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戦士令嬢と迷宮の花  作者: あかり
フランカ
9/17

第八章:フランカ九歳


 気が付けば、フランカがテオと婚約関係を結んで、早二年の月日が流れようとしていた。



 いつものように、屋敷の中でも誰よりも早くに目を覚まし手早く用意を済ませ、まだ薄暗い庭先に出る。季節のせいで、日の出はもう少しかかりそうだ。


 誰もまだ起きてはいないようで、屋敷は暗く静まり返っている。

 それもそのはず。まだ讃課の鐘さえ鳴っていない早朝なのだから。


 季節は冬がもうすぐ終わる頃。

 日中はだいぶ暖かくなってきたが、それでも朝はまだ冷え込む。

 寒さに肩を竦ませながらも、身に着けるのはいつもと同じ簡素な訓練着。持ち慣れた木刀に少し重りを加えたものを目の前に構え、目を閉じる。


 その瞬間、フランカの周りの空気が一気に張りつめたものに挿げ代わった。

 先ほどまで縮こまっていた背筋は真っ直ぐになる。まるで一本の細い糸の上に立っているような錯覚さえ起こさせる引き締まったそれ。


 寒さの中で行うからこそ、その違いが如実にでるものだから、この季節のこの時間帯が、フランカは一番好きだった。

 耳を澄ませば聞こえてくるのは、朝早くから行動しているであろう小さな鳥たちのか細い泣き声のみ。


 平和な朝に感謝をして、フランカは素振りを開始した。



 いつもの朝の日課である基本鍛錬を終えた頃、遠くから近づいてくる騒がしい足音があった。


 手拭いで汗を拭いていたフランカの目の前に現れた少年は、非常に悔しそうな顔のまま叫ぶ。

「くっそ、また遅かったか!」


 すでに遠くに見える太陽は地平線の先に顔を出していた。


「おはようございます」

 表情一つ変えず、フランカは自分の目の前で地団駄を踏む婚約者に朝の挨拶を送ってみれば、


「お前は一体何時に起きているんだ!」

 と相も変わらずまるで敵視するように、返事になってない言葉を投げつけられる。


 フランカは首を傾げて見せた。

 遠くに聞こえる讃課を知らせる鐘の音。貴族であるテオからすれば、かなり早起きな方だろう。


「さぁ、測ったことがないのでわかりません。ただ私の体内時計通りに生活しているだけですから。私が起きる頃、ほとんどの人間はまだ寝ているので王子が恥じることはありませんよ」 


 励ます様に聞こえる言葉でも、テオからしてみれば『お前に私の同じ時間に起きるなんて芸当出来るはずがないだろう』という嫌味にしか聞こえなかった。


「くっそ!」


 未だに悔しそうな顔をするテオの隣をすり抜けて、彼女は屋敷の中へと足を踏み入れた。


 視線を感じ振り返れば、なにやら揺れる瞳で自分を見つめるテオの姿があった。そんな彼の頭に垂れた耳、そしてその背後に長い尻尾が見える。


 自分に対して敵対心丸出しであるはずの彼だが、学園に入る日が近づいてくるにつれて、時々このように心もとない表情を向けてくる。


 年上なのになんて顔をするんだ、というのが正直なフランカの気持ちである。

 その上で、むしろ早く学園に行ってくれないかな、そしたらもっと沢山の野営訓練が出来るのにな、なんて思ったりしていた。


 本人に伝えるとめんどくさいことになるので決して言葉にはしないが。


 二年の付き合いの中で、彼の性格もその扱いにもだいぶ慣れてきた、なので、彼が望んでいるであろう言葉を告げてみる。


「………一緒に朝ごはん食べます?今日の午前中は父が稽古をつけてくれるそうです」

「しょ、しょうがないな。お前がそこまで言うんだったら………っておい!」

 テオがいつもの調子で返事をする頃には、フランカは大きなため息を一つ残して既に屋敷の中に姿を消していた。




「おはようございます」


 フランカが着替え終わり、朝食の席に辿り着けば、そこには見慣れた光景が広がっていた。


 ハッセとヒューゴ、セレスティノの男性陣はそれぞれに新聞を広げて興味深げに世の中の動向を窺っているようだったし、エッラはメイドであった時期の癖が消えないのか、それぞれに茶を注いで回っている。

 本来その役目を受け持っているはずの別のメイドは、諦めた様子で、その両手に砂糖とミルクをもって彼女の後ろをついて回っていた。


 フェレシアの隣にはテオが座り、彼は興味深げに彼女の話に聞き入っている。

「『いけめん』とは、一体どういう意味ですか?」

「うふふ、テオ様のような男子を指す言葉ですわ」

「?」

 フェレシアの言葉に疑問符しか浮かべられないのか、テオは首を傾げていた。


 当たり前のようで、決して当たり前にしてはいけないであろう風景を華麗に黙殺して、フランカも自身の席に着席した。それはテオの右隣だ。


 それと同時にやってくるのは、彼女の朝食。


 卵の美味しさを最大限に引き立たせるように作られたふわふわのオムレツには、フランカの好きなキノコとトマト、そしてほうれん草が混ぜられていて見た目もとてもカラフルだ。


 きっと普通の令嬢であればこれだけで十分な量になるだろう。これに紅茶を足せば、優雅な朝のティータイムの完成だ。


 だが、フランカが普通の令嬢ではない。

 将来化け物と対決することを決定付けられた、日々の訓練に汗を流す戦士なのだ。当然オムレツだけではまったく足りない。彼女としてはもっと筋肉をつけたいところである。


 オムライスに加え、二つのソーセージと茹でたジャガイモを荒くすり潰したもの。そして極め付けにスコーンが二つ、ブルーベリーのジャムと共に運ばれてくる。それらがすべてフランカの前に並べられ、ようやく彼女は食事を開始した。


 まずはこの中でも一番の好物をフォークとナイフで丁寧に一口サイズに切り取って口に運ぶ。トマトの酸味とほうれん草の苦味、そしてキノコのしっかりとした歯ごたえを感じた所で、それらすべてを優しく包み込む卵の素晴らしさを実感した。


 一心不乱に食事を進めていると、隣から視線を感じた。


 食事中に喋るほど仲が良いわけではないので無言を決め込めば、彼は遠慮なく口を開いた。


「お前、ほんとよく食うよな」


 見えたのは呆れ顔の婚約者殿である。

 彼が口を開いたところで、家族は誰も気にも留めない。まるでそれが日常の一部であるかのように振る舞っている。


 フランカとセレスティノの鍛錬について行こうと必死に取り組む姿に、家族が感化されてからは色々早かった。


 元々アールグレーン家は努力をする人物は好ましく思っていたし、想像以上のテオの根性には皆一様に驚いていた。


「………」

 自分の食事を中断させるほどの話題でもないので、フランカは一瞬ちらりと視線を隣に向けた後、無言で手元のオムレツを切り分ける作業を再開させた。


「育ち盛りですものねぇ」

 なによりも、祖母のフェレシアがテオを異様に気に入ったのだ。


 理由は分からない。

 ただ、普通の人では大凡出来ない事が出来る特別な存在である彼女は、いつかテオがアールグレーン家に必要な人間になるかもしれないと、その存在を許容したのである。


 アールグレーン家の権限はすべてハッセにある。年齢を重ねた故の経験の豊富さと頭の切れ、そのすべてを使って家を守って来た。


 しかし、そんな彼ですら逆らえない人物。もっといえば、この家の裏のボスが何を隠そうフェレシアなのである。




「くっそっ!」


 アールグレーン家の庭先で、テオが悔しそうに地面に拳を叩きつけていた。

 無表情で彼を見下ろすフランカとその前に投げ出されている木刀を見れば、何が起きたのかは一目瞭然である。


「はい、フランカの勝ち」

 傍でニコニコと年若い二人の勝負を見ていたヒューゴがそう判定を下した。


 朝食を終えた若い衆たちは、約束通りフランカの父ヒューゴに稽古をつけてもらい、ある程度身体を慣らしてからはそれぞれ練習試合を行っていた。


 最初に行われたフランカ対テオに関しては、数秒でテオの木刀を弾いたフランカの圧勝で幕を閉じた。

 もう一年以上稽古をつけてもらっているというのにまったく歯が立たない悔しさに、テオは顔を上げられないでいる。


「大丈夫ですか?」 

 少年の気持ちを正しく理解しているであろうヒューゴがテオに歩み寄った。


 彼の後ろでは、フランカとセレスティノの試合が開始されている。

 二人共それは楽しそうに木刀を合わせていた。


 セレスティノがフランカの脇腹を狙って横に木刀を払えば、フランカは瞬時に身体を後ろに引く。その速さに遅れることなくセレスティノも前方に踏み込めば、フランカは体を一捻りし、そのまま彼の背後に向かって自分の獲物を振り下ろす。もちろん渾身の一撃は、セレスティノの持つ木刀に拒まれた。


 それぞれが思いもよらぬところから木刀を振るうのだが、まるでそれが分かっているかのように相手は軽やかに避ける。まるで舞っているかのように鮮やかな剣さばきである。


 目を奪われた。


 この世界で一番に尊敬する兄に、ではなく、そんな兄と渡り合う少女の姿にだ。


「フランカは強い。自分の娘だから、という贔屓目を抜いてもです。なにより、彼女には負けるわけにはいかないという強い覚悟がある。だから貴方が気に病むことは無いですよ」

「おれは、全然だめだ。あの二人に、全然追いつけない」

 未だ悔しそうに口元を引き結びながらも、目の前の二人に目を奪われている少年の頭に手を乗せ、ヒューゴは笑った。

「貴方は二人よりもだいぶ遅くに学び始めたのです。そんなにすぐに追いつけるものではありませんよ。二人と対等になりたいのなら、それだけの努力を怠らないことです」


 アールグレーン家は居心地が良い。


 もちろん尊敬する兄が信頼する家というのもあるが、なにより、この家の人々は個々を大事にし尊重してくれる。こんな風に子供で頼りない弱い自分を見て尚嬉しい言葉をくれる大人がどこにいるだろう。


 今ヒューゴから出た言葉は、彼がテオを思い、テオのために投げかけてくれた言葉だ。


「はい」

 テオは少し照れながらもしっかりと頷いて見せた。


「くっ!」

 それと時を同じくして、フランカが尻餅をつき、彼女の首元にセレスティノの木刀の切っ先が添えられた。


「うん。向こうも決着がついたようだ」

 ヒューゴが笑顔に言った。

「よし、じゃあ丁度良いし、今度は三人全員を相手にしてあげよう。みんな一斉にかかっておいで」


 そう言ったヒューゴに向かっていったフランカ、セレスティノ、テオの三人は一瞬で彼に敗北した。





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