柄であったな」


 若き宇都宮家当主の策に従っただけのこと、否定も肯定も難しい問いかけと感じ、糟谷は頷くだけに留めた。続いて益子安宗も声を上げた。


「益子からはあの策に乗じて間者を放った。宇都宮家当主の怨念が青い焔となって逆臣共を焼き尽くすと、今頃は壬生勢も震えておるだろう」


「おお、さすが益子殿」

「機を見るに敏とはまさに!」

「震える壬生の顔を見たいところですな」


 兄の抜け目ない策略に高定は感心した。これこそが宇都宮家の紀清党。若くして当主になった兄弟が、阿吽の呼吸で連携する。

 事実、闇夜の中で燃え上がる二の丸の門を見れば、壬生の士気などもう残っていないことは容易に想像がついた。


「うむ。各々ご苦労であった。しかしこの闇夜に乗じて抜け出すネズミがおるやもしれん。各隊、寝ずの番を組んで警備に当たるように」


「「「ははっ!!!」」」


 この高定の予感はある種、的を射ていた。


 陥落目前、圧倒的に不利な状況に、有象無象の壬生兵が我慢できるはずもなかった。寝返った守備兵がその日の夜の内に壬生綱房と壬生徳雪斎を縛り上げ、残りの門を全て開放し、宇都宮軍に投降してきたのだった。


 1549年11月。

 史実から前倒すこと8年、芳賀高定の宇都宮城奪還はこうして幕を閉じたのであった。



関東見取図

挿絵(By みてみん)


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[良い点] 誤字だろうけど討つの宮の鬱憤はワロタ
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