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戦士令嬢と迷宮の花  作者: あかり
フランカ
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第十章:フランカ十四歳


 王都にあるアールグレーン家の屋敷と出た後、海の傍にある領地に越してきて、すでに四年という年月が過ぎていた。

 月日が過ぎていく、それは即ち、フランカが生贄として捧げられる日が近づいてくるということに他ならない。


 十七歳の運命の歳まで、もう三年しか残されていなかった。

 


「おじい様、セレス兄様、少し海の方へ出てきます」

「あぁ」


 屋敷の職務室にて沢山の書類と向き合っているハッセと、その隣で手伝いをしている様子のセレスティノに声をかけ、フランカは屋敷を出た。


 海に面したアールグレーン家の治める領地は、王都から馬車で一眠りできるほど揺られた距離の先にある。王都方面を山で囲われているため、馬車を使っても時間がかかるのだ。


 しかし、その山の中にアールグレーン家の人間しか知らない秘密の近道があったりする。

 馬で全速力で走れば日帰りで行き来できる距離なので、セレスティノは相も変わらずアールグレーン家に出入りしていた。


 小さいながらも、海からの恵みを最大限に利用しているため中々に活気のある領地だった。

 といっても、歴史のせいで他の領地の人々からは後ろ指を指されていることに変わりはないのだが。

 領地の真ん中に位置する屋敷から、一番活気があるといっても過言ではない市場までは、徒歩で向かってほどなくして辿り着く。海の幸が所狭しと並ぶこの市場を抜けた先に、海が広がっているのだ。


 海の傍に住むということは、それなりの危険が伴う。

 塩害としてモノが錆びやすくなることはもちろんのこと、寒くなる季節は海風の強さに人々は閉口する。なにより、海に関する災害の可能性。津波などくれば、一溜りもない。


 万が一の事があってはならないと、領民たちの住む場所は海とは反対側の、アールグレーン家の屋敷の裏側に設置されていた。


 海に面する領地を所有する貴族は他にも数名居るはずだが、このような処置が施されているのは、アールグレーンの領地だけだと記憶している。


「おや、お嬢様、また海に行かれるので?」

 市場を通る最中、気の良い魚屋の女将が声をかけてきたので、

「今日の潮の流れを観察しておこうと思って」

 手に持つ籠を掲げて見せながら、フランカは言った。


 四年が経った今でも、フランカの中に愛想という文字は存在しない。だが、これでも誇り高きアールグレーン領の領民。一族の孫娘の特性は良くわかっているつもりだった。


 女将は豪快に笑いながら言葉を続ける。

「ははは、フランカお嬢様が領主になっても、アールグレーンの領地は安泰だねぇ」

「そう思って貰えるようがんばります。それじゃあ」


 いつものように適当に切り上げてフランカは歩みを進めた。


 市場を越えて更に歩みを続ける。熱かったスープがぬるくなり始めるであろう頃合いで、大きく広がる海が目の前に姿を現した。


 昨日も来たのだが、今日は少し海の波が落ち着いているようにも見える。

 持ってきた籠に入っている少し大きめの敷物を砂浜に置いて、その上に座り込む。そして再び籠を漁り、紙の束と羽ペン、インクの入った瓶を取り出した。


 これは、四年前からフランカが行っている海の引き潮や波の高さ、天候を書き記したものである。あらゆる海の状態を知り、何が起きても冷静で居られるよう分析し、そしてすべての状況に精通できるよう己を鍛え上げるのだ。それは、祖父から課された訓練の一つでもあった。


 今日の紙に必要事項を記入していると、視界の端を数名分の影が横切った。


「フランカ様、お疲れ様です」

「セシア」

 敷物の端に立ち、フランカの持つ紙を覗くように見てくるのは、金髪の短髪をキラキラと光らせた目元の涼しげな人物。一見美青年にも見えるが、その実彼女は女だった。


 何度もエッラに、女にしておくのが勿体ないと泣かれるほどの人物である。


「今日も海の観察に?」

「はい。これも訓練の一つなので。セシア達は鍛錬の途中ですか?」

 一つ年上の彼女の質問に、フランカは丁寧に答えると同時に質問を返した。


 セシアの後ろには、数名の男女が立っている。

 下はフランカより少し幼い子から、上はフランカより少し上ほどまで。彼らはフランカと視線が合わされば、丁寧に頭を下げてきた。

 それを振り返り見つめていたセシアは、穏やかな笑みで頷いてみせた。


 今この場に居る全員に共通するモノがある。


「そうです。ワタクシ共には貴女をお守りするという大役がありますからね。後三年の間にどれほど成長できるか、目指すのはそれただ一つですよ」

 フランカは立ち上がり首を振ると頭を上げるように促す。

「皆さんが私に頭をさげる必要はありません。何度も言うようですが、あなた方には言い尽くせぬ恩があります。アールグレーン家に対するその忠誠心、そして勇気。礼をしなければいけないのは私の方なのですから」

 そう言って彼女は小さく頭を下げた。


 主人であるはずのフランカの言葉に、彼らは一様に慌てだした。

 その慌て具合は、先ほどの訓練中に感じた緊張感を微塵も感じさせない物で、フランカは心のどこかでほっと息を吐いた。


 とても好ましいと思える人物達だ。


 砂浜の上に立っているのは、フランカを含めた六人の少女達と、同数の少年達。全員まだ成人年齢にも達していない年若い者達ばかりだ。

 彼らは、フランカが領地に戻って来たその次の日に、ハッセによって引き合わされた。


 アールグレーン家はフランカを島に送る代わりに、彼女を生き延びさせるためだけに心を砕いてきた。

 下手に一般の人間を共にやって足手まといになるよりはと、彼女に命を懸けても良いと思う優秀な若者を集った。そうして集まった者達。それぞれ理由は違えど、アールグレーン家には大きな恩があった。


「我らは、仲間。同士なのですからね」



 彼らこそが四年の後、生きて帰った者が居ないと言われる化け物のラビリンスに送られる、生贄達である。




 付き従う少年少女達に休憩を言い渡して、セシアはフランカの隣に腰を落ち着けた。

 フランカを挟んだ彼女の反対側には、セシアと同い年の少年、パオロが座る。彼は茶色の短髪を思いきり後方に掻き上げたような面白い髪型をしていた。

 見た目同様、美青年のような優雅なセシアとは正反対の野性的な少年だ。

 フランカの周りには居ないタイプの人間である。


 彼らの周りでは、それぞれが思い思いの時間を過ごしている。

 時々泣き叫ぶ声や怒号、笑い声が飛び交うものの、そのすべてを黙殺してセシア、フランカ、パオロの三人は会話を始めた。


「これは?」

 セシアが紙の束と共にフランカの手に握られていた封筒のようなものを視界に捉えて質問する。


 フランカに手紙を送る人間など限られている。


 祖父に代わり王都の屋敷に残った父ヒューゴと、その後妻エッラ。

 この間の手紙には、第二王子のアレスがそろそろ初陣するようだと書いてあった。それに付き従うようにとのお達しがあったが気が重いとも。手加減することほど大変な事はないのだと零していたのが父らしいと思った。


 エッラは、王都の情報やいざこざなどを面白おかしく書いて送ってくれる。それと同時に、手紙を運ぶ鷹の扱い方や、機密裏に情報を送る方法などを学ばせてくれた。


 フランカの母シーラは、儚い顔に似合わず隠密を主とする組織の長であった。そしてシーラ亡き後、彼女の一番弟子であったエッラがその後を継ぎ活動を続けている。


 今は宰相一族の企みを調べるべく王都に残り行動しているのだが、腐っても宰相家。エッラの統べる凄腕の隠密部隊をもってしても、その中心に入るには骨がいるようだ。しかもそこに教会が絡んでいるらしいのだから始末に負えない。


「残念ながら、父でも義母からでもないのです」

「じゃあ、例の王子様からか」

 からかう様な口ぶりでイシシとパオロが笑えば、「フランカ様に向かってなんて口ぶり!」とセシアからの怒号が飛ぶ。


 セシアとパオロは幼馴染で、それぞれ親は居ないと聞いている。そして、エッラの部下の元で育て上げられた彼らは隠密に精通した人間でもあった。


 身のこなしだけを見れば、フランカなど遠く及ばない。助走をつけることもなくある程度の塀は飛び超えられる跳躍力はもちろんのこと、本気で走れば誰も追いつく事は出来ない素早さ。

 飛び道具に関しても狙った獲物を外した所を、一度として見たことは無かった。


 一生かけても彼らの領域には辿り着けはしないだろう。


「まぁ、そうですね。律儀に送られてくるんで、読むだけ読もうかと」

「相変わらず返事は三月に一回なのか?相手は週に一度は手紙を送ってくるっつーのに?」


 パオロが再び話かければ、「だから口調を治しなさいとなんども!」と涼しげな面影を消し去ったセシアが顔を真っ赤にさせながら突っ込んでくる。だが、パオロはまったく意に介さない様子でフランカの手元だけを見ていた。


 出会ってすでに四年。これがいつもの光景なのでフランカも見て見ぬ振りをしていた。


「別に、書く事がないので」


 ―――自分の生活は至って単調なものだ。訓練や鍛錬しかしていないのだから。


「かぁぁぁ!可哀想な王子様だなぁ。長期の休みがあればせっせと通いに来てるっていうのによ」

 まるで酒に酔った男が如く陽気に言葉を紡ぐパオロに、フランカは首を傾げた。表情は無だが、それで十分彼女の心は伝わった。


「別に、私は頼んでいませんが」


「「………」」

 いつも窓越しに盗み見るだけの王子の姿を思い出して、セシアとパオロは少し同情してしまう。


「でも、王都に居る仲間達から王子の噂はいくつか聞いていますよ」

 固まった場の空気を変えようと、セシアが声を上げた。

「今や十五歳となられたテオ王子は、学園の注目を一身に集められていると。口数が少なく、誰とも慣れ合わない高貴な存在であると同時に、冷静さも持ち合わせる文武両道の完璧な存在だそうです。なのに時折みせる細やかな優しさを忘れないものだから、男女共に心酔されるものが多くいらっしゃるとか。今や、兄上であられるアレス様よりもご令嬢達に人気なんだそうですよ」


 可哀想に思ってしまったテオの印象を少しは良くしてあげようかという目論見から並べられた言葉達だったのだが、それが失敗に終わったと察したのは、フランカが再び首を傾げて口を開いた時であった。


「それは学園での余所行きの姿でしょう。私にとってはいつまでも口の悪い偉そうな男にしか見えませんが」

 取り付く島もなかった。



 未だに、フランカとテオの距離は遠いようである。

 



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