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戦士令嬢と迷宮の花  作者: あかり
テオ
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第五章:テオ十三歳Ⅲ

今回は少し長いかもです。

あとがき部分に小話を載せてみました。


 図書館で話すのもなんだから、ということで。テオとフランカ、そしてテーセスの三人は人があまり来ない裏庭にやってきていた。


 ようやくフランカが仮面を外す。


「………ひ、久しいな、げ、元気だったか」

 敢えてフランカとテオを横に一列に立たせ、自分は後ろで見守っていたテーセスだったが、テオの緊張で強張った後姿と、絞り出した何とも言えない言葉に再び吹き出しそうになる。


 普段は己を律し、女子生徒達に落ち着いているやら大人っぽいやらと評されているのに、たった一人の少女の前では、そんな王子も形無しだ。


 きっと勇気を振り絞って言ったであろう言葉だったのだが、横目でテオを見つめるフランカの返答は相も変わらず素っ気なかった。

「あそこまで頻繁に手紙を送ってくださるので、私はあまり久しぶりには感じませんね」 

「そ、そうか?………そうか、久しぶりな感じがしないか」

 テーセスは笑いをかみ殺すのに必死だった。


 第三者からすれば、フランカの言葉はそれなりの皮肉が込められているとわかるのに、当事者のテオは何故か嬉しそうに頬を染めている。


 乙女か。


 そんな彼に慣れているのか、フランカは特に反応することは無かった。

 あまりの温度差に、まるで何かの喜劇を見ているかのような錯覚に陥る。


「あー、えーと、テオの婚約者さん?」

 このままだと、テオの乙女化が止まらないと悟ったテーセスは、無理矢理二人の間に割り込んだ。喜劇を見続けるのは面白いのだが、役者同士の温度差があまりに酷いと、見ている観客の方が疲れてくると相場は決まっている。


「手紙の方で何度か、聞いております。挨拶が遅れて申し訳ありません。………フランカ・アールグレーンと申します」

 見事な礼で、フランカは自身の自己紹介をした。


 この国では、身分の低い方から挨拶をするのが習わしである。


「僕の方も、噂はかねがね聞いているよ。テーセス・リーゲルド。テオの友人をしてます。どうぞよろしくね」

 そう言ってテーセスがフランカに握手を求め、二人の手が重なった瞬間、二人の様子を眺めていたテオの眉が微かに寄った。

 彼を良く知る人物であれば、彼が不機嫌になったと分かるだろう。


 これで、フランカの事を好きじゃないと思っているのだから、このお坊ちゃんは手に負えないよねぇここは自分が友として一肌脱いでやるか、とテーセスは勝手に意気込んでみる。


 テオが居る前で、テーセスは握っていたフランカの手を引き、彼女の身体を自分の方に引き寄せるとその耳元に口を寄せてみせたのだ。荒療治だがこれが一番手っ取り早い。


 テオが息を呑んだのが分かったが、無視をし、そのまま言葉を紡いだ。

「知ってる?………テオね、いっつも君の手紙を大事そうに持ち歩いてるんだよ」


 フランカという少女を、テーセスは知らない。

 だから、彼女のテオに対する関心度も調べてみるという意味でも効果的だ。


「………はぁ。それが何か?あの人がどうしようと私には関係ないと思うのですが。別に私がそうしろと強制したわけでもありませんし」

「おぉ」

 微かに眉を寄せ、なにを言い出すんだ、とも言いたげな少女の返答に、テーセスは逆に感嘆の声を漏らしてしまった。


 釣れない態度は意地っ張りの裏返しかと推測していたのだが、フランカのテオに対する好感度がゼロに近いのは本当のことらしい。


 これは先が長そうだ、と苦笑を漏らせば、唐突にフランカとテーセスの身体が第三者の力で引き離される。

 先ほどまでテーセスと繋がれていたはずのフランカの手は、今はテオに握られていた。

 そのままテオはぐいぐいとフランカをテーセスから引き離す。だというのに、フランカから見えるのは、テオの背中だけ。


「なにをそんなに怒っているんですか」

 理不尽な怒りを向けられて苛立ってもおかしくないはずなのに、フランカの声は至って平坦だった。

「何って、それはっ!」


 フランカの背後にテーセスが見えた。こんなにも緊迫した雰囲気だというのに、いつものように軽薄な笑みを浮かべて、自分達を見ている。

 手首を引かれたままのフランカも無表情で、この場で取り乱しているのは自分だけなのかと思うと悔しくなった。


「お、男にあんなに近づくなんておかしいだろう!お、おま」


 ―――お前は、おれのだろっ!

 最後まで言い切る前に、彼の脳裏に木霊した声があって、テオは瞠目した。


 不自然に途切れた言葉にフランカは再び訝しげに目を眇めて、すべてを悟ったテーセスは笑みを深くする。

 どうやら病的に拗らせたテオでも、フランカとテーセスが近距離で話していることを嫌だと思う理由に思い当たったようである。ここまでくれば、もう認める以外道はないだろう。


 随分回り道をしたものだ。


 見れば、急に力を無くしたのようにフランカの手首を離したテオの首から頭にかけて、どんどん赤くなっていくのがわかった。面白いぐらいの変わりようだ。 

 フランカの顔を見つめたまま、地上に上げられた魚のように口の開け閉めを繰り返している。

 だというのに、その口からはなんの音も出てこない様子から想像するに、それらの行動が無意識に行われているということが見て取れた。


 乙女か。


 テーセスは今回二度目のツッコミを心の中で行った。


 一度は、彼の乙女化を止めようとしたものの、もうここまで行くといっそ行ける所まで行ってほしいとすら思う。

 フランカが冷静で男前な分、丁度いいのではないだろうか。


 フランカにとっては迷惑極まりない考察が、テーセスの心中に浮かんでは消えていく。


「………それでは、私は帰ります」

「も、もうか」

 奇妙な雰囲気に包まれていた空気をぶった切ったのは、相変わらずのフランカであった。

 テオがわたわたと声をかけると、

「用事は終わったので」

 とばっさり会話を切られていた。


「お前の用事は、オリピスに会う事だったのか」

「はい。おじい様から、渡すモノがあったので」


 フランカの回答を聞いたテオは、一つ心に決めたことがあった。

 一度無言でフランカの瞳を見つめ続けたかと思えば、その顔はどこか覚悟を決めたような強さを帯びていく。

 そんな中、彼の手が彼女の頭の方に向かって動いた気がした。が、テオは頬を赤く染めたかと思えばすぐにその朱色をかき消し、次いで顔色が悪くなったと同時にそっと己の腕を下していた。


 ここまで表情や顔色が変わるとは、最早芸術としか言いようがない。


 テーセスの考察では、テオはきっとフランカの頭に手を乗せて撫でてやりたかったのだろう。だが、それを自分の頭の中で想像して恥ずかしくなったに違いない。それからフランカに払いのけられる未来を想像して心が折れたようである。


 だから乙女か。


 背後では本日三度目のテーセスからのツッコミが入っていた。

 もちろん、そんな事露ほどにも気づいていないテオは言葉を紡いだ。


「気を付けて帰れよ。俺もやることがあるからな。それが終わったら、きっと、前みたいに会えるだろうな」


 嬉しそうに言う婚約者の意図が分からず、けれど掘り下げるのも面倒くさそうなので、フランカは無表情で首を傾げるだけに留めた。

 


✿ ― ✿ ― ✿

 

 フランカへの恋心をようやく認めたテオの行動は早かった。


 あんなに嫌がっていたハッセとの面会を、手紙を通して取り付ける。

 きっと、長期戦になるだろうと覚悟を決めた。馬を使い、海の領地にまで赴く必要があったので学園の休みを確認して、向かう算段を整える。


 ヒューゴの意見に従った結果、自分がアールグレーン家に行く事を知っているのは、幼い頃一緒に出入りをしていた付き人だけ。

 彼には偽装工作に協力してもらった。

 アールグレーン家と王家の間に隠し事があると確信した以上、王子の自分がかの家を出入りすることをよしとしない人間もいるだろうと考えたのである。


 付き人の彼は何故か、嬉しそうに任せてくれと言っていた。


 テーセスには用事があって学園を離れることが多くなるとだけ伝える。少し何かを聞きたそうにしていた彼だったが、テオが頑なに何も言わない事を察して、口裏合わせなら任せろと、非常に心強い言葉をくれた。


 学園が二日間休みになった時、テオは初めての遠出をした。

 朝早くに出て馬を必死に走らせたものの、山を越えた結果アールグレーンの領地に辿り着いたのは日が暮れようとしている頃だった。


 事前に知らせてはいたので、屋敷の前には、弟の到着を今か今かと待ちわびる兄、セレスティノの姿があった。


「やぁ、よく来たね」

「お久しぶりです、兄上」


 馬番に馬を任せた後、兄に連れられるがままにテオは、男爵という地位にしては立派過ぎる屋敷へと足を踏み入れた。


 フランカは居ないのかと顔を巡らせていれば、すべて分かったかのような優しい笑顔のセレスティノが、フランカは友人達と出かけており、今日は帰らないと言ってきた。


 少し気落ちしてしまったテオだったが、彼のために用意された夕食が並ぶ食堂に通され、ハッセとフェレシアと顔を会わせた時、すぐさま心を引き締めた。

「ご無沙汰しておりました。今の今まで、顔を出せずに居て、申し訳ありませんでした」

 礼儀正しく頭を下げる王子に、ハッセもフェレシアも何ともいえない心地で目を細める。ヒューゴからの手紙に記してあった通り、とても真っ直ぐに成長してくれたものだと、嬉しくなっていたのだ。


「久しいな」

 ハッセはあくまでも当主としての威厳を損ねないように、短く言葉を発した。表情は頑固爺そのものだ。

 すぐさまニッコリと笑ったフェレシアのフォローを入れる。

「お久しぶりですわね、テオ様。どうぞお座りになって。早く食べ始めなければ、折角の夕食が冷めてしまいますわ」


 彼女に促されて、テオとセレスティノも席同士でアールグレーン夫妻と向かい合うように座った。

 それからは、主にセレスティノとフェレシアを中心に会話が盛り上がった。


 ハッセは時々相槌を入れていたが、ハッセが居るせいだろうか、テオは始終緊張しっ放しであった。あまり食事の味を覚えていないほどに。


 夕食が終わり、ハッセは無言で部屋を出る。

 その後ろをセレスティノが追い、彼に促されるようにテオも続いた。これから先行われることの見当が付いている当主夫人は優しい顔で彼らの後ろ姿を見送った。


 ハッセを追いかけるよう二人の行先は、当主が仕事をする職務室だった。


「………手紙は、受け取ったが」

 職務室の扉を開けてすぐに飛び込んでくる大きな年期の入った机の上に肘をついたハッセが、厳しい面持ちで目の前に佇む少年を見た。 

 テオは知らずの内に喉を鳴らして唾を呑み込む。

 ただの学生の彼にはあまりにも厳しい空気である。


 セレスティノは、二人の間に立ったまま、黙ってその様子を見守っていた。


「セレスがすでに一度返答を返していたはずだがのぉ。それは読んだうえでここに来たと思っていいのか」

 試す様な話しぶりだ。テオは口を引き結び、苦手とするハッセの冷たい緑の瞳から目を逸らすことはしなかった。


 ふと、その瞳の形や冷やかさがフランカのモノと重なった。色は違うのに、祖父と孫娘はよく似ていると思ってしまった。

 と同時に、気持ちが込み上げてきた。


「貴方は仰いました、疑問を覚えたなら、疑問を疑問のままにしないようにと。その言葉に従い行動した結果、どうしても分からないことがありました。………国の建立時に居た六人目の人物や、歴史が語る貴方達一族の事。どうしても、納得がいかないのです」

「私は言ったはずだよ、『知らないの方がいいこと』もあると」


 横から聞こえたセレスティノからの言葉に、テオは首を振った。


「確かに、世の中にはそういう事柄もあるでしょう。例えば、ヒューゴ様や兄上、そしてあいつの強さの秘密などね」

 テオの瞳は爛々と輝いているように見えた。兄に向けた瞳を再び正面のアールグレーン家当主に戻す。

「ですが、アールグレーン家と王家の秘密は、遡れば俺にも関係あることだと思っています。………それに、何も知らないままあいつの傍にいることは、アールグレーン家の皆様に失礼にあたる。俺はあいつの婚約者だ。何があっても、彼女の傍に居たい」


 弟の唐突な告白に、セレスティノはようやく認めたのかと安堵の笑みを浮かべた。

 それとは対照的に、ハッセは苦虫を噛み潰したかのような表情をする。口をへの字に曲げた当主に、セレスティノは笑いを堪えられなくなり顔を背けた。微かに肩がが揺れるがしょうがない。


 不機嫌になったハッセの様子に気づいていながらも、ここで引いては負けだと、テオは更に言い募った。

「そのためには武器が居る。武力だけじゃなく、知識という名の武器です。ハッセ様、どうか俺も貴方の懐に入れてはくださいませんか。絶対にあなた方を裏切らないと誓います。俺は、本当の意味で、アールグレーン家の一員となりたいのです」


 ハッセはちらりとセレスティノを見た。


 元々、この少年をこちら側に引き入れたいと考えたのはこの第一王子なのである。彼がどういう想いでそんなことをしたのかは分からないが、頭の良い彼の事だ。悪いようにはならないだろう。 

 そんな事を思いつつ横目で自分を見つめる彼の視線に気づいたセレスティノは笑って小さく頷いた。


 心は決まった。


 だが、

「事が事だ。すぐに、是と答えることは出来ん。お主の覚悟を見せてみろ」

 

 結局、テオはようやくアールグレーン家の歴史を知る事になったのは、それから五度目の訪問を終えてのことだった。そしてそれが、この国の闇に触れることと同義であったのだと、彼は思い知ることになる。


 ―――テオが、十四歳の秋の出来事であった。







「おーい、テオ」

 ある日の夕方、廊下の窓から落ちていく夕日を見つめていたテオの元に、テーセスが近づいてきた。

 テオの唯一といっても過言ではない友のニヤニヤとした笑顔とその手にある手紙が近づいてくる。 

手紙の送り主がフランカというのを知っているのは、受け取ったテーセスだけ。ただただそれを知らされた時のテオの反応が見たいがためだけに黙って近づいていく。

 意地が悪いを言われてもよい。面白いものが見られるのであれば。

「なんだ?」

「これ、なーんだ」

 満面の笑みで手紙を差し出してくるテーセスを少し胡散臭く感じながら、彼の手にあった手紙を受け取る。厚みのない、白い封筒。後ろを向け、一番下の端に書かれていたのは、先日想いを自覚したばかりの、この世で一番大事にしたい相手の名。

「っ!」

 白い肌が急激に赤く変貌した。脈絡が無かった分、驚きと嬉しさの入り混じった結果だろう。基本表情の硬いテオの目尻が少しだけ垂れ下がったように思う。

「ははは、超初心な反応!それが見たかったんだよねぇ!」 

「う、五月蠅い!」

 からかってくる友にそう言って、テオはイソイソと手紙を胸元にしまうと、用事が出来たと告げさっさとその場を後にした。

 ―――約三月ぶりの返信だ。誰も居ないところで早く読みたい。

 テオの心の声がダダ漏れに聞こえたテーセスは、笑顔でその後ろ姿を見送った。

 

 のだが、


「ん?」

 テオが去って行った後の周囲の雰囲気が普段と少し違うことに気づき思わず小首を傾げていた。

「………テーセス様」 

 意を決したように近づいてきた代表のような二人の女子生徒達が、上目遣いに自分を見上げてきたので、これはなにかの誘いかな、などと思った一寸前の自分をテーセスは後に呪いたくなった。

「わたし達、今見たこと、誰にも言いませんからっ」

「へ?」

 まるで何かに挑むような強ささえ感じる口調に、テーセスは目を点にした。確実に甘い誘いなんかではない。

 一体なんだというのか。

 隣の女子生徒も口を開いた。

「テオ王子には婚約者がいらっしゃいますが、彼女は学園に居ませんし、テオ王子とテーセス様はお似合いだと思います!」

「………」

 なんとなく話は読めた。

「「「お二人の秘めた関係、私たちは応援してます!!」」」

 その場に居たであろう女子生徒達の声が重なり大合唱を奏でたかと思えば、次の瞬間蜘蛛の子を散らすように全員が散り散りに駈け出していく。

 残されたテーセスは、もうフランカのネタでテオをからかうのは場所と時を選んでからにしようと心から誓った。


 彼で遊ぶと、飛び火する。

 

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