第一章
この作品は過去に貯めていたものです。
暇つぶしにでもなればと思い投稿しました。
よろしければ最後まで読んで頂けると嬉しいです。
「復讐からは何も生まれない……。
よく聞く言葉だし、私もそう思っていた。
当事者になるまでは………」
第一章
「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
大学生であろうアルバイトのウェイトレスが作られた笑顔でそう言うと、返事も聞かず厨房の中へそそくさと消えていった。
ここは低料金で【それなり】のサービスや食事を楽しめる場所、いわゆるファミレスである。本来は家族で楽しむ為のファミリーのレストランなのだが、近年では遊び方を知らない若者たちが暇をつぶす溜り場になってきている。彼らの話し声はまるで今から【大物ミユージシャンのライブ】が始まるかの様な大きさで、店内のBGMなど聞こえないほどだ。
そんな店でもファミリーでレストランを楽しんでいる家族が2組ほどいた。その1組の父親が体を少し前のめりにしながら妻と娘に話しかけた。
「こんな所しか連れてこれなくてすまんな。」
父親は申し訳なさそうな顔をしながら椅子に深く腰掛けた。
彼の名前は松嶋憲明今年36歳になる勤続15年のサラリーマンである。
仕事以外は家族の時間を大事にする【ごく普通】の父親であり声が小さく口数も少ない,特に取り柄のない男であるが妻と娘には自慢の父親である。
「そう?私はここ全然好きだけどなぁ」
と娘は辺りをキョロキョロと見廻しながら落ち着きなくテンションがあがっている。
娘の名前は松嶋玲香14歳の中学2年生。黒髪が肩まで伸びたストレートヘアでやせ型。おめめパッチリタイプで、性格は両親の人柄もあり明るく元気な子に育ち、クラスでも5番目くらいの人気者だ。親に似て取り柄はないが苦手もない優しい子。
「そうですよ、それにたまには賑やかな食事もいいじゃないですか」
妻も娘が喜んでいるのを見て気持ちが高ぶっているようだ。
彼女は松嶋純子36歳の専業主婦で夫の憲明とは中学からの付き合いで結婚し、現在に至る。趣味はテレビとインターネットという【主婦らしい】趣味をもっている。娘も当然だがそれ以上に夫を溺愛しており、たまに度が過ぎる愛情に憲明は振り回されながらも幸せを感じている。
普段テレビの音で食事をしている家族にとっては店内の音量が新鮮で、【特別な食事】に来ているという感覚になるのであろう。とくに記念日でもないが心中はもはや誰かの【誕生日】くらいの高揚になっている。
食事を食べ終わると、【ライブ】に来たかった訳でもない憲明が口を開く。
「じゃあ、店を出るか」
「えー。お腹一杯だからちょっとゆっくりしたいんだけどなぁ」
玲香は頬を膨らませて【可愛さアピール】を訴えかける。
「お父さんが落ち着かないから、お家でゆっくりしましょ?」
憲明派の純子にはその攻撃は通じなかった。
「もぉ、ほんとお母さんはお父さんの味方しすぎ!」
といいつつムッっとしながらも、夫婦の仲の良さに満足らしく笑みを漏らしていた。
店を出ると辺りはいつの間にか街頭や住宅街の明かりが灯っていて、すっかり夜が顔を見せている。
店の前は国道が通っており、渡った向こう側に住宅街がいくつか広がっている。
その中を歩いて10分くらいの距離に松嶋家の自宅も建っていた。
道路を渡る交差点の信号まで50メートルくらいの歩道を3人で歩いていると、前方に先ほどファミリーのレストランで食事をしていたもう1組の家族が歩いていた。
おそらく父親であろう若そうな男性と幼稚園児くらいの小さな女の子がうきうきと歩いていた。
交差点の住宅街の方へ渡る歩行者信号は丁度赤になっていて、たどり着いた娘は【運動会】の様にその場で行進しながら青に変わるのを待っている。父親もにこやかに娘を見ていた。
そもそも【ホラー映画】に出てくるような交通量の少ない交差点で、夜になるとほとんど車を見かけない程である。信号待ちをしている2人に大分近づいてきた頃、娘の声がにわかに聞こえだした。
「車いないのにどーしてわたらないのー?」
娘は高原みあ(たかはら みあ)という6歳の女の子。
顔が少し隠れるくらいのロングヘアーで少し癖っ毛なこともあり、幼稚園では少し気味が悪く感じられる事もあるが、中身はとても人懐っこく愛嬌のある子である。
色は黄色と黒を好み、まるで【蜜蜂】かと思うような服装をしていた。
そんなみあが疑問を投げかけた父親が優しく答えた。
「あそこの信号が赤い時は車がいなくても危ないから渡っちゃだめなんだよ?急に出てくるかもしれないだろ?」
父親の名は高原一矢26歳のシングルファーザー。
若くして【デキ婚】したがやはりと言うべきかうまくいかず離婚してしまった。原因は妻が家事や子育てで自分の時間が持てず、一矢に当たり散らしたあげくどこかへ旅立ってしまったのだ。
一矢の性格はとても温厚で人には優しく、とても【人徳】のある人柄であるが子育ては苦手な様で、みあに引っ張られていってしまう所が唯一の欠点である。
丁度、松嶋一家が歩行者信号にたどり着こうとする頃、高原みあが一矢の手を握りこう言った。
「車がきたら明かりでわかるもーん。ほら、走ればだいじょうぶだよ!」
と一矢の手を引っ張りながら横断歩道に一歩踏み出した。
そこまで大きい道路ではないので走れば5秒、【お馬さんごっこ】なら50秒くらいで向こう側に渡れてしまうのを見てそう思ってしまったのだろう。
それに車のヘッドライトも見えなかったのも相まって一矢はみあの意見に乗ってしまったのである。
「よぉし、じゃあ向こうまでかけっこだぞ!」
一矢はそう言うとみあの手を握ったまま走りだした。実際6歳くらいの子供と手を繋いで走る速度はそんなに速くはない。
足がもつれて転ばない様に気を付けながらスピードを合わせて歩いている、いるつまり【歩きの補助輪】である。もっといえば手を離した方が速いくらいであった。
それを見ていた玲香は心の中で危ないなぁと思いつつも、ただ眺めているだけだった。
大概の人は他人の人生には興味がない為、信号無視を見かけても注意したりはしないだろう。
中にはそんなに急いでどうするんだろうと見下しているだけの人もいると思う。
そして松嶋夫婦はお互いの話で【二人の世界】に入っており、その光景すらみていなかった。
松嶋一家が信号にたどり着き足を止めたころ、二人は横断歩道の半ばまで差し掛かっていた。
その時、玲香は突然後ろから車のエンジン音が聞こえ咄嗟に振り返った。
暗がりをよく見ると、ファミレスから出てきた車が不注意からであろう、ヘッドライトをつけていないまま交差点へ向かっていたのである。
おそらく若者が運転していると思われるその車は、特に用事もないのに【急いでいるタイプ】の車だった。
更に交通量の少ない通りだと思って運転手はスマホを眺めていたのが、玲香の視界から一瞬見てとれた。
玲香は急いで横断歩道へ顔を向けると高原親子を見た。ヘッドライトの明かりがない為、車に気づいてない!玲香は【腹の底から子供を吐き出す】様な大きな声で叫んだ!
「危な………」
と言い切る所で二人も気づいたのであろう、一矢は咄嗟にみあを抱きかかえ体で守る様にその場に蹲った。
運転手も同じタイミングで気づき、顔色が一気に青信号から赤信号に変わった。すでに2人までの距離で止まれるスピードでない事が分かり驚きながらも力の限りブレーキを踏み、体がよじれる程ハンドルを左に切った!
サーキット場の様なブレーキ音を響かせながら車は歩道の方へ進路を変え、玲香達の所へ向かってきた!
「キャァァァー!」
と激しい叫び声を挙げたのは純子だった。憲明は純子の悲鳴で耳を傷めながらも彼女を力一杯突き飛ばした。
けたたましい衝撃音ともに車は歩道を乗り上げ壁を破壊し、やっと沈黙した。
静かな住宅街に雷が落ちたような爆音が鳴り響いた為、まるで【馬の様に】ぞろぞろと人が集まってきた。
その現場に居合わせた者たちはみんな状況が把握できないまま呆然と混乱したままでいる。
玲香は辺りを見渡しゆっくり立ち上がろうとしたその時、更なる悲鳴が聞こえた。
「いやぁぁぁー!」
またもや声の主は純子だった。その顔はまるで【ホラー映画のヒロイン】の様な恐怖と絶望に満ちたとても恐ろしい表情だった。
玲香は純子の視線の先を追うと、そこには車と壁に【サンドウィッチ】されボンネットに倒れこんでいる憲明の【上半身】が見えた。
純子はおぼつかない足取りでなんとか駆け寄り、憲明の名を呼び続けるが、玲香は何も声が出ず体も動くことが出来なかった。唯一動いた場所は……頬を伝って落ちていく涙だった。
そう、車の反対側にいる玲香には見えていたのだ。
無残にも車の横に転がっているさっきまできちんと繋がっていた憲明の【下半身】が……。
やがて救急車とパトカーのサイレンが静寂を打ち消す。
そしてそれさえも掻き消してしまう程の純子が泣き叫ぶ声を、静かな住宅街は悲しく包み込んだ………。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
ご意見、ご感想等なんでもおまちしております。