ヴィクトール・エドワーズその1「絵に描いた美形」
1週間後、早速1人目のお見合い相手がシャーロットによって決められた。相手の名前は“ヴィクトール・エドワーズ”。エドワーズ公爵家の1人息子で金髪金眼に男性とは思えないきれいな白い肌で、幼い頃に女の子が思い描くような『理想の王子様』を具現化したような人物だった。年はシャーロットより3つ下の17歳だがとても大人っぽく紳士的で笑顔を絶やさない人物で、エドワーズ公爵が管理する領地ではかなり人気が高い。
「お待ちしておりました」
シャーロット自ら出迎え、お見合いのために用意した部屋に案内する。そしてお互いに2人の側近を後ろに立たせながらお見合いが始まった。
「シャーロット様、この度は僕を選んでくださってありがとうございます。とても光栄です」
ヴィクトールが爽やかに微笑む。シャーロットは「うっ」っと唸り顔を隠した。
(写真で見るよりかっこいいわ!)
心の中で叫ぶシャーロット。元々惚れやすい性格のシャーロットだが、これまでのお見合いやトラウマを乗り越え続けた結果、こういった場で異性と一緒になるといつもの冷静さがなくなってしまう。
心を落ち着かせ平静を保つ。
「私もあなたに会えてとても嬉しいですわ」
とシャーロットが返すとヴィクトールは笑顔を咲かせて子供のように喜んだ。
「本当ですか!?えへへ、嬉しいです」
(な、なんだろう、かっこいいだけじゃなくてかわいい!)
こんな感じで2人でイチャイチャしている後ろでカリンは殺し屋のような視線をヴィクトールに送っていた。
「…チッ、イチャイチャしてんじゃないわよ」
「カリン、舌打ちはやめなさい」
明らかに不適切な態度をとっている同僚をたしなめるクレア。しかしカリンのイライラは止まらない。
「だってカリン!あの男姫様とあんなに馴れ馴れしく…あ!手に触れやがった!」
「カリン」
指を指そうとしたカリンの手を押さえる。カリンはまだブチブチ呟いていたが、急に真面目なトーンになった。
「ところでクレア、気づいてるかしら?」
「…えぇ、一応」
2人はヴィクトールの後ろに控える彼の執事とメイドの様子を伺った。その顔は妙に不安そうでどこか落ち着かない様子だった。ヴィクトールと腕時計を交互に見ては2人で何やらコソコソしゃべっている。どう見ても怪しい。
「ヴィクトール様の次の予定の時間でも気にしているんでしょうか?」
「姫様に会うのに別の予定なんていれるなんて無礼な!…と言いたいけど、それはないわよ。あちらの予定は全部把握しているけど、姫様とのお見合い以外に予定は入っていないわ」
「当然のように相手の予定を把握しているんですね」
「当たり前でしょ?姫様に会うのがどんな奴でどんな覚悟で来ているのかは把握しておかなくちゃ」
「いつもの事ながら姫様が絡むととてつもない能力を発揮しますよね」
「姫様に悪い虫をつけるわけにはいかないからね。でも変なのよ」
急に困った顔になったカリンにクレアは首を傾げる。
「“変”、とは?」
「エドワーズ公爵について色々調べたんだけど、エドワーズ公爵家には息子はいないはずなのよ」
「は?」
思ってもみない言葉にクレアはポカンと開いた口が塞がらなかった。
「い、いやいや!目の前にいるでしょう?ちゃんと公式の資料を確認しています!出生記録もありましたよ!?」
「それは私も確認したわ。でもエドワーズ公爵家に50年以上出入りしている行商人に聞いたらついこないだまでは3人娘だけだったのに、少し前から息子を目にするようになったって話なのよ」
「相変わらずすごい情報網をお持ちですね…では彼は養子だと?ですがそれなら問題ないじゃないですか」
「養子としてこのお見合いに来ていればね、でも今日は正統なエドワーズ公爵家の息子として来ているでしょう?」
「貴族にとって養子をとるということは珍しいことではないとはいえ、それを隠したがる人間もいないわけではないでしょう」
「戸籍や出生記録まで捏造するかしら?」
「それは…そうですね…」
カリンはシャーロットが絡んだ出来事に対してはものすごい頭のキレを見せることがある。まさに今である。
1つ妙なところが目につくと他のことも怪しく見えてくる。カリンはシャーロットとヴィクトールの観察を続ける。時折「チッ」とか「このやろう…」などと呟きながら。
そんな側近2人の気持ちも知らずシャーロットはヴィクトールとの会話を楽しんでいた。
「ヴィクトール様も散歩が趣味なんですね」
「はい、よく家を抜け出してお忍びで行ったりします」
この話にヴィクトールの側近は主に気づかれないようにため息をついた。顔の疲れ具合から察するに相当苦労してそうだった。
「実はこの前路地裏の雑貨や屋さんに行きましてね」
「え!?私もです偶然ですね」
「その雑貨屋ってもしかして…」
ヴィクトールが店の名前を言うと「そうそこです!」とシャーロットは楽しそうに笑った。そんな他愛もない会話を重ね1時間程が経過したあたりで2人で庭園を散歩するということになった。散歩の前に控えていた執事がなにやら耳打ちするとヴィクトールは頷き「少し失礼します」と側近をともなって部屋を出ていった。シャーロットは伸びをして固まった体をほぐした。
「ヴィクトール様、とても楽しい人だわ!ねぇそう思うでしょ?」
「え?えぇ、まあ…」
クレアは即答するかどうか迷ったが、代わりにカリンがにっこり笑って答える。
「えぇ、とても素敵な方だわ」
「え?」
「そう思うでしょ!?」
同意を得られて喜ぶシャーロット。クレアは驚きの表情を浮かべて固まっている。カリンは気にせず続ける。
「聡明でお優しくて私もうっかり惚れそうだったわ」
「だ、だめよ!」
「うふふ、冗談だよ♪」
なんてことないいつも通りの会話。しかし先程までのカリンの態度を知っているクレアは固まるばかり。数分後戻ってきたヴィクトールはシャーロットと2人で庭園に向かった。ヴィクトールの側近も退室し部屋にクレアとカリンだけになるとカリンは元に戻った。
「さて、あの男の正体を暴きましょうか」
「!いつものカリンですね!」
「なに言ってるの?」
「あぁ、カリンにしてはいやにあっさり2人きりを許していたのでなにがなんだかさっぱりで」
「許してはないよ?」
「え?」
「あのヴィクトールの仕草や会話…というか話し方?には少し違和感があったわ。側近も妙にソワソワしているし、確実に姫様に何か隠しているわね」
先程も言ったようにシャーロットが絡んだ時のカリンの頭のキレは凄まじく、立てた予想はだいたい当たっていた。だからこそ疑問は残る。
「ではなぜ2人きりにしたのですか?」
「泳がせて尻尾をつかむためよ」
「姫様を囮にしたのですか?」
それも絶対にカリンがしなそうな判断だった。その質問にカリンは顔をしかめた。
「言い方が嫌ね、私だって本当に姫様に危険があるなら囮なんかにしないわよ」
「あのヴィクトールには姫様に危害を加えることはないと?」
「それは確信をもって“そう”だと言えるわ。あの男から姫様への敵意は全く感じなかった。むしろ言葉の隅々から姫様への確かな“愛”を感じたわ。…反吐が出そうだったけど」
所々にヴィクトールへの憎しみをにじみ出しながらも冷静な分析と予測を語るカリン。クレアはカリンの推測の部分には同意した。
「確かに違和感はあったものの姫様への敵意みたいなものは感じませんでした」
「でも何かを隠してるのも確実だと思うんだよね」
カリンの瞳がキラリと光る。
「じゃあ早速暴きにいきましょう
「しかし何から調べましょうか?」
「とりあえず姫様の様子を伺いに行きましょう」
側近2人はシャーロットたちがいる庭園に向かった。
一方シャーロットとヴィクトールは楽しく王宮内の庭園を散歩していた。
「そこのお店なら僕も行ったことがありますよ、確かフルーツサンドが有名で」
「そうなんです!私も食べましたけどクリームの甘さとフルーツの酸味がマッチしてとても美味しいんですよね!」
「それにあそこの店長はコーヒーにもこだわっていて頼んだメニューに合わせてブレンドしてくれるんですよね」
「そこまでは知りませんでした!すごいです!」
2人はとても盛り上がっていた。シャーロットと同じくヴィクトールもよく町に行くらしく、しかもシャーロットが行ったことのあるお店にはジャンルを問わず全てに行ったことがあるようでそこにもビックリしていた。それもあって話は尽きなかった。庭園の散歩も終わり2人はベンチに腰をおろした。シャーロットはこっそりヴィクトールを伺う。ヴィクトールはキラキラ輝く金色の瞳で庭園の方を眺めている。その横顔を見てシャーロットの胸は高鳴った。
(本当に素敵な方…、お父様には悪いけど、始めから私が相手を選べばよかったわ)
そんなことを考えているとこちらを向いたヴィクトールと目があった。
「「あっ…」」
2人の視線と声が重なる。お互いに頬を赤く染めながら照れ笑いを浮かべた。そしてヴィクトールはシャーロットの手をとった。
「ヴィクトール様?」
戸惑うシャーロットの目を真っ直ぐに見つめヴィクトールは口を開いた。
「シャーロット様、僕は一目であなたを好きになりました」
「え、はえ!?」
いきなり告白されて妙な声をあげてしまうシャーロット。今までのお見合いでは相手からちゃんと告白されたことはなかった。されたこともあるにはあったが、目の前のヴィクトールほど真剣に心から言われていると感じることはなかった。なので今、シャーロットの胸はさっきよりさらに高鳴っていた。
だが、少し妙な違和感も感じていた。
(30連敗もしていると確かな気持ちを感じても疑ってしまうのね、でも、この人なら大丈夫なはず!)
シャーロットはヴィクトールの次の言葉を待った。ヴィクトールは2.3回深呼吸をした。
「シャーロット様、ですから、僕と、けっ…」
「ヴィクトール様!」
物凄く大事なタイミングでヴィクトールの側近が割り込んできた。予想外の乱入者にシャーロットは目をパチクリさせた。一世一代の告白を止められたヴィクトールは顔をさらに真っ赤にさせて怒っていた。
「大事なところだったのに!なんなのよ!?」
「おじ…ヴィクトール様、落ち着いてください!…(ギリギリなんですよ!)」
最後の方は耳打ちで行われたのでシャーロットには聞こえなかった。側近に耳打ちされた後、髪をグシャグシャと掻き「わかった」とまだ落ち着ききらない様子でとりあえず了承した。
「あの…ヴィクトール様?」
荒々しいヴィクトールの様子に戸惑うシャーロット。ヴィクトールは申し訳なさそうにしながらも笑顔を見せシャーロットに謝った。
「すみませんシャーロット様、少しはずしますね」
「え?えぇ…」
「すぐに戻ってきますから!」
そう言うと足早にどこかへ走っていった。シャーロットがそんなヴィクトールの後ろ姿をポカンと見ていると背後から声がした。
「やっぱり怪しいわねあの男」
「ちょ!バレますよ!」
「カリン!クレア!?」
背後の草の中からカリンとクレアが顔を出していた。
「何してるの…ていうかカリン!?本当にどうしたの!」
カリンを見てみると唇から血が出ていた。シャーロットは慌ててハンカチを出し拭こうとしたがその前にカリンは自らの袖で拭った。
「気にしないで、あまりのストレスに力の制御ができなくなっただけだから」
「どんなストレスを感じたらそこまでになるのよ!?」
「あの、姫様、できればあまり聞かないであげてください」
「そんな事よりやっぱり怪しいわねあの男」
「怪しいってヴィクトール様のこと?ちょっと失礼じゃない!!」
怒るシャーロットを抑え込むようにカリンはシャーロットに顔を近づけた。
「姫様は何か違和感を感じなかったの?」
「ちょっ、近い!」
カリンをひっぺがし怒る気持ちも落ち着いたシャーロットは少し記憶を辿った。
「うーん、違和感なのかハッキリしないけどあの人とは趣味がかなり合うみたい。私が行ったことがあるお店全部に行ったことがあるみたいだし、食べ物の好みも同じなのよ」
「私だって姫様とお揃いの服とか持ってるし!」
「カリン、話が進みませんからおさえてください」
「うむむ~」
頬を限界まで膨らませるカリンにシャーロットはクスリと笑い、顔を赤くするカリンを見てふと先程のヴィクトールの言動を思い出した。
「そういえば、さっき一瞬だけど女性っぽい喋り方になったわ」
「ほう?」
「怒って素が出たみたいな感じに見えたけど…あと彼と喋っているとたまに異性と喋っているのを忘れちゃうのよね」
「…」
カリンは少し考え唐突に走り出した。
「ちょっ、カリン!?」
「姫様、申し訳ありません私が止めてきますので」
「あ、うんお願い!」
クレアが慌ててカリンを追いかけていった。その後ろ姿を見てシャーロットは少し不安を感じた。