表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ただ儚く君を想う  作者: 桜樹璃音
第2章 文久三年三月十二日
8/14

4





暗闇の中で、誰かが私を呼んでいる。


…………璃桜。


あなたは、誰?

どこに、いるの?


…………璃桜。


闇の彼方に、光が見える。

その光の真ん中に、漆黒の人影が見える。


此方に、手を差し伸べる貴方は、誰。


…………璃桜。


その手を取りたくて、正体が知りたくて、必死に自らの手を伸ばす。

伸ばせば伸ばすほど、遠ざかる貴方。




「…………璃桜」




待って、置いていかないで。

もう、1人にしないでよ。




「…………璃桜、」




嫌だよ、もう離れたくない。

お願いだから――――――――――――。




「私を、置いていかないでっ!!!!」




はっと、瞳を見開く。

初めに見えたのは、木でできた天井。


そして、私を覗き込むように心配げな表情で見下ろす惣次郎、………ううん、総司。


駄目だ、総司だって認めたくない。

叫んだ私の頬を、優しく撫でる貴方が、沖田総司だなんて。



どうやら、あのまま気を失っていたらしい。

……あまり嬉しくない夢を見ていた。

内容は、はっきりと思い出せないけれど、体中が嫌な汗でべたついている。




「大丈夫、此処にいれば、絶対ずっと一緒にいられるから」




にっこりほほ笑むあなたに、ゆるり、と無理矢理笑みを浮かべた。



………嘘だよ。

だってね、そうちゃん、貴方は、…………………長く生きられない。


こんなことを知っていながら、何もしてあげられない残酷な私を、貴方は許してくれる?


新撰組について知っていることを、すべて忘れてしまいたい。

どうして私は、新撰組を勉強してしまったのだろう。


未来を、知っていても、ここではなんの役にも立たないのに。

むしろ、…………邪魔にしかならないのに。



どうせなら、医療とか、技術系等のことを勉強していればよかった、と深く思う。

そうしたら、少しでも役に立てたかもしれないから。




「璃桜、何か悩んでるでしょう?」


「え、そんなことないよ」




不審げにこちらを見やるそうちゃんに、空元気で無理に、ははは、と笑ってみせた。


瞬間、ぐに、と頬の肉を抓まれた。

ぐにぐにぐに、と揉まれる。地味に、痛い。




「……………しょーひゃん?」


「無理に笑わないの。璃桜が思ってることなんて、バレバレだよ。どうせ、なんで私だけ未来を知ってるの、とか思ってたんでしょう?」


「…………」




言い当てられて、撃沈した。

双子の兄の惣次郎には、私の気持ちはやっぱり何も隠せないようで。

そっと、白状した。




「……だって、嫌でしょう?壬生浪士組の将来も、みんながどうなるかも、分るんだよ」


「え?」




まさかそこまで知っているとは思っていなかったようで、彼は驚いたように目を見張った。




「なんで、璃桜そんなことまで知ってるの?」


「……私、大学生だもの。今、歴史専攻で、幕末について研究したいと思ってたから」




いつ、どこで、誰が、何をする。

そんなの、大学受験の時にさえ必要な知識。




「そう、か、19歳って、大学生だった……」


「年号も、出来事も、頭に叩き込んだもの。それに、………皆がどうやって死んでしまうのかも、全部知ってる」


「……………」




とても、言いたくなかった、こんな事。

惣次郎に、嫌だ、と思われたくなくて、その表情を見ることができない。


一度下げた顔を、あげることができなかった。

また、鼻がつんとして、涙が盛り上がってくることに嫌気がさす。

涙を零さないように耐えて、じっと黙ったまま、布団の端っこに視線を固定していた。


少しでも、そうちゃんのことを覗うのが怖かったから。




「………璃桜」




どのくらい経ったのだろう、ぽつりと名を呼ばれた。




「……………ごめん、そうちゃん、私、此処では邪魔者でしかない、よね」




無意識のうちに、弁解口調になっている、そんな自分にもいらつく。

どこまで、私は自分が可愛いのだろう。




「……璃桜、聞いて」


「……………っ、」




顔を手のひらで包まれて、視線を上げさせられた。

琥珀のように薄い瞳同士が交わる。




「璃桜、よく聞いて。璃桜がこれからのことを知っていようといまいと、俺は璃桜から離れたりなんかしない。死ぬまで、絶対に一緒にいる。約束する」


「………うん、」




柔らかく、目を細めて笑う貴方の言葉は、しっかりと胸に刻まれる。





「例え俺が、すぐに死んでしまうっていう史実だったとしても、もうここに璃桜がいる時点で、歴史は変わっているのかもしれない。なんて言ったらいいのかわからないけれど、歴史なんて本人たちの道の選び方で、変えていけると俺は思う。要は、意志の力が大事なんだよ」


「…………意志の、力?」


「そう、だから、璃桜の歴史が変わってほしい、って思う力が強ければ、変わるんだと思う」


「本当に……そう思う?」




繰り返し強く言って欲しいと、思ってしまう。


“総司”がそう言うのなら、本当にそうなる気がしたから。




「思うってば。だから悩む必要なんて、これっぽっちもないんだよ、璃桜」




――――――――“いま”を生きよう。




そう言って、手を握ってくれた。

不思議と、涙は零れなかった。

その掌の暖かさに、歴史なんてどうでもいい、そう思える気がした。


変えることができるなら、幾らでも変えてみせると、決意する。

たとえ未来が変わって、私が生まれなくなったとしても、それでも。


……………“総司”が生きていける未来があるのなら、私はその未来を選ぶから。


ぐすぐすと、詰まった鼻水を啜っていれば、総司によしよしと頭を撫でられた。

今日はずいぶん、そうちゃんに頭を撫でられたなぁ。


漸く、貴方のことを沖田総司だと認められた自分に、少しだけ笑みがこぼれた。




「そうちゃん、って呼んでいてもいい?」


「え? いいよ。……てゆーか」


「なぁに?」


「あ、………何でもない」


「何、気になるよ、話してよ」




何かを言いかけて、言葉をきり、そっぽを向かれてしまった。

つんつんと、その筋肉質の二の腕をつつき続ければ、観念したかのようにため息が聞こえた。




「……笑わない?」


「うん、絶対笑わない。」


「……良いに決まってる。……………だって俺、名前を変えるとき、もしいつか璃桜に逢えた時にそうちゃん、って呼んでもらうために、“そう”が入ってるこの名前にしたんだよ」


「……え、」




何それ。

言い終わった彼を見れば、心なしか耳が赤く染まっていて

そして、わざと目を逸らしていた。


…………可愛すぎる。




「ふふ」




その可愛らしさに思わず、約束を破って笑ってしまった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ