「宮廷薬師」
ジェスター・ルーフィーの一件が片付き、その後もシャーロットはめげずにお見合いを続けた。しかし残念な結果に終わった。
3人目は40歳の伯爵だった。見た目は紳士な素敵おじさんだったのだが、王宮内のメイドの下着を盗んでいる…というか被っている場面に出くわしてしまった。この伯爵は下着好きの変態でお見合いを利用し王宮に侵入し女性物の下着を盗むのが目的だった。最終的にはシャーロットの下着やシャーロットの母親の下着も盗むつもりだったという、当然捕縛された。
4人目は30代の俳優。貴族にはない独特な魅力に一瞬心を奪われかけたが、その言動に違和感を感じたクレアが密かに見張っていると国庫に侵入するのを目撃され捕えられた。その正体は巷を騒がせていた怪盗だった。
…と数多くいる候補者の中から見事に癖が強いハズレを引いてしまう。さすがにへこむシャーロットは心が沈んだ時にいつも行っている王宮内のとある場所に向かった。
「うぅ~、私って男運がないのかしら~」
部屋の中央に設置された休憩スペースの椅子に座り机に突っ伏して唸るシャーロット。今の姿からは王女の威厳はなく年相応の少女といった感じだ。そんなシャーロットにいかにも位が高そうなローブを纏ったエルフの男性かティーセットをお盆に載せてやってきた。
「シャーロット様、はしたないですよ」
「アル!」
アルと呼ばれたエルフの男性、本名アルヴィスは王宮に仕える『宮廷薬師』で年齢は300歳で王宮には200年も勤めている。シャーロットとは彼女が赤ちゃんの頃からの付き合いで、シャーロットにとっては親戚のお兄さんみたいな存在である。
「どうぞ」
シャーロットにカップを渡す。
「ローズティーです。飲むと気分が明るくなりますよ」
「ありがとう」
シャーロットは渡されたローズティーをひと口飲んだ。
「ふぅ~」
「落ち着きましたか?シャーロット様」
「アル、2人だけの時は昔みたいに“シャル”って呼んでって言ってるじゃない」
「え?いや、しかし…」
「むー」
じっと見つめてくるシャーロットに根負けしアルヴィスは苦笑した。
「わかりました、シャル」
「よろしい」
嫌なことがあった時などにはここに来てアルヴィスに愚痴を聞いてもらったり色々相談したりしている。
「そんなに落ち込まなくてもいいじゃないですか、まだ始まったばかりなんですよ」
「いや、それでも4連続この結果は落ち込むわよ…」
「あなたにそんな顔は似合いませんよ、これもどうぞ」
アルヴィスはクッキーが乗ったお皿を置くとシャーロットの顔がほころんだ。
「アルが焼いたの?」
「はい」
「やった!ありがとう」
ついさっきまで落ち込んだ顔がクッキーが出た瞬間満面の笑みになったのを見てアルヴィスはクスクスと笑った。
「シャルは本当に単純で面白いですね」
「アルのクッキーが美味しすぎるのよ!」
その後、愚痴を聞いてもらったり、他愛ない雑談をしたりして過ごした。しばらく話してアルヴィスが少し席を外して戻ってくるとシャーロットは自分の腕を枕にして眠っていた。
「本当にお疲れなんですね」
静かに席に戻ったアルヴィスはシャーロットの頭を優しく撫でた。
「…本当に、成長しましたねシャル……あの人に似てきましたね」
アルヴィスが王宮に仕えるようになったのは今から200年前、レーヴ・アムールが建国されて間もない頃だった。
当時100歳だったアルヴィスは故郷を離れ各地を放浪していた。その途中魔物に襲われている旅の集団を助けた。そこに偶然建国して間もないレーヴ・アムールの国王夫婦が乗っていた。感謝の言葉を言われたとき、初代王妃に一目惚れしてしまう。しかもアルヴィスにとってそれは100年の人生の中での初恋であった。すでに王妃は結婚していた事もあり恋自体は諦めたのだが、少しでも側にいたいと思いその場で王宮に仕えたいと申し入れ、当時から薬について研究していたこともありそのまま宮廷薬師として仕えることになった。仕えてからは友人として初代王妃と接するようになったのだが、複雑な心境だった。
王妃が亡くなった後、初めはレーヴ・アムールを去ろうと考えていたのだが、王妃の死の間際に「この国をお願い」と頼まれ、アルヴィス自身もレーヴ・アムールを気に入っていたので初代王妃の死後もずっと王宮に仕えた。
死後150年以上が過ぎ、当時感じた気持ちも忘れてしまった頃、シャーロットが生まれた。アルヴィスはシャーロットが5歳の頃に初めて彼女に出会い驚愕した。まだ幼いながらにその容姿が初代王妃と瓜二つだったからだ。驚き固まってしまったアルヴィスにシャーロットは笑顔を向けた。その笑顔を見たアルヴィスの心は約200年ぶりに大きく揺れ動いた。
しかし自分の年齢や、似ているだけで初代王妃とは別人だと気持ちを押さえ込もうとしていたが、シャーロットに気に入られ接する時間も増え、接するうちに初代王妃とは違うシャーロットの魅力をみつけてどんどん惹かれていってしまった。
「こんな気持ちは早く捨てなければいけないのに、成長するにつれてあなたはどんどんあの人に似て綺麗になっていきますね」
寝ているシャーロットの顔にかかっていた髪をよけて寝顔をみつめる。
「そしてあの人にはなかった魅力も持っていて…私の心を乱してしまう」
困ったような笑顔をするアルヴィス。
「もし…もし許されるなら、もしあなたの隣に誰も立つことがないのなら、私が…」
シャーロットの事で頭がいっぱいだったアルヴィスは背後に迫っていた人物に全く気付かなかった。
「アルヴィス師匠?」
「はっく!?な、ヴィ、ヴィクトリア…」
息をつまらせながら背後にいたヴィクトリアの名前を呼んだ。あの事件以降、ヴィクトリアは宮廷薬師見習いとしてアルヴィスの弟子として働いている。
「今日は休みだと伝えていたはずですが?」
「もちろんわかっていますよ、ただ…アルヴィス師匠の様子が少しおかしかったのでこうして見に来てみたのですが…」
ヴィクトリアはテーブルで眠っているシャーロットに一瞬目を向け改めてアルヴィスに目線を戻しニッコリ笑う。
「この状況は何ですか?」
「いや、シャルの話を聞いていただけで…」
「“シャル”~?」
「あ!いえ、シャーロット様の話を聞いていただけです」
「シャーロット様の頭を撫でたり、“愛の言葉”を囁いたりするのがですか?」
「いやそれは…は!?愛!?何を言ってるんですかあなたは!!」
「ん…んん?」
アルヴィスが思わず出した声でシャーロットは目を覚ました。
「あれ?私寝てた?」
「シャーロット様!」
「シャーロット様ぁ!」
「あれ?ヴィクトリア?おはよう」
「あーん、おはようございますぅ♥️」
寝ぼけるシャーロットにメロメロになるヴィクトリアを脇にどけ、アルヴィスが前にでる。
「こほん、起こしてしまい申し訳ありません。そろそろ時間ですのでお戻りになられたほうがよいかと」
「それもそうね」
「えぇもういっちゃうんですか?」
「ごめんねヴィクトリア、また別の日に話しましょうね」
「はい~」
シャーロットはアルヴィスにお礼を言うと食器を片付けて帰っていった。
「…さて、残りも片付けてしまいましょうか」
「おい師匠、話があります」
この後アルヴィスはヴィクトリアに3時間程質問責めにあった。
その夜、シャーロットは自室で真剣に考え事をしていた。
「アルヴィスはああ言ってくれたけどやっぱり焦るわよ、妹は先に結婚しちゃったし…」
シャーロットには妹が1人いて、15歳になると同時にレーヴ・アムールの友好国にお嫁に行った。しかも最近子供が産まれたという報告を受けていた。もちろん嬉しい気持ちが大きかったのだが、焦る気持ちも確かに感じていた。
「そんな風に思ってしまった自分が本当に嫌!やっぱり少しでも早く相手を決めないと」
シャーロットは1枚の紙を手に取った。そこには王宮に仕えているある人物が描かれていた。シャーロットは険しい顔でその人物を睨み付けるように見つめる。そして何かを決心したかのような表情になる。
「こうなったら、あの手段を使うしかないわね」
シャーロットは紙とペンを取り出し急いで何かを書き出した。




