ぼっちになりたいお嬢様は道徳の授業で……
世界一の椅子第三形態の中でコーヒー片手に【ターミゲート】を見ていたら、午前中の授業は終わった。
防弾ガラスを張り直した学生食堂で昼食を食べた後、教室に戻り、わたしとドリルと一条は余った休憩時間を雑談に使っている。
「義務教育は授業で担当教師が変わっていたのに、なんで全授業をひよこちゃんがやっているんだ?」
「人手不足ですわ」
「ちげえだろ。教師の中にも姫さんを狙ってんのがいるかもしんねえから、牽制も含めてサイコキラーが教台に立ってんだ」
わたし達が作ったひよこちゃんの愛称、サイコキラー•クズビッチひよこ。
本人はどこ通す風か、サイコキラーは否定せずに『ビッチとはあらゆる愛の競技を極めるメダリスト』と遠い目をしながら言っていた。教室内で1番の厨二病はひよこちゃんかもしれない。
「なるほど。不届き者を喰い散らかす姿はサイコキラー。湧き出る性欲はビッチクイーン。お金至上主義のクズ女ぷりは教師として毒にしかなっていない。さながらケルベロスの如くだな」
「脚色になるけどよお。冥界にひきこもるケルベロス兄さんは、ヘラクレス先輩にぶん殴られた後、地上という太陽の下に無理矢理引きずり出されてトリカブトを生産したんだ。そのトリカブトは毒にもなるし薬にもなる。今のところ、サイコキラーは毒にしかなってねえよ。比べるのはケルベロス兄さんへの侮辱だあ」
「オルトロスですわ」
「これも脚色になるけどよお。牧場の番犬という異名を持つオルトロス番長は、ケルベロス兄さんの言うことを聞かずにヘラクレス先輩に喧嘩を売り、棍棒でぶん殴られて更生したんだあ。あのサイコキラー•クズビッチひよこちゃんがオルトロス番長みたいに更生するとは思えねえな」
わかりやすい。
ヘラクレス伝説に登場するケルベロスとオルトロスを上手い具合に脚色するとは、なかなかやるな。
一条は北欧神話の知識もあったし、悪人顔に似合わず博識なのかもしれない。
闇の住人からの英才教育は伊達ではないということだな。
「俺としてはよお、ケルベロス兄さんやオルトロス番長を産んだエキドナあたりが、ひよこちゃんに合っていると思うけどなあ。……チッ」
一条はわたしの横を見て舌打ちする。
「なるほど。サイコキラーでありビッチで子沢山なひよこちゃんはエキドナに当てはまるな。設定はサイコキラーでありクズビッチエキドナなひよこちゃんって感じだな!」
「はいは〜〜〜〜い。先生の設定はアルテミスで〜す。ビッチエキドナみたいに言うのはやめてくださ〜い」
ひよこちゃん!?
いつの間にわたしの横にいた!
心臓に悪いから普通に登場してくれ……って一条は気づいていたみたいだな。
「おいおい、いつからアルテミスはビッチになり下がったんだあ。三大処女神の大看板に泥を塗りたくってるビッチはアフロディーテ先生に浄化されて来いや」
上手いな。
一条はギリシャ神話にまで精通しているのか。
きっと、これも英才教育の賜物だな。
闇の住人は神話や伝説に憧れでもあるのか?
「アルテミス先生をイジメるとアポローン兄さんがアテーナやヘスティアーの処女膜ぶち破った時みたいにブチ切れますよ〜」
神への侮辱!
アポローン兄さんはアポローン兄さんは……!
なんかいっぱい設定がある神様なんだぞ!
なんだったかな?
「おいコラ。芸能•芸術の神であり羊飼いの守護神にして光明の神でもあるアポローン兄さんは、病を払う治療神でもあり太陽神とも呼ばれている男前な神さんなんだよ。猛毒を持ったビッチを妹にした記憶はねえって言われんぞ」
そうそう。アポローン兄さんは色々とすごいんだ!
さすが一条、ビッチにもっと言ってやれ!
「アルテミス先生は子供の守護神であり森の神で〜す。そして疫病と死をもたらす恐ろしい側面もあり、死を恵む神でもあるので〜す。アポローン兄さんと同じ遠矢射るの称号を持っていますので、一条君にはチョークが刺さりま〜す」
「うおっ!!」
一条が飛び退いた瞬間、一条の机の上でバンッと赤色の粉末が散る。
チョーク?
弾丸ではなくてチョーク?
机に穴が空いてるけど。
それに、近距離射撃でも拳銃を出し構えて引き金を引くという動作があるのに、ひよこちゃんの動作はまったく見えなかった。
躱した一条もすごいけど、もし、ひよこちゃんが何も言わずに今のチョーク投げをやったら…………一条に刺さっていた?
恐ろしいぞひよこちゃん!
でも、サイコキラーでありクズビッチのイメージが強いからエキドナが濃厚だけど、今の技術を子供の守護神という部分に当てはめていたとしたらアルテミスの要素があるのかもしれない。
なるほどなるほど。
こんな感じで人を見ることは帝王でありお嬢様なわたしの時にはなかったな。
感慨深い。これも女神オーディンに神格化したから得たスキルだな。このスキルはなかなかおもしろい。
エキドナとアルテミス、どっちがひよこちゃんの素顔なのだろう。今後に期待だな。
「それでは道徳の勉強を始めますよ〜。みなさん席に付いてくださ〜い」
「道徳だあ? 自分が学ぶ立場だろうがあ」
ババババンッ!
一条の机の上で数本の赤いチョークが爆竹のように弾ける。
「アルテミス先生は個性的な感性を持つ芸術家であり、愛深きゆえにあらゆる愛の競技を極めるメダリストです〜」
「道徳を語るための感性と愛が行方不明になってんだろうがあ」
い、一条、反抗期か、反抗期なのか?
あまり逆らうな。相手が悪すぎる!
「一条君、正解で〜す」
正解?
なにが正解?
「先生の感性と愛は行方不明になっていま〜す。だからこそ、感性や愛があるのに気づかないで盲目になっている生徒に真実を教えられま〜す」
「なるほどなあ。客観的に真実を見てきたから『欠落した生徒』を『盲目になっている生徒』に教えられるって事かあ。……」
一条、何故にわたしを見る?
神格化を遂げた今、わたしに欠落は無いぞ。それに女神の視力は千里先を見られる気がする。
「中世ヨーロッパのみなさんにも、中世ヨーロッパではないみなさんにも、必要な道徳で〜す。感性や愛が行方不明になっているアルテミス先生が教材として使えると思えた『不器用な愛の形』なのですから〜」
ひよこちゃんは右手を上げると、手品のようにテレビのリモコンが現れる。
黒板にリモコンを向けて適当にボタンを押すと、緑色の黒板がテレビの砂嵐を写し出し3•2•1とカウントを始める。
映画かな?
【とある家族の運命の日】
なんの映画だ?
ヒューマンドラマか?
「はい。一時停止しま〜す」
どうした?
あっ、一条が立ち上がった。
「一条君。今は授業中で〜す」
「おいおい。テメェもわかってんだろ。授業よりも……」
「欠落した生徒の不器用な愛の形を、盲目になっている生徒に『今』見せても意味がありませ〜ん。授業を受けた後に見せるのが、愛のためで〜す」
「チッ」
一条は舌打ちして自分の席にドカリと座る。
どうしたんだ?
ひよこちゃんに対して殺気を向け、ナニかに殺意を向けている。
一条らしくない。もしかして題名の【とある家族の運命の日】は一条の家族の事かな?
「先生が流れる映像に合わせて語りますからザワザワしないでくださいね〜」
映画ではないようだ。
たぶん紙芝居みたいな感じかな?
ひよこちゃんはリモコンのボタンを適当に押すと、黒板テレビに絵本のような画風で描かれた4人の可愛いキャラクターが写し出される。
真ん中に父親らしき大きな男性、その手には赤ちゃんが抱かれている。父親の左側に少年おそらく息子、右側に母親らしき女性。父親と息子の頭には餅みたいに膨らんだタンコブがある。
家族を思わせる4人。
一条に兄弟がいたのか?
「運命の日、妹さんが産まれた日に撮られた写真をアルテミス先生が絵本風に書きました〜。ちなみに、写真の撮影者はアルテミス先生で〜す」
一条に妹……。
悪人顔でなければいいな。
画面は変わり、手術着を着た女性が4人と中腰の姿勢になった父親と息子。そして分娩台に乗る母親が絵本風に写し出される。
おいおい、絵本風とはいえ出産は道徳ではなく保健体育の授業だろ。それに……。
「15年前の今日。分娩室で頑張るお母さんの横で、スクワットをしながら出産を邪魔するお父さんと4歳の息子さんがいました〜。アルテミス先生はテレビ局で使うような大きなカメラで、絶妙な角度から撮影していました〜」
一条、スクワットをヤメろよ。
画面は変わり、ガラス越しに赤ちゃんを泣きながら見る父親と息子が写し出される。
「誰しもが羨む幸せな家族に可愛い可愛い女の子が生まれました〜。お父さんと息子さんは『天使だぁぁぁぁ!』と号泣しながら、出産を終えて憔悴するお母さんに気を使う事なく、ガラス越しに赤ちゃんを見ていました」
娘、妹の誕生に感動する父親と一条か。
一条はどう思っているかわからないけど、これは道徳だな。
「ここは病院で〜す。みなさんはお父さんと息子さんみたいに号泣しながら赤ちゃんを見ないでくださ〜い。他の赤ちゃんと号泣合戦になりま〜す」
一条。家族と離れ離れになる前は……くっ、泣けるではないか。悪人顔の一条にこんな時があったなんて!
画面は変わり、タンコブを作った父親と息子、赤ちゃんを抱いた怒る母親が写し出される。
「アルテミス先生は、お父さんと息子さんがガラスに張り付いて迷惑をかけているとお母さんにチクりました〜。するとお母さんは、憔悴している身体を起こしてお父さんと息子さんに頭突きし、美人な女医さんに許可をもらって赤ちゃんを病室に移動しました〜。この時に家族4人の写真を撮影しました〜。その時!」
ひよこちゃんが少年探偵のような顎に手を添えるポーズをした画面に変わる。
「ピキーンとアルテミス先生は心地よい気配を感じました〜」
ひよこちゃんでも出産に立ち会えば感慨深くなるか〜。
「暗殺者100人の気配で〜す」
ですよね〜。
ひよこちゃんにそんな感情はありませんよね〜。
冒頭と同じ父親が赤ちゃんを抱いた家族の画面に変わる。
「そして、この家族が4人でいられたのはこの日、この時だけでした〜」
一条が家族と離れ離れになった日か。
んっ? そういえば……。
一条は父親と母親が柳田庶民と話しているのを見たって言ってたな。この日なら病室に泊まって聞いたかもしれない。
この画風で柳田庶民の顔面凶器は描けるのかな?
「一条。これは一条の家族だろ。柳田庶民はいつ出てくるんだ?」
「姫さん。警察署で俺に兄弟はいねえって言わなかったか?」
「そういえば、言ってたな」
「……。コレは俺の家族じゃねえよ。とりあえず、姫さんは続きを見れ」
黒板テレビに視線を戻すと画面は変わり、絵本風ではなく鮮明に描かれた病院が写し出され、徐々に禍々しい空気が病院を包んでいく。
「誰しもが羨む幸せな家族は、見方を変えると誰しもが恨む家族だったので〜す。お父さんは暗殺者に狙われる生活をエンジョイし、お母さんと息子さんはアルテミス先生が守っていました〜。そしてこの日、病院には300人のボディガードが待機していました〜」
完全防備だな。
「ひよこちゃんもいるし暗殺者100人ぐらいなら楽勝だ」
「まぁ、普通ならそうだろうなあ」
「新垣さん、一条君、不正解で〜す」
不正解?
籠城戦でも野戦でも数の有利があるだろ。
何が不正解なんだ?
「ここは病院で〜す。数の有利はありませ〜ん。何故なら、病院には数多い非常口があるだけでなく、数多い窓があり、病人さんという人質がいっぱいいるからで〜す」
そうだ。
そうなんだ。
暗殺者は目的を達成するためなら、なんでも利用する。
「勘違いしないでくださ〜い。アルテミス先生はお母さんと息子さんを守れま〜す。病人なんて関係ありませんから〜」
ひよこちゃんならそうだろう。
でも……。
「そして暗殺者100人ぐらいアルテミス先生1人でぶっ殺せま〜す」
マジですか!?
「でも、お父さんとお母さんは病人さんやお医者さんや看護師さん達を見捨てられませ〜ん。どうにかできないかと聞かれましたので、アルテミス先生は無双すれば可能で〜すと答えました〜」
「ひよこちゃんが、霊安室を暗殺者で満杯にして一件落ちゃ……」
「新垣さん残念で〜す。一件落着しませ〜ん。屋上を警備していた先生の弟子が病室に来て、アルテミス先生は無双できなくなりました〜」
「エキドナ先生の弟子はなんて言ったんだあ?」
バンッと一条の机に赤チョークの花火が咲く。
ひよこちゃんは黒板テレビに向き直ると黄色チョークを向ける。すると画面は変わり、絵本風に描かれている黒ドレスを着た女性が写し出された。
「暗殺者ランキング世界2位【黒血を継ぐ魔女】が屋上にいる」
「マジか!?」
このとある家族も【黒血を継ぐ魔女】と因縁があるのか!
「新垣さん。マジで〜す。屋上から【黒血を継ぐ魔女】、病院の外周から暗殺者100人、コレではさすがのアルテミス先生も、1人の死傷者なく無双するのは無理で〜す」
「どうなったんだ!?」
黒板テレビでは、絵本風に描かれたひよこちゃんと【黒血を継ぐ魔女】が星空の下で対峙している画面になった。
「アルテミス先生が黒血を継ぐ魔女の足止めをしている間、息子さんと出産で憔悴しているお母さんはお父さんに抱かれながらボディガード300人を引き連れ、暗殺者が人質を取る前に病院外へ強行突破。ボディガードと暗殺者は弾丸を撃ち合い、逃走劇を繰り広げました〜」
「病院から一家がいなくなれば人質の価値は無いからなあ。良い方法だあ。んでえ、残された赤ん坊はどうしたあ?」
そうだ。赤ちゃんが残っている。
本当は連れて行きたかったに違いない。
でも、産まれたばかりの赤ちゃんを外に出せられる状況ではない。
憔悴している母親も同じだ。本来なら、病院で安静にするべきなんだ。
なのに、なんで母親は病院に残ろなかったんだ?
「一条君。情報の大事さは知っていますね〜?」
「出産……ちげえなあ。暗殺者、それも【黒血を継ぐ魔女】に狙われるような家族が暗殺ライフを送ってんならあ、情報操作して母親の妊娠自体を隠していたなあ」
なるほど。
【黒血を継ぐ魔女】と暗殺者に『出産を隠すために母親は赤ちゃんから離れた』のか。
出産後、憔悴した身体では命がけだったろうな。
「当たりで〜す。その辺のボディガードなら情報は漏洩しちゃいますが、アルテミス先生なら可能で〜す。そんなこんなで赤ちゃんは無事でした〜」
「赤ん坊が無事ならあ、家族はどうなったあ? 逃走劇の末に父親と母親が死んじまったかあ?」
病人という人質がいるから絶対絶命なだけで、300人のボディガードに守られながらの逃走劇なら逃げ延びているだろ。一条なら簡単にわかる算数だと思うけど。
「3人。お父さん、お母さん、息子さんがとある家に避難した時に無事だったボディガードの人数で〜す」
「マジかよ。100人の暗殺者に297人のボディガードがヤられたっていうのかよ?」
一条の顔が引き攣っている。
当たり前だ。
ボディガードだって暗殺者に備えている時点で素人ではない。花菱じいちゃんや空菱より弱いとしても訓練はしているはず。そんなボディガードが3人しか残らなかった理由は、病院に来た暗殺者100人は……。
「病院に来た暗殺者は100人。逃走に備えていた暗殺者は数えるのがバカらしい、戦争状態だったみたいで〜す。コレは当たり前な配置ですね」
「病院みてえな籠の中を制圧するのに大人数はいらねえからなあ、ボディガードの人数を考えたら100人が妥当だあ。そして、ミッション終了後の自分達の逃走、それかターゲット逃走に備えにその倍の人数を用意する手際の良さ……コレはひよこちゃん対策にもなってんなあ」
父親、母親、息子が生きて避難できたのが不思議なぐらいだ。
「本腰を入れていたんでしょうね〜。とある家でも戦争だったので、アルテミス先生も助けに行きたかったですが、今度は逆に【黒血を継ぐ魔女】から足止めをくらっちゃいました〜。もちろん警察さんや自衛隊さんは暗殺者の『鎮圧』にとある家へ向かいました〜。ですが、『戦争』とは無縁な日本の警察さんや自衛隊さんは、練られた暗殺計画で先手を取られた状態ですから『鎮圧』なんてできませ〜ん。日本は直接的な武力に対して無力だと理解した1日だったので〜す」
戦争。
戦争なんだ。
鎮圧しに行くという上から目線なんて、最初から戦争する気の暗殺者が相手では油断でしかない。
その油断が生む結果は、自分達の本来の武力を発揮する事もできないまま、戦争だと意識した時には腕や足は震えて命が欲しくなる。
最初から戦争を意識し命を代償にしている武力に、練られた暗殺計画で先手を取られた状態では、結果は明らか。
暗殺者はターゲットを仕留めたらいいだけだから持久戦も考えていないだろうし、ひよこちゃんの言うとおり、直接的な武力に対して無力だと理解できたに違いない。痛い教訓だ。きっと犠牲者がいっぱい出たに違いない。
「その戦争の終結はどうなったんだあ?」
「とある家族が暗殺者に狙われていると知ったとある国の大統領さんが、即座に病院に特殊部隊を駆け付けさせました〜」
「病院に? とある家には行ってねえのか?」
「【黒血を継ぐ魔女】はバカではありませ〜ん。特殊部隊という多勢に無勢なガチムチ軍人を相手にしてまでお金に見合わない時間稼ぎはしませ〜ん」
「いやいや。ひよこちゃんがいる病院よりも絶賛戦争中のとある家が優先だろうがあ」
一条の言うとおりだ。
赤ちゃんは情報操作でいない事になってるし、【黒血を継ぐ魔女】の目的はひよこちゃんをとある家に行かせない事。
とある国の大統領が優先するべきは病院ではなく、とある家での戦争を鎮圧する事のはず。
なんで病院に特殊部隊を行かせたんだ?
「そんなのアルテミス先生なら被害なく暗殺者連中を殲滅できるからですよ〜」
「どんだけよ」
ひよこちゃん、本当にどんだけよ。
「一条君。戦争とは言ってもですね〜、日本国内で起こった銃撃戦に他国の軍隊が参加できると思いますか〜? それも多国籍の暗殺者連中を相手ですよ〜。未曾有の国際問題が勃発して、戦争をしたい国に戦争ができる理由を作っちゃいま〜す」
「そこまで考えていなかった」
一条、わたしもだ。
世界を揺るがす問題とまで考えていなかった。
「【黒血を継ぐ魔女】はお金にならない戦争やガチムチの軍人さんに興味ありませんから、帰っちゃいました〜」
ひよこちゃんは黒板テレビを背にして教卓に飛び乗ると、シャドーボクシングをするように動き出す。すると黒板テレビに絵本風に描かれた無数の人影が写し出される。
人影はズバッと斬られ、人影はバンッと撃たれ、人影はズガンッとアスファルトにめり込み、人影はガラガラと崩れるコンクリートを布団にし、ひよこちゃんの動きに合わして暗殺者が鎮圧されていく。鎮圧なのかな?
良い汗をかいたと言わんばかりに額から汗を拭ったひよこちゃんは、
「国籍不明のアルテミス先生は無双し、暗殺者1000人ぐらいぶっ殺して世界を救ったので〜す」
「千だと!?」
マジか!?
ひよこちゃんの無双どんだけ!?
「一条君。【黒血を継ぐ魔女】は赤ちゃんが産まれたと知らなかったから、特殊部隊の登場に逃亡を選んだのです〜。もし【黒血を継ぐ魔女】が赤ちゃんの存在を知っていれば、ガチムチの軍人さん相手にアルテミス先生と同じことをしてま〜す。情報の大事さ、わかってくれましたか〜?」
「かなりぶっ飛んだ道徳の授業だなあ。だがあ……『家族4人はこの時みたいな戦争を起こさないために別々に暮らしている』だけでなく『娘さんを【黒血を継ぐ魔女】から守るために別々に暮らしている』つうのは、道徳として学ぶところがあるなあ」
この道徳は一般的ではない。朝日ケ丘大学高等部ならではの道徳だと思う。
一般的な庶民がこの道徳を受けても『暗殺者に狙われるような事をしなければいい』と表面的にしか受け取らないだろう。
命の価値がわからないのだから仕方ない。
とある家族を守るために300人のボディガードがいるのだ。
とある大統領が国際問題の可能性を懸念しながら特殊部隊を動かしているのだ。
庶民家族を守る300人のボディガードはいないし、とある大統領が国際問題の可能性を懸念しながら庶民家族を守る理由はない。
だから庶民にはとある家族の価値はわからないのだ。
庶民は一条がレンタル店で暴漢を鎮圧している最中に何もできなかった、何もしなかったように、人の人生を後日談にし、人を守る勇気を美談にしたいから、それだけの人間達が守るという意味と価値をわからないのだ。
このとある家族とは、どんな家族なのだろう。
女神オーディンであり姫様なわたしとまではいかなくても、ドリル一家ぐらいの地位はある気がする。
「それではとある家族の息子さんを紹介しま〜〜〜〜す」
なにっ!?
本人登場!?
ひよこちゃんはリモコンを黒板テレビに向けて適当にボタンを押す。
「…………?」
疑問符が浮かぶ。
黒板テレビに映し出されたのは筋肉オヤジ。
黒いドレスを着た女と向かい合っている。
恋人か?
ドリル以外にも物好きがいるんだな。
それにしても、周りに背の低い木が綺麗に並んでいるけど、なんの畑だ?
茶畑ではないな……んっ!!?
あの女は!?
「【黒血を継ぐ魔女】じゃねえか!!!!」
右手にククリ刀を握り、露出の多い黒色のドレスを着た【黒血を継ぐ魔女】が背の低い木を剪定するように枝を斬り、ソレを防ぐように筋肉オヤジは立ちはだかりブレザー制服を斬られ……。
「な、なんで筋肉オヤジが、なんであの筋肉が斬られている!」
【黒血を継ぐ魔女】の一振り一振りが、わたしやドリルでは傷一つ付けられなかった筋肉オヤジの肌に紅の筋を作っていく。
「15年前、4歳だった息子さんは生徒会長さんで〜す。離れ離れに暮らす妹さんがコーヒーが好きだと聞いてから、妹のためだ、妹のためだとせっせと作っていました〜」
見る限り、筋肉オヤジに致命傷はない。
致命傷はないけど、勝てない。
勝てないけど、命は取られない。
負けない。蓮野花道は負けない。
お嬢様の世界は命がある限り負けでは……。
違う!
【黒血を継ぐ魔女】は筋肉オヤジを殺せるのに殺さないで、弄んでいるんだ。命を、弄んでいるんだ!
「そんなコーヒー豆畑を【黒血を継ぐ魔女】から守ってま〜す。今日は妹さんの誕生日ですから、とある家族のお父さんが【黒血を継ぐ魔女】の琴線に触れるような事でもしちゃったんですね〜。とりあえず、妹さんより先に生徒会長さんの大事なコーヒー豆畑から始末し、お父さんへの見せしめにようとしているんでしょ〜う」
父親が琴線に触れたという事は、【黒血を継ぐ魔女】のターゲットは父親という事か。
娘が誕生日だから父親は会いに行こうとしたのか?
いや、見せしめなら娘を狙うはず。
なんで娘ではなくコーヒー豆畑や筋肉オヤジを……いや、娘はどこかに隠れているんだ。それで娘の代わりに娘の好きなコーヒー豆を生らす木と筋肉オヤジを弄び、父親への見せしめにしようとしているんだ。
筋肉オヤジが安心していいのは、今の時点で、妹は安全という事だ。今頃、シェルターでコーヒー片手に筋トレでもしているだろう。
だが、【黒血を継ぐ魔女】は切り刻むのに飽きたらコーヒー豆畑を燃やす。目的が達成するのも時間の問題だ。
「新垣さ〜ん。生徒会長さんがコーヒー豆畑を守っていま〜す。アルテミス先生の道徳を受けて、この状況を見た新垣さんの感想をくださ〜い」
「感想?」
感想と言われても……。
「筋肉オヤジは【黒血を継ぐ魔女】には勝てない。勝てないけど死なない。だが、【黒血を継ぐ魔女】が筋肉オヤジを弄ぶのに飽きたらコーヒー豆畑は燃やすだろうから、筋肉オヤジが、コーヒー豆畑を守れなかったら負け、と思っているなら、負けだ」
「それだけですか〜?」
「コーヒー豆畑は作り直せる。筋肉オヤジは死なないから、ひよこちゃんは【黒血を継ぐ魔女】から妹を守るのをオススメする」
「何故、【黒血を継ぐ魔女】はコーヒー豆畑から始末しに行ったと思いますか〜?」
「妊娠を隠し続けられたひよこちゃんの情報操作から、【黒血を継ぐ魔女】は妹の場所がわからないんだ。妹は今頃、シェルターで筋トレでもしているんだろ。……んっ?」
ひよこちゃんの顔が無表情になり、蝋人形のように固まっていく。
どうした?
見事に正解したからおもしろくなかったのか?
んっ?
教室の中の空気も変わっているぞ。
「一条。笑いを取りに行く場面だったのか?」
「笑いを取りに行ってねえなら、今言ったのは姫さんの本音ってことかあ?」
「模範解答だろ。妹はひよこちゃんしか知らないシェルターでコーヒー片手にひきこもっている。羨ましいな妹!」
わたしは筋肉オヤジの妹に対抗するようにコーヒー入るカップを右手で取ると、
「女神が筋肉妹に負けるわけにはいかない。ゴクゴク」
コーヒー美味。
さすが一馬さんが淹れたコーヒーだ。
さすがの筋肉妹も世界一の椅子は無いだろうし、コーヒーを保存しておく機械があっても一馬さんのコーヒーを内蔵タンクに入れておく贅沢はしていないだろう。
「…………。あのよお、姫さん。ダンナは……」
「はいは〜〜い。ここまでが、みなさんの、道徳の授業で〜す。みなさんがどれだけわかりやすく家族の愛に包まれているのかが、反面教師新垣さんから理解できたと思いま〜す」
どういう意味ですか?
【黒血を継ぐ魔女】は撃ち所が悪ければ死んでしまう拳銃は使わない。直接斬って猟奇的に楽しむ。
たぶん、弄ぶだけで筋肉オヤジを殺さないだろう。
守るなら筋肉オヤジより筋肉妹だ。
筋肉妹は筋トレしてムキムキになっていると思うけど女だし、家族目線でも人道的にも守るなら妹だ。
念のため聞いてみるか。
「一条。守るなら妹だろ?」
「そうだな。あのコーヒー豆畑の豆はラビット•イヤーで使っているし、姫さんの家でも使っているけどな」
「なにぃぃぃぃ!? 燃やされたら一馬さんが困るだろ!!!!」
「一馬さんより姫さんは…………あぁ〜ダメだこれ。人の話を聞かねえパターンだあ」
大変だ!
一馬さんのコーヒーが飲めなくなる!!!!
「ひよこちゃん! 【黒血を継ぐ魔女】からコーヒー豆畑を守るんだ!」
「アルテミス先生は、とある家族のお父さんから娘さんを守る分のお金しかもらっていませ〜ん」
「このビッチ守銭奴が!!!! それならシェルターにひきこもってる妹だけ守っていろ!! ドリル! 一条! 【黒血を継ぐ魔女】をぶっ殺しに行くぞ!」
いざ出陣!!!!
「姫さんよお、マジで言ってんのかあ?」
「一条、怖気ているのか!?」
「姫さんのバカっぷりに怖気てる最中だあ」
「策はある! ドリル、筋肉オヤジに使うはずだった必殺技を【黒血を継ぐ魔女】に使うぞ!」
「木っ端微塵になりますわよ?」
「一馬さんのコーヒーには変えられない! いざ出陣だ!」




