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ただ儚く君を想う  作者: 桜樹璃音
第2章 文久三年三月十二日
5/14

1


ひらり、ひらり。

桜が、散る。



しゃらり、しゃらり。

簪が、鳴る。



その奥にかすかに見える琥珀色の貴方は。


一体、何に怯えているの。


艶やかに。

透き通って。


一体、どうして涙を流すの。



「…………り、お?」



どうして、



…………私の名を呼ぶの――――?












「…………んん…」



私の名を呼ぶのは、誰?


その問いを最後に、ひらひらと桜の舞う、長い夢から覚醒した。

ゆるゆると戻ってくる己の五感が、春の陽気にあふれる太陽を感じさせる。



眩しい。


ちらちらと瞼の奥に舞う光の粒に意識を刺激されて、導かれるように目を開いた。



「…………っ」



刹那。


そこに見えたのは。



「…………………り、お………?」



ぼろぼろと涙を零しながら、私を呼ぶ、貴方だった。



「…………………そ、うちゃん………?」



嘘。

そんなわけないじゃない。


だって、彼はもう10年以上行方不明で。



「う、うそ…………、そうちゃんが、ここにいるはずない………」


「……っ!! 璃桜…………本物だよね?!」



そう、私を揺さぶる貴方は。


小学生特有の柔らかさは見る影もなく、精悍な男の人になっていた。


けれど、最後に見た時から変わらない、茶色がかった、ふわふわの髪。長くて、綺麗な睫毛。良く笑いよく話す、薄い唇。直ぐに朱に染まる、艶やかな頬。


そして、私の頬に当てている掌の暖かさ。

何も、変わっていなくて。



「……………そうちゃん!!!!!」



目の前で涙を零しているのが、惣次郎だと確信した。

名を呼べば、その刹那、耐えきれなくなって、涙腺が決壊した。信じられなくて、惣次郎が目の前にいることを確かめるかのように、目一杯力を込めてその胸板に縋り付く。着ている物から香る匂いも、寸分違わず、惣次郎のものだった。



「そうちゃ、……そうちゃん……」



名前を、呼ぶ。

何度も何度も繰り返し。


そうでもしていないと、私の前からもう一度、ふっと消えてしまいそうだったから。




――――




「……………璃桜、ちょっと、訊いてもいい?」



惣次郎が優しく背を撫でてくれていたからか、漸く涙が止まり、少しずつ落ち着いてきた。

しゃがみ込んだ私に合わせるように、そっと惣次郎もしゃがんでくれた。


それに伴って、今までは惣次郎の服しか映っていなかった瞳に、周りの景色が映る。



「…………ここ、どこだかわかる?」


「え? 京都の、壬生寺の前でしょう?」


「うん、そうなんだけど」



歯切れの悪い彼に疑問を覚え、そっとあたりを見回してみた。



あれ……?


妙な違和感が、感覚を支配する。


まず、桜が、咲いていて。そう言えば、さっきから、何故だかぽかぽかと暖かい陽気が璃桜を包んでいる。


何かが、可笑しい。

季節だけが、私を置いて行ってしまったような。しいて言えば、時差ぼけのようなそんな感覚。



「あれ? そうちゃん、何、この服…………」



ふと、見上げた惣次郎の服は、何故だか濃紺の着物に、灰色の袴姿。どうしてだか、腰に刀がついている。しかも、二本差。


完璧な武士の模倣に、奇妙な感覚が増していく。



「そうちゃん、銃刀法違反だよ? コスプレ?」



そう聞きながらも、嫌な予想が頭を占めていく。もしかしてと、周りを歩く人々を見れば、みんな和装だった。



「………どうして……」


「…ああ、やっぱり。璃桜、分ってないよな」



少しだけ眉を落として、すまなそうに笑う貴方の言った言葉が、理解できなかった。



だって。



「………………今は、文久3年3月12日。ここは、昔の、京だ」



そんな、馬鹿げたこと、あるはずないんだから。



「そうちゃん、どうしてそんな、嘘つくの」


「嘘じゃ、ないんだ。信じられなくても、本当にここは、文久3年の京なんだよ」


「う、嘘、」



そう思う心の傍らでは、周りの状況を分析して、それが真実だと告げる冷静な自分もいて。

どれくらい、黙ったまま時間が経過しただろうか。



「…………っ、」



認めざるを、得なかった。私は、時を超えて、幕末のもっとも動乱が激しい京に、きてしまったということを。



「………なんで、」



そうちゃんと、やっと逢えたのに。やっと、幸せが自分にも回ってきたって、そう思ったのに。

―――――――――訳が分からない世界に、放り出されるの。


言いかけた言葉は、口を出ず、地面に吸い込まれた。



「………そうちゃん、」



惣次郎が、ふわり私を抱きしめたから。



「璃桜、大丈夫。不安も悲しみも、一緒に抱えるよ。今度こそ俺が、守って見せるから」



だから、笑ってよ。そう言って、貴方は私の額を自分のにこつんと、くっつけた。

その暖かさに、じわり、と涙が滲む。


そうだよ、そうちゃんに逢えたじゃない。神様は、少なくとも私の願いをしっかり叶えてくれた。


だったら、考えるのは、放棄して、この再会を喜ぼう。

今はただ、歓喜の気持ちだけに染まりたい。


そう、強く思ったから。



「そうちゃん、」


「ん?」



名を呼べば、空気一枚挟んだ距離で、何も変わらない薄茶の澄んだ瞳と見つめあう。



「……逢えて、嬉しい」



不安や恐れを、すべて閉じ込めてそう伝えれば、ははっと本当に嬉しそうに笑ってくれた。



「俺もだよ、璃桜。ずっとずっと、心配していた。一人にして、ごめんな?」



その言葉に、止まっていたはずの涙があふれ出す。



「……そ、ちゃん、…………」


「はは。璃桜は相変わらず泣き虫だなぁ」



そう言いながら涙を拭ってくれた。



「……何で、置いてったの、…………」


「離れたくて離れたんじゃないよ。あれは、不可抗力」


「………すごく、さみしかったんだよ?」


「本当に一人にしてごめん、璃桜。だから、俺のところにおいでよ。みんな、騒々しいけれどいい人ばかりだから、璃桜もきっと皆のことが好きになる」


「う、うん……、そうちゃんは、どうしてここに来たの。あの日、何があったの」



少し落ち着けば、分らないこと、訊きたいことが口から溢れてくる。



「うーん。どこから話そうか……」


「全部」


「待った、璃桜、座って話そう。長くなるよ」


「それでも、全部聞きたい」



私が貴方と離れてからの話、教えて。

そう呟くように言えば、了承の返事が、にこりと笑った笑みと共に返ってきた。



「あれはたしか、俺と璃桜が9歳の時だったよね……」







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