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戦士令嬢と迷宮の花  作者: あかり
フランカ
2/17

第一章:フランカ四歳


 それは、フランカが四つの年、もしくは後数か月で五つの歳を迎える日の出来事だった。


 フランカの家は貴族の中でも最下位に位置する男爵位を所持しており、その立場は決して強いものではない。領地は小さく、国の中でも一方を海に、もう一方を山に面した非常に扱いにくい土地で、特産品といえば塩だけ。これといって目立った特徴もないのが特徴ともいえる。


 しかしフランカは知っていた。


 本当に時々祖父に連れられて貴族社会に出るたびに後ろ指を指され、嘲笑される自分の家族が誰よりも有能であるということを。


 祖父は表向きこそ好々爺を装っているがその実誰よりも頭が切れる人物であったし、祖母は少し浮世離れした雰囲気で普通の人からはまず聞く事のできないであろう面白い話を聞かせてくれる。父はおっとりとしたその性格からは到底想像もつかない才の持ち主で、亡き母は儚げな見かけとは裏腹に誰よりも物事に精通していたという。


 どうしてその才を使って偉くなろうと思わないのかと問えば、それは先祖の犯した罪の償いの証なのだと皆は言う。難しすぎて当時のフランカは首を傾げた。

 それを見て、家族は優しく笑っていた。

 常に穏やかで平穏な家族だった。

 フランカが彼らの激しい怒りをこの身に感じたのは、後にも先にもたったの一度だけ。



 今でも彼女は鮮明に覚えている。あの夜の事を。


 雷の鳴り響く嵐の夜、一人の人物がフランカ達家族の元を訪れた。

 その時はたまたま海と山に面した小さな領地ではなく、王都の小さな屋敷に居たため、簡単に訪れることが出来たのだろう。

 位の低い男爵家とはいえ、フランカの家は古くからある由緒正しき家柄。だというのに、その男は数名の護衛と共に不躾な態度でやってきた。


 尊大な態度が目立つ男がやってきてすぐに、フランカは自室に戻された。残りたいと言っても、これは大人の問題だと聞く耳を持たれず扉が閉められる。


 しかし胸騒ぎの止まらないフランカはメイド達の目を掻い潜り部屋を抜け出した。

 元々家族達と居たのは談話室。あの重苦しい空気から察するに、きっと大人達は部屋を変えたことだろう。どの部屋にいったかなど、幼いフランカには皆目見当がつかない。だというのに、彼女は何かに導かれるようにとある一室の前で静かに立ち止まった。


 中から漏れ聞こえるのは大人達の言い争う声。


『そんな馬鹿な話を我々に受け入れろと申されるかっ!』

 これまで一度だって祖父の荒げた声を聞いたことなどなかった。


『受け入れろなどとは言っていない。お前達に拒否権はないのだから。所詮侯爵家と男爵家。元から選択肢はない。分かっているであろう』

 どことなく陰湿な感じのする低い声は今まで耳にしたことがなく、きっとこれが例の客人のモノなのだろう。


『けれど、フランカは我々の一粒種。彼女をなくせば最後、この家がどうなると思っていらっしゃるのですか』

 祖母の声は怒りではなく困惑に溢れていたし、

『我が亡き妻は、このために命がけで娘を産んだわけではない!』

 父は哀しみに打ちひしがれているようだった。


 そこでフランカは気が付く。彼らは自分の話をしているのだということに。

 彼女はもっと詳しく聞こうと耳を寄せた。


『いいや、きっとあの娘はこのために生まれてきたのだ。神の御神託が巫女によりこの地に齎された。実に八年ぶりのことだ。しかし、その御神託により十七の誕生日を迎えると同時にこの国の化け物の贄として捧げられることが決まったのが可哀想な我が孫娘。調べによれば、我が孫娘アルビナと、男爵家直系の娘フランカは見た目が瓜二つで歳も同じだという。これはまさに運命。可哀想な我の孫娘の身代わりとして、ハッセ、お前の孫娘が生贄となるのだ』

『ふざけるなっ!』


 二つの何かが大きくぶつかる鈍い大きな音がした。怒りのあまり、祖父であるハッセが拳を机に叩きつけたのだろう。


『ははは、無様なものだな。遥か昔には王族にも負けるとも劣らない栄華を極めたお前の一族が、孫娘一人守れぬまでに堕ちるとは』



 ―――ラクノッス王国には化け物が住んでいる。誰にも手をつけられない恐ろしい生き物。ソレを鎮めるただ一つの方法は、数年に一度選ばれた贄を捧げること。



 どうやら、今年その贄が選ばれたらしい。しかし偉い貴族は自分の孫娘が可愛い故に、似ていると言われるフランカを代わりに差し出そうというのだ。


 生贄の入れ替えなど、今まで聞いたことがない。


 フランカの家族はそんなモノ認めないと言い張っているが、所詮貴族社会に縛られている身。相手の方が位が高い以上、きっと反論は認められない。

 最悪一族すべてが粛清されるだろう。


 とはいえ、この一族の分家は何代か前の当主の妹から派生したものだけで、その一族も今は身を潜めている。何の運命の悪戯か、一族には代々男一人しか生まれないのだ。フランカという女児が生まれたのも、実に二百五十年ぶりの事だという。

 そういうわけで、表向き存在しているのは本家にであるフランカと血のつながった家族たちだけだった。


『神の御神託により選ばれた贄を入れ替える、それは即ち神に背くということではありませんか』

 そう尋ねた祖母の声は、先よりか幾分か落ち着いていたように聞こえた。


『神とはいえ、我らの事を常に監視しているわけでもあるまいし、人間界を深く知っているわけでもあるまいよ。所詮化け物に喰われるだけの生贄だ。似た者二人を入れ替えた所で、怒りを買う事もなかろう』


 その言葉が耳に届いた瞬間、フランカの心臓が一度だけ不自然なほど大きく跳ね上がった。


 一気に頭が冴え渡る。

 何故か、これからの自分のすべき行動が手に取る様に分かったのだ。


 フランカには時々、こういう瞬間が訪れる。

 それは、土砂降りになるから屋根のある場所に居ようと思ったり、青天の日に船を止めるよう言えばその数刻後荒波が現れたりなど、規模は様々であった。家族からは、祖母から引き継いだ力なのだと聞かされていた。


 繰り返される言い争いに終止符を打つために、フランカはドアノブに向かって手を伸ばす。小さな彼女の指先が触れた時、閉まっているはずのそれは驚くほどすんなりと開いてみせた。


『おじいさま、おばあさま、おとうさま』

『………フランカ?』

 現れると思わなかった幼い娘の登場に、家族達は一様に瞠目して見せたし、反対に客人はこれはこれはと驚きに目を見開いている。

『想像以上に、アルビナによく似ている』


 どうやら、本来の生贄に選ばれた娘によく似ていることは間違いないようだ。客人は満足そうに頷いた。


『この人の言う通り、わたしが贄となりましょう』


 祖父が、祖母が、父が、何かを言い募るのが分かったが、正直あまり覚えてはいない。

 ただ、こうしなければいけないのだという強い使命感と、満足そうに頷く客人の持ち上がった口の端だけが脳裏に染みを作ったまま消えない。


『ふははは。なんだ、こんな無能な大人達よりも余程頭が回ると見える。よくぞ言った、フランカ・アールグレーン。先祖の犯した愚かな過ちを、今こそその身を持って償うのだ』


 こうして人知れず挿げ代わった二人の少女の運命。

 それが後に、どういった結末を齎すのか。幸か不幸か、この時はまだ誰も知るモノは居なかった。





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