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暗闇の中で、誰かが私を呼んでいる。
…………璃桜。
あなたは、誰?
どこに、いるの?
…………璃桜。
闇の彼方に、光が見える。
その光の真ん中に、漆黒の人影が見える。
此方に、手を差し伸べる貴方は、誰。
…………璃桜。
その手を取りたくて、正体が知りたくて、必死に自らの手を伸ばす。
伸ばせば伸ばすほど、遠ざかる貴方。
「…………璃桜」
待って、置いていかないで。
もう、1人にしないでよ。
「…………璃桜、」
嫌だよ、もう離れたくない。
お願いだから――――――――――――。
「私を、置いていかないでっ!!!!」
はっと、瞳を見開く。
初めに見えたのは、木でできた天井。
そして、私を覗き込むように心配げな表情で見下ろす惣次郎、………ううん、総司。
駄目だ、総司だって認めたくない。
叫んだ私の頬を、優しく撫でる貴方が、沖田総司だなんて。
どうやら、あのまま気を失っていたらしい。
……あまり嬉しくない夢を見ていた。
内容は、はっきりと思い出せないけれど、体中が嫌な汗でべたついている。
「大丈夫、此処にいれば、絶対ずっと一緒にいられるから」
にっこりほほ笑むあなたに、ゆるり、と無理矢理笑みを浮かべた。
………嘘だよ。
だってね、そうちゃん、貴方は、…………………長く生きられない。
こんなことを知っていながら、何もしてあげられない残酷な私を、貴方は許してくれる?
新撰組について知っていることを、すべて忘れてしまいたい。
どうして私は、新撰組を勉強してしまったのだろう。
未来を、知っていても、ここではなんの役にも立たないのに。
むしろ、…………邪魔にしかならないのに。
どうせなら、医療とか、技術系等のことを勉強していればよかった、と深く思う。
そうしたら、少しでも役に立てたかもしれないから。
「璃桜、何か悩んでるでしょう?」
「え、そんなことないよ」
不審げにこちらを見やるそうちゃんに、空元気で無理に、ははは、と笑ってみせた。
瞬間、ぐに、と頬の肉を抓まれた。
ぐにぐにぐに、と揉まれる。地味に、痛い。
「……………しょーひゃん?」
「無理に笑わないの。璃桜が思ってることなんて、バレバレだよ。どうせ、なんで私だけ未来を知ってるの、とか思ってたんでしょう?」
「…………」
言い当てられて、撃沈した。
双子の兄の惣次郎には、私の気持ちはやっぱり何も隠せないようで。
そっと、白状した。
「……だって、嫌でしょう?壬生浪士組の将来も、みんながどうなるかも、分るんだよ」
「え?」
まさかそこまで知っているとは思っていなかったようで、彼は驚いたように目を見張った。
「なんで、璃桜そんなことまで知ってるの?」
「……私、大学生だもの。今、歴史専攻で、幕末について研究したいと思ってたから」
いつ、どこで、誰が、何をする。
そんなの、大学受験の時にさえ必要な知識。
「そう、か、19歳って、大学生だった……」
「年号も、出来事も、頭に叩き込んだもの。それに、………皆がどうやって死んでしまうのかも、全部知ってる」
「……………」
とても、言いたくなかった、こんな事。
惣次郎に、嫌だ、と思われたくなくて、その表情を見ることができない。
一度下げた顔を、あげることができなかった。
また、鼻がつんとして、涙が盛り上がってくることに嫌気がさす。
涙を零さないように耐えて、じっと黙ったまま、布団の端っこに視線を固定していた。
少しでも、そうちゃんのことを覗うのが怖かったから。
「………璃桜」
どのくらい経ったのだろう、ぽつりと名を呼ばれた。
「……………ごめん、そうちゃん、私、此処では邪魔者でしかない、よね」
無意識のうちに、弁解口調になっている、そんな自分にもいらつく。
どこまで、私は自分が可愛いのだろう。
「……璃桜、聞いて」
「……………っ、」
顔を手のひらで包まれて、視線を上げさせられた。
琥珀のように薄い瞳同士が交わる。
「璃桜、よく聞いて。璃桜がこれからのことを知っていようといまいと、俺は璃桜から離れたりなんかしない。死ぬまで、絶対に一緒にいる。約束する」
「………うん、」
柔らかく、目を細めて笑う貴方の言葉は、しっかりと胸に刻まれる。
「例え俺が、すぐに死んでしまうっていう史実だったとしても、もうここに璃桜がいる時点で、歴史は変わっているのかもしれない。なんて言ったらいいのかわからないけれど、歴史なんて本人たちの道の選び方で、変えていけると俺は思う。要は、意志の力が大事なんだよ」
「…………意志の、力?」
「そう、だから、璃桜の歴史が変わってほしい、って思う力が強ければ、変わるんだと思う」
「本当に……そう思う?」
繰り返し強く言って欲しいと、思ってしまう。
“総司”がそう言うのなら、本当にそうなる気がしたから。
「思うってば。だから悩む必要なんて、これっぽっちもないんだよ、璃桜」
――――――――“いま”を生きよう。
そう言って、手を握ってくれた。
不思議と、涙は零れなかった。
その掌の暖かさに、歴史なんてどうでもいい、そう思える気がした。
変えることができるなら、幾らでも変えてみせると、決意する。
たとえ未来が変わって、私が生まれなくなったとしても、それでも。
……………“総司”が生きていける未来があるのなら、私はその未来を選ぶから。
ぐすぐすと、詰まった鼻水を啜っていれば、総司によしよしと頭を撫でられた。
今日はずいぶん、そうちゃんに頭を撫でられたなぁ。
漸く、貴方のことを沖田総司だと認められた自分に、少しだけ笑みがこぼれた。
「そうちゃん、って呼んでいてもいい?」
「え? いいよ。……てゆーか」
「なぁに?」
「あ、………何でもない」
「何、気になるよ、話してよ」
何かを言いかけて、言葉をきり、そっぽを向かれてしまった。
つんつんと、その筋肉質の二の腕をつつき続ければ、観念したかのようにため息が聞こえた。
「……笑わない?」
「うん、絶対笑わない。」
「……良いに決まってる。……………だって俺、名前を変えるとき、もしいつか璃桜に逢えた時にそうちゃん、って呼んでもらうために、“そう”が入ってるこの名前にしたんだよ」
「……え、」
何それ。
言い終わった彼を見れば、心なしか耳が赤く染まっていて
そして、わざと目を逸らしていた。
…………可愛すぎる。
「ふふ」
その可愛らしさに思わず、約束を破って笑ってしまった。