ヴィクトール・エドワーズその4「ヴィクトリア」
シャーロットが初めて自分が選んだ相手とのお見合い事件から数日後の昼下がり、シャーロット、カリン、クレアの3人でお茶を楽しんでいた。
「姫様今回は残念でしたね」
少し気まずそうに言ってくるクレアにシャーロットは全く気にしていない風を装いながら。
「もう気にしてないわ」
「でも1人目で魔法を使って性転換した女性があたるなんてすごい確率よね」
笑いを噛み殺しながら言うカリンを軽く睨み付けスコーンを口に運ぶ。
「それにしても2人はよく『性転換の魔法薬』が使われているなんてわかったわね、いつ気づいたの?」
「あぁ~あれですか」
クレアは何かを思い出したのか目を閉じ空を見上げた。
「あれは、衝撃でした」
「?なんの話?」
「私たちだって『性転換の魔法薬』なんて考えもしなかったんだけど、ちょっと色々やってヴィクトリアが隠してた薬を手に入れたの」
「…“色々”は聞かないでおくわね」
「そしてクレアと2人の時に私がそれを飲んだのよね」
「へぇ、飲んだ…飲んだ!?よくわからないものを?」
「そしたら体が男性に変わっちゃったのよ、それであの薬の正体に気づけたわけ」
「目の前で女性らしい体つきのカリンが男性に変わっていく様子は…うぅ…思い出しただけで吐きそうです」
「失礼ね!男に変わってもちゃんとかわいかったじゃない!」
「最後が良くても過程が…うぅ」
青ざめるクレアを見て、同姓から見てもドキッとしてしまうくらい女性的魅力が凄まじいカリンが目の前で男性になっていく様子を想像してしまいなんとなく気分が悪くなるシャーロットだった。
「それにしてもヴィクトリアの処罰はあれでよかったの?」
「家と縁切りさせて王宮に仕えることになったこと?」
「家と縁を切ったんですからそれなりの代償を払ってると思いますよ」
「でも縁切りって言っても実質書類上だけの話しだし」
「魔法薬を作れるのもすごいし、しかも調べてみたら新薬に関するアイデアをまとめたノートも見つかってその内容に王宮のお抱え薬師のエルフも度肝を抜かれていたわ」
「それで罪滅ぼしも兼ねてその薬師の弟子として王宮に来ちゃったのよね」
「嫌なんですか?」
「そりゃ嫌よ!でも実力があるのは事実なのが歯がゆい…なんとか追い出す方法を考えて…」
「物騒なことはやめてくださいカリン様」
「ヴィクトリア!!」
いつの間にかカリンの背後に立っていたヴィクトリアはお見合いの時とは違い控え目な化粧に王宮薬師の白いローブといった簡素な姿になっていた。しかしそれでも元々の可愛らしさが溢れている。
「今日から正式に就職だったかしら?」
「はい!シャーロット様!私ヴィクトリアは本日をもって正式に
お城のお抱え薬師になりました!」
「正確にはその弟子でしょうが」
「細かいことはいいんですよーカリン様」
無言で火花を散らすカリンとヴィクトリア。見かねたクレアが話題を変える。
「何かご用ですか?ヴィクトリア」
「クレア様、今の私はエドワーズ公爵家とはなんの関係もないただの可愛く健気な女の子です。敬語でなくていいんですよ?」
「これはクセのようなものですので気にしないでください、それより用はないのですか?」
「特別な用はないのですが、先程も申し上げたように改めてご挨拶に来ただけです」
「そうでしたか、わからないことがあったらいつでも相談してください。可能な限りサポートします」
「ありがとうございます」
一礼するとヴィクトリアは仕事場に戻っていった。
「根は真面目な子なのね」
「そうですね」
「…」
妙にヴィクトリアに対して甘々な2人とは違いカリンは引っ掛かることがあった。
「姫様、少しお花摘みにいってくるわ」
「え?えぇわかったわ」
2人にそう告げるとカリンは部屋を足早に出ていった。行き先はトイレではなくヴィクトリアの元だった。
カリンはずっと疑問に思っていた。魔法薬を作れるだけではなく新薬の開発もできるような女が、あらゆる根回しを怠らない女が、いくら自信があったとはいえ『性転換の魔法薬』が絶対にバレないなどと考えただろうか?万が一を考えなかっただろうか?
「そうは思えない」
ヴィクトリアに追い付いたカリンはヴィクトリアに問うた。しかしヴィクトリアは可笑しそうに笑う。
「カリン様!さすがに考えすぎです」
「そうかしら?」
まだ疑っているカリンをなんとかやり過ごし職場に戻るヴィクトリアはまだクスクスと笑っていた。
「カリン・イノセント、あの人はすごいわね」
カリンの予想は全く違うわけではなかった。ヴィクトリアはこの作戦を思いついた時にもちろん失敗した場合の事も考えていた。だからこそ側近には圧力ではなく恩義によって自ら従わせた。おかげで予想以上にヴィクトリアを擁護してくれた。領地の人間とも積極的に交流していたかいあって同じく擁護してくれた。家族は予想外だったが…それに新薬のノートもいくつか作っておいてよかった。ヴィクトリアは自分の才能の価値に気づいていた。国がそれを認識した場合の反応も。故にヴィクトリアは万が一バレた場合でもシャーロットの側にいられるように下準備をしっかりしていた。
「ここまでうまく落ち着くとは思わなかったけどね」
ヴィクトリアは自分のローブの裾を掴んで苦笑いした。
「でも私がここにいるのはすべてシャーロット様のため、シャーロット様に悪い虫がつかないように見張るため」
この日シャーロットの事を強く心から慕う人間が増えた。シャーロットのお見合いが失敗したことで国は他に類を見ない才能の持ち主を手に入れることができた。
その日の夜、部屋に1人になったシャーロットは星空に向かって呟いた。
「次こそは」
…と。
こんな感じで、お見合い相手の1人のお話がすべて書き終えてから、あげていきます。
楽しんでいただけたら嬉しいです!