ヴィクトール・エドワーズその3「暴かれた真実」
「お嬢様!」
クレアが臨戦態勢を解いたので側近がヴィクトールだった少女に近づいた。体は縮んでも服は縮まないので少女は必死に服を押さえている。側近は用意していた女性用の衣装を手早く着替えさせた。かなり手際がよかったので恐らくこういう事態も想定はしていたのだろう。着替えが終わったのを見てカリンはわざとらしく頭を下げた。
「その姿では初めましてかしら?“ヴィクトリア・エドワーズ”公爵令嬢?」
「…」
ヴィクトール改めヴィクトリアはギリギリと歯を食い縛りながらさらにカリンを睨み付けた。当のカリンは全く動じていない。2人が睨みあっていると恐らくこの場で一番混乱しているであろう人物が動揺した様子で割って入った。
「ちょ、これはどういう事!?ヴィクトール様は??」
「姫様、目の前に座ってるじゃない」
「えー…」
カリンに促された方を見るとやはり1人の少女しかいない。
「ヴィクトール様がこの子で、この子がヴィクトール様??」
「そう」
「頭が追いつかない…」
頭を抱えて天を仰ぐシャーロット。そんなシャーロットを見てヴィクトリアは悲しさと悔しさを混ぜた顔で地面を叩く。
「あと少しだったのに!あと少しで私は!シャーロット様と!」
「お嬢様お止めください!」
激しく地面を叩くヴィクトリアを止める側近たち、少し落ち着いたシャーロットはクレアに支えられながら現状の説明を求めた。
「これは何がどうなってるの?」
「あなたが説明する?」
意地悪な笑いを浮かべながらヴィクトリアに聞くカリン。ヴィクトリアは目に涙をためながら睨み返すが、喋りたくはなさそうだったのでカリンが説明する。
「じゃあ私が説明するわね?姫様、ヴィクトールはねこの子が性転換した姿だったのよ」
「う、うぅ~ん」
目で見て、言葉で聞いてもまだ納得できないシャーロット。構わず説明は続く。
「今回使われたのは恐らく『性転換の魔法薬』。エドワーズ家は薬師の家系だからね」
「え?エドワーズ家は魔法薬が作れたのですか?見たことがありませんが」
「普通は作れないわ、でも歴史が長いエドワーズ家にはねごくごく稀に魔法薬を作ることができる人間が生まれてくるらしいの」
「それがこのヴィクトリア様…」
「そういうこと」
「ちょ、ちょっとあなた!」
たまらずヴィクトリアが声をあげる、
「その話は我がエドワーズ家の人間のみに伝わっている話なのになんで知ってるのよ!」
「色々と情報網があるのよ、私の大事な人を守るためにね」
笑って返すカリンの目の奥は全く笑っていなかった。
「では娘が魔法薬を作れることをエドワーズ公爵は黙っていたのでしょうか?」
「いえ、エドワーズ公爵に限ってそれはないわ、この子が言っていないか、バレそうな時は特殊な魔法薬で何とかしたとか?」
ヴィクトリアは目をそらした。その様子から何とかしたのだろう。カリンの話は本題に入る。
「そしてこの子はその能力を利用してあろうことか姫様を騙して嘲ろうと…」
「それは違うわ!!」
カリンの指摘にヴィクトリアは今までにないくらい焦った表情でシャーロットに訴えた。
「シャーロット様!騙していたのはごめんなさい!でも悪意があった訳じゃないんです!」
感情が高まり涙が今にも溢れてしまいそうなくらいに目にうかぶ。シャーロットは「ふぅ」と一息はくと、ハンカチを取り出しヴィクトリアの涙を拭った。
「正直ショックは残っているけどあなたに悪意がなかったことは信じるわ。悪意があったのならカリンが黙っているわけがないものね、もし悪意を持っていたらあなたの側近の2.3人は今ここにいないものね」
シャーロットの言葉にヴィクトリアの側近たちは青い顔になり1人気絶した。その間にヴィクトリアは泣き止んだ。それを見計らってシャーロットは優しく声をかける。
「ちゃんと理由を話してくれる?」
「…はい」
少し赤くなった目元を隠すように頷いて騙した理由をそのまま話しだそうとした時、カリンが割り込んできた。
「話をするなら場所を変えた方がいいんじゃない?ねえ?」
シャーロットに抱き締められたまま話そうとしていたヴィクトリアをひきはがし笑顔を向ける。目の奥は笑っていない。首根っこを猫のようにつかみ椅子に連れていく。その途中でヴィクトリアがぶつぶつ言っていたが無視した。ちなみにシャーロットが涙を拭いてくれたハンカチはちゃっかりヴィクトリアがもらいそっとポケットに入れた。
ヴィクトリアは騙した理由を話し始めた。
「まずは私とシャーロット様のなれ初めから説明を…」
「余計な事は喋らなくていいわよ」
「余計なことじゃないもん!」
ヴィクトールの時と比べてどことなく子供っぽくなっているヴィクトリア。そのヴィクトリアにやたらかみつくカリン。話が進まないのでとりあえず自由に喋らせることにした。
ヴィクトリアが初めてシャーロットに直接出会ったのは7年前、ヴィクトリアが10歳のころ、馬車で国外へ旅行に行った帰りに盗賊に馬車が襲われた。雇っていた護衛もやられ絶体絶命のその瞬間、たまたま遠征に出ていた当時13歳のシャーロット率いる王国軍が颯爽と駆けつけあっという間に盗賊を撃退した。その当時からシャーロットの才能はとてつもなくほとんど1人で盗賊を無力化した。その姿を間近で見ていたヴィクトリアは恐怖を忘れてその姿に魅入っていた。
その日以降ヴィクトリアはシャーロットに関して調べまくった。調べれば調べるほどヴィクトリアはシャーロットに心を奪われていった。憧れが恋愛的な意味の好意に変わるのに時間はかからなかった。故にシャーロットが伴侶を決めるためにお見合いを何度も行っているという事がとてつもなく嫌だった。
そこでヴィクトリアは今回の計画を思いついた。12歳あたりからすでに製薬の才能を見せ始めていたヴィクトリアは13歳で魔法薬の調合の才能も開花し同年にすでに性転換薬を完成させていた。ヴィクトールという人物を完璧にするために徹底的に人物像を作り上げ『エドワーズ公爵家には息子がいる』という噂を流した。
「でもいくら噂を流したとしても当のエドワーズ公爵が否定するでしょうに」
「それなら問題なかったですシャーロット様、毎晩“お香”を嗅がせて半催眠状態にして、ヴィクトールとして目の前に現れることで『自分には息子がいる』と刷り込みましたから♪」
「え…それって記憶操作…」
さすがにドン引きするシャーロットに慌てるヴィクトリア。
「ち、ちち違います!薬を服用するわけではないので人体に影響はありませんし、一定期間嗅ぐのをやめれば自然と効果も消えます!魔法薬を使った、体に安全安心な記憶操作なんです!」
「…」
弁解するところがずれている上に記憶操作については認めたヴィクトリアに圧倒されそうになりながらもとりあえず最後まで聞こうと続きを促す。
こうして家族への刷り込みに成功したヴィクトリアは公爵という地位をフル活用しヴィクトールの戸籍やら色々を作成しヴィクトールとして領地内に出現し『息子がいる』ということを印象づけていった。そして完全にヴィクトールという存在が定着した頃合いを見計らってお見合い相手としてヴィクトールの資料を送ったのだった。
「なるほど…」
話を聞き終えたシャーロットは自分がヴィクトールを選んだ時の事を思い出していた。
(めちゃくちゃ好みの男性だったから全く疑わずに選んでいたわ…よく調べれば調べるほど気づいたかも知れないけど…あの時は舞い上がりすぎて意識にすらなかったわ)
恋愛が絡むと少し周りが見えなくなるシャーロット。ひとまずその事はおいておいて浮かんだ疑問をヴィクトリアに尋ねる。
「今いる側近の方々はどうなの?見たところヴィクトールの秘密に気づいているようだけど?」
言われた側近たちはビクッと体を震わせて震えだした。明らかに罪の意識を感じている。しかし、側近が何か言うより先にヴィクトリアが答える。
「彼らは私が脅しました」
「え?」
「お嬢様!?」
ヴィクトリアは平然としているのに対してなぜか側近は驚きの表情をしていた。
「さすがに私1人ですべての裏工作を行うのは無理があったので使用人の何人かの弱みを握って無理矢理手伝わせていました」
「本当に?」
「本当です」
観念したように顔を伏せるヴィクトリア。
「信じてもらえないと思いますが全てはシャーロット様にお近づきになりたかったからやってしまったことなんです」
「それなら性転換なぞしなくても普通に接近できたのでは?」
「私はシャーロット様と夫婦の契りを結びたかったのです!」
「あ、そうですか…」
「ですが、バレてしまった以上罰は私が受けます。煮るなり焼くなり私を好きにしてください………できればシャーロット様が」
どんな状況でも芯は曲げないヴィクトリア。やったことは確実に間違っているのだがそこに悪意は全くなくしかもシャーロットを本気で想っているからこそやってしまったこと。この場で処罰を決める権利を持つのは当然シャーロットただ1人、しかしシャーロット自身も原因の1つであるのでどうしたものかと悩んで黙っているとヴィクトリアの側近たちがヴィクトリアの前に全員で土下座した。
「シャーロット様!どうかヴィクトリア様をお許しください!!」
「この方のやったことは許されないことなのは承知しております!ですがなにとぞ、なにとぞお慈悲を!」
「え?え?ちょっと落ち着いて!」
次々にヴィクトリアを擁護する発言がシャーロットに飛んできてシャーロットはとりあえず落ち着かせた。
「なんでそこまでするの?あなたたちは脅されてるんじゃ…」
「そうじゃないんです!」
側近の1人が説明を始める。
確かに側近たちはヴィクトリアに逆らえないようになっている。しかしそれは脅されているからではなかった。今ヴィクトリアに直属で使えている側近は皆ヴィクトリアに何かしら恩義を感じている人間ばかりだった。病気の親に医者を紹介してもらったり、違法な借金取りを対処してくれたりと内容は様々だ。そして今回の件も無理矢理手伝わせたのではなく、ヴィクトリアが直々に頼んで側近たちの意思で荷担したのだという。
「ですからお嬢様を罰するのであれば変わりに私たちが罰を受けます!」
「一生タダで働けとおっしゃるならそうします!死ねと言うならこの場で死にます!」
「ですからお嬢様だけはお嬢様だけは!!」
「ちょっと落ち着きなさい!って何回言わせるの!」
追い詰められているためか精神が不安定なヴィクトリアの側近をなだめるシャーロット。そこにまたヴィクトリアが進みでる。
「いいえ、シャーロット様、この度の事は全て私が仕組んだことです。この者たちは関係ありません。ですから罰するなら私を」
「お嬢様いけません!シャーロット様!私たちを!」
お互いがお互いを庇いあい収集がつかない。シャーロットはため息をつき手を叩いて大きな音を出した。ヴィクトリアたちは音に驚き静かにシャーロットを見る。
「あなたたちの言い分はわかったわ、でも罰をなしにすることはできない、王族を騙したのは事実だからね」
「そんな!」
「でも今の光景を見てヴィクトリアを慕うあなたたちの想いは本物だと感じたわ」
「シャーロット様、名前で呼んでくれた♥️」
1人違うところで喜びを感じていたが気にしないことにした。
「何かしらの罰はヴィクトリアに受けてもらうわ、でもできる限り軽くはしてあげるから、それでいいわね?」
「は、はい!ありがとうございます!」
この後ヴィクトリアたちは王宮の衛兵に連れていかれた。エドワーズ公爵家への事実確認などが行われ、本人にも改めて事情聴取が行われた。理由はどうあれ王族を騙した罪は最悪国外追放、良くても懲役、貴族なら自宅に長期間の監禁を命じられる。しかしヴィクトリアはその罪が暴かれてなお側近だけでなく、家族や領地の人々から恩情を求める声が上がりヴィクトリアの処遇を決めるのはかなり時間がかかった。そして最終的にはエドワーズ公爵家と絶縁し(書類上で)貴族の地位を全て剥奪された上で王宮に仕えることになった。刑罰が緩んだ最も大きな要因は人間にして魔法薬の生成ができるのと『性転換の魔法薬』などというとんでもない物を作れてしまう才能もあってこそである。
そして処罰の決定によりこのお見合いで起こった事件は幕を閉じた。シャーロットが初めて自分で選んだお見合いは失敗におわったのだった。