第四章
第四章
「みあ、玲香ちゃん、晩御飯出来たよー!」
「はーい!みあちゃんまた後で遊ぼうね」
「今日はみあの好きなオムライスだぞぉ」
一矢がそういうと【シェフ気取り】でテーブルに3人分の食事を並べた。
純子が亡くなってから一週間が過ぎ、最寄の無かった玲香は一矢の家で暮らしていた。
それというのも言い出したのは一矢の方だったのだ。
一矢は純子を追い込んだのは自分の責任でもあるからとして、玲香の面倒を見るといったのだ。
その代わり事件の事は本人には一切言わないでくれと警察には念を押した。それが玲香の為でもあると思ったからだ。
玲香は一切何も知らず、拾ってくれた一矢に感謝し少しでも力になれるよう進んでみあの面倒を見たりしている。
みあもお姉ちゃんが出来てとても嬉しそうだ。二人はすぐに仲良くなりもはや傍から見たら姉妹のようだった。
純子の死を絡んだ事件のニュースは数日の間にまったく聞かなくなった。
有名人でもなければそんなもんだろう、あまり引っ張られても玲香にはつらい事を思い出させてしまうだろうし。
と言う警察の配慮があったかどうかは解らないが、とにかく3人は仲良く暮らしている様だ。
夕飯を食べ終わると遊び盛りのみあが玲香を誘う。
「おねえちゃん!みあすごろくやりたい!」
「いいよ!一矢さんも一緒にやろうよ」
さすがに彼の事をいきなりお父さんとは呼べないみたいだ。
「洗い物片づけたらそっちいくよ」
積極的な玲香を一矢は結構気に入っている。みあと仲良くしてくれている事も。
「おとうさん、また一回休みー」
みあがすごく楽しそうに床を転げまわり大笑いをしている。
「次はみあちゃんの番だよー、そろそろゴールできるかなぁ」
「よーし、それぇ!」
幼稚園児のサイコロ全力投球で飛びすぎたサイコロは部屋の壁まで転がっていき、跳ね返って止まった。
サイコロの目は4だった。
「あはは、飛んでったー」
みあは出目よりもサイコロの飛距離の方に夢中だった。
「1,2,3,4」
玲香が代わりにみあのコマを動かすと、
「あー、みあちゃん残念」
「なぁに?」
止まったマスを見るとそこには【ふりだしにもどる】と書いてあった。
「ふーりーだーしーにーもーどーる?」
みあには意味が解らなかったみたいだ。
首を傾げているみあに玲香は答えてあげた。
「これはね、最初に戻って全部やり直すって事だよ」
そういってみあのコマをスタート地点へ移動させる。
「惜しかったな、みあ」
残念そうに一矢が言うと、みあは嬉しそうにしている。
「やったぁ、もっと遊べるって事だぁ!」
大人には出来ない発想だなと、一矢は感心していた。
「そうだね。みんながふりだしに戻ればずっと遊べるね」
玲香は内心ちょっと変わってるなと思いつつも、何事も明るく解決してしまうみあに関心していた。
正直、玲香はまだ事件のショックから立ち直れていない。親の死を目の当たりにしてすぐに【通常運転】に戻れる人などよっぽどいないだろう。ましてや彼女はまだ15歳だ。引きずっていて当然だろう、だがこの家で精一杯明るく振舞って家族となる事が今の生きていく支えになっている。
一矢もたまに玲香が1人で顔が曇っている時を見かけるが、どう接していいかわからずに悩んでいた。
いっそ全て打ち明けたら玲香なら許してくれるかもしれない、だがそうでなければこの関係が二度と戻れない程壊れてしまうという怯えの葛藤があるからだ。
家族と言ってもそれぞれ言えない【秘密】があるものだ。この家族はそれが他より少し重たいだけで……。
時間は午後10時となり、窓の外は地面まで暗闇がしっかりと両の足で立っていて、そしてそこには【宇宙からのルームランプ】が薄っすらと地球を照らしていた。
みあはさすがにもう寝てしまっていた。今日も沢山笑い転げて一日の電池を使い切ってしまったのだろう。寝ている顔はお菓子を食べている夢を見ている様な、なんとも無防備な笑い顔だった。
一矢はこの【我が家の聖女】を見るたび思う。
(この子は不幸にさせてはいけないな……)
起こさない様にゆっくりとみあの部屋を出ると、リビングに寝巻姿の玲香が何やら疲れた様で両手を重量挙げの様に天井に向かって思いっきり伸ばし、そして一気に全身を脱力させ【狼が子豚の家を吹き飛ばす】くらいの大きな息を吐いた。
「家を吹き飛ばさないでくれよ」
一矢が軽い冗談でボケると玲香はすぐさま否定する。
「コンクリートの家は吹き飛ばせません!」
「じゃあ、藁の家ならできるのかい?」
「何日かかければできるかも」
と漫才を続けた所で我慢できず二人同時に吹き出してしまった。
「それはそうと、まだ起きてたのかい?」
「うん、今日は遊びすぎちゃって今さっき宿題が終わった所です」
「みあに付き合ってもらったせいか……悪いね」
「ううん、全然気にしないで下さい。それに楽しかったし!」
一矢はここにも【聖女】がいた事に気づき温かく微笑む。
「君もいい子だね。だからそろそろ寝るんだよ」
「はーい。丁度眠たくなって来たし、おやすみなさい」
そういうと玲香は自分の部屋へ入っていった。
年頃という配慮もあり、一矢は自分の部屋だった所を玲香に譲ってあげたのだ。
特に荷物もないことから引っ越しは衣服のタンス1つで済み、一矢はしばらくソファで寝ることにしていた。これも謎の幻想で【ソファで寝るのがかっこいい】からだ。
そして次の日、体の全身が痛くなり後悔するというのを繰り返す、残念な生き物だ。
そんな高原家を外から見つめる黒い影が闇に溶け込み消えていった……。
次の日、玲香が学校から帰ってくると、玄関の段差の脇に何かが落ちている事に気づいた。
しゃがみ込んで【それ】を凝視すると小さく声を上げ、驚いて後ろに尻もちをついて倒れ込んでしまう。
「えっ、何これ……」
玲香の見た【それ】は、最近まで生きていたであろう【ナニカ達】の死骸だった。
推測でしか特定できない【それ】は1つ1つが原型を留めておらず、黒く濁った血液がテーブルクロスの様に敷かれている上に、何体か分の臓物が【子供のおもちゃ箱】の様に無粋に積み重なっている。
「誰がこんな事を……」
とりあえず辺りを見渡すが、もちろん誰もいない。
死骸を見る限り【ついさっき】という事もないであろう事は解っていたが、人間の習性なのであろう。
玲香は胸から込み上げそうな吐き気を堪えながらスコップで頭が入りそうなくらいの穴を掘り、魂が抜け肉塊となった【それら】を埋めて木の枝を差し、お墓を作って一先ず供養した。
しばらくして、一矢が仕事から帰ってくると隣に住んでいる人に頼まれごとをしたという話になった。
「昨日からお隣さんの猫が帰ってこないらしいんだ。見かけたら教えて欲しいって……」
玲香は軽く頷きながら話を聞いているが、何か悩んでる表情をしていた。
今日あった出来事を一矢に話すかどうか考えていたのだった。
だが、今日の見た光景を思い出すと父憲明の切断された場面が蘇ってしまい、気分が悪くなり
「ごめんなさい、少し部屋で横になってきます」
と言って自分の部屋に重たい足取りで消えていった。
みあと一矢は心配しながらもすぐ良くなるだろうと思い、特に声も掛けなかった。
高原家に不穏な空気が誰にも気づかれぬまま、少しづつ、少しづつ、充満していく……。
まさかそれが何かの前触れだとは、知る由もなかったであろう。