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「じゃーねー!」
「またあしたがっこうでねー!」
友達の家を出ようと、一歩を踏み出した時。地響きとともに、身体が平衡感覚を失った。
「……っ」
とっさにドアを閉め、同じように固まっている友達を見つめる。ぐらぐらと揺れ続ける玄関先で、きれいな置物たちが自由落下して、ただのガラクタになっていく。
そのうちに、玄関の上についている物入れの扉が開く。中に仕舞ってあるものが、友達の頭上でぐらりと傾いて。
「……危ないっ!!!!」
ガシャン、そう音がして。
恐る恐る目を開けば、間一髪、友達の母親が救い上げるようにして庇っていた。
「お母さん…!」
驚きと恐怖で、泣き始める友達。それを見て、私も家が心配になり始めた。
みんなは大丈夫だろうか。
そうちゃんと作ったものはまだ壊れていないだろうか。
小学生だった私は、そんな心配ばかりしていた。
夕方付近になって、漸く揺れがひと段落した。
「璃桜ちゃん、今日はおばちゃんと一緒にいましょう」
友達のお母さんがそういったけれど、私の意識はそれどころではなく。
「……帰ります」
それだけ言って、揺れが収まった家を出ようとしたが、流石にこんな大惨事の中子ども一人では歩かせられないと思ったのだろう、友達のお母さんが家に電話をかけてくれた。
だが、つながるはずもなく。
「……ダメみたいねぇ。おばちゃんと一緒に行きましょうか?」
そう言いながらも、自分の子どももいるわけで。
「大丈夫です。ここから100mくらいですし」
ちょっぴりお姉さんに憧れていた私は、すまし顔で答え、家に向かった。
そのまま特に危険なこともなく、私は、てくてくと夕やけの中を歩いていたの、だが。
「……あれ?」
何だか家の方が騒がしい。嫌な胸騒ぎがして、ゆっくり歩いていたはずの足が、無意識のうちに駆け出していた。
着いた家は、
「………何、これ……」
警察の人が家の周りを取り囲んで、大変な騒ぎになっていた。
どうして、私のうちの周りにたくさん人がいるの? そうちゃんとお母さんとお父さんは?
「ちょっと、すみませ…」
警察の人の間を抜けて、家に入ろうとした。
「は、入っちゃだめだ! 見るな!」
時すでに遅く、誰かの叫びが、心に虚しく響いた。
「え……何、これ…………、」
何故だか玄関から覗くリビングが、
………………真っ赤に染まる血の海だったから。
どうして、真っ赤なの?
地震が来ただけなのに。友達のうちでは、物が落ちてただけなのに。
「おかあ、さん?」
ねぇ、起きてよ?
ぺたぺたと血の海を進み、放心状態で母親に手を伸ばす。手が触れた途端に、もうすでにこの世のものではないことが、硬直した冷たい身体からわかった。
小さな私の心と頭は、その事実を拒否していて。
「おとう、さん?」
となりに転がっている父親にも、手を伸ばした。
触れるか触れないか、その瞬間に、ごろりと。
嫌な音を立てて何かが転がった。それは、父親の頭。
「………おと、う、さ、」
ぎょろり。あんなにやさしくほほ笑んでいた父なのに、今は絶望の瞳が、こちらを見つめる。
がらがらと、精神が崩れていく。
「………そうちゃ、ん……」
そうちゃんは、どこ? くずれそうな意識の淵に、その疑問だけを糧に必死でしがみついた。
私のことを、笑って迎えてくれるはずだもの。
私から離れないって、大好きだって言ってくれたもの。
だから……きっと。
どこにいるの。
探し出そうと考える思考とは裏腹に、身体は力を失ったかのように動かない。
「………璃桜ちゃん!!」
隣の家の、おばさんだ。そうちゃんの居場所、しっているのかな。
そんなことを考えて、ぼーっとしゃがみこんでいたら、突如柔らかな温もりに包み込まれた。
「……………そうちゃんは?」
「…………っ。………璃桜ちゃん、もう大丈夫よ…………。おばさんが、いるからね」
私の質問には答えてくれなかった。
けれど、あったかいと。生きて、いると。
……みんなとは別の世界にいるんだと、実感させられた。
「………みんな、どうして動かないの?」
………そんな答え、心の奥ではわかってる。
動かないのは、
冷たいのは、
血だらけなのは、
………死んで、いるから。
その事実を受け入れ始めた時、ぽたりと頬を伝う雫。
その存在に気が付いた刹那、私の意識は闇に吸い込まれた。