ぼっちになりたいお嬢様の夢と現実
————わたしの嫌いな消毒液の匂いだ。
病院かな?
明るいのはわかるけど、何も見えない。
なんか柔らかい感触だ……。
温かいなこの人。いい匂いするし。
聞いた事ない声だけど聞いてたら落ち着く。
女の人なのはわかるけど、誰なんだろう。
知らない男の人の声と男の子の声もするけど、なんの会話をしているのかな?
楽しそうなのはわかるけど。
誰なんだろう。
あっ、違う人の声だ。
コレは花菱じいちゃんの声だ。
なんか普段の花菱じいちゃんの声と違うな。
ひよこちゃん?
花菱じいちゃんとひよこちゃんが神妙な感じで会話している。
どうしたんだろう……んっ?
大きな手がわたしの頭を撫でてくれた。
温かい女の人が撫でてくれた。
小さく力強い手が撫でてくれた。
あっ、違う人に抱かれた。
コレは空菱だ。
子供の頃はいつも空菱に甘えていたな。
そういえば、空菱を母親だと思っていたんだよなぁ。
懐かしい。
『着替えて一緒に寝ていろ』
今のははっきり聞こえた。
花菱じいちゃん、やっぱり普段と違う。
パンッパンッ……。
銃声?
だから花菱じいちゃんの声に違和感あったんだ。
でも花菱じいちゃんがいるから大丈夫だよ。
空菱がいるから大丈夫だよ。
だから、離れないで。
戻ってきて。
大きな手。
温かい手。
小さく力強い手…………あれっ?
この小さな手の感触————
「…………?」
壁にあるのは、使い主に逆らうばかりで砂嵐しか映し出さない大型オブジェ、通称テレビ。
わたしはキングサイズのベッドで、空菱が毎日変えるシーツと布団をかぶっている。
窓が無い総畳の部屋だ。
この殺風景な部屋は見覚えある。というより、わたしの部屋だ。
「お目覚めですか、おサボりお嬢様」
「空菱……? 花菱じいちゃんとひよこちゃんは?」
「お師さんはリビングにおられますが、ひよこ女史はおられません」
「花菱じいちゃんとひよこちゃんがなにか話してて、花菱じいちゃんが空菱に『着替えて一緒に寝ていろ』って。……そういえば銃声もした!」
わたしは布団から飛び出して警戒心を上げる。
「銃声ですか。……銃声は聞いていませんが?」
わたしでも聞こえた銃声を空菱が聞き逃した?
違う。そんな事はありえない。
……あれ? お目覚めですかって空菱言ってなかった?
わたし寝ていたのか?
「夢?」
「……。夢だと思いますか?」
「夢だね。消毒液の匂いもしないし。そっか……」
夢か。
花菱じいちゃんとひよこちゃんの神妙な声に銃声だったけど、なんか悪い夢じゃなかった気がするんだよな。
んっ?
そういえば……。
わたしは警察署の会議室で晩食を食べていたはず。
一条幸太郎。暴れたね〜。ヒャッハァだったね〜。
レンタルDVD店アルバイトからお嬢様の護衛への転職おめでとう、パチパチパチパチ。
柳田庶民。相変わらずの顔面凶器だったね。
帝王でありお嬢様なわたしが恵んであげたラーメンは残さず食べたかな?
筋肉オヤジ。…………。
筋肉オヤジ?
筋肉オヤジ!!
「あんの筋肉オヤジ! お嬢様なわたしに頭突きを喰らわせやがって! どこ行った!?」
「花道様は学校です。おサボりお嬢様」
「学校!? カチコミだ!! ぶん殴ってやる!!」
「おサボりお嬢様。レンタル店を営業停止にし、アルバイトをしていた同級生を辞めさせた挙句、警察署でふてぶてしく晩食をいただいた、という庶民に譲歩しないおサボりお嬢様は、カチコミの前に私に何か言うことはありませんか?」
…………。
やっちまった。
やっちまったよ!
ひよこちゃんに譲歩しなかっただけならクナイと手裏剣だけだったのに!
慌てるな、慌てるな、慌てるな。
どS教育係様の怒りは、まだ潜伏中だ。
冷静に分析するんだ。
一条幸太郎がレンタルDVD店を辞めたのは、護衛という再就職先を用意したから大丈夫だ。
レンタル店の営業停止は庶民の循環を完全に止めちまったな……コレはかなりマズい!
け〜ど〜も〜〜。
わたしがレンタルDVD店に行かなければ起こらなかった事件だけど、帝王でありお嬢様なわたしがレンタルDVD店に行ってはいけないというなら、レンタルDVD店を買収し、わたし専用のDVD収納倉庫にしないとならない。それこそレンタルという循環を止める行為だ。
お嬢様の世界では、お嬢様を狙う暗殺者や暴漢が全て悪い。
従って、警察署で晩食をいただいたのが、空菱的にダメとなる。——分析結果。
テレビの上にあるデジタル時計は11:36と表示されている。
「昨晩の食事と今日の朝食を昼食にいただきます」
「0点。人参ステーキになります」
答えは、晩食と朝食を食べなかったので昼食は人参ステーキを食べます。という正解しても罰ゲームになる答えだった。
「ご飯と味噌汁もお願いいたします」
「お願いします」
「お願いします」
「ご用意いたしますので、普段着に着替えてリビングでお待ちください」
ラジャー。
普段着って、家着は浴衣なんですけどね。
おっと、制服のまま寝ていたようですね。
1日1着1捨なんで折り目とか気にしなくていいんですけどね。
制服や下着を脱ぐと、右腕に巻いてあるクナイ付きのベルトを外してベッドに置く。
空菱は制服と下着を回収し、部屋を後にする。
わたしはクローゼットの扉を前にする。自動で開いた先にはウォークインクローゼット。
出入口のすぐ右手にシャワールームがある。
ザッとシャワーを浴びて、バスタオルで水気を取りながらウォークインクローゼットに戻る。
壁際に下着を収納している棚がある。
ケツのデカい日本人女性の被害者であるスレンダーボディのわたしは、パンプキンショーツ又はハロウィンショーツと呼ばれているオシャレパンツを履く。
ブラジャー? なにそれ、美味しいの?
シルク素材のシャツを着る。
ウォークインクローゼットの中央には袋詰めされた浴衣や制服が収納してある棚がある。
あれ?
制服がないな……まぁ、いいか。
「ご飯食べたら一条の引越し準備しないとな」
浴衣が入っている袋のボタンを外しながらウォークインクローゼットを後にする。
ベッドに浴衣を広げて帯を置く、クナイ付きのベルトを右腕に装着し、続けて浴衣を羽織る。
帯を左手に持ち、部屋の扉へと歩を進め、ドアノブを押して開く。
廊下には窓が無いため暗い。1秒ほど待つと、自動で照明が点灯する。
緩やかな半円を描くような廊下はわたしには余裕あるが、大人が歩くと窮屈に感じるぐらいの幅しかない。左右に幾つもある扉は、開いたらそのまま廊下を塞いでしまう構造になっている。
わたしは廊下を歩きながら帯を巻く。
ちなみに、左右に幾つもある扉の先は全て同じ装いの部屋になり、扉と壁は全て防刃防弾になっている。
襲撃者が現れた場合、扉を開けながら逃亡するためだ。わたしが寝ていたら空菱が遠隔操作で全部の扉を開け放ち、わたしに襲撃者の登場を知らせる。更に、各部屋にある秘密のボタンで襲撃者を監禁し、無酸素&睡眠ガスの空間を襲撃者にプレゼントできる。そして……いや、我が家自慢はこれぐらいでいいか。
考えすぎだと思われそうだが、襲撃者対策はお嬢様なわたしには必須なのだ。
そのため、わたしは気分で部屋を変えて、その部屋は空菱にも言わない。
だから空菱は全ての扉をノックしてわたしの応答を待つ。
わたしとしてはリビングで『今日はこの畳で寝るかな』でもいいんだけど、この襲撃者対策は空菱が用意したからね。考えたくはないけど、この廊下に襲撃者が入ってきた時点で空菱は倒されてる事になるから、空菱は部屋を知らない方がいいみたいだ。
よし。歌舞伎役者なみに帯をきっちり締めた。
これでどS教育係様に怒られない。
リビングへの扉を開くと、総畳の殺風景な部屋に御膳台が3台。
2台多いのではなく、ドリルと一条幸太郎がいる。
「よう、お嬢様。俺等は1週間の停学をくらっちまったぞ。暇だから遊びに来た」
「停学? ……そりゃそうか。停学にならない方がおかしい。それで、ドリルは何しているんだ?」
「ワタクシ。世界一の椅子を完成させるために学校に通っておりますの。唯衣ちゃんいる所に世界一の椅子とワタクシ有りですわ」
リビングの窓際では花菱じいちゃんがキリッと立ち、その横で世界一の椅子は光合成、ではなく窓越しに太陽光を浴びながら充電している。
それよりもドリルの発言はいただけないな。
「最優秀者が言っていいことじゃないぞ」
「お嬢様。私は、普段着、と申したはずですが?」
どS教育係様は人参山盛りの大皿を御膳台に置きながら、禍々しいオーラ的な何かを全身から湧き出している。
普段着だよ。いつも家では浴衣だし、外に出る時は制服だけど停学なら制服を着る必要ないし。お出かけ用のオシャレ服が無いのはどS教育係様が一番わかっているしょ?
「いつも浴衣ですけ……」
うおおおおおおおお!
一条幸太郎がいる!
そういう事ですかどS教育係様!
バッと立ち上がり、逃げるようにわたしの部屋がある扉へと行く。
廊下に入り、一番近い部屋へと入る。
クローゼットの前に立つ。
自動で開いたクローゼットの中はウォークインクローゼット。
浴衣、浴衣、浴衣、浴衣しかない!
制服はどこに行った?!
どこの部屋にも制服はあるはずなのに!
他の部屋を回り、ウォークインクローゼットを見て回るが、制服はない。
先ほど、わたしが寝ていた部屋へと入り、ウォークインクローゼットの扉を前にする。
嫌な予感しかしない。
脱いだ制服はどS教育係様が回収していた。
浴衣、浴衣、浴衣————浴衣しかない!
ウォークインクローゼットの最奥に行く。
そこには…………。
達筆な筆字で普段着と書かれている半紙が貼られた、ライオンの着ぐるみパジャマ。
コレは普段着ではなくパジャマですが?
コレは帝王であり百獣の王を兼業しているお嬢様なわたしが、就寝する時に着るパジャマですけど。
一条幸太郎という男の前では浴衣以上にパジャマはダメだと思いますが?
どS教育係様。そのパジャマに普段着ってなんですか?
「お着替えのお手伝いは必要でございますか。帝王であり百獣の王を兼業しているお嬢様」
「コレは普段着ではなく、パジャマなのですが……?」
「サバンナという弱肉強食の世界で生きる百獣の王ライオンは、普段着にパジャマを着ておられるのですか?」
「朝昼晩寝る時も百獣の王であります」
ライオンはライオンだからライオンの姿のままなんだよ。
人間なら裸でいるのと一緒なんだよ。
裸かパジャマか選べってこと?
違うよね。
ライオンの着ぐるみパジャマを着れって事だよね。
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——
「あのよお、お嬢様。俺はあんま気にしねえけどよお。レンタル店に来といてレンタルしねえって言い出したり、普段着にライオン着たりよお。金持ちはバカなのか?」
「…………」
「細部にこだわり過ぎて、お嬢様がライオンに食われているようにしか見えねえぞ」
「…………」
「お嬢様は見た目が小学生高学年だからよお、知らねえ連中が見たら可愛い可愛い言ってくれるかもしんねえけど、15歳のお嬢様的に普段着がソレでいいのかあ?」
普段着なわけないだろ!
哀れむ視線を向けるな!
人参を原型のままボリボリ食うな!
「貧乏人にはわからねえなあ。八王子も普段着は着ぐるみなのかあ?」
「ワタクシは卒業しましたわ」
「このお嬢様はどうなってんだあ。ライオンに食われてるけど、帝王はソレでいいのかあ?」
「帝王は人獣一体ですわ」
「ライオンに食われているようにしか見えねえけどなあ。……あぁ〜〜そういう事かあ。眼帯や包帯を装備している連中と同じ次元に生きる帝王だから、温かい目で見守るのが庶民の勤めなんだなあ」
思春期特有の精神疾患、厨二病ではありませんよ。
ましてやコスプレでもありませんよ。
パジャマです。
リアリティを追求しすぎるどS教育係様が夜なべして作った、ただのパジャマですからね。
そんな温かい目で見られるとパジャマだって言えないじゃないですか。
寝る時までかよ、て絶対思われますよね。
「そ、空菱。なんで味噌汁の具材が人参で、ご飯も人参のみの混ぜご飯なのですか?」
「何か不都合でも?」
「いえ。そんなことありません」
「帝王であり百獣の王に食われている爆食お嬢様よお、まさか人参を食えねえって子供舌かあ?」
帝王であり百獣の王を兼業しているお嬢様だ!
誰が子供舌だ!
コーヒー飲めるんだぞ!
「空菱。コーヒーをブラックで」
「かしこまりました」
「帝王であり百獣の王に食われている子供舌な爆食お嬢様はブラックを飲めるんだな」
「わたしはいつもブラックだ」
人参混ぜご飯、人参味噌汁、人参ステーキを流し込むように食べる。
モグモグモグ。この微妙な甘さがなんとも……嫌いだ。
だが、わたしが人参を食べる事で救われる農家さんがいる。ソレを考えると食べるしかない。
「お待たせいたしました」
「ありがとうございます」
ハチミツ、シュガー、ミルクをダバダバと入れる。
「バカじゃねえの」
ぶっ!
バカってなんですか!
わたしはあなたの雇い主ですけど、雇い主なんですけど!
「わたしはいつもブラックだと言っといて、人参が喉元過ぎたら血糖値爆上げってよお、想像どおりで笑えねえよ」
「ブラックなんて飲めるわけないだろ! コーヒー牛乳でギリギリだ!」
「帝王であり百獣の王に食われている血糖値爆上げ爆食の子供舌お嬢様が平気な面して飲んでるソレは、コーヒー牛乳を超越したカフェイン入りのハチミツミルクだ。ここまでヒドいとよお、子供舌でなく糖分に卑しい貧乏舌だなあ」
「そんなこと言うなら、真の貧乏人であり本物の貧乏舌を持つ一条はブラックを飲めるのか!?」
ブラックなんて高校生には……。
「いい豆使っているな」
普通にブラックを飲みやがった。
「の、飲める、のか?」
「ただの貧乏人なら買えるけど、真の貧乏人は砂糖やミルクを買えねえからな。ハチミツなんて食った事ねえよ」
そのレベルなの!?
「ハチミツ、使う?」
「こんな美味いコーヒーはどんなに金を積んでも飲めねえぞ。そんなコーヒーにダバダバダバダバと……八王子、お前もかよ。どうなってんだお嬢様つうのはよお。金持ちで子供舌を超越した血糖値爆上げ貧乏舌って笑えねえぞ」
「ワタクシは紅茶派ですので」
「言い訳にしか聞こえねえよ。とりあえずアレだなあ、帝王であり百獣の王に食われている血糖値爆上げ爆食の子供舌を超越した貧乏舌のお嬢様よお、どんだけ設定を盛りたいかわかんねえけど、背伸びしても小せえんだから、あんま無理すんな」
百獣の王を兼業している、な!
百獣の王を兼業している、だからな!
ため息するな!
呆れながら見るな!
「ダンナなんて見た目から筋肉だし、八王子も見たままそのままドリル。俺は貧乏。ダンナも八王子も俺も見た目からブレてねえだろ」
「何が言いたいんだ?」
「帝王であり百獣の王に食われている血糖値爆上げ爆食の子供舌を超越した貧乏舌のお嬢様。こんだけの設定があると、疲れねえか?」
「?」
何が言いたいんだ?
よくわからないぞ?
疲れないし。
「その帝王であり以下省略なお嬢様の設定に新垣唯衣つう女の子の映像がないだろ。例えば、ダンナなら普段から筋肉を鍛えている風景が浮かぶ。八王子は普段からドリル。俺は貧乏丸出し。致命的なのはよお、お嬢様なりに帝王でありとか強調してるところ申し訳ねえけど、帝王はお嬢様ではなくお嬢様の父親だろ。あえてお嬢様の設定を言うなら、百獣の王に食われている血糖値爆上げ爆食の子供舌を超越した貧乏舌……ギャグにしかなってねえだろ?」
「一条さんは分析がお上手ですわね」
「次元が違う言葉で言うと、貧乏属性から生まれるスキル【観察眼】ってヤツか。その観察眼で、親が帝王であり以下省略のお嬢様を見ると、色物キャラにしか見えねえって事だ」
………………
…………
……
「マジか!」
空菱を見るが。
「……〜」
視線を逸らされる。
ドリルを見るが。
「結衣ちゃんも帝王ですわ」
コイツはダメだ。
一条を見る。
「自分を見失っているから、お嬢様は設定盛り沢山の色物キャラになってんだ。その証拠に、世界一の椅子みたいな乗り物が似合うのは、親が帝王であり変身する度に見た目と設定が変わるフリーザ様と親が帝王であり以下省略のお嬢様ぐらいだろ。誰にクリリンの事かあって言わせんだあ? 俺は絶対嫌だぞ」
「ワタクシが言いますわ」
「そこはダンナにやらせてやれよ」
「そうですわね」
わたしは……。
帝王であり百獣の王を兼業するお嬢様では……無い?
そんなはずは無い!
「わたしは帝王であり百獣の王を兼業しているお嬢様だ!」
「だから帝王は父親だろ。鏡を見てみろ、兼業どころか見事に百獣の王に食われてんだろお」
「それならわたしはなんだ、お嬢様か!?」
「お嬢様かって聞かれてもよお、境遇はお嬢様なんだからお嬢様って言うしかねえだろ。まぁ、なけなしのお嬢様設定も、親が帝王だからお嬢様なだけで、自分の力で作った設定じゃねえからなんともいえねえけどなあ」
…………。
わ、わたしは、精子提供者が帝王だからお嬢様なだけ……?
精子提供者が帝王であり生まれた境遇がお嬢様なわたし……、……なんだコレは!?
許容できんぞ!!
「親の七光りが無いと、以下省略できる程度の設定しかない色物枠の女って感じだな」
ガーン!
ガーーン!
ガーーーン!
ガーーーーン!
「な、な、なんて事だ!」
「ダンナの筋肉、八王子のドリル、俺の貧乏みたいに、何か1つ、新垣唯衣つう女の子を認識させられる設定を作ってみたらどうだあ?」
「わたしもドリルに……」
「も、ってなんだあ?」
ま、真似はいけませんよね。
もちろん、わかっていますよ。
「ドリルは縦ロールだから、わたしは横ロール」
「近くに八王子という正統派縦ロールがいるからよお、音楽家のバッハぐらい巻かねえとキャラが被ってるようにしか見られねえぞ」
色々な意味で被ってしまいますね。
それにしても、バッハさんなみにインパクトないとダメなのか……んっ!?
名案が浮かんだ!!
「世界初の試み! 細い三つ編みを頭全体に……」
「なにが世界初だあ。ブレイズだろ」
「全体に三つ編みだぞ! お下げ髪みたいなモサモサじゃない三つ編みだ。チリチリボサボサのhey-yoとは違う、細い三つ編みだぞ?」
「ブレイズですわ」
ドリルがわたしに向けてきたタブレット式の携帯情報端末の画面を見る。
「かっけえ! コレにする!」
「結衣ちゃんの髪の長さだと、全部の三つ編みが立ってしまいますわ」
「バッハさんみたいに被るから大丈夫だ」
「待て待て。巻きから編みに行ったのは悪くはねえけどよお、見事に迷走してんぞ。つかよお、前提を忘れるな」
前提?
「前提ってなんだ?」
「以下省略様は外見が小学生だろ。外見に設定を盛っても、以下省略様の場合は、ヤンキーやダンサーの親が子供に趣味を押し付けているようにしか見えねえよ」
とうとう以下省略様になりました。
「が、外見ですでにハンデが……」
「いやいや。幼女のドリル、ドレッド、ツイスト、ブレイズ、設定としてありありだ。以下省略様は15歳の今も幼女みたいなもんだし、端から見ればありだ」
「端から見れば?」
「髪型にインパクトある正統派縦ロールの八王子と以下省略様より小さいロリータひよこちゃんという強敵の前では、ポッと出のチビブレイズは色物にしか見えねえよ」
確かに!
わたしが髪型を変えても、幼女の時から縦ロールのドリルとは年季が違うし、年齢不詳のひよこちゃんに関したら、存在そのものが呪いレベルの幼女。
正統派恐るべし!
だが、元帝王であり百獣の王を兼業していたお嬢様なわたしが、ドリルやひよこちゃんに負けるわけにはいかない!
いや、最初から勝ち負けではない!!!!
「ふっふっふ。コレは大収穫だ。一条幸太郎! よくぞ元帝王であり百獣の王を兼業していた七光お嬢様なわたしに気づかしてくれた!」
「いや、以下省略様はたぶん気づいてねえよ」
「わたしは気づいたのだ。そして、わたしだから踏み込めるのだ! 一条、大義である! わたしは次の領域に踏み込む決心が付いたぞ!!」
「まったく気づいてねえな」




