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戦士令嬢と迷宮の花  作者: あかり
フランカ
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第三章:フランカ七歳Ⅱ

サブタイトルの第一章だった話を第二章と間違えて表記していたので、訂正しました。

ようやくヒーローの登場。


「何故我々が行かねばならんのか」

「おじい様、その言葉今で五回目です」


 機嫌の悪い祖父の前に座り、共に馬車の車輪から伝わる振動に揺れながら、フランカは冷静な声音で突っ込みを入れた。


 するとハッセは、どこかいじけた様な表情を見せる。僅かに口を窄ませているそれは家族やセレスティノしか見ることのできない顔だ。

 しかし年寄りがやっても可愛くもなんともないわけで。


 フランカは呆れた顔で祖父をねめつける。とはいっても、彼女の表情自体は、両目が少し細くなっただけなのだが。


 もちろん、百練磨のハッセからすれば、七歳の孫娘に睨み付けられたところで痛くも痒くもない。


「だがなフランカ、それでなくてもこの国の上の馬鹿共には迷惑をかけられているのだぞ?これを無視したところで別に構わんだろうて」

「それ、もし部外者が聞いたらすぐに首を刎ねられますけど」

「ふん。返り討ちにしてくれるわ」

「おじい様がいうと洒落になりませんから」


 ああ言えばこう言う、そんな捻くれた祖父にフランカは閉口した。


 丁度馬車の車輪が石畳の割れ目に飛び乗ったのか、少し車体が大きく上下に揺れた。

 そのせいで体重の軽い成長途中のフランカの身体が大きく跳ね上がり倒れた。

 

 慌てて持ち直すが、目の前の祖父は何が面白いのか肩を震わせ笑いを堪えている。彼自身はただ孫娘の可愛さに悶絶していただけだが、もちろんそんなことフランカが知る由もない。


 肩を揺らし続ける祖父をじとっと睨み付けながら、小さく息を吐く。フランカは自分の小さな身体が恨めしかった。早く大きくなりたい。そうすればもっともっと厳しい訓練ができるのに。自分と、そしてなによりも家族のために強く逞しくなりたいのだ。


 迷宮に居る化け物と渡り合い、生きて家族の元に戻るために。


 自分にはやるべきことがある。こんな所で馬車に揺られている場合ではないというのに。フランカは緩やかになった車輪の音に耳を澄ませながら窓の外を見た。


 今朝、エッラよりもたらされた手紙には、急遽王宮に来るようにと書かれていた。何故フランカが呼ばれたかといえば、いつの間にか彼女が第三王子の婚約者候補に選ばれていたからだろう。


 しかし、それはアールグレーン家にとっては寝耳に水。


 だからこそ、祖父の機嫌は地の底を這うように悪いのである。


 第三王子の婚約者候補にはすでに四人の姫が選ばれていたはず。

 一体いつからフランカが五人目の婚約者候補になっていたのかは分からないが、幾ら下級の貴族である男爵家とはいえ、王子の婚約者候補に選ばれれば一報ぐらい入れるのが筋ではなかろうかと。


 それはフランカも同感である。

 だからこそ、悪い予感がしていた。


 石畳の道を走っている時に感じる特有の馬車の振動が止まった。つまり、目的地に到着したということ。


 作法に従い、まずは男のハッセが馬車から出る。

 馬車から降りるための小さな段差が取り付けられた特有の音に耳を澄ませば、馬車入り口から祖父の手が見えた。その手を取ったフランカは、ゆっくりと城の前に降り立った。


 五歳になって少しして、一度だけ父に連れられて来た事のある王宮。花見たさに庭に迷い込み父に心配をかけたのは良い思い出である。


 伝え聞く話によれば、この城はラクノッス王国初代王の時より変わっていないと聞く。


 ちなみに初代王はこの国を建立したのは今から五百年以上も前のことだ。とすれば、城もまたそれくらいの年月が経っているというのに、それにしたってまったく古臭さは感じられない。その門の右側に佇む大きな銅像は剣と堂々たる風格を持ち合わせた男で、建国王だと言われている。


 長い長い歴史を持っていることを如実に表してくる重い門構えと煉瓦造りのその城が、フランカは少し苦手だった。

 

 それは果たして、自分の一族との因果のせいか。

 フランカが小さい身体をしているせいもあるだろうか、大きな城は彼女が顔を九十度仰向けにしてもその瞳に収まりきらないほど巨大で、この国の象徴としてこの地に聳え立っている。


 祖父に導かれながら、フランカは城の中に踏み込んだ。


 黒い髪を引き立たせながらも、あまり目立つことのないようにという一族総意の元、幼いからこそ付け加えるフリフリのレースなどはすべて省かれ、銀色の刺繍がドレスの裾や胸元を縁どっているのみ。装飾を極力抑えた深い緑色の大人しめのドレスを身に纏ったフランカは地味に映る事だろう。

 

 美しさに慣れ親しんだ王子や貴族令嬢からしてみれば特に。


 実際、王子の用意が済むまで待つようにと言われた部屋に集められた貴族令嬢達からはまるで虫けらを見るような視線を向けられた。


 部屋に入る際、連れの祖父は別の部屋に案内されたので、厳しい視線をフランカは一心に受け止める。

 といっても、今の彼女からすればそれすらも訓練だと思って喜んで耐えているのだが。


 化け物の視線はこの何千倍も鋭く厳しいだろうから、こんなことで挫けるようであれば自分はすぐに餌食となるだろう。


 普通の令嬢であれば針のムシロともいうべき状況ではあったが、フランカはまったく気にとめることはなく、逆に祖父もまた同じような環境にいるのだろうな、そしてそれを飄々とした態度でどこ吹く風と流していることだろうな、と頭を巡らせていた。


 と、周りが急にざわつき始めた。どうやら、今回の主人公、第三王子がやってきたらしい。


 彼がやってくる直前、扉の前で従者のような人物が号令のようなモノを掛けたようだが、思考を別部屋の祖父に飛ばしていたためまったく気が付かなかったので、気がつけばすでに部屋の人口が数人増えていた。


 聞けば、第三王子はフランカより一つ上だという。


 彼の兄は苦笑いで、とてもやんちゃでフランカはあまり馬が合わないかもね、と言っていた。


 フランカは扉の前に踏ん反り返るようにして立つ少年を見た。偉そうに腕組みをして、対して身長の変わらない少女達を不躾な目で見まわしている。俺様オーラを隠そうともしないところが幼いな、というのが第一印象だ。


 第三王子としてこの国の偉い地位に生を受けた彼の名は、テオ。本名はテオドールというらしい。


 セレスティノの半分血の繋がった弟らしくその顔は非常に整っていた。まだ幼い顔つきだがこれからどう成長するか非常に楽しみなモノだ。


 言葉を何も発さずそこに立っているだけで周りの令嬢達が目をハートにしているのが見て取れた。七歳の少女達とはいえ、やはり皆美しいものが好きらしい。


 しかし、生まれた時からセレスティノという美しい顔を間近で見続け、本当の兄妹のように生活を共にしてきたフランカからしてみれば、妥当だな、の一言に尽きる。

 むしろ今で言えばセレスティノの方に分配が上がるのは間違いない。彼は美しいだけでなく、頭の回転が速く物知りでしかも優しいのだから。


 ただ兄のように周囲に溶け込んでしまいそうな儚い色はなく、弟は逆にはっきりとした色を纏っていた。首に掛かる程度の短髪は青味がかった黒で、瞳は木漏れ日の日差しを受けた木々の葉の色だ。


 世闇には紛れやすそうだな、特に森の中なんて最適だ。なんて思ってしまったのは、きっと後にも先にもフランカだけだろう。


 さて、ここから茶番が始まるのか、とフランカは誰にも気づかれぬ程度に目を伏せた。


 彼女が立つのは二列目の端。

 言葉を発さず石のように立っていればいつの間にか婚約者も決まって自分は晴れて自由の身になる事だろうと軽い気持ちで立っていた。むしろ、どれくらい自分の気配を消すことができるかと限界に試そうと思ったほどだ。


 しかし、腕試しの機会が訪れることはなかった。


「フランカ・アールグレーン!今日からお前がおれのこんやくしゃだ!」

 大声で名指しをされてしまったから。


 伏せていた目をばっと上げ、声の元を辿れば、そこに立っていたのはテオ王子。


 これにはさすがに、表情の乏しさに定評のあるフランカですら、呆気に取られた顔で王子を凝視するしかできなかった。


 ただ驚いて目を見開いて立っていただけなのに、テオは何を勘違いしたのか急に憤った表情を携えて、ずんずんと彼女の方に近づいてきた。


 その迫力のせいか、周りの令嬢は何も言わず場所を開く。

 ここで空気を読むな、むしろ割って入るなり声をあげるなり邪魔してくれないか、なんて願ってみたが、そんなことが箱入り令嬢達にできるわけもなく。


「勘違いするなよ!」


 目の前にやってきたテオは、人差し指をフランカに叩きつけるように向けると、大きく宣言した。


 この時の彼は、将来の事など何も考えてはおらず、心の中に住み着く初恋の人に誤解されないようにしたいただその一心だった。だから、出てきた言葉は彼の本心だった。


「おれの心は、将来この国のために『ニエ』となられる伯爵令嬢アルビナ様だけのモノだ!彼女とおれは幼い頃出会い、一瞬であっても心を交わした。しかし、『ニエ』という立場のため、彼女は一生おれのものにはならない………」


 そこでテオは芝居がかった表情で悔しそうに唇を引き結び、苦しそうに顔を背ける。

 傍にいる令嬢達の表情もまたハラハラを含んだ切ないものに代わっていくのが見て取れた。大方テオの初恋物語りに感化されたのであろう。


 これ本気なんだろうなぁ聞いているのもめんどくさいなぁ、と当事者でありながら一番冷静であろうフランカは思う。 


 幼い頃から常に周りを見極め、心を揺さぶられるなと説かれてきた彼女からしてみれば、茶番でしかなかった。この場に連れて来られた時からある程度の茶番劇は覚悟していたが、想像以上だった。むしろ金を払ってでも見ることを遠慮したくなるほど出来の悪い喜劇である。


 こんな事に付き合わされるぐらいなら、父と山で二泊三日の野営訓練でもすればよかった。剣術や自活能力の向上を測れたというのに、とここに来たことをひたすら悔やみ続けていた。


 テオの顔が再びフランカに向けられたことで、彼女は脳内での愚痴吐きを中断せざるを得なくなった。

 一応、聞いているという体を装っていなければ後でどんな難癖をつけられるかわからない。


「お前は彼女にそっくりなのだ!だから、仕方なく、仕方なくおれはお前を傍におくことにする!アルビナ嬢の身代わりとして、だ!」


 第三王子が肩で息をするほど気持ちが高まっている一方で、いつでも冷静に判断が出来るようにと訓練されているフランカはどこまでも冷めていた。


 セレスティノは言っていた。テオは少しやんちゃだと。


 ―――いや、違う。これはただ単に態度だけが大きい我が儘なガキ。やんちゃなんて可愛らしいものではなかろう。


 祖父譲りの頭の回転の速さで、自分達が近い将来きっと婚約者同士になることが予想されたが、きっと分かり合う事はないだろうなということだけは確信できた。


「………はい、了承しました」

 第三王子直々の命令だ。是、以外の言葉を、男爵令嬢であるフランカが持ち合わせているわけもない。


 というわけで。


 第三王子と侯爵令嬢の初恋物語りに加え男爵令嬢の横恋慕の話が、その場に居た他の四人の令嬢により、面白おかしく貴族社会に伝え広がることとなった。






 その後のアールグレーン家と言えば。


「フランカさんになんという仕打ち!今すぐにでもこの国を機能停止に追い込みたい気分です!いえ、追い込みましょう!」

「うん、止めないよ。何か、手伝う事ある?」

「一国を停止に追い込むのでしたら、それなりの計画が必要ですわねぇ」

「具体的な計画なら、儂の方で練ろうかの」

「あなた方が言うと洒落にならないから、止めてください」

「この国の民に罪はありませんから、止めてください」


 父、義母、祖父母が顔を会わせて不謹慎な事をいうものだから、この場で一番幼く当事者であるはずのフランカは呆れた顔で止めに入った。隣に立つセレスティノもまた苦笑いをしながらフランカに同調する。


 誰よりもフランカに弱く、セレスティノを息子のように可愛がる大人四人は少し残念そうに眉をハの字に曲げた。


「そんな顔をしてもだめです」

 腰に手を当ててつんと顔を背ければ、表情は乏しくとも己の心は一目瞭然だ。


「愚弟が、本当にもうしわけない」

 苦笑いを収めた第一王子もまた、少し意味合いは違うものの、大人達同様の顔をしてフランカを見つめてきた。


「セレス兄様のせいでもありません。あれは、全面的に第三王子が悪いです。不本意ではありますが、将来的に侯爵家王家両方の弱みが握れます。きっと近い内に宰相殿から話がくるでしょう」


 先ほどまでのほのぼのした空気に一度終止符を打って、一家の家長であるハッセが何か思うところがあるのか、顎に手を添えて目を細めた。その視線は真っ直ぐにフランカへと向けられている。


「まぁ、そうだのう。さすがフランカじゃ、先が分かっておるか」

「えぇ。私が居なくなった後、コルテス家令嬢を適当な理由を付けて男爵家に迎え入れるよう要請するでしょう。彼女は居なくなったことになっているんですから。わたしとなり代わり男爵令嬢となった彼女は王子の婚約者となります。ほとぼりが収まって来た頃、元コルテス家令嬢は再びコルテス家に戻ります。養子という形で。そして彼女は王子と結婚する。周りは二人の令嬢が瓜二つなのは承知のため、家族と婚約者の心の傷を埋められるのならと好意的に受け止めるはず。そして、二人の初恋とやらも我が一族のおかげで実るってことです」


 大人達は表情の差はあれど誰もその言葉に反論はしなかった。


「………フランカは、それでいいの?」

 第一王子がおずおずと口を挟めば、


「えぇ、もちろん。私の未来に、恋だの愛だのは無用でしょう?」

 首を小さく傾げた七歳の少女は、表情一つ変えることなく、そう答えた。





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