ぼっちになりたいお嬢様は拘束中
わたしは筋肉オヤジに誘拐され、生徒会室に監禁されている。
ドリルがいなかったら身の危険を感じているところだ。
いや、身の危険なら感じているんだけど。
「筋肉オヤジ。わたしは何故、椅子に縛られているんだ?」
わたしは、花菱じいちゃんが用意してくれた世界一の椅子にバインドされている。——蓑虫。
「お嬢様言葉はどうした?」
「んなもん、ドリルと筋肉オヤジしかいないんだから必要ないだろ」
わたしのお嬢様モードは教育係の賜物。
土足で踏み込んでくるドリルや筋肉オヤジみたいなゴキブリ庶民に外面は気にしなくていい。
えっ? 庶民にお嬢様スマイルをしていた?
わたしみたいなお嬢様は庶民にも傍若無人であるべき?
それは少し誤解がありますね。
わたしはゴキブリのように土足で踏み込んでくるドリルや筋肉オヤジのような、精神衛生上よろしくない庶民にだけ気を使わないだけです。
補足を加えますと、わたしが庶民を精神衛生上よろしくないと思っているだけで、一般的な庶民はドリルや筋肉オヤジのように土足で踏み込んできて何かをしてくるわけではありません。わたしに関しては、触らぬ神に祟りなし、という言葉が当てはまりますね。
それに、お嬢様として庶民には最低限の譲歩はしないとならない、と教育係にキツく言われておりますので、お嬢様スマイルは不本意ですが譲歩した結果です。
「お嬢様は外面用って事か。八王子もか?」
「ワタクシは唯衣ちゃんとは違いますわ」
「新垣様から唯衣ちゃんになるだけか。なるほどなるほど。お嬢様の生態にはうといからな、これから知っていく」
「とりあえず懸垂をヤメて仕事すれよ。目安箱の回収とかあるだろ。なんなら、わたしが回収してやるから解放すれ」
逃げるけどな!
「あと20回だ。このままでも会話はできる」
廊下側の扉の上に【生徒会室】と書かれた札があったから、ここは生徒会室なのだろう。
スポーツジムにある機材に囲まれているが、たぶん生徒会室だろう。
「それと目安箱だが、経費削減の1つで、先生からの仕事や生徒からの相談はそこのパソコンに送られてくる」
たしかに、紙をデジタルデータにすれば余計な経費はかからない。なるほど、筋肉のデータを記録するだけのパソコンではなかったようだ。
だが、浮いた経費で筋トレマシンを買っていたら意味がない。
「一昔前なら書類置き場や目安箱があった。今はプライバシーが厳しい上に、こそこそとストーカーみたいに嗅ぎ回るヤツもいる。生徒会も暇じゃないから、たかるハエをいちいち相手にしていられない。目安箱や紙の書類よりデータ送信の方が都合いいのだ」
「害虫駆除は風紀委員の仕事だろ。早くわたしを解放すれ」
「ふむ。……」
筋肉オヤジは懸垂をヤメるとタオルで汗を拭き取り、何かの液体を頭からかぶる。
臭っ! 鼻にツンとくる! ツンときてスーッとくる!
わたしの嫌いな匂いだ!
「臭え! 病院臭え! 濃厚!」
「消毒液だ。我慢してくれ」
「紳士ですのね」
「おいおい、ドリル。この筋肉オヤジを紳士って言ったのか?」
なに寝ぼけたこと言ってんの?
「消毒液で汗の匂いを誤魔化していますの」
「前提を忘れるな。淑女と会話しながら懸垂するのは紳士ではなく、ボディビルダーというナルシストだ」
「日課だ。ルーティーンを大事にしてる」
「どうでもいい。それより、臭いから帰る。消毒液の匂いは嫌いなんだ。早くこの縄を解け」
臭い。鼻が痛い。鼻をかみたい。水っぽい鼻水が出そうだよ。
「……。朝日ケ丘大学高等部の新入生は、万を越える受験生の中から『選ばれる』」
無視ですか。
つか、帰してくれる気なさそうだな。
少しぐらい話をしてあげてもいいんだけど、焦燥したら帰るからな!
「選ばれ……!」
おおっと水っぽい鼻水が出ちゃいました。
「唯衣ちゃん。チーン」
ドリル。ありがたいけど、妹を扱うみたいに鼻にティッシュ付けてチーンって言うのヤメろ。チーンするけどね。
「筋肉オヤジ。選ばれるって、偉そうに言うなよ。合格者を入試テストや面接の上位者から選ぶのは当たり前だろ」
「入試テストは基本ができているか見るだけだ。もちろん、基本ができていないからといって、剪定対象になる訳ではない。誰かさんみたいに、全問不回答でもな」
「…………」
ご存知でしたか。
言い訳ではありませんが、わたしが行きたかったのは朝日ケ丘大学高等部ではなく、F1観戦しながらティーカップ片手にヒャッハァできるモナコだったんです。紅茶、飲めないんですけどね。
それにしても筋肉オヤジが言う『入試テストは基本ができているか見るだけだ』という意味がわからない。
基本ができているか見ているだけ、というのはわたしが合格している時点で基本ができていなくても査定には響かない事になる。それはすでに、新入生の中では学力に極端な差が生まれているという事だ。
その極端な差から生まれる結果は明らか……
学力の高い生徒と低い生徒の差が極端だと、腐ったミカンが一房でもあると全て腐るみたいに学力の低下を生むだけ。
大半の庶民は腐っているから今更なのかな?
この辺はお嬢様なわたしにはわからないけど。
「お嬢様なわたしは、庶民基準での争いに付き合う気はないし、生徒会庶務もやる気はない。お嬢様は忙しいんだ。話はお終い、縄を解け」
「面接で、ゆずれないモノはあるか? と聞かれただろ」
また無視ですか。喋り相手が欲しいならドリルがいるだろ。
「あの問いに対しての返答が、この学校の入学条件に満たせば、定員299人の中の1人になれる。もちろん……」
「まったくない。と答えた人間が入学しているぞ?」
ふふん。言われる前に先に言ってやったよ。
あっ、水っぽい鼻水が出ちゃいました。ドリル、お願いします。
「まったくない。とは、逆説的に解釈すれば、自分は何を奪われてもかまわない、という事にならないか? もしくは、失うモノは何もない、とかな」
「はぁ? …………ぷっ、ははははは————」
自分は何を奪われてもかまわない。
失うものは何もない。
これまた崇高なお言葉ですね。
モナコでヒャッハァしたいだけのわたしを逆説的に捉えて、自己犠牲論者と思われたのですか?
面接官の目は節穴どころか思春期特有の精神疾患、厨二病ですね。
「————ははははは。爆笑しすぎて腹が痛い。……んっ?」
………………
…………
……
嫌いだ、この男。
この目。わたしが嫌いなあの目。
この筋肉オヤジは、わたしがそういう人間だと本気で思っている。
ぼっちになりたいわたしが、人のためなら何を奪われてもかまわないという自己犠牲を実践できる人間だと、筋肉オヤジは思っている。——嫌悪。
親との繋がりさえ吐き気がするわたしが、何かを失いそうな時は、自分が支えてやる、助けてやる、と言ってる目だ。——焦燥。
嫌悪、焦燥、嫌悪、焦燥、嫌悪、焦燥、嫌悪、焦燥、嫌悪、焦燥、嫌悪、焦燥、嫌悪、焦燥————————
思ったとおり、この男は危険な存在だ。
帰る。
「生徒会長様。わたくしは、あなた方のような偽善者ではありません。今後、このような場へのお誘いは控えてください」
わたしは、どんな顔をしているんだろう。
嫌悪している表情? 焦燥している表情?
たぶん、関わらないでほしい、と一線を引いた表情を作っていると思う。
この男とは、一緒にいてはならない。
これ以上は、1秒でも同じ空間にいたくない。
コキッ……
わたしが左肩の関節を外すと、世界一の椅子ごとわたしを拘束していた縄が緩み、左側に隙間ができる。
拘束が解かれた訳ではない。
めんどくさい……
わたしは左肩の関節を外したまま隙間がある左側に上半身を寄せ、右側にできた隙間の分だけ右肘を上げる。庶民には見えない刹那の時に縄を切る。
縄は切断面を跳ね上げながら、地面に落ちる。
「わたしにかまうな、庶民。お嬢様なわたしと馴れ合えると思うな、庶民」
わたしは左肩の関節を戻しながら、筋肉オヤジとドリルの顔を見ずに生徒会室を後にする。