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ミチ

作者: 倉部秋

 ――白線から落ちたら負け、だよ。


 妹から持ちかけられた勝負に、二つ返事で相手をする。

 ゴールはお父さんとお母さん。二人を見失わないように、白線からも落ちないように、駆け足で進んだ。

 ところどころ掠れる線の筋を見極めて、帰途につく。

 ここは、これであっているはず。



 白線が途切れた。

 どうしようかと思い、ずっと線を追いかけていた視線を正面に戻す。そこには、赤く光る信号機があった。

 その向こうにはお父さんとお母さん、そしてその二人を追う妹がいる。

 いつの間に抜かされていたのだろう。

 早く追いかけたいのに、妹にはいつも勝っていたいのに、信号は青に変わろうとしない。もどかしくて、その場で足踏みをしていた。

 そうこうしているうちに、妹は両親に追いつき、談笑をし始める。そして振り返り、勝ち気な笑みを浮かべる。

 私はとても悔しくて、苛々した。信号さえ青に変われば、今すぐその背に蹴りを入れているのに。

 そして、一通り文句を言ってから、みんなで笑いながら家を目指せるのに。

 三人の姿を見るのが嫌になってきて、目線を下げる。すると、足はもう白線からずれていた。きっと足踏みをしているときに落ちていたのだろう。これでは、もし妹が両親に追いついていなかったとしても、負けていた。

 妹に文句を言う前に自分で気付いてよかったと思う。妹はきっとこのことに気付いているのだろうから、むしろ言い返されて、口喧嘩は終わらなかっただろう。

 さっきとは打って変わって、晴れやかな気分で信号機を確認してみても、まだ赤色をしている。暗闇に輝く赤を呆然と見上げる。いくらなんでも長すぎやしないか。

 もしこのまま信号が変わらなかったら。

 家族は、私がいたことも忘れて、家に帰って鍵をしめてしまうんだろうか。

 自分の考えに恐怖を抱き、ここからどう進めばいいのか、いままでどう進んできたのかすら忘れそうになる。

 不意に目の前を一台の車が通り過ぎる。大きな音に驚いて、正面を見ると、信号は青に変わっていた。

 家族を追いかける気にもならず、暗い気分のまま横断歩道を進む。

 歩き出した道に、白線はなかった。


 乗用車やトラックが法定速度ギリギリを進む幹線道路を歩きながら、最近は白線のない道を歩かなくなったと考えていた。昔、それこそ小学生のころなどは、探検と称し、近所の路地を歩きまわっていた。

 目標とするバス停で、両親の背中を見つけた。

 待ち合わせをしていたわけではないが、近くで買い物をしていたらしい。

 しかし、買い物には必ずついてくる妹の姿はそこにはない。お父さんに聞けば、前方を指さし、バスを待つのが嫌で先に行った、と答えた。確かに、小さくその背中があった。

 そうなの、と返し、たまたま思い出した白線の勝負をもう一度してみようと考え、追いかけることにした。


 あと少しで右手が届く、といった距離で妹が振り返る。

 驚きの声を上げる前に、妹は拳を私の腹部へ入れる動きをする。間一髪で避けて、軽く文句を言う。

 ケタケタと笑いながら、謝る気のない謝罪をし、お姉ちゃんの動きはバレバレなんだよね、と言いつつリンゴを差し出す。

 不思議に思いながら受け取ると、おなかが減ったから、さっきお母さんに買ってもらったのだと齧りながら言った。

 こんな道端でリンゴを食べるよりも、道沿いにある喫茶店に行った方がいいと私は思ったのだが、この不作法さがいいのだと妹は言う。受け取った赤色は食べてくれと言っているようだった。

 その誘惑に負け、齧った果実は芳しい香りがした。


 残った果実の芯を押し付けあいながら歩く。

 角を曲がると、途端に車の走行音は遠くなる。

 車が一台ゆうに通れるその道には、白線が引いてあった。

 私は今思いついたようすを装って、白線を使った勝負を持ちかける。

 ――白線から落ちたら負け、だよ。

 ――それだけじゃあ面白くないから、負けた人がこの芯を責任もって捨てる、ということにしよう。

 以前にはなかった罰ゲームもつける。そうすると、最初はめんどくさそうだった妹もやる気を見せる。

 向かって左の線の上に乗る。妹はその反対側にいた。

 この道から先、家につくまで横断歩道はない。今度こそ、何にも邪魔されることなく勝負ができる。

 ちらと妹を見る。進む先をしっかりと見据えて、合図を待っているようだった。

 勝負を持ちかけた身ながら、そこまで本気になることがよくわからない。そんなに芯を捨てたくなかったのだろうか。

 まあいい。

 気を取り直し、進むべき白線を見据える。

 大きく息を吸って、声を出す。

 ――よーい、スタート。


 片手に芯を持った姉妹が、白線の上を進んでいった。



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