ぼっちになりたいお嬢様とクズ女&貧乏男
担任教師ひよこちゃん。
身長は平均以下のわたしより低く、見た目が小学生低学年。
なんで幼女を強調するようなヒヨコのアップリケ付きワンピースパジャマなのかな。フリフリしてるからゴシックロリータ?
ここ学校だよね?
「みなさ〜ん。入学おめでとうです〜。はいは〜い、静かに静かに〜。先生の見た目にザワザワしてはいけませ〜ん。永遠の20歳で〜す」
ザワザワザワザワザワザワザワザワ——
更に騒めく教室内。
その見た目で20歳と言えば騒めくだろ。
「静かに静かに〜。も〜、しかたないな〜」
ひよこちゃんは教卓に飛び乗り、手品のように右手の指先にチョークを出す。
教卓の上で踊るように動き出すと、黒板に白色の文字を走らせる。
黒尻ひよこ。20歳。スリーサイズ、B85•W65•H92の健康ボデー。彼氏無し。タイプは貯金1億円以上のイケメン。
「先生の簡単なプロフィールで〜す。男子は貯金1億円以上のイケメンになれば先生と結婚できま〜す。学歴をナメないで頑張ってくださいね〜」
見た目でスリーサイズは嘘丸出し。
貯金1億円のイケメンは金のなる木を探してるクズ女の常套句。
そもそも20歳で教師になれるのか?
つか、ボデーって20歳が使う言葉?
この先生、なんか変だぞ。
いや、見た目から変なんだけど。
「新垣様。お小遣いでいただける金額で結婚できるとは、日本の女性も安くなりましたわね」
「八王子様。高校生の平均的なお小遣いは月5000円です。貯金1億の殿方は、裕福と言われる日本国民の中でも3パーセントいるかいないかです」
ドリル。庶民が1億円を稼ぐのに何十年かかると思っているんだ。
まぁ、ドリルみたいな上ランク庶民はお金の単位を百万円からしか教わらないし、紙幣は福沢諭吉しか知らないはずだから仕方ないか。
わたしもパンクした貯金通帳を見て教育係に教えてもらうまでは、お金の単位が1億からだと思っていたし。
「ごせんえん? ごせんえんとは?」
「昔、花菱に福沢諭吉様が描かれた紙幣を見せていただいたのをお忘れですか。あの時に八王子様の靴下を購入した紙幣が10000円、5000円はその半分です」
「まぁまぁまぁ。ごせんえんでは靴下を片方しか買えないではありませんか。日本はバブル崩壊から脱却したと聞きましたが」
「脱却したのは一部の高所得者だけです」
「まぁまぁまぁ、大変ですわ」
ドリルはキョロキョロと周りを見ると、前の席で貧乏オーラを湧き出している庶民男子の肩を叩く。
「あなたのお小遣いは?」
貧乏男は気怠そうに振り向く。
「ねえよ。…………〜」
疑問符を浮かべてキョトンとするドリルを見て浅くため息を吐くと、気怠そうにしながら、
「アルバイトで生活費を稼いでも、俺が月に使えんのはコレだけだ」
500円!
日本はそこまで貧困していたのか!?
いや、周りの視線が貧乏男を哀れんでいる。
それに、貧乏男の髪型は前髪をアシンメトリーにして全体を無造作ヘアにしていると思っていたけど、よくよく見ると雑に切られてるだけだ。
制服もぶかぶか……まさか、3年間その一着で!?
「まぁまぁまぁ。繊細な細工が施された銀細工ですわね。これだけの細工を施す職人は日本国中を探してもそうそうおりません。ワタクシが見たところ、3億円の価値はありますわ」
機械製造される五百円玉を3億円?
ドリル、お前の目は節穴だ。
庶民の中でも底辺の貧乏男と無警戒に会話するのはドリルらしいが、そういう男はそっとしといてやれ。住む世界が違いすぎる。
んっ?
おい、五百円玉を握るな。返さないつもりか。
「ところであるばいととはなんですの? まさか、この銀細工はあなたが……?」
「…………」
貧乏男、わたしが謝る事じゃないけど謝らしてください。
世間知らずなんです。このドリル、世間知らずなんです。ご迷惑おかけしまして本当に申し訳ございません。
「お前らは知らなくてもいい言葉だ。そんなに五百円玉が欲しいならやるから静かにしてくれや」
「はなび……」
「八王子様」
ドリル、花菱じいちゃんを呼ぼうとしたな。
何を命令するつもりだった?
まさか3億円用意すれとかじゃないだろうな?
それにこの貧乏男、あわよくば五百円玉を3億円で売ろうとしているな。
世間知らずなドリルは騙せても、わたしは騙せないぞ!
「新垣様。どうかされましたか?」
「その五百円玉はその殿方の大事な生活費。お返しください」
「買い取りますわ」
「必要ねえよ。どうしても買い取りてえなら、五百円玉よりも小せえ百円玉があるからよお、お嬢様が自分で稼げるようになった時に、その百円玉を5枚くれたらいい」
貧乏男……
お前ってヤツは、お前ってヤツは……
申し訳ありません!
実はわかっていました!
口調は吐き出すような感じで気怠そうにしてますが、悪人顔の三白眼に含まれている無知を憂う優しさをお嬢様なわたしは見抜いていました。苦労を知る瞳です!
わたしは最初からわかっていたんです!
「出世払いですわね。ワタクシ、八王子沙織と申します。あなたのお名前は?」
「一条幸太朗だ」
名前負けか! 見た目から一条の幸もねぇよ! 皆無!
いやいや!
あなたに相応しい名前です! またまた見た目で、いえ、なんかもう申し訳ありまっせん!
おい、ドリル。その五百円玉は3億円の価値があるから花菱じいちゃんに用意させろ。
「一条さん。ワタクシが独り立ちするのはまだまだ先だと思いますの。この銀細工は生活費のようですが、よろしいのですか?」
よくねぇよ。
3億出せや。
テメェは無駄にデカいチチとお金しか価値がねぇんだから、全裸に3億円を貼り付けて差し出せや。
「割のいいアルバイトが入りそうだからな。気にすんな」
貧乏男一条。お前、マジでいいヤツだな。
わたしなら、3億のオプションにドリルのチチを揉み放題にしてやれるぞ。
貧乏男は向き直り、机に両肘を落として猫背になる。
わかるわかる。ドリルみたいな世間知らずなお嬢様を相手にしたら疲れるよな。——疲労困憊。
それにアルバイトで生活費を稼ぐぐらいの貧乏なら、学校でしか休めないよな。——苦労人。
なるべくドリルが迷惑しないようにするから、ゆっくり休んでくれ。——同情。
わたしの中で貧乏男一条幸太郎の好感度を上げると、ドリルへ。
「八王子様。交渉成立ですわね。おめでとうございます」
「八王子の者として良い買い物をしましたわ。欲しいと言われてもあげられませんわよ」
おい、八王子の者。その五百円玉は買う物ではなく買い物をする物だ。
それに、平然としてるけど、ソレは貧乏男の生活費だからな。
お前は庶民の中でも底辺を縄張りにする貧乏男から生活費をむしり取ったんだからな。
なんだそのドヤ顔。
五百円玉を自慢気に見せてくるな。
恥者が、ぶん殴るぞ!
「月のお小遣い1億円の八王子さ〜ん。先生の自己紹介が記憶の片隅に行っちゃうので静かにしてくださいね〜」
「1億など1週間分にもなりません。1回、1億ですわ。新垣様は不定期で1兆でしたわね?」
「わたくしは自分で稼いだ分で生活しております」
「まぁ、新垣様はすでに独り立ちを!」
独り立ち? 違う。
親がわたしを見たのは産まれた日だけだと教育係に聞いている。現に、わたしは幼少期から今の今まで親を見た事がない。
大きな手に赤ちゃんのわたしが支えられている写真を見た時の拒絶感、人参を吐いた時はとんでもなかった。
教育係に何度も試みるように言われたが、その度に写真を見て吐いた。いつしか、何の前触れもなくわたしの前では家族の事は禁句になり、写真が入る写真立ても伏せたままにしてある。
独り立ちと言うなら産まれた時からなのだ。
正確には教育係がいるから一人ではないけど……
そんな親から愛情だと言わんばかりに、億だの兆だのと通帳がパンクする金額が入ってくる。
だから、憂さ晴らしに搾れるところまで搾り取ってやろうと、ゴミ株を買った。
そしたら……いや、おそらく、親はわたしが大損する株の買い方をしていたのに気づいたのだろう。翌週には買った銘柄の株価が跳ね上がり、とんでもない事になっていた。
間違えないでほしいのは、わたしは親の愛情を求めているわけじゃない。
ただ参観日に母親と帰る連中を見て嫌悪し、焦燥しただけ。あの時も吐いたな。
お嬢様は庶民に八つ当たりしたらダメだから、嫌悪と焦燥の原因を作った存在……ケツを拭く紙にもならない愛情を振り込んでくる紙幣製造機に対して、ストレス解消しようとしただけ。
「日本の国家予算ぐらいの貯金がある新垣さ〜ん。先生の自己紹介が記憶の片隅からも消える発言はヤメてくださいね〜。八王子さんでこりごりですよ〜」
お嬢様なわたしと世間知らずなドリルを一緒にするな。それに。
「日本の国家予算?」
日本の国家予算って100兆ぐらいだろ。
億や兆のお金を大損しようとしたんだから……
「その……」
まずい! 1億でも異常なんだから100兆に対して『その程度ではありません』なんて言ったら、ただでさえお嬢様認定されているのに、異常なお嬢様認定される。
「…………」
お嬢様スマイル、でゴマかす。
んっ?
手遅れな気がするぞ。