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戦士令嬢と迷宮の花  作者: あかり
テオ
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第一章:テオ十一歳



 テオが国の方針に従って学園に入学して、すでに一年という年月が過ぎていた。



 最初の頃こそ新しく覚えることが多すぎて周りを気にする余裕すら無かったが、一年もすれば少しは息をつく暇が出てくるもので。

 フランカやセレスティノ、アールグレーン家の人々の元を離れてからの日々はとても寂しかったし、この学園内で自分に求められる『第三王子』という地位は息苦しさを感じさせた。


 数年前までこの地位にこそ固執していたはずなのに、面白いほどに人間とは変化する生き物である。


 今の自分のこの気持ちをフランカが知ったらどう思うだろうかと想像して、きっと彼女の事だからまったく表情を変えることなく『それがなにか』なんて言ってきそうだ、と思えば自然と笑いが込み上げてきてしまった。


 一人喉の奥を鳴らすと、少し遠くにたまたま居合わせただけであろう男子生徒数人が驚いたように肩を上げ逃げていく。


「?」

 自分はただ一人で笑っただけなのに、なぜこんなにも怯えられているのだろう。

 少し不思議に思う。


 別にテオは孤立しているわけではない。例え王位継承が低いとはいえ、この国に三人しか居ない妙齢の王族の人間ともなれば、やはりそれなりに取り巻きというモノは居る。


 ただ彼らと居ると、あまりにも第三王子という地位がのしかかってくるような錯覚に陥るので、時々こうして全員を巻いて一人になるのだ。それに、ここ数年貴族という貴族と接してこなかったこともあって、その中に自分が居ることに違和感を覚えていた。


 アールグレーン家は良い意味でも悪い意味でも貴族らしくなかったせいだろう。


 しかし逆に、取り巻きと化している貴族達を除くほとんどの人間からは遠巻きにされている。彼らからすれば、王族とは恐ろしく思えるのだろうとあまり気にも留めていなかった。


「くくくっ」


 何とはなしに生徒達が走り去って行った方を見つめていると、急に自分以外の声が聞こえた。なにやら笑いを噛み締めているような失礼な声音だ。


「誰だ」

 少しむっとしながら視線を上に向けると同時に、近くにあった大木の上の葉が揺れた。


 と、思った瞬間には人が一人、テオの足元に着地していたのだ。


 その人物の動きと重力の法則が相まって、決して短くはない髪が風に靡くと同時に、宙を待っていた葉の数々が地上に降り注ぐ。しかもその髪色が、テオが今までに見たことがないほど深い赤色だったものだから、葉の緑とのコントラストが強烈過ぎて息が止まった。


 そんなテオにもお構いなしに、不躾にしげしげと眺めまわしてくる目の前の人物に、思わず片眉が持ち上がった。だからと言って害をなしてくるわけでもないので、とりあえずしたいようにさせておく。


 まずは相手の出方を窺うことが、物事を有利に働かせる秘訣なのだと尊敬する一番目の兄が言っていた。それに、最初から負の感情で人と向き合えば必ず状況は負の連鎖を起こすとも言っていた。二つ目に関しては、ヒューゴからの教えである。


 あくまでも冷静に視線だけで目の前の青年を追っていたテオを見て、目の前の人物は人差し指と親指で己の顎を挟むと、なにやら興味深げに頷き始める。

「うーん、なんか前に比べてだいぶ大人しくなってる気がするなー。随分と雰囲気が変わったねぇ」


 まるで、昔からテオを知っているような口ぶりである。

 しかし、こんな髪色の人物ならば、一度でも相対していれば覚えていそうなものだ。とりあえず、テオの記憶にはまったくない。


「オレを知ってるのか?」

「うん、一度だけ会った事があるんだよー僕達、お城でね」


 肩まである深い赤い色の髪は、むしろ赤い色と表現すること自体間違っているのではないかという気にさせるほど鮮やかで、けれど面白いモノを見るかのように己を見つめてくる瞳は海の底のように深い。


「………すまない、覚えていない」 

 テオは正直に言った。


 赤髪の彼からすれば、一度会ったのに覚えてないということは非常に失礼な行為だろう。気分を害したとしても仕方のないことだ。


 だが、目の前の彼の反応は思っていたものと違っていた。


 一瞬呆気にとられたように口を半開きにしてテオを見つめていたようだが、次の瞬間には堪え切れなくなったかのように大きな声で笑い始めたのである。


 今度はテオが驚く番である。自分の発言のどこに笑う場所があっただろうかと、一瞬本気で思案してしまいそうになるほどに。


「あーはっはっはっ!急に笑ってごめんねぇ、あーおっかしい」

「何がそんなに可笑しいんだ?」

「いやぁ、君が僕を覚えてなくても仕方ないかも。あの時のテオ王子は誰が来ても不機嫌そうにしてたしねぇ。もう、『おれは好きでここにいるんじゃない!おれにめいれいするな!』って周りの大人達に喚き散らしてたからさぁ。あ、ちなみに、僕達同い年で、六歳の時に会ってるんだぁ」


 そう言って赤髪の彼は手を差し出し、テオに握手を求めてきた。


 たった今聞かされた自身に関する思い出話は、昔の自分ならば確実にやっていたであろう行動で、今のテオにとっては忘れたい過去に他ならない。少し俯ぎがちに握手に答えれば、


「今の君となら仲良くなれそう。僕はテーセス・リーゲルド。よろしくねぇ」

 テーセスは嬉しそうに、歯を見せながら眩しい笑顔を見せてきた。

 


 それから、テーセスは鬱陶しいくらいにテオに構ってくるようになり、いつの間にか彼らは二人で行動することが多くなっていた。


 テーセスという友人を得て、テオの学園生活は更に深みを増した。

 聞いたところによれば、テーセスは国でも位の高い伯爵家の人間であったらしく、幸い王子であるテオの傍に居ても文句を言う者は少なかった。


 人伝いに、フランカが祖父のハッセと共に領地に戻ったと知った時、茫然自失の状態で言葉を失くしていたテオを励まし、手紙で遣り取りをするように提案したのもテーセスである。


 手紙にて事の真相を問いただそうとしたテオが、いつものようにフランカからの素っ気ない返事に撃沈していたところもテーセスは目撃していたし、それからも週に一回の頻度でせっせと手紙を出すテオも、二月三月に一回の頃合いでしか戻ってこない手紙を握りしめて誰にも悟られぬように静かに喜ぶテオも見てきた彼からすれば、フランカという婚約者に興味を持たない方が無理な話だろう。


 余談だが、頬を紅潮させ、返ってきた手紙を皺くちゃになるまで何度も読み返すテオの様子に、テーセスが微笑ましげに「婚約者のこと、そんなに好きなんだねー」と声をかければ、「は?何の話だ」なんて返されたものだから、テオのように拗らせまいとテーセスが女性達との交流を増やしたことは、彼だけの秘密である。



✿ ― ✿ ― ✿ 

 


 一番最初に感じた違和感は、剣術の授業を受けている時だった。

 学園に入ってすぐにこの授業は受けることは出来ない。

 

 何も知らない子供が剣を持てば、最悪命に関わるからである。最初の一年は男女共に基礎体力をつけることや、馬術を学んだ。


 そうして二年生になった十一歳の時に、ようやく男女が別となりそれぞれに求められるモノを身に着けるのだ。女は茶会の作法、男は剣の腕、といった具合に。


 テオは自分の剣の腕にまったくと言っていいほど自信がなかった。

 

 アールグレーン家で学んでいた頃、ヒューゴを始め、セレスティノにも年下の少女であるフランカにすら歯が立たなかった自分が、同い年のすでに剣術を学んできたのだと豪語する少年達に叶うはずもない。


 王子として情けない姿を晒すよりは、王子という地位を使って特別に個人授業を受けようかとも思ったほどである。聞けば、第二王子アレスもそうしていたらしい。


 だが、テオが少しでも及び腰になろうとする時ほど、フランカやセレスセレスの姿と共に、師であるヒューゴが言っていた努力を怠らないようにという言葉が蘇る。

『遅れて進み始めた分、努力を惜しまないように』


 自分が恥じを掻くだけで彼らに追いつく事が出来るのなら、何を迷うことがある。


 

 だが。


「やめー!勝者、テオ王子!」

 気が付けば、周りに広がる倒れた同級生たちの姿。


 珍しく驚いた顔をするテーセスも含まれている。

 数多いる同級生のただの一人も、テオに勝てる者が居なかった結果だった。


「………」

 そんな彼らを見つめた後、テオは木刀を持つ己の拳を見下ろして瞠目した。



 ―――何故、


 心に浮かんでは消える疑問。



「いやぁ、さすがです、王子」

 まるでご機嫌取りをするよう猫撫で声で話しかけてくる剣術の先生を見つめた後、テオは彼にも勝負を挑むことにした。


 微かに芽生えた可能性を、否定したかった。


 しかし。


「勝負あり!」

 審判役の生徒が声を上げる。


 競技場の真ん中では、尻餅をついた教師と、彼の首元に木刀の切っ先を突き付けたテオが居る。


 誰も言葉を発せなかった。


 異様な空気を感じ取ったテオがにっこり笑って木刀を下げた。

「流石先生。オレに花を持たせて勝たせてくれるなんて」

「………ははは!やっぱり王子に勝つわけにはいきませんからねっ!」

 教師は引き攣り笑いを浮かべて今日の授業の終了を告げるとすぐさまその場から姿を消した。


 彼の後姿を見送っていたテオの隣に、テーセスが立ち、彼と同様に教師の後姿を見送りながら言った。

「あの教師、手加減なんてしてなかったよねぇ」

「………」

「流石王子様、ってとこかな。あんなに自信ないっていってたのに、やっぱり最高級の指導受けてたんじゃないの」

「………」

 テオは、手元を見下ろしたまま何も答えない。無意識のうちに木刀を握りしめる手に力が籠る。そこから悲鳴が聞こえそうなほどに。


 

 ―――昔から剣術を嗜んでいた同級生、そして剣術の教師に勝ったオレでさえ、あの三人には到底及ばない。どうして、彼らはあんなにも強い? 





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