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留年生は留年生の留年生!/夢は現実になれば正夢だけど、現実が夢になったなら、それはわたしの夢だ。  作者: 有知春秋
【一章•帝王であり百獣の王を兼業しているお嬢様な新垣唯衣】
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ぼっちになりたいお嬢様と留年生

 

 ステージとバスケットゴールがある一般的な体育館。特別広い訳でもない極平凡な体育館に……


「ヤグラだよな?」「お盆祭りのヤグラだな」「すげぇなエレベーター付きだぞ」「それにステージのアレ」「入学式がご令嬢様の入学祝いになってる」


 ドリルつか花菱じいちゃんなにしてくれてんだ!!!!


 体育館のど真ん中に(やぐら)

 ステージの中には【祝•新垣グループ総帥御息女新垣唯衣様朝日ケ丘大学高等部御入学】と書かれた横断幕が飾られ、ステージの表側両側に【歓迎•新垣唯衣様】と書かれた垂れ幕がある。更に、体育館を見回すと、壁に紅白の陣幕が張られ、所狭しと【新垣唯衣】と書かれた陣旗が掲げられている。


 庶民生徒が引いてる。

 庶民父兄が引いてる。

 庶民先生は何してんだ!

 止めろよ。金持ちのワガママを学校に入れるなよ。なに諦めた顔してんだ。——help-me。


 わたしはドリルに人形抱きされながら簡易エレベーターで櫓の最上に上がると、王冠をかぶった王様が座れば似合いそうな金ぴか椅子に置かれる。——玉座。

 ドリルは隣の同系統の椅子に座る。


 入学式が始まる。

 いい具合に禿げ上がった庶民校長先生の挨拶。——ザワザワ。

 如何にもカツラな庶民理事長の挨拶。——ザワザワ。

 とんがった眼鏡をしたおばさん、庶民PTA会長の挨拶。——ザワザワ。

 誰も聞いてないし!

 みんなこっち見てるし!

 庶民校長、庶民理事長、庶民PTA会長もなんか諦めてるし! お前ら朝日ケ丘大学高等部の最高権力だろ!


 んっ?

 なんだあの極太眉毛?


『続きまして。生徒会長、蓮野(はすの)花道(はなみち)から新入生への祝辞です』


 極太眉毛は生徒会長なのか。

 ステージに上がる前にわたしを見ていたような気がするけど……


 んっ?

 なんか、あの人……。

 …………?

 わたしは目をこすり、改めてステージ前にいる庶民生徒と生徒会長を見比べる。

 どうやら目の錯覚ではなかった。

 肩幅が庶民生徒3人分ぐらいある。

 眉毛も3人分。モミアゲは5人分ぐらいあるな。足なんてスラックスの中に人間が入ってんじゃね。

 どうなってんだ。人間らしい所は角刈りぐらいしかないぞ。

 もう大人……いや、日本人版殺人アンドロイドだな。


 あっ、演台にあるマイクを横にずらした。


『生徒会長……の!』


 おいおい、マイクが必要ない大声はいいけど、ブレザーを脱ぐな。


 角刈り生徒会長はバッとブレザーを脱ぎ捨てる。


「蓮……野!」


 ネクタイを解いて、投げ捨てる。


「はな!!!! みちダァァアァァァァァァァァァ!!」


 ビリビリィィィィィィィィ!


 ワイシャツが内側から弾けるように破け散り、バンプアップ終了後の暑苦しい上半身が露わになる。

 庶民上級生からの大声援に答える蓮野花道は咆哮。

 体育館の温度が急上昇していく。


 なにコレ。戦? 誰ですか法螺貝でブオッボォォォォとか吹いてるの。今は入学式ですよ。


『新入生、おめでとぅぅぅぅぅらあああああああああ!』


 なに言ってるかまったくわからん。非合法プロテインでぶっ飛んでんのか。


 んっ?


 筋肉生徒会長とまた目が合った。


『がはははは。新入生、入学おめでとう。生徒会長の蓮野花道だ』


 演台に両手を付けて、ニカッと白い歯を見せる。


 思わずわたしもニカッとしてしまった。

 庶民上級生なんて思いっきりニカッとしてるし、庶民新入生もすでに籠絡され、蓮野花道の筋肉に尊敬の眼差しを送っている。

 櫓からでないと見られない光景だな。——満足。


 でも、この男、気にくわないな。——焦燥。


 生徒会長蓮野花道の野太い声音からの祝辞は、新入生の心を掴む言葉を混ぜながらの学校生活、明るいだけではない青春、暑苦しい筋肉の育て方、それ等を表裏なく自己解釈の身勝手な自論で語っている。


 あの目で。

 わたしが嫌いな、あの目で。——嫌悪。


 良い人アピールの、あの目で。——焦燥。


『努力は実る。努力して実らなければ友情で乗り越えろ。勝利は必要な時にやってくる』


 何を言ってるんだ。


 努力で実るのではなく、実らせるから努力を評価できるんだ。

 友情で乗り越えろ?

 努力する人間の足を引っ張るのが友情だろ。ライバルという言葉が社交辞令なのは、評価を受けた庶民の共通認識だ。

 勝利は必要な時にやってくる?

 美談を求めるなよ。


 この庶民は、

 この生徒会長は、

 この蓮野花道という男は……危険だ。


『俺は今年で二十歳になる』


 なんだって?


『そして、俺にはまだ勝利が訪れていない』


 なんの勝利かわからないけど、まずは卒業しなさい。——論破。


『高校生活3年、俺は勝利のために同期の卒業を見送った。4年目、後輩を見送った。そして5年目、お前達新入生と出会えた』


 生徒会長やらしたらダメな人間だろ。

 んっ?

 また、目が合った。


『新入生。同年代には、青春時代を家にひきこもって過ごすヤツがいる。社会人にも、自分の勝利から目を逸らし、家にひきこもるヤツがいる。どちらも、自分の可能性を過小評価し、自分の勝利を掴もうとしないから、ひきこもるんだ』


 いやいや、説得力無いですよ、生徒会長。あんたは朝日ケ丘大学高等部の留年生(ひきこもり)ではないですか。


『俺には勝利はないが、家にはひきこもらない。何故だかわかるか?』


 留年生の気持ちなんてわかるわけないだろ。


『年に一回、勝利を掴んで入学してきた新入生を祝えるからだ。勝利を掴んだ卒業生を祝えるからだ。学校に来るだけで、勝利を掴んだ連中を祝えるんだ。そして、勝利を掴もうと努力し友情を育む者を応援できるんだ』


 何を言いたいんですか?

 あなたが物好きな応援団長という事を言いたいんですか?


『家に引きこもるなら、誰かを祝える人間へとなるために、学校に来い。勝利が訪れなくても、努力が報われなくても、友情や愛情に愛想を尽かしても、自分の中に引きこもらず、誰かを祝える学校に来い。応援するお前達を俺は応援する!』


 ニカッと歯を見せる。


『新入生。もしひきこもったら、俺が引きずり出すからな。以上だ』


 庶民新入生が蓮野花道に圧倒されている中、庶民上級生からの大歓声は体育館の窓をビリビリと鳴らし、足踏みからの振動が櫓を揺らす。


 納得だ。


 こんな留年生(ひきこもり)が学校にいたんじゃ、教職者とはいえ先生達にも諦め癖が付く。——苦労。


 危険な存在だ。——嫌悪焦燥。


「新垣様。どうかされました?」

「お気になさらず、八王子様」

「……、お熱い殿方でしたわね」

「熱い? ……くす」


 思わず鼻で笑ってしまった。


「八王子様はあのような殿方がお気になるのですか?」

「お父様のお付き合いで色々な殿方とお会いしてきましたが、あのように嘘偽りない目と声をした宣教者は見た事がありませんわ」

「宣教者ですか。八王子家の目にそう写るなら、宣教者で間違いないですね」

「新垣様から見たあの殿方は?」


 わたしから見たら?

 このドリルはわたしの素性や性格をわかっていて、どんな答えを期待しているんだ?


「ご存知のとおり、わたくしは八王子様のような庶民的な帝王教育を受けていませんから、殿方の感想を聞かれましてもわかりません」

「帝王教育を受けていない新垣様の目には?」


 しつこいな。わかっているだろ。

 わたしの目から見た庶民は全て……。


「偽善者です。わたくしは、あなたを含めた庶民全てと関わり合いになりたくありません」

「辛口な評価ですわね。耳が痛いですわ」


 わたしが家にひきこもっても、ドリルと同じく筋肉生徒会長も土足で上がってくるだろう。

 学校を辞めると言っても、退学届けを破きにくるだろう。

 それがどんなに危険な事かもわからずに。


 わたしは、ぼっちになりたいんだ。

 ぼっちでいないと、庶民父兄や庶民生徒の中にまぎれる非庶民に……。


「おい。新垣唯衣」

「?」


 なんか声がしたような……んっ?


 ぬぼぉと現れたぶっとい五指が櫓の手すりに絡まり、大木のような腕が現れると、日本人版に改良された角刈り頭の殺人アンドロイドが櫓の最上に現れる。——Hasta-la-vista-baby。

 至近距離で見ると遠近感がおかしくなるな。

 そんな事より、なにしてんだ筋肉生徒会長。


「おい、新垣唯衣」


 何故、わたしの名前を知っている。

 いや、ステージの垂れ幕や陣旗に新垣結衣と書かれていて、櫓の最上にいればわかるか。

 これは困った。

 つか、暑苦しい胸板と厳つい顔を近づけるな。——汗臭。


「おい、新垣唯衣」

「…………」


 なんだ。コミュ障なめんなよ。

 いきなり半裸の男に呼ばれたら、喉が首吊り状態みたいに締まっちまうんだぞ。

 ほっといて…………んっ? ——bat-omen。


「おい、新垣唯衣。返事をせんか」

「なななななななななななな!」


 わたしは筋肉オヤジに頭を鷲掴みされ、そのまま持ち上げられる。

 首に体重がぁぁぁぁ…………意外と大丈夫だ!

 帝王であり百獣の王を兼業しているお嬢様だから大丈夫だったんだな。

 頭を鷲掴みされて持ち上げられるなんて初体験だからビックリした。

 おい、コラ。庶民女子ならトラウマを植え付けられる蛮行だぞ、離せコラ。


「声が出せるなら挨拶をせんか」

「…………」


 命令するな!!

 キッと睨んで……


「挨拶をせんか」


 睨むのヤメるので手に力を入れるのをヤメてください。ジワジワと痛いです。


「あ、新垣、唯衣、です」

「うむ。……」


 なんで上から下までジロジロと見てくる。

 野獣のごとく女体を求めているなら、これから巨乳になる予定のわたしより、隣に無駄に巨乳なドリルがいるだろ。


「140センチ。29キロ。見事な寸胴。……お前、ちゃんと飯食っとんのか?」

「なんだとコラ!」


 持ち上げられたまま、顎先に蹴りを入れる。見事に、気持ちよく炸裂するが。


 足がぁぁぁぁ! 足がぁぁぁぁ!


 やっぱり殺人アンドロイドだ!

 中身は金属だ!


「カボチャパンツか……下着ぐらい色気を出せ。まったく」

「!」


 スカートを手で押さえ、頭に血が上がるのを実感しながら、


「日本人はケツがでけぇからフリーサイズでもわたしのスレンダーボディには合わねぇんだよ! それと、勘違いすんなよ筋肉オヤジ! 今はこんなんでも、将来は巨乳確定なんだからな!」

「なんで確定なんだ?」

「わたしを産んだ女が巨乳という噂だ」


 ふふん。と鼻から息を出す。


「わたしを産んだ女、か。……なるほど」

「…………!」


 げっ! 思わずお嬢様モードをリセットしてしまった。

 つか、ドリル、笑ってないで助けろ!


「新垣唯衣。お前は生徒会の庶務になってもらう」

「…………はい?」


 この筋肉オヤジは、なにを言ってるんだ?


「俺の筋肉にかけて拒否権はない」

「意味わからないんですけど」


 ゴホン。櫓の下から向けられる好奇な視線があるので、お嬢様モードに戻し。


「ドリ……八王子様。笑っていないでこの筋肉……殿方をなんとかしてください」

「新垣様。受験希望者の中で一番の者が朝日ケ丘大学高等部に入学した場合、生徒会に入るのが決まりですの」


 尚更だ。

 私は下の下、良くても下の下。

 試験テスト全問不回答は伊達ではない。

 面接では社会不適合者と認定された。

 下からなら一番の自信はあるけど……って下から一番って意味か!?


「ワタクシ、生徒会の書記ですの」


 ですよね〜〜。

 下から一番なわけないですよね〜〜。

 もしかして、教師の手に負えない社会不適合者を殺人アンドロイドの筋肉オヤジに丸投げし、都合良く監視するために庶務にしたんじゃないですか?


「新垣様共々、よろしくお願いします、生徒会長閣下」

「がはははは、任せろ! 新垣唯衣、ひよこ女史には言ってあるから生徒会室に行くぞ。八王子、お前も来い。がはははは」

「ちょ、待て、ちょちょっと!」


 筋肉オヤジはわたしの頭を鷲掴みしながら櫓の手すりに足を乗せ、勢い良く飛ぶ。


「ちょおぉぉぉおぉぉぉおお!」

「がはははは!」


 ズダンッと着地する。


 なにしてんの!

 女子の頭を鷲掴みしてなにしてんの!

 うわっ!

 庶民生徒の視線が!

 庶民父兄の視線が!

 テメェ、筋肉、笑ってんじゃねぇよ!


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