第一章 第1話 出会い。
異世界転生
その甘美な言葉にどれだけの人が夢想しただろうか。
数多のライトノベル・アニメの題材にされ、
今やファンタジーの王道になりつつあるそれは、
本当に、存在するのだろうか。
辛い現実を逃れ、剣と魔法の世界で新しい人生と、
心躍る冒険。
そんなものが本当にあるのだろうか。
死後、そんな馬鹿げた夢は叶うだろうか。
その世界に俺が求めたものはあるだろうか。
もし......、もしそんな絵空事のような世界があるのなら、
俺は……
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走馬灯のように浮ついた意識を、現実へと引き戻す。
なんで...... こうなったんだ。
そう問わずに入られない状況。
鼓動の加速と共に荒くなる呼吸が、時が止まったとさえ錯覚させる。
眼前の惨状を脳が処理するたび、膝が笑う程の恐怖と、猛烈な吐き気に襲われて体が動かない。
「不運」か? 「偶然」か? はたまた「運命」か......
目の前に転がる血まみれの美女と、殺った犯人の激昴した鬼のような形相は
進藤 光童貞25歳の短い人生終了のお報せを、本能的に告げていた。
刹那―
物凄い速さで犯人が迫り、ナイフを振りかざしてくる。
「ひぃっ」
もう殆ど無意識的に喉から悲鳴が漏れていた。
......俺は本当に無力なんだな。
せめて、1発ヤッてかr― ブツ
世界は黒に染まった。
* * * * *
チクショウ
なんでこうなったんだ。
今まで無難な人生を歩んできた。
幼い頃からの努力故に成績も優秀だったし、スポーツだってなんでもこなした。
才能も容姿も比較的恵まれていたが、そんなことは関係ない。
何も知らない奴らに「天才」だなんだと言われたが、意にも介さなかった。
そうして、
有名大学を卒業し、大手企業に就職した。
でも、「不運」だった。
その企業は端的にいってブラックだった。
残業漬けの日々、休息の得られない日々。
死ぬ程働かされ、最後はリストラされて無職になった。
その頃にはもう、転職する気力も残ってなかったんだ。
脱サラ自宅警備員の毎日は楽ではあったが、心が酷く痛んだ。
そんなある日、コンビニへ行くため外に出た。
「偶然」だった。
その途中で殺人現場に遭遇し、無念にも25歳で俺の人生は幕を閉じる。
「不運」か? 「偶然」か? はたまた......運命は俺に敵対するのか。
無力だ。 無意味だ。 無益だ。
俺の人生に、俺という人間に価値なんてあったのだろうか。
別に認めて欲しかったわけじゃない。
褒めてほしかったわけでも、理解して欲しかったわけでもない。
慰めも共感も。金も、女も、名誉も、
そんなものは要らない。
俺はただ......
ただ............――――
* * * * *
~時空の境界~
「............せに! ......クセに! 」
うぅ......なんだ......
「なんで私がこんな目に遭わなくちゃいけないのよ!」
女の......声?
重い瞼をゆっくり開けると、そこには漆黒の世界が広がっていた。
その中に一目見ただけで「人」ではないと理解できる背に黒い翼を生やした少女がいて、足踏みしながら愚痴っている様だった。
......誰だ?
そう思い体に力を入れると、どうやら実体を保っているようだったので起き上がり、膝を立てる。
とにかく、どういう状況なのか聞いてみない、と......
そこで俺の思考は途絶えた。
長い銀髪。輝く緋の目。雪のように白く瑞々しい肌。
均整のとれた幼い顔に、似合わない熟れた体。
まさに女神級、人間離れした美貌をもった美少女がそこにはいた。