ぼっちになりたいお嬢様とドリル
おはようございます。
お嬢様スマイル。
おはようございます!
お嬢様スマイル。
おはようございます。
お嬢様スマイル。
おはようございます、おはようございます、おはようございます……
お嬢様スマイル、お嬢様スマイル、お嬢様スマイル……
赤門を通るだけでコレだ。
どんだけ友達を作りたいんだ、庶民。
「ごきげんよう。新垣様」
「…………」
この耳に残る上ランク庶民のボイスは……
な、なんでコイツがいる。
なんでドリルが、庶民学校の制服を着ている。
お前は朝日ケ丘大学高等部の試験や面接を受けていなかっただろ!
「ごきげんよう。新垣様」
無視するか?
いや、このドリルは無視すると余計にしつこくなり、頭からぶら下がる数本の金髪縦ロールでわたしの外面を破壊しにくる。
入学式からソレはマズい。
「ご、ごきげんよう。八王子様」
歩みは止めない。
こんな目立つドリルと立ち止まって会話してたら、ドリルお嬢様とチビお嬢様で注目の的になる。すでに遅い気もするけど。
「新垣様はJ組でしたわね」
「八王子様。なぜ、わたくしのクラスをご存知かはわかりませんが、頭を撫でるのはヤメてもらえます?」
「ヤメません」
くそ。帝王であり百獣の王を兼業しているわたしの方が上なのに、このドリルは昔からちょこちょこと妹扱いしやがる。こうなったら……
「!」
走る。走る。走る。
上靴は鞄の中にある。自分の下駄箱は下校時に探せばいい。まずはドリルから逃げるのが優先だ。
外履きを脱いで両手に握る。
上靴を履く暇は無い。
そのままエントランスホールにある大階段を上がり、2階多目的ホールを左に突き抜けるように疾走しながら、廊下へ入る。
教室は資料で確認している。一番端だ。
1年J組。
息を整えながら鞄から上靴を出して履く。
教室の扉を開くと、やはり庶民生徒の視線が集まる。
まだお嬢様だとバレていないから好奇な視線ではなく、扉が開いたから見たという感じだな。
席はほとんど埋まっている。
わたしの席は……
黒板に名前があるな。
普通は出席番号順ではないのか?
お嬢様的には、廊下側の1番後ろが都合いいんだけど。
………………
…………
……
おい、おいおい、おいおいおい!!
わたしみたいなぼっち希望者が窓際の一番後ろだと!
あんな溜まり場は、クラスの人気者やリア充の席だろ!
「新垣様」
「んっ?」
視界が上がる。
頭の後ろに柔らかい感触が。
そして、わたしの頬に金髪縦ロールがモサっと触れる。
相変わらずええチチしとるな〜、ええ匂いもしてまっせ〜。
「隣同士ですわ、新垣様」
「八王子様。人前では人形を抱くようにわたくしを抱き上げるのはヤメてください、と何度も言ったと思いましたが?」
「硬そうな椅子ですわね」
無視かい!
「こんな粗末な椅子に新垣様を座らせられませんわ。花菱」
「かしこまりました」
ドリルの後ろにいる白髭執事、花菱。
ドリルの無理難題に対応するスーパー執事だ。
花菱じいちゃんはかっこいいんだぜ!
日本刀の反りを思わせるスラッとした姿勢とわたしやドリルに庶民を近づけさせない切れ味抜群な瞳! キレッキレッ! キレッキレッです! ヒャッハァ!
イケメンポイントMAX100は伊達じゃない!
おっと、今は花菱じいちゃんの登場に喜んでいる場合じゃない。ドリルだドリル。
「下ろしてくださいますか、八王子様?」
「沙織お嬢様、唯衣大お嬢様。お席の準備が整いました」
早っ! ちょっと視線を逸らしただけだよ!
いつもどうやってんのソレ?!
それに、そこにあるの椅子なの? タイヤが付いたソファというか、ソファの形したバギーにしか見えないよ。椅子じゃなくてバギーじゃね? ——近代的。
「花菱。ありがとうございます」
ドリルは、ソファ? バギー? 椅子ではない何かにわたしを置くと、隣にある本皮仕様の社長椅子に座る。
「教室の椅子でさえ粗末にされておりますから、入学式の間、新垣様がお座りになる椅子も粗末な物に違いありませんわ。早急に確認し、しかるべき処置をお願いします」
「かしこまりました」
花菱じいちゃんが教室から出て行くと、庶民視線がわたしとドリルに集まる。
やってくれたな、ドリル!
ドリルは見た目から上ランク庶民だし、巨乳。今までも日当たり良い場所で上ランク庶民でいたからいいだろう。
わたしは違う!
身長は平均以下。スリーサイズも将来的には巨乳だが今は平均以下。
教育係に母親は巨乳だと聞いてるし、今はスレンダーボディに甘んじているだけだから、この辺は遅れて到来してくる巨乳イベントを待てばいい。
問題は、ぼっちになりたいわたしには教育係に仕込まれた外面しかお嬢様要素がないため、普通にしていたらお嬢様だとバレないのに、こんなドリルと知り合いでお嬢様だとむざむざ公表したら……
「お嬢様?」「ちっちゃい方を大お嬢様とか言ってなかったか?」「すげぇ椅子だな」「令嬢って本当にいるんだね」「ドリルを二次元以外ではじめて見た」
ほらほらほら好奇好奇好奇、好機でないよ好奇だよ。
「は、八王子様。わ、わたくしは、普通の……」
「宇宙を手に入れた新垣グループのご令嬢から見れば粗末な椅子でしょうが、我が八王子グループのテクノロジーを屈指して作り上げた【世界一の椅子】です。重力がある地球ではコレで我慢してくださいまし」
くださいましじゃねぇぇぇよ!
何言ってんだクソドリル!
新垣ってあの新垣? て庶民に聞かれたら、お嬢様スマイルで誤魔化して半信半疑にさせる! それが、帝王であり百獣の王を兼業しているお嬢様なわたしの重要イベントだろうが!
「大お嬢様は宇宙に住んでるみたいだ」「新垣グループって言ってなかった?」「総帥の血の色はパールレッドって本当かな?」「総帥自身が人体実験したやつだよね?」「永遠の命を手に入れた代償にパールレッドになったのが大筋みたいだぞ」「たしか新垣グループと八王子グループで共同研究してたんだよな」
コソコソと会話をしているようですが、聞こえてます。聞こえてますよ。聞こえてますから!
もーーーーーーダメだ。
もーーーーーーぼっちどころか普通の学校生活も送れない。
なんだパールレッドって。
なんだ永遠の命って。
精子提供者はバケモンか!?
あ〜〜〜〜〜〜も〜〜〜〜〜〜!
このくそドリルはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
「新垣様。この教室、空調が悪いと思いませんか?」
空調じゃねえよ!
お前がベチャベチャと言うから変な空気になったんだよ!
「あら、この足置き、少し高いですわね」
足置きでなく机だよ!
「花菱」
「はい」
いつから後ろに! つか、体育館に行ったんじゃないの!
「入学式の間に空調と足置きを変えておいてください。あと、屋久杉を使用した机もお願いします」
「かしこまりました」
スーパー執事は教室を後にする。
「は、八王子様。こ、こ、このような事は……」
「はいはい、席に座ってくださ〜……」
ドリルにクレームを入れようとした矢先、ショートヘアの先生が……先生? アレは先生か?
「その厨二心をくすぐる椅子はなんですか〜?」
「お気になさらず」
ドリルは上ランク庶民スマイルで一言。
「はいは〜い。担任の黒尻ひよこで〜す」
スルー!? この椅子スルー!?
つか、ひよこって、名前のまんまだし!!