ジェスター・ルーフィーその1「野望」
レーヴ・アムールのとある貴族の屋敷。屋敷の1室で1人の男が1枚の写真を眺めていた。
「いつ見ても美しい女だ。おまけに臣下からの評判もいいと聞く、俺と同じだな。おい!」
男が指を鳴らすと後ろに控えていたメイドの1人が進み出てフルーツが乗ったお盆を差し出した。男はその中からリンゴを1つ掴んだ。
「“シャーロット・エルドミリア・アムール”、この女こそ我が妻にふさわしい!」
この男、屋敷の主“ジェスター・ルーフィー”はシャーロットのお見合い写真を見ながら舌なめずりした。そして手に取ったリンゴを口にした。
「ぶっ!?なんだこれは!」
「リンゴです」
「そんなことはわかっている!」
ジェスターはフルーツを運んできたメイドを平手打ちし、メイドはお盆を落として激しく床に倒された。
「貴様!こんな味の悪いリンゴを俺に食わせるとは何事だ!」
「申し訳ありません」
言われたメイドは謝罪しながら立ち上がった。かなり強めに叩かれたのか頬が痛々しく赤くなっている。しかしメイドは全く痛みを感じていないかのように無表情で落ちたフルーツを拾い始めた。黙々と拾うメイド。後ろには他のメイドや執事が数人控えていたが誰も手を貸さない。主の怒りが自分に向くのを恐れたからではなく、全員が張り倒されたメイドと同じような無表情で立っている。
ジェスターは額に手を当て首を振る。
「ふん、所詮は“人形”か、まぁ直にシャーロット王女もこうなるんだがな」
ジェスターは先程のメイドの胸ぐらを掴み強引に引き寄せる。拾ったフルーツがまた落ちる。構わずジェスターはメイドの首筋を舐めた。しかしそれでもメイドはなんの反応もない。ジェスターはつまらなそうに鼻を鳴らしてメイドを放した。
「魔力に耐性がないと何も考えず自ら動けない、だが魔力も高いあの王女ならもう少しましな“人形”になるだろうな、この俺の『邪眼』の力でなぁ」
ジェスターの両眼が赤く輝く。
ジェスターのいるルーフィー家は5年前までは男爵だったのだが、この5年で一気に侯爵まで爵位を上げた。これはかなり異例な事だったが、誰1人止めなかった。いや、初めは誰もが「不正だ!」「おかしい!」と批判していたのだが、そのすべてにジェスターが対応し、なぜかジェスターとの話し合いが終わると皆この件について何も言わなくなる。
その裏にはジェスターが授かった特殊魔法『邪眼』があった。『邪眼』はダークエルフなどの闇の魔族やその血縁者が備えることがあるもので、ジェスターは普通の人間だが、遠い遠い祖先に闇の魔族がいて、その力がジェスターの代で現れたのだ。『邪眼』の力は主に“洗脳”、眼の力にあてられた対象は心を掌握され意のままに操られてしまう。しかし魔力に対して耐性がないとと先程のメイドや執事のように何かを言われなければ反応できない“人形”のようになってしまう。
ジェスターはこの力で周りを操り今の爵位を得た。そしてジェスターの野望はそこで止まらずさらに上を見た。『国の乗っ取り』である。だが今までそれをやろうとしてきた者たちの末路を知っていたのでジェスターはそれらを調べ1つの結論を得た。
「今までの奴らは現王や王女を消そうとしたからだめだったんだ。あいつらを生かしたまま従わせなかったから失敗したんだ。だが俺のこの“眼”をもってすればそれが容易く可能になる!」
両手を広げ天を仰ぐジェスター。その顔はまさに自分に酔っていた。数分自分の聡明さに身を震わせたかと思えば顎に手をあて思案する顔になった。
「いや、まだ調べなければならない事もあるな。シャーロットの側近2人、かなりのくせ者だと聞いている。忍ばせているスパイにもっ情報をもらわなければな」
ジェスターは直接シャーロットに会ったことはなかったが、王宮には何度か行ったことがあって、行く度に隙を見て数人のメイドや執事に『邪眼』を使って洗脳していた。
自分大好きのジェスターはシャーロットの目をひくような存在ではなかった。しかし今回シャーロットによってお見合い相手に選ばれた。それはジェスターが洗脳しておいた執事の1人にジェスターを推すように命令していたからだ。そして見事1人目に失敗した直後のシャーロットに猛プッシュし今回のチャンスに繋がったのだった。
「ふふふ、俺もついに国のトップになれるのか!」
すでに勝った気でいるジェスターの笑い声が部屋中に響き渡った。
その頃王宮ではジェスターとのお見合いの準備が進んでいた。しかしシャーロットはあまり乗り気でないようだった。
「姫様、何かご不満でもあるのですか?」
「う~ん、今回のお見合いがあんまり乗り気じゃなくて」
「え?しかし姫様がお選びになったんですよね?」
「少し違くて、最近メイドや執事がやたらとこのジェスター侯爵を推してくるのよ。だからそれに負けてジェスター侯爵を選んだの」
「そうなんですか?妙なこともあるのですね」
「じゃあやめちゃおう!」
どこからともなく現れたカリンが2人の会話に割り込んできた。
「やりたくない相手とお見合いする必要なんてないよ!よし決まり!」
「いやそうはいかないでしょう」
クレアがカリンを止める。
「なんでよ!」
「経緯はどうあれ姫様がお選びになられ、招待状までだした以上いくら地位がこちらが上でも失礼すぎます。一部の貴族たちのかっこうのエサになってしまいますよ」
「物理的に黙らせればいいじゃない」
「あなたは乱暴すぎです!」
「2人とも、おしゃべりなら後でしなさい」
カリンとクレアが喋っている間にもシャーロットは自ら動いていた。
「も、申し訳ありません」
「姫様は嫌じゃないの?」
「正直気は進まないわ、でも噂や人の評価だけで相手を決めつけたくない、ちゃんと会ってお話して、その上で決めるわ。もしかした、いい人かもしれないし」
「今度もとんでもない人ならいいのに」
「カリン!何て事を言うんですか!」
「…もうなれたわ」
数日後、ジェスターとのお見合いが行われた。今回はジェスター側の希望もあり初めは別々の部屋に入りそこで2時間程準備を整えたいとの事だった。シャーロットはその希望を聞き入れ初めは別々の部屋に入りお互いに顔を合わせるのはお見合いが始まってからになった。
ジェスターはすぐに部屋を出て王宮を散策しだした。
「さて、狙い通り時間を作れたな」
ジェスターがわざわざ2時間も作ったのは王宮の人間を洗脳するためだった。さすがに全員は無理でも今日お見合いに関わる人間だけでも洗脳しておこうと思っての事だった。そして現時点で何人かを洗脳していたがジェスターの目的は他にある。
「シャーロットの側近2人はどだ?」
部屋に案内される時に見た2人、黒髪のいかにも堅物そうな女と色気がだだもれでかなりの上玉のピンクの女。
「早めに洗脳して少し楽しんでから行こうかな?」
お見合い前とは思えない発言をしながら探していると2人の話し声が聞こえてきた。ジェスターはそっちに向かって歩を進めた。すると話の内容が聞こえてきた。
「やっぱり怪しいよあいつ!」
「私でもわかりました。敵意とまではいきませんでしたが、姫様に対して良からぬ事を考えていることは感じました」
「そうだよね!早く姫様に伝えよう」
(さっきの2人だな、勘がいい。だがそうはいかないんだよ)
2人がその場を離れる前にジェスターは2人の前に出ていった。
「やぁこれはこれは」
「!」
「お前!」
いきなり現れたジェスターにカリンとクレアは思わず臨戦態勢をとる。ジェスターはあえてそれに気づかないふうに装った。
「すいません、少し散歩をしていたのですが迷ってしまいまして迷っているとあなた方の声が聞こえまして」
「そうでしたか、で、いつから聞いていましたか?」
警戒を解かないままクレアは探りを入れる。しかしジェスターはもちろんとぼける。
「いつから?今来たばかりですが?」
「…そうですか」
(この女からやるか?いや、もう1人もよく見てからにするか)
ジェスターはクレアよりも露骨に警戒心を露にしているカリンの方に目を向けた。
「あなたも警戒を解いていただけませんか?」
「私は騙されないわよ、あなたは嫌な感じだもの」
そう言ってより睨み付けてくる。ジェスターは内心舌打ちした。
(チッ、面倒だな…しかたないこっちから洗脳してしまおう)
『邪眼』の発動条件は相手と10秒以上目を合わせること。この10秒が意外と長く10秒経つ前に目をそらしてしまうことが多い。しかしカリンは「目をそらしたら負け」と思っているのか全く目をそらさない。
(好都合だ)
ジェスターは『邪眼』を発動する。ジェスターの瞳が赤くなる。この変化は魔力を持つ相手にはわかるのだが、メンチをきることに集中していたカリンは一瞬気づくのが遅れた。
「あなたのその目…」
「!!」
気づいた時には10秒が経ち『邪眼』が発動した。『邪眼』の魔力がカリンを襲う。その魔力はカリンの自我を封印し意識を奪う。カリンの瞳から光が消え構えていた両腕はだらりと力が抜けた。
(なんとか成功したが、この女かかる寸前に俺の瞳の変色に気づいた?魔力持ちなのか?いや、今はそれよりも)
「カリン?カリン!!」
クレアがカリンの肩を揺さぶり呼び掛けるがカリンは焦点の合わない目をどこかに向けて糸が切れた人形のように無反応だ。クレアはすぐに原因に思い当たりカリンをかばうようにジェスターを睨む。
「カリンに何をしたんですか!?」
今にも切りかかりそうな剣幕でジェスターを睨む。
(とぼけても無駄か、だが何が起こったのかわかっていないみたいだな、ならあえて本性を見せてやろう)
ジェスターは口許を歪ませ悪い笑顔になった。
「お前が知る必要はないさ」
「やはり何か裏がありましたか」
剣の柄に手をあて睨みあう2人、しかしそれはジェスターの思うつぼだった。
(『邪眼』発動)
ジェスターの瞳が赤くなる。しかし魔力を持たないクレアにはその変化を視認できない。しかも主に体術をメインに戦うクレアはジェスターとの間合いを一定に保つためにジェスターの目を見続けている。
「!………」
クレアは突然剣を落としカリンと同じように瞳から光が消え棒立ちになった。それを見てジェスターは大笑いした。
「くはははははははは!なんだ思ったよりも簡単だったな!ふむ、しかしこのピンクの女、カリンといったか?本当にいい女だ」
ジェスターは舐め回すようにカリンの体を隅々まで見た。
「ひひひ…少し遊んでみるかな」
いやらしい笑みを浮かべながらカリンの胸に手を伸ばした。もう少しで触れそうになったその時、
バシン!!
カリンがその手を払いのけた。
「!!洗脳が解けたのか!?」
一歩下がりカリンを見るがその瞳には光がなかった。
「『邪眼』はちゃんと効いているな、だとすると…」
ジェスターは何度か触れようとしたがすべてはじかれた。叩かれすぎて赤くなった手をふりながらジェスターは舌打ちする。
「魔力持ちのようだったからな、本能は残ってしまったか?…まあいいとりあえず俺の部屋まで連れていこう」
ジェスターか「ついてこい」というと2人は従った。
部屋に戻ったジェスターは2人にさらに深い洗脳をかけた。というのもお見合いの時に自分に有利な意見を言うように指示したのだがシャーロットに対する裏切り行為は嫌らしく、魔力持ちのカリンはもちろん魔力をもたないクレアまでも洗脳されながらも体が拒否反応を示したりした。なのでさらに深く洗脳するはめになった。なのでお見合い前にかなり疲れてしまったジェスターだった。
「もう少しで国を手に入れられるんだ!ここで負けてられるか!」
洗脳した2人と自分の側近を従えお見合いの会場に向かった。