矢崎剣悟その3「姫様の悩み」
静寂が部屋の中を支配した。すべての音が世界からなくなったかのように静まり返った。そして剣悟以外の視線がクッションの上で固まるフリージアに集まった。フリージアもそれを感じて慌てて弁明した。
「先程も申し上げたようにこの魔法は本来この世界の危機を救ってくれる勇者を召喚する魔法なんです!ですので召喚条件として優先されるのは“勇者適正”なので、伴侶がいるかまでは判断できないんです!」
涙目になりながら説明するフリージア。
「ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったのよ」
慌ててなだめるシャーロット。その間にカリンが剣悟に質問をした。
「その彼女はどんな人なの?異世界の恋愛事情って気になるわ~」
剣悟がシャーロットの婿候補ではなくなったので完全に気を緩めたカリンは、無意識に色気を振りまきながら質問した。剣悟はその色気にのまれかけながらもなんとか踏ん張り自分の彼女について出会いから話すことになった。シャーロットは興味津々といった様子で聞いていた。その様子に安心した剣悟はレーヴ・アムールに召喚される寸前の事を話してしまった。
「実は今日彼女とデートの日だったんですが、待ち合わせ場所で彼女を見つけて近づいていった途中で、彼女の目の前で飛ばされたんですよ~」
軽い気持ちで言ったその言葉に部屋の空気(主にシャーロットとフリージア)が冷えたように感じた。シャーロットとフリージアは顔を青くして頭を下げる。
「あわわ…ごめんなさいぃ…私のせいですぅ」
「フリージアのせいじゃないわ!私が軽はずみに“異世界召喚”なんて頼んでしまったから…」
滅茶苦茶平謝りされて、剣悟の方が悪いことをしている気持ちになった。
「大丈夫ですから!頭をあげてください!」
なんとかなだめた剣悟。しかし本心としてはやはり早く帰りたいので一応帰還について聞いてみた。
「えっと、やっぱりできるだけ早く帰りたいんですがいけそうですか?」
「それもそうよね、いけそう?フリージア」
「はい、一応魔法の発動はできますが、剣悟さんが召喚された時間から3日くらいたってしまいます」
「3日も!?」
「はい、ですがそれは魔力が消費されてしまっている今だからで、1日待って魔力が回復すれば時間指定できるようになります、最短で元の世界の召喚された時間の1分後に飛ばせますよ」
「本当ですか!?でも君の体は大丈夫なんですか?」
「体については問題ありませんよ、むしろ魔力は消費した方が私にはいいくらいなんです」
ふにゃあ、となっているフリージアに若干の不安を感じながらも他に方法もわからないので任せることにした。
「じゃあ今が正午くらいだから…少し余裕をみて明後日の午前中に剣悟さんを元の世界に戻す儀式を行うということでよろしいかしら?」
「私は問題ありません~」
「僕も大丈夫です」
「ではそれで、フリージアは王宮のVIPルームで休んでちょうだい。メイドも何人かつけるわ」
「えぇ!?そこまでしていただかなくても…」
「さっきも言ったけど私のわがままを聞いてもらって、まだもうちょっと無理してもらうんだからこれくらいは当然よ。後日なにか他のお礼もするわ」
「シャ、シャーロット様…私がんばります!」
「今は休んでね。クレア、後で部屋まで運んであげて」
「承知いたしました」
「剣悟さんにもできる限りいい部屋を用意するわ」
「え?本当ですか?」
急に異世界に召喚されて、いきなりプロポーズされて、断って、不安な気持ちがあったが、話がまとまり帰れる段取りも完了し、気持ちに余裕ができた剣悟は、元の世界の漫画やアニメにでてくるようなお城に泊まれることにテンションが上がっていた。
「あの、お城の中を散歩したりしてもいいですか?」
「もちろん!後で案内役の執事かメイドを紹介するわ。夕食は一緒に食べましょう」
「え!?でも僕テーブルマナーとかわからなくて…」
「いいのよそんな堅苦しいものじゃないから。あ、あと明日1日私にくれないかしら?」
「え?あ、はい、することもないと思うので」
「せっかく私たちの国に来てくれたんだし私がこの国を案内するわ」
「えぇ…」
「ええええええええええ!!!?」
剣悟の声はカリンの大声でかき消された。この後、カリンが「一緒に行きたい」と1時間くらい駄々をこねた。この日は剣悟は希望通りお城を探検し、シャーロットたちと食事をとった。
食事が終わり残った仕事をこなしたシャーロットは寝る前に明日の予定を考えていた。
「これって考えようによってはデート?いや、余計なことは考えない!剣悟さんにこの世界を楽しんでもらわなくちゃ!」
自分のわがままでたまたまこの世界に来てしまったとはいえ、どうせならいい思い出を持って帰ってほしいと、シャーロットは頑張って次の日の予定を考えた。ちなみに次の日の仕事はすでに終わらせていた。
次の日の朝食後シャーロットと剣悟は城下町にくりだした。今日のシャーロットはお忍びスタイルだ。地味なブラウスに長めのスカート、大きめの帽子を被り黒ぶちのメガネをつけている。髪は三つ編みで後ろにまとめている。髪の色はそのままだがいつもの王女オーラは微塵も感じられない。剣悟はこの国の男性がよく着ている服装をしていた。
「じゃあ行きましょうか」
「は、はい」
剣悟は少し緊張しているようだったのでシャーロットが剣悟をリードした。
「そんなに緊張しないで、私についてきてね」
剣悟の手を取りふわっと微笑んだ。その笑顔を見て剣悟の心は落ち着いた。ちなみにカリンとクレアは少し離れて護衛していたがカリンは終始剣悟を睨み付けていた。
シャーロットはレーヴ・アムールの自分の好きなところを中心に案内した。色々なものが置いてある雑貨やさん、色とりどりのお菓子が並ぶお菓子やさん、いきつけのパン屋さん、王室御用達の武器屋などたくさん案内した。昼食はこの国の名物が食べられるお店に行った。
色々回った後、シャーロットの提案で元の世界に帰る時に持って帰るお土産を購入することになった。本日一番初めに入った雑貨やさんに入った。ここは安価なものから、本物の宝石を使った値段はお手頃のアクセサリーも売っている。色々見て回った後、きれいな赤い宝石が使われたブローチを購入した。
この日の予定が全て終わり王宮に戻ろうとなったがその前にシャーロットはある場所に剣悟を案内した。そこはレーヴ・アムールが一望できる場所で沈みかけの夕日が町並みをきれいなオレンジ色に染め上げていた。その景色に見とれていると剣悟は何か黒い板のようなものを取り出した。シャーロットは不思議そうにその板を見つめる。
「剣悟さん、それなに?」
「これは“スマホ”っていうんですよ」
「“すまほ”?何をするものなの?」
「えっとですね…見ていただいた方が早いと思いますので」
剣悟は沈む夕日の方に黒い板を向けたかと思うと黒い板についているボタンのようなものを押した。すると(パシャリ)と音がした。そんな動作を何度か繰り返した後、黒い板をしばらく見ていた剣悟は「撮れた」と言って黒い板をシャーロットに見せた。画面を見たシャーロットはそこに写っていたものを見て目を真ん丸にした。
「景色が絵になってる!」
黒い板には今見ている景色が1枚の絵として切り取られていた。シャーロットは驚きが残ったまま目をキラキラさせてそれを見ていると剣悟が顔をほころばせながら他にも色々教えてくれた。剣悟から見れば今のシャーロットの反応はおかしく見えているかもしれないのにバカにすることなく優しく丁寧に他にも色々教えてくれた。
ひととおり説明してもらいシャーロットは満足し“すまほ”について理解した。そして改めて剣悟がいい男性であると感じ、思わず隠していた悩みがこぼれる。
「…はぁ、私の何がいけないのかしら?」
「え?」
「あっ」
無意識にそう呟いたので反応した剣悟を見て顔を赤くした。その反応をどう解釈したのか剣悟は申し訳なさそうな顔になり謝罪した。
「あの、期待にお答えできなくて本当にごめんなさい」
そう言って頭まで下げてきた。そんなつもりのなかったシャーロットはあわあわと剣悟の顔を上げさせた。
「ごめんなさい!そういう意味で言ったわけではないのよ!」
「でも…」
「本当に違うの!私が悪いのよ」
強制的に呼び出してしまった剣悟に自分の今までの婚活失敗談を告白するつもりはなかったが今のシチュエーションと罪悪感に押されてなぜここまでしてお見合いをしているのかをすべて話した。剣悟は所々反応しながらも最後まで聞いてくれた。
「私ももう20歳、それなのに婚約者すらいない…うぅ、私には魅力がないのよぉ…」
話していて悲しさと虚しさにさいなまれたシャーロットは剣悟の前なのに泣きそうな顔で下を向いてしまった。そんなシャーロットに向かって剣悟は「そんなことないです」とキッパリと言い切った。
「たった1日しか一緒にいない僕の言葉なんてなんの励みにならないかもしれませんけど、あなたはとても魅力的な女性です」
「剣悟さん…」
「それに年齢の事を気になさっていましたが20歳はまだ若いですよ!僕の元の世界では50歳で結婚する人もいるんですよ!」
「そのくらいにならないと私も結婚できないってこと?」
「違います!結婚に年齢なんて関係ないって事です!」
剣悟の言葉に少し慰められるシャーロット。しかし彼女の心の悩みはまだ尽きない。
「でも私の父も私自身も人を見る目がなくて、しかも私は男運も本当になくて…今までも何人も失敗してて…」
「そんなのたまたまですよ!」
シャーロットの口からこぼれたたくさんの弱音や悩みをを剣悟は「そんなことはない」と否定し「あなたはすごい」と励ましてくれた。なんの根拠もない言葉だけど言葉の中に哀れみや同情はなく、剣悟の真っ直ぐな本音を感じられてそれだけでもシャーロットの心の傷は和らいだ。
しばらく愚痴を聞いてもらったシャーロットの表情は明るかった。側近にすら打ち明けたことのない悩みまで打ち明け心も少し軽くなり「これも勇者の力なのかしら?」などと考えたりもした。そして日が落ち始めたので帰ろうとした時、シャーロットは剣悟を引き留めた。
「ちょっと待って」
「どうかしましたか?」
剣悟の手を掴みながらシャーロットは密かに合図を送る。少し離れた所で見守っていたクレアは意図を察し抵抗するカリンを引きずるようにその場を離れた。それを確認したシャーロットは用意していたある物を取り出した。
「これをあなたに受け取ってほしいの」
「これは?」
シャーロットが差し出したのはベアのネックレスだった。
「このネックレスにはね特殊な鉱石をこの国の伝統技法で加工したものなの、かなりの強度で絶対切れないって言われてる事もあって“良縁のお守り”として有名なの」
「でもどうしてこれを僕に?召喚の事なら…」
「ううん、これは謝罪じゃなくてお礼よ」
「お礼…ですか?」
「それと、あなたと想い人の縁がずっと続くようにっていう願いと、その想い人を待たせてしまったことへのお詫び…あ、やっぱり謝罪も入ってるわ」
シャーロットはネックレスが入った箱を剣悟に渡す。
「あとは少しでいいからこの世界の事を覚えててほしいっていうのもあるわ」
「ありがとうございます。大事にしますね」
「こちらこそありがとう。さて、帰りましょうか」
シャーロットはとても晴れやかな気持ちで剣悟と一緒に王宮へ帰っていった。




