ジェスター・ルーフィーその2「大事なもの」
先にお見合い部屋に着いたシャーロットは不安になっていた。いつもそばにいるカリンとクレアが部屋を出ていったきり時間になっても戻ってこなかったからだ。
(まったく、なにやっているのかしら?)
2人の事を心配しているとジェスターがやってきた。
「やぁシャーロット様、少し遅れて申し訳ない」
「あ、いえ大丈夫…カリン!クレア!」
ジェスターについて入ってきたカリンとクレアを見つけてシャーロットははじけるように立ち上がり歩みよった。
「どこにいっていたの?心配したのよ」
「…すいません」
「…ごめんなさい」
カリンとクレアは静かに謝った。クレアはともかくカリンまで妙に神妙なようすに違和感を感じさらに事情を聞こうとしたがジェスターが割り込んできた。
「シャーロット様、遅くなって申し訳ありませんが早くお話がしたいです」
「え?そ、そうですね…」
お客をこれ以上待たせるのはまずいのでシャーロットはとりあえずお見合いを始めることにした。
話をするものの集中できない。内容が聞こえてはいるもののいつも何かしら反応を示すカリンがまったく反応しない。クレアはいつも通りなのだがそれにしても無口すぎる。気になりすぎて話に集中できず、このままではだめだと思いシャーロットはジェスターに聞いてみることにした。
「あの、ジェスター様少しいいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「この部屋に来るまでにこの2人に会ったのかと思いますが、どのようなシチュエーションでしたか?」
「え?な、なぜそんなことをお聞きになるのですか?」
「いえ、この2人の様子がおかしいのでもしかしたら何かあったのかと思いまして」
(やはり勘づいたか…しかしなんとかごまかさないと…)
ジェスターはカリンに問いかける。
「確かあなたが荷物を重そうに持っていたので私がお手伝いしてさしあげたのですよね?」
「…はい」
カリンは頷いた。ジェスターはこれて説明は終わったと思っていたが結果は逆だった。
「え?カリンが荷物を重たがっていたんですか?」
「はい、確かに」
「カリン、あなたどんな荷物を持っていたのよ!?」
(ん?)
驚き方が妙にオーバーなシャーロット。
「なぜ驚かれるのですか?」
「だってカリンは普通の成人男性の数十倍の腕力を持ってるんですよ」
「その見た目で!?」
「はい、そんなカリンが運べない荷物といったらとんでもない重さだったんじゃないですか?」
「えーっと、それは…」
下手に肯定すると後々面倒になるので、必死に適切な答えを探しているとカリンが先に口を開く。
「うん、ジェスター様は私の変わりに軽々とスタイリッシュに荷物を運んでくれた」
「な…(黙ってろぉ!)」
「本当なのね…ジェスター様は見かけによらず力がお強いんですね」
「え?え、ええ、まぁ…」
カリンとクレアにはより深い洗脳をかけていてジェスターにとってプラスの言動を行うようにしてある。今回は「ジェスターは力持ち」というのをジェスターにとってプラスの要素と判断しジェスターの意思に関係なく肯定したのだ。
(くうぅ~これ以上妙なことになる前に婚約してしまうぞ!)
ジェスターが話そうとしたのだが今度はクレアが割り込む。
「おまけに小粋な一発ギャグで私たちを笑わせてくれました」
「え?一発ギャグ!?」
「ちょ、おいぃ!?」
ギャグなんかやったことねぇよ!と心の中で叫ぶジェスター。この後も手品が得意だとか、魔法が使える(実際は使えない)とか、ダンスが得意だとか、ジェスターがかけた「ジェスターを誉める」という洗脳が強すぎて、嘘でも本当でもとにかくジェスターの印象を良くしようとどんどんジェスターのとんでも設定が増えていく。そして始めはジェスターを警戒していた2人が必要以上にジェスターを誉めたのでシャーロットの中の疑念はどんどん膨らみ始めていた。
しかしジェスターがなんとか強引に話題をそらしお見合いを進めた。そして巧みな話術でシャーロットの気を引こうとするのだがいまいち手応えがない。
(このままダラダラ話していても埒があかない、ここはプロポーズをして一気にけりをつける!、)
ジェスターは真剣な顔を作り居ずまいを正す。
「シャーロット様!私はあなたに憧れていました。そして今、あなたのすべてが愛おしい!どうか私と結婚してください!」
「えぇ!?」
唐突なプロポーズに動揺するシャーロット。それに合わせてジェスターの側近だけでなくすでに洗脳済みのカリンとクレアを覗く側近も2人の婚姻を進めたり祝福を捧げる。
「あなたたちもそう思いませんか?」
なかなか喋らないのでジェスターの方から2人に同意を促した。2人は少し震えたかと思うと口を開く。
「私もお似…合い…」
言葉が止まりさらに激しく震えだす。
「クレア?カリン?」
心配そうに2人を見守るシャーロット。カリンは壊れた人形のようにカクカクと動く。
「2人はおに、あい……け…っごぶっ…!」
「カリン!?」
突然カリンが吐血した。シャーロットは驚きながらもカリンを治療する。ジェスターは慌てた。
(洗脳は完璧だったが奴の深層心理が『結婚』という言葉を拒絶したか!くそ、このままじゃばれてしまう。そうでなくてもお見合いは中止になる!えぇーい!この作戦は使いたくなかったが!)
ジェスターは立ち上がりシャーロットの肩を掴んで無理矢理ジェスターの方を向かせ目を合わせた。『邪眼』は発動中で瞳は赤くなっている。もちろん魔力持ちのシャーロットにはそれが見えている。
「ジェスター様、あなたは…」
「私はあなたを愛している!」
「え?」
ジェスターはこの期に及んでさらにシャーロットに偽物の想いをぶつける。愛の言葉を叫び続ける。狙いは「10秒間を作ること」。こんな状況でいきなり愛を叫ばれて困惑し、肩を強く捕まれさらに困惑、部下が寄行に走り、お見合い相手の瞳の色が変わる。これだけの事が一気に起こりさすがのシャーロットも動揺、混乱し無意識にジェスターの瞳を見つめ返す。
ジェスターの思惑通り十数秒が経過した。その間瞬きひとつせず2人は見つめあった。ジェスターは勝利を確信した。シャーロットの体から力が抜けるのを感じ手を離すとシャーロットはまるで人形のように座り込んでしまった。
「はは…はははは!やった!やったぞぉ!」
ジェスターは小躍りした。
「洗脳は成功だ!これてシャーロットは俺の思うままだ!」
「どういうとかしら?」
「え?」
声に反応し振り向こうとしたジェスターは振り向けなかった。剣を抜いたシャーロットがその剣をジェスターの首もとに突きつけていた。
「な、に?」
「洗脳?今感じた寒気のことかしら?」
「何で俺の『邪眼』にかかっていないんだ!?」
状況が理解できず、焦りと戸惑いで本性が出る。
「それがあなたの本性かしら?」
「質問に答えろ!なぜ効いていない!」
「開き直ってるでしょ?まぁいいわ、私はね呪術や魔法に対する完全耐性を持っているの」
「完全…耐性?」
「読んで字のごとく呪術やそれに通ずるものに対して私は無敵ってことよ」
「そんなバカなぁ!!」
切羽詰まったジェスターはシャーロットの剣を払いのけて逃げようとしたがそれよりも早くシャーロットはジェスターの顔を剣のはらで叩いた。「ぐぅ」と唸り声をあげて前のめりに倒れ込んだ。しかし四つん這いで進み側近の後ろに隠れた。背中から顔をだすと命じる。
「シャーロットを囲め!」
洗脳された部下たちはナイフなどの小型の武器を構えてシャーロットを取り囲んだ。その中にはカリンとクレアもいた。
「カリン、クレア」
カリンとクレアは表情こそなかったが体は震えていた。洗脳の中でもシャーロットへの忠誠心は消えておらず心のなかで感情がせめぎあっているようだ。
(この状況は早く終わらせなくちゃね)
「全員かかれぇ!」
ジェスターの号令と共に動き始める洗脳された者たち、しかしそれと同時にシャーロットが声をあげた。
「いい加減にしなさい!」
「…!」
全員の動きが止まった。全員が姿勢を正した状態でシャーロットを見ている。ジェスターもシャーロットの突然の大声に驚き硬直していた。シャーロットはジェスターを真正面から見る。
「ジェスター・ルーフィー、あなたにとって部下や使用人はどんな存在かしら?」
「…は、はぁ?」
突然意味のわからない質問をされ一瞬呆けたがすぐに我に返りシャーロットに噛みついた。
「ただの道具に決まってるだろ!この俺が上に上がるためのなぁ!こいつらだけじゃない、家族すら俺の道具だ!」
「そう」
憐れみを込めた目でジェスターを見る。それがさらにジェスターの苛立ちを増幅した。
「そんな目で俺を見るんじゃねぇ!」
「じゃああなたは何が目的でこんなことをしたのかしら?」
「さっきも言っただろうが!“上”にいくためだ!まずはこの国の王になり、そして各国に戦争を仕掛ける。同盟国も使わせてもらう、そして最後には世界も俺の手にするんだ!」
「無理ね」
「あぁ!?」
「あなたのような自分本意で視野の狭い人間に国を維持できるわけがないわ」
「は!この『邪眼』があればできる!」
「私を支配できてないじゃない?」
「女1人くらい殺せばいい、貴様ら!動けぇ!」
ジェスターの『邪眼』がさらに強く輝く。すると洗脳を受けた人間たちの目も赤く輝き再び動き始める。さっきよりも強い力で操られているので全員が苦しげな表情を浮かべている。その中でもカリンとクレアは涙を流して抵抗している。ジェスターはいつの間にかシャーロットから離れた所で薄ら笑いを浮かべながら高見の見物をしている。が、その顔には汗が滲んでいるのでかなり無理をしているようだ。
「さぁ殺せぇ!」
洗脳された人々が少しずつ動き始める。シャーロットは慌てることもなく周りの人たちを見回す。
「私にとってカリンやクレア、臣下や国民すべて大切な存在なのよ」
「何を言ってるんだ?」
「だからこんなやり方は絶対に許さない」
「最後まで面倒な女だなぁ?とっとと死ねぇ!」
武器を構えてシャーロットに向ける。その表情はやはり皆苦しみに満ちていた。シャーロットはそんな人たちに「救ってあげるからね」と慈愛の目を向け、ジェスターには身を切り裂くような冷たい視線を送る。そしてゆっくりと右手を上げ一言、発する。
「ひれ伏しなさい」
「!!」
その場のジェスター以外の人間全員が膝をおりシャーロットに頭を垂れた。ジェスターはまだ力を発動しているのだがもう誰も従わず動かない。
「くそ、くそ!なぜ従わない」
「あとはあなただけね」
「くるなぁ!」
追い詰められたジェスターからは今までの余裕の表情は消え失せていた。近づいてくるシャーロットから逃げ扉を目指すが先回りされ徐々に壁に追い詰められていった。
追い詰められたジェスターはナイフを取り出した。
「へ、へへ!お前1人を殺せばいいんだ!女1人くらい俺自ら殺してやる!殺してやるぞ!!キエエエェェェ!!」
ナイフを両手で握り髪を振り乱し目を血走らせながらまっすぐにシャーロットに突っ込んでくる。その姿はあまりにも初対面の時の姿とかけはなれていた。しかも凶器を持っているとはいえその動きは素人そのものだった。
シャーロットは軽くそれをかわした。ジェスターは勢い余って前のめりに倒れてしまう。
「あうぅ!?」
まるで跪くような姿で倒れてしまったジェスターを冷たい目で見下ろすシャーロット。
「あなたいつもその『邪眼』で他人を操って自分は高見の見物で何もしてこなかったんでしょ?」
「くっ」
「いつも人任せにしているから肝心な時になんにもできなくて、今そんな姿をさらしているのよ、そんなあなたが王になんかなれるわけないでしょ?」
「うるさぁい!」
逆上したジェスターが再びナイフを構えてまったく同じ体勢で突っ込んでくる。シャーロットはため息をつき構える。
「学習しないのね」
ナイフが突き出される瞬間、それを避けながら姿勢を下げて思い切り足払いをする。
「ごばっ!?」
軽く吹き飛びながらテーブルに突っ込むジェスター。ナイフも吹き飛ばされた。よろめきながら立ち上がりナイフを取ろうとするジェスターの前にシャーロットが立ちふさがる。そしてジェスターの胸ぐらをつかんだ。
「ひぃ」
「反省しなさい」
バシンッ!!とシャーロットの平手打ちがジェスターの頬を思い切りはたいた。はたかれたジェスターは泡を吹いて白目になって気絶した。同時にすべての『邪眼』の洗脳が解けた。