全てを守りたい御曹司は素直に喜べない
「御曹司」
「!?」
まずい。
これはまずいぞ。
「私の記憶が正しければ、あの子は御曹司の妹よね?」
「は、はい」
「コーヒーが好きで、この畑のコーヒー豆で淹れたコーヒーが特に好きなのよね?」
「そう聞いてます」
気まずい。
気まずいぞ。
「タケノコをワラで燃やして調理する方法は聞いた事あるけど、今の焙煎方法は何かしら?」
「じ、直火焙煎かと……思われます」
「コーヒー豆を採取するのにガトリング砲を使って、焙煎に電磁砲や火炎放射器を使用するの?」
妹よ。
コーヒー豆は手摘みで採取してから、遠赤外線または直火で焙煎するんだ。
ガトリング砲での採取と電磁砲や火炎放射器での直火焙煎は、さすがに火力が強すぎる。
「使用しません」
「そうよね。私がもっともあの子を理解できないのは、コーヒー豆畑を荒らしておいて『妹のコーヒーも守ってやったんだ』と言った挙句、貸し、とかわけのわからない事を言ってたわよね?」
「……はい」
「妹の好きなコーヒーを守るために畑を荒らすってどういう事? 何をどう考えたら、荒らした本人が貸しとか言えるのかしら? 畑が荒れたら自分がコーヒーを飲めなくなる、という馬鹿でもわかる事を、あなたの妹はわからないの?」
「な、なにぶん、父親似な部分が、ありまして」
「両親と離れ離れにしてる私に感謝してほしいわね。あなたの母親があの子を見たら、家庭は崩壊するわよ」
素直に感謝できない言葉だ。が、そのとおりだから何も言えない。
「新垣さんは先生の道徳の授業を無駄にしてくれた残念馬鹿で〜す。父親似の馬鹿で〜す」
ひよこ女史!?
【黒血を継ぐ魔女】でもオブラートに包んで馬鹿と言わなかったのに!
「とりあえず、御曹司。畑を妹ちゃんから守った私は全裸なのだけど?」
「す、すまない! 俺のブレザーでいいなら……」
「十分よ」
【黒血を継ぐ魔女】にブレザーを渡す。
ひよこ女史は黄色チョークを手の中で遊ばせながら【黒血を継ぐ魔女】の前へ行くと、
「魔女さ〜ん。新垣さんを今後どうするのですか〜? 喧嘩を売られて黙ってないですよね〜? 教育係さんと執事さんが気にしてますよ〜」
ひよこ女史は木陰に黄色チョークを差す。
その位置には空菱さんと花菱さんがいるのだろう。
んっ?
違う気配もある。これは……一馬か?
「今後、ですか……」
【黒血を継ぐ魔女】は一拍ほど考える素振りを見せると、
「どのみち、一条君に暴漢を差し向けた事を掘り出してチャラにするつもりだったのでは?」
「そんなつもりはありませんよ〜」
「それなら、【黒尻先生】の教育では父親似が悪化したようなので、【黒血先生】が変わりに教育する、というのはどうでしょうか?」
「誰が誰の変わりになるだとコラ。死にてえのか?」
ひよこ女史の笑顔が冷たくなる。
臨戦態勢だ。
怒りどころが違う気はするが。
「妹ちゃんを守る【黒尻先生】を相手にするには、依頼人から追加料金を頂からないとならないわ。如何程で殺られてくれるのかしら?」
「テメェみたいに死ねるなら死んでんだろ〜」
「ですわね。どのみち、【黒血先生】が何をしようと【黒尻先生】がどうもさせない、という事ですわね」
「何もしないと面目丸つぶれですよ〜?」
「『近々、御曹司と妹ちゃんにプレゼントを贈りますわ』。常日頃から警戒レベルを最大にしておいてちょうだい。花菱君、空菱お嬢ちゃん。こんなところでどうかしら?」
プレゼント?
そういえば、さっきもプレゼントがどうとか言ってたな。
「…………チッ」
「1つ」
木陰から空菱さんの舌打ちと花菱さんの声音が届く。
「花菱君。何かしら?」
「私や空菱が気づかなかった狙撃手を生きたまま引き渡してくれた事、感謝する」
「バルコニーで無防備に散歩する妹ちゃんが蚊に刺されないようにするためよ。空菱お嬢ちゃん。風景を楽しみたい妹ちゃんのわがままに気を使うなら、防弾ガラスでバルコニーを囲うぐらいの譲歩はさせなさい」
「ソレに関したらアルテミス先生も同意見で〜す。魔女さんに黒尻ポイント1あげま〜す。しかし、あの程度の火力で服を焼かれたのは頂けないですね〜。マイナス5で〜す」
「勉強しますわ。それでは、私は失礼します。空菱お嬢ちゃん。私は、背中を向けながら、歩いて、あちらへ向かうとするわ。お好きに攻撃してもかまわないわよ」
「チッ、死ねやババア」
空菱さん……。
我慢してください。
「魔女さ〜ん、また遊びに来てくださ〜い」
「はいは〜い。御曹司またね〜」
「あ……はい」
ひよこ女史が大手を振ると、【黒血を継ぐ魔女】は俺に片手を振ってきたため、俺は控え目に手を振って返した。
敵に塩を送る世界2位の暗殺者【黒血を継ぐ魔女】。
彼女の塩は熟成した敵から得る悪感情のためであり、けして今見ている【黒血を継ぐ魔女】に気を許してはならない。
誰よりも俺を理解し、暗殺者から俺と妹を守ってくれる女は、今後も変わらず俺と妹の精神を抉りにくるのだから。
………………
…………
……
プレゼントと言えば、今日は妹の……。
「花道様。忘れていないとは思われますが、今日は唯衣お嬢様の誕生日です」
「空菱さん。妹は俺がいると誕生日を楽しめません。いつもどおり、父さんと母さんからのプレゼントは空菱さんと花菱さんから渡しといてもらえますか?」
「昨日、沙織お嬢様と一条君と一緒にバラエティ番組を見ておられた時ですが、身体を鍛えるCMが流れると本物のマッチョは花道様だと褒められておりました。一条君に言われるまで気づいていなかったようですが、やはり花道様に何かを感じている、と思われます」
「妹が俺を褒めてくれていましたか。妹が……」
奥歯を噛み締めていないと涙が出てしまう。
「生徒会長さ〜ん。良い誕生日にしたいなら『自分の両親が誕生日プレゼントを選んでくれた』と言うので〜す。馬鹿な新垣さんは生徒会長さんを他人としか思ってないですから〜」
「ご教授ありがとうございます。ですが……」
俺が行っても妹は気を悪くするだけだ。
「俺は妹に嫌われてますから、父さんと母さんからのプレゼントだけ……」
「新垣さんはトリ頭ですから嫌っていても嫌っていることを忘れてしまいま〜す。なにか言っても3秒で忘れますから遠慮はいりませ〜ん」
「花道様。ひよこ女史の言うとおり、唯衣お嬢様なら大丈夫です」
空菱さん。
大丈夫な部分がありません。
でも、俺が行っても大丈夫なら、
「あの、ひよこ女史、一緒に行ってはくれないでしょうか?」
「まだまだ子供ですね〜。仕方ありません。一馬ちゃんにハグされながらなら〜〜」
「これで良いですか、先生」
ひよこ女史を抱き上げたのは一馬。
先ほど感じた気配はやっぱり一馬だったようだ。
「一馬ちゃん。先生に気配を悟られずにハグするとは……黒尻ポイント10、イケメンポイント50で〜す!」
俺でも一馬の気配に気づいた。
ひよこ女史なら一馬がいたのに気づいていたはずだ。
気づいていたから俺の足元を見て、一馬の優しい性格を利用してハグを要求したのだ。
花道視点を読んでいただきましてありがとうございます。
次話、終章はお嬢様視点になります。よろしくお願いします。




