第0章:フランカ十七歳
アイリス大賞に応募するために練っていたお話しです。
もしかしたらタイトルを途中で変更するかもしれません。
作者大好物のギリシャ神話をオマージュした、最強チートヒロインとM疑惑のある不憫ヒーローの織りなす結構シリアス時々コメディな恋と冒険の物語。
どうぞよろしくお願いします。
昔々、その当時の宰相であるアスラレス・アールグレーンは、神の意向に逆らいその逆鱗に触れた。
その罰として、ラクノッス王国は神より化け物を授けられることになる。
それは恐ろしく狂暴で、人間には到底制御できるのものではない。手あたり次第に穀物を荒らし、果ては人間をも喰らった。手に負えなくなった当時の王は神に知恵を授けてもらえるよう願った。
教えに従い出来上がったのは、入れば最後、何人たりとも出てくることが出来ない迷宮とも称される複雑に入り組んだ要塞。
それを国が所持する四方を海に囲まれた島に造り、化け物をその中に隔離した。
化け物は怒った神の造り出したモノ。容易に死なせてはならない。
そのため数年に一度、生贄として数名の若い男女を船に乗せ島へと運ぶ。それは平民であったり、貴族であったり。誰が行くかは神の意向によるものなのでその時になるまでは分からない。
生贄が捧げられる、王国の島に住まう生き物の名はラクタウロス。
上半分をイノシシの身体とし、その下半身を人間という、世にも恐ろしい化け物である。
ラクノッス王国、語り手知らず。
✿ ✿ ✿
陸に住まう人々はまだ寝入っているであろうその時間帯の海は薄暗く、少しでも気を抜けば不気味な静けさを含む水の中に引きずり込まれそうな、そんな気味の悪さを湛えていた。
聞こえてくるのは波音のみ。
そんな暗い海に浮かぶのは、年若い人間達を乗せた三つの小舟。
彼らの行く手に広がるのは250年もの間何人たりとも出てきたことがないと言われる巨大な迷宮を携えた伝説の島。
そこに待つは伝説の化け物。
早い話、彼らは数年に一度その化け物に捧げられる贄であった。
先頭の小舟の先頭に座るフランカはその紫の瞳で目の前に聳え立つの迷宮を見据えていた。脳裏に蘇るのは、島にやってくる途中で祖父に言われた言葉。
―――何があっても生き延びろ。これは、当主命令だ。
この約束を違えないためだけに、彼女は己の力を磨き上げてきた。
小舟が微かな音すら立てる事なく岸辺へと上陸すれば、若者達は慣れた手つきで少ない荷物と共に船から飛び出していった。
島のほぼすべての面積を占める巨大な迷宮のその扉を仲間たちが迷いなく潜っていく中、フランカは一度だけ視線を海へと向ける。
自分が何故こんな風にも感傷的になっているのか、彼女は理解出来ないでいた。常に冷静であれと律してきたのだ。感傷的になる心が自分に残って居たことに驚きすら覚えるほど。
海を見つめる彼女の脳裏を過るのは二人の男女。
つい先ほどまで己の婚約者であった青年と、彼に笑いかける自分と瓜二つの顔を持つ娘。すべての柵を払いのけ、ようやく共にある事を許された彼らは、フランカの脳内で手に手を取り笑いあっている。
「………」
所詮己は舞台が整うまでの仮初の存在。
彼らの物語りの始まりは、自分にとっての終わりなのだと。
―――きっとこれで良い。
上下違う形の花弁を携えた小さな白い花が海風に揺れているのを視界に端に微かに認めつつ、フランカは自分に言い聞かせた。
迷宮に入れば、この小さな痛みを伴う理解できない気持ちも消えてなくなるだろうから。
「フランカ様」
自分が最後の一人。
背後から促されて、フランカはさっと身を翻した。
先ほどまでの憂いの帯びた表情を切り捨て、まるで何も思い残すことなどないかのように真っ直ぐに正面だけを見据える。
迷宮に入れば最後、もう二度と彼と顔を合わせることはない。
婚約者として生活してきた十年は、これから歩む何十年という月日の中では些細な時間なのかもしれない。けれど、ほんの少しでも自分の存在を彼が心のどこかで覚えていてくれればそれでだけでいい。
―――彼との物語りは終わってしまったけれど、自分にとっての新たな物語がここから再び始まる。