ヴィクトール・エドワーズその2「意地の詮索」
カリンに追いつくとカリンは物陰に隠れて何か様子を伺っているようだった。クレアは呼吸を整えカリンに声をかける。
「ちょっとカリン!いきなり走り出さないで…」
「うるさい!」
「むぐっ」
ものすごい早さでクレアの口を押さえて静かにさせる。そして落ち着いたのを確認して手を放す。
「何するんですか!」
「しっ!気づかれるでしょ」
「はぁ?誰にですか」
カリンが指す方向を見るとヴィクトールと側近の数人が何やら喋っていた。
「これをどうぞ」
「ありがとう」
ヴィクトールは側近から何やら小瓶のような物を受け取り中身を一気に飲み干した。
「ふぅ、しかしこれ、もう少し改良したほうがいいわね」
「あの、おじょ…ひっ!」
ヴィクトールは瓶を渡してくれた側近を壁に押し付けた。
「この姿の時は名前で呼べって言ってるでしょ!」
「は、はい、すいませんヴィクトール様」
「もう!あんまり怒らせないで!」
側近から手を放し腕組みする。その様子を見ていたクレアとカリンは目を丸くしている。
「なんだか雰囲気が違いますね」
「口調が女性っぽいわね、まさか隠している事ってこれ?いや、この程度なら隠さないか…」
2人はもうしばらく観察することにした。ヴィクトールはまだプリプリ怒っていた。
「それにさっきのタイミング!なんであんな最悪のタイミングで入ってくるかなぁ」
「しかし、時間ギリギリでしたので」
「それはわかってるけどぉ…はぁ、そうね仕方ないわね」
「ヴィクトール様、もうやめませんか?」
側近の1人が恐る恐る前に出る。ヴィクトールはその側近を睨んだ。
「ここまできて何を言っているのよ!」
「し、しかし、このまま王族を騙し続けるのは無理があるかと…」
(王族を騙す?)
クレアとカリンが聴覚を研ぎ澄ました。
「騙すってなによ!私のシャーロット様への想いは紛れもなく本物なんだから!」
「そこに関してはその通りだと思います!しかし…」
「あぁもう!うるさいわね!いい?私は諦めないからね、万が一バレたとしても君たちには被害がいかないようにするから!」
「私たちの身が心配なのではありません、あ!ヴィクトール様!」
「これ以上シャーロット様を待たせるわけにはいかない…んん!…いかないから」
そうしてさっさと行ってしまうヴィクトールを側近たちは足早に追いかけていった。誰もいなくなったのを見計らってクレアとカリンは物陰から出た。
「隠し事があるのは確定ね、ただそれが何かはまだわからないわ」
「やはりあの口調でしょうか?」
「いや、さっきも言ったけどそれはないと思うわ。姫様がそういうのを気にしない方だというのはわかるだろうし、なによりさっきみたいに告白の前に…チッ…その場を離れる意味がわからないわ」
「確かにそうですね…でしたらやはり…」
「あの“瓶”よね」
カリンはヴィクトールが瓶を飲み干したあたりを探ってみたが飲みこぼしはなかった。
「あの瓶の中身を調べる必要がありそうね」
「でもどうやって?直接渡すように交渉しますか?」
「…いえ、感づかれたくないわ。うふふ、こういう時こそ“女”ということを武器にしないと」
不敵に笑うカリンの考えを察したクレアはターゲットになる人物に対して静かに憐れみの念を送った。
あの後、結局ヴィクトールは再告白しなかったようで、ディナーのあとでシャーロットとヴィクトールはそれぞれの部屋に戻っていった。今回の滞在ではヴィクトールはもちろん側近1人1人にも部屋が用意されていた。側近の中でも最もヴィクトールに近い側近の1人のまだ若い執事はヨロヨロと用意された自室に向かっていた。
「ふぅぅ疲れた…お…あぁいない時でもというご命令だったな…ヴィクトール様には困ったものだ。根はいい方なのだが、やることが破天荒すぎて予想ができないし対応がしんどい…このまま何事もありませんように」
ぶつぶつと呟きながら歩いていると。
「ねぇ」
「!!」
背後から声をかけられて驚いて振り向くとそこには1人の女性が立っていた。
「あなたは確か…シャーロット様の側近の…」
「カリン・イノセントと申します」
優雅にお辞儀をしてにっこり笑う。その姿にヴィクトールの執事の胸は高鳴った。カリンは執事に近寄り上目使いで顔を覗き込んだ。
「何やらお疲れのようですが大丈夫ですか?」
「え、あぁた…い(す、すごくいい匂いがするーーー!!)」
何とか平静を保ちながらも内心ではカリンの魅力にあっさり捕らえられてしまっていた。カリンはそれを見逃さず体を執事に密着させた。
「もしよろしければ私が、お相手いたしましょうか?」
「お、お相手?それはどういう…」
「ふふ、意地悪さんですね。…わかっていらっしゃるのでしょう?」
いたずらっぽく笑いながら執事に抱きつくように腕をまわす。より体が密着しカリンの体温を体で感じるまでになる。執事の動悸はさらに激しくなり熱が体全体を熱くしていた。それもまだ少し残った理性をフル稼働する。
「だ、だめです…よ、こんな…」
「大丈夫ですよぉ」
構わずカリンは執事の首もとに唇を当てた。
「チュ」
「ーーーーー!!」
疲れですり減っていた執事の理性は完全に吹き飛んだ。一度カリンを強く抱き締めると自室へと招き入れた。
部屋に入ると執事はすぐにシャワー室に入ったのでカリンは早速部屋の中をあさり金庫の中にある黒い箱を見つけた。ちなみにカリンは王宮中の金庫の番号を覚えている。その箱にも鍵がかかっていたがカリンはヘアピン1本で見事に開けた。
「あった」
その箱の中にはヴィクトールが飲んでいた謎の液体が入った小さい薬瓶が大量に入っていた。何本かは空になっていた。カリンはそのうちの1本を抜き出すとじっと見つめた。
「何かしら?見ただけではわからないわね、よし」
カリンは何本か空の瓶を取り出した。昼間に見た瓶の構造をを一目で理解し何本か作っていたのだ。カリンは中身が入った瓶を何本か取り出し代わりに作ってきた空の瓶を入れた。
「これでいいわ」
そして再び箱を金庫にしまった。
「さて、後は…」
抜き取った瓶をしまっていると浴室のドアが勢いよく開いてさっきの執事がバスローブ1枚の姿で出てきた。
「カリンちゃ~ん!」
そしてその勢いのままカリンに体当たりをするようにベッドに押し倒した。
「やん♥️」
「じ、じゃあ…」
「がっつかないで、やる前にひとつ聞きたいことがあるの、それを聞いたら好きにしてもいいわよ」
「な、なんだい?」
少し食い気味に返事をしたのを「しめしめ」と思いながら先程の金庫を指差す。
「あの中には何が入っているの?」
「あの中かい?ヴィクトール様からの預かりものが入ってるんだよ」
「預かりもの?」
「ヴィクトール様が調合した薬の入った瓶だよ」
「ヴィクトール様が自ら?」
「そうさ、エドワーズ家は薬のエキスパートだからね、その中でもヴィクトール様はある特別な能力を持っているんだ」
疲れと、興奮状態であることと、爆発寸前の欲望を押さえていることもあって正常な思考ができない執事はペラペラとカリンが欲しい情報を喋ってくれた。
「その能力って?」
「これ以上は言えないよ。そんなことよりさあ早く!」
肝心な所は無意識レベルでしゃべらない。これ以上の情報は出てこないと判断したカリンは腕を伸ばし執事の頬に触れ、妖艶に微笑む。
「わかったわ、ありがとう」
「じゃあいくよ、忘れられない夜にしよう」
「いいえ、そうはならないわ」
「え?」
カリンの言葉の意味がわからず一瞬動きが固まった執事の耳元まで顔を近づけ唱える。
「“全て忘れて眠りなさい”」
「へぇ?」
カリンが囁くと同時に執事は事切れたように眠りに落ちた。カリンはそっと執事をベッドに寝かせた。
「男っていうのはホントに単純で扱いやすいわね」
カリンはすやすやと眠っている執事を軽蔑と少しの憐れみを込めた瞳で見つめた。
「まぁでもよほど精神面で疲れていたのね、催眠魔法がここまで簡単に効くとは思わなかったわ。さてと」
執事に布団を掛けて部屋を出ていく。しかしドアを開ける前にもう一度執事を振り返った。
「起きたら今夜のことは完全に忘れてるから安心しなさい。ついでに疲れもとれるようにしておいたわ。それじゃ、いい夜を♪」
部屋を出たカリンは足早に自分の部屋に向かった。
部屋に入るとクレアが心配そうな顔で近づいてきた。
「大丈夫でしたかカリン!」
「大丈夫よ~」
「何もしていませんか?」
「何もされて…ん?待って逆じゃない?」
「いえ、間違っていませんよ。あなたは必要があれば人も殺せる人ですからね」
「偏見がひどいよ!?なにもしてないし何もされてないよ(魔法はかけたけどね)」
魔法の事は言うと面倒なので伏せるカリン。「それより!」と懐からさっきくすねてきた瓶を出した。クレアはそのうちの1本を手に取りじっと眺める。
「これはなんでしょうか?」
クレアが瓶を振ったりしながらカリンの方を見るとカリンはちょうど瓶の中身を飲んでいるところだった。飲み終わって口を拭いクレアに説明する。
「これなんか薬みたいだよ」
「え?え!?飲んで大丈夫なんですか?」
「ヴィクトールが飲んでたんだから大丈夫でしょう」
「いや、それでも!どんな薬かわからないじゃないですか!」
「大丈夫だって、言ってる…じゃ、ない………う!」
急に胸を押さえ苦しみだし瓶を落とすカリン。クレアが慌てて寄り添う。
「ちょっと!全然大丈夫そうに見えませんよ!?」
「な、にこれ…体が、熱い…!」
うずくまり動けなくなるカリン。そしてその体が徐々に変化し始める。
「こ、これは」
そばで見ているクレアは愕然とした。
「まさか、これは!」
「…まさか、これが“理由”?じゃあヴィクトールは…」
自分の体の変化を目の当たりにしカリンは驚きつつもヴィクトールの真実を知ることができた。
3日が過ぎた。その間もヴィクトールが告白をしようとしたがカリンによってことごとく邪魔された。そんなこんなで最終日、最後に告白をしようとするヴィクトールをカリンが妨害する。さすがにヴィクトールも怒る。
「あなたはなんなんですか!なぜ邪魔を…」
「ヴィクトール様!そろそろ…」
また途中で側近が間に入り以前のように連れていく。
「後できっちり話をつけますからね!」
去り際まで怒りをカリンに向けるヴィクトール。それを見てシャーロットがカリンに詰め寄る。
「ちょっとカリン!一体なんなのよ!なんで邪魔するのよ!何回か告白されそうになってたのに!」
「落ち着いて姫様」
「カリン?」
いつもなら少し怒っただけで子供みたいになるカリンが恐ろしく落ち着いているので、そのギャップにシャーロットは少し冷静になりクレアに目配せする。するとクレアは無言で頷いた。
(何かあるのね?)
シャーロットはとりあえず成り行きを見守ることにした。
10分ほどしてヴィクトールが戻ってきた。まだ怒りは収まっておらず真っ直ぐカリンに近づき怒りをぶつける。
「さぁどうなんですか?なぜ僕たちの事を邪魔するんですか!?」
怒涛の勢いでまくし立てるヴィクトール、しかしカリンは意に介さず部屋の時計を見る。その様子にヴィクトールはさらに怒る。
「ちょっと!聞いているのですか!?」
「今日までの姫様の前から離れた時間と私が治験した時間から考えるとそろそろかしらね」
「いい加減に………え?」
ヴィクトールの声が途中で途切れ胸を押さえて驚きの表情をしている。その様子をカリンは勝ち誇った表情でヴィクトールを見る。
「薬の事は知ってるわよ」
「な!?」
「残り本数が少なくなったのを見計らって何本か同じ味の水に入れ換えておいたのよ」
「なっ、くぅ…」
怒りに戸惑いと焦りが混じる。側近が慌てて近づこうとするがクレアが割り込んで止める。
「申し訳ありませんが結果が出るまでお待ちいただきます」
「うっ…」
腰の剣の柄に手を掛けヴィクトールの側近の接近を止める。お互いに剣を抜くつもりはないのはわかっているがクレアが放つ剣気に圧され5人いる側近は近づけなかった。
その場の全員が見守る中ヴィクトールの姿がみるみる変わっていく。体は縮んでいき筋肉質な体つきは女性らしい丸みを帯びた体つきに変わり、短かった髪の毛もどんどん伸びてふわふわの長髪になった。
完全に薬の効果がきれ、そこには恨めしそうにカリンを睨む1人の少女が座っていた。