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ゴージャス♨三助 日中対決編

作者: コーヒー牛乳

ゴージャス♨三助 日中対決編


 晩秋の夜、一陣の黄砂に乗ってその男は現れた。

 男は黄砂を外套から払い落とすと、はだか湯の暖簾を潜った。

 その柄は龍と虎で、古より日中交易の窓口であった長崎の染め物で、オーナー自慢の一品であった。

「呉さん」

風呂井三助こと了がその男のほうを向いて黄砂に乗ってきた男に声をかけた。

三太郎もそれに続いて

「ニイハオ」と普通語であいさつした。

 三太郎はNHK教育テレビで中国語の普通語を学んでいるのだが、その番組の出演者、つまり先生達は女ばかりなので、勢いこれで学んだものはしゃべりが女っぽくなってしまう。

 三太郎も右に並んで同じだった。

 男は黒に五星紅旗、つまり中国国旗をあしらった人民帽を脱いでそれでほこりを払った。

「了さん、久しぶり」

 三助を本名である了で呼ぶのは、師匠筋である呉さんだけであった。

「了さん、北京からの長旅で疲れた」

 呉さんはまるで三助のサービスのような流ちょうな日本語で了、いや風呂井三助に頼んだ。

「一つ、日本の三助の技術をみせてもらいたい」

「お安い御用で」

 二つ返事で三助は引き受けた。

 まずは伝来の使い古したヘチマたわしに、新しく下したばかりの新品のレモン石鹸で泡立てた。レモンの強い香りがはだか湯の洗い場に広がる。

 三助はそれで師匠背中を流した。丁寧に、しごく丁寧に。

 それから背中をポンポンとマッサージする。

「ああ、極楽だ、極楽だ、この気持ちよさに中日の隔てはないね」

 呉さんははだか湯自慢の三保の松原から見た富士山のペンキ絵を眺めてうなった。

「北京の銭湯にこのような見事な絵はないね」

「特に私がいる中南海釣魚台の銭湯は、ギラギラしていて、まるで今の中国社会そのものですね」

 呉さんは目をつむって昔の若いころの中国の銭湯の事を思い出しているようだった。

 空気が乾燥している中国北部では、同じ銭湯に皆週に数回通っていた。貧しくても、身分の上下も関係なく。

 それが今はどうだ、貧富や身分の差が人民を隔て、通う銭湯にも格差があるような状況になっている。

 そもそも、身分の差なく皆で働く共産主義の国を作ろうと毛沢東は目指していたはずだ。

 それが今や。

 天井からぽたりと湯気が呉さんの背中に落ちた。

 呉さんははだか湯の洗い場のタイルの上に仰向けに寝転んだ。

「了さん、いや今は日本の三助と呼ぼう、北京からの黄砂もすっかり落ちた」

「三助さん、アカスリを一つ頼むよ」

 呉さんは寝ころんだまま弟子である三助に目を覗き込むようにサービスを頼んだ。

「ようがす」

 ただならぬ気配を感じて、三助はいったいいつの時代かわからない言葉で返事した。


「刺客、子連れ三助、参る」

 三助は転ばぬよう、タイルの上をにじるように歩いた。

 呉さんは薄目を開けて、その様子を見ている。

 まるで剣豪同士の間合いの取り合いのように二人は背中とヘチマたわしで対峙していた。

 それをかたずをのんで見守る三太郎。

 息をのむ二人の湯気が上がるような間合いにまたポタリと湯のしずくが落ちた。

「ちゃん、いや父さん」

 大五郎役の三太郎が叫んだ。

「ヘチマ流三助、奥義、泡切りの術」

 三助は激しく手にしたヘチマ私にレモン石鹸をなすった。

 ぶんくぶくと信じられないほどの量の泡がたち、呉さんの背中を覆った。

 外からは三助がどこをこすっているかわからない。

「むう」

 呉さんが唸り声をあげる。

 三助が呉さんの体を横に倒し、脇腹あたりをこすっている。

「うふふ」

 呉さんはくすぐったがっている。

「では参る」

 三助は呉さんをいよいよ仰向けにした。

 そして目をつむった。

「湯気の呼吸」

 そして泡だらけの手で呉さんの下腹部を狙ってゆく。

「亀滅のアカスリ」

 そう叫ぶと奇妙な果実をいらった。

 呉さんはかっと目を見開いた。

「ばかもん、亀を滅ぼしてどうすのだ」

「はっ」

 師匠の一喝に三助は首を垂れた。

 呉さんは湯を浴びて泡を落とすと、今度は自分の手に持参した石鹸をなすり始めた。

 はだか湯の洗い場に白檀のにおいが漂い始めた。

「おお、このせっけんは」

「中国特産の白檀石鹸ね」

 呉さんは三助の体を洗い場のタイルの上に横たえた。

「中南海で共産党のお偉方をひいひい言わせたわが技、うけてみよ、四川省白黒巨熊、笹の葉さらさら」

 呉さんの手は白檀の香りの泡で包まれ、三助の背中は柔らかくすられている。

「ぐひひひひ」

 三助は呉さんの技に身もだえた。

「いけ、今回出番の少ない我が息子、三太郎よ」

「ちゃん、いや父さん」

 三太郎はいざゆかんと自らはだか湯の洗い場に仰向けになった。

 呉さんは「松茸、松露トリュフ拾い」と叫ぶと三太郎の松茸と松露をいらった。

「ああー」

 三太郎は悶絶した。

「ぜえ、ぜえ」

 三太郎親子、呉さんの3人たちはいつの間にか息を切らせていた。

 そして三人とも互いの顔を見合わせると、笑い始めた。

「呉さんはさすがにわが師匠だよ、相変わらずすごい技だった」

「いやいや三助よ、お前の技も日本のものと合わさって見事なものだった、危うく亀が滅ぶところだったよ」

「やはり、呉さんは我々の師匠だ」

 と出番の少ない三太郎が口を挟む。


 ひとしきり笑った後、呉さんは目を瞑った。

 そしてカミングアウトした。

「三助よ、わしが今回訪日したのはほかでもない、政治のためだったんじゃよ」

「何ですって、師匠」

「今度の日中首脳会談、中国側は中南海の釣魚台飯店で日本方を接待するつもりじゃ、そのとき風呂を使うというのじゃ」

 「はあ」

 呉さんはぽつぽつと続けた。

「風呂といっても日本には様々な種類がある、サウナ、温泉、トルコ式」

「中国側は日本の首脳を接待するのにもちろん日本にあるものと同じものを用意する、その中でアカスリは中国で普及していて、日本ではそうでもないものじゃ」

「そこで中国共産党は、日本の伝統の三助技術を盗み、それをこのたびの接待に使うつもりでわしを差し向けたのだ」

 ポタリ、ぽたりと天井から湯気がしたたり落ちてきた。

 呉さんの頬も濡れていた、涙なのか湯気なのか。

「わしもお国のためだとこの仕事を引き受けた、が、しかし」

 呉さんはまるで許しを請うように天井を向いた。

「お前たちとアカスリ対決をしておもいだしたのじゃよ」

「アカスリに最も必要なことを」

「呉さん、それは」

「それは受ける客の平安、リラックスじゃよ」

「風呂に入って温まってアカスリを受ける、それは平安を生み出す泉じゃ」

 呉さんはそういうとすっくと立ちあがった。

「さあ、湯冷めしないうちに帰るよ」

 そういうと人民帽を裏返しにかぶって、はだか湯を去っていった。

「三太郎さぁん」

 番台の上にかかっている柱時計の真下に今回三太郎よりさらに出番の少ない絆サクラがいた。

「き、き、絆さん、今までそこにいたの」

 三太郎があわあわしている。

「男の人同士っていいわねえー、私あこがれちゃう」

「いや、我々は同性愛じゃあなくって」

「うそよ、ほんとは、おとこのひとってばかねえっておもってたの」

 絆サクラはくねくねしながらいたずらっぽく言った。

「じゃあ、三太郎さん、また明日学校でね」

 風の冷たい冬の夜、絆サクラは暖かい家に帰って行った。

 番台からはだか湯オーナー鶴亀万蔵が残った三太郎親子に声をかけた。

「さあ、今夜はこれでおしまいだ、掃除してくんな」

 丸首シャツ、ステテコ姿の三太郎が答えた。

「ようがす」

 いつの時代かわからない言葉で。

 三太郎に春が来るのはいつだろうか。

 かこーん、洗い場を洗うデッキブラシがケロリン桶を弾き飛ばす音がした。



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