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朝日

作者: Memo.

爽やかな朝の光が窓から差し込む。


その光を受けて、棚に並べていた小瓶がきらきらと眩く輝いた。


並べられた小瓶は、普通の水だけでなく 桃色、水色、緑色などの色とりどりの水が入っていて、ビーズや貝殻、星や月をかたどった小さな硝子などが中に沈んでいる。


それらは小さな宇宙に見える物や桜並木を連想させる物、森や海に見える物など、どれも幻想的で美しい物ばかりだった。


カラフルな小瓶の影が並び、お洒落なステンドグラスのようになっている机の上に、お気に入りのティーポットとティーカップを置く。


中の紅茶を注ぐと、ふわりと甘酸っぱいレモンの香りが部屋いっぱいに広がり、なんだかあたたかい、満たされたような気持ちになった。


注いだ紅茶を飲み、昨日焼いたクッキーを口に運ぶ。さくりと一口かじってみると、ほどよく香ばしい、優しい甘さがレモンティーにぴったりで、なかなかうまく焼けたなと心の中で密かに自画自賛。


優雅にモーニングティーを楽しみながら、今日はどんな新作を作ろうか、などとぼんやり考えていると、カランカランと可愛らしい音を立て 来客を知らせる鐘がなった。


扉を開けてこちらにゆったりと歩いてきた長身の人物は、おはようございます、と目を擦りながらカウンター越しの僕に挨拶をする。


おはよ、相変わらず早いんだね。と笑顔で返すと、彼は僕が手にしている紅茶とクッキーを見て、呆れたように顔をしかめた。


「また、朝からお菓子ですか。アフタヌーンティーにはまだ早いですよ。」


甘党もいい加減にしてください、と僕の手からクッキーを取り上げ、残りも棚に戻す。


「モーニングティーにお菓子を食べちゃいけないなんていう規則、僕は知らないよ…。」


それに頭を働かせるには糖分が一番なんだよ、と抗議をしてみるも、軽くあしらわれてしまった。


クッキーのお預けをくらってしまい少々口さみしい僕は、こっそりと ポケットに忍ばせていたチョコレートを一口食べ、新しいティーカップを取り出すと、学生服を着た彼…H君の分の紅茶も注いだ。


H君は星河高校の三年生で、演劇部の生徒である。

少し僕に厳しいところはあるけれど、面倒見が良く、人のことを考えて行動できる、根は真面目で優しい子である。


しかし、女の子が好きすぎるということが玉に瑕といったところか。


どこか普通の人とは見えている世界の違う不思議な子で、僕は彼のそんな性格に目をつけてこの店のバイトに誘ったのだった。


今年はもう就職するだけだったという彼は、社会勉強になるからということで快くバイトを引き受けてくれて、今に至る。


見立て通りよく働いてくれてお客さんからも慕われている姿を見ると、本気でこの店を継いでくれないかとも考えてしまうのだった。


もし彼がOKしてくれるなら お願いしたいのになぁ、という淡い期待。

きっと彼はこんなおかしな店を継いでくれることなんてないのだろう。僕はレモンの爽やかな香りで胸の奥の何かをかき消そうとするように、再び紅茶を口に含む。


「ところで、店長。」


ぼんやりと物思いにふけっていると、H君が角砂糖をひとつポトン、と入れて紅茶をかき混ぜながら、僕に声をかけてきた。


「このあいだの新作、結局どうなったんですか?」


一瞬、新作ってなんのことだったっけなぁ、と考えてしまったが、あぁ、とすぐに思い出す。


「あげちゃったよ。ほら、書店の彼に。」


そよそよと心地の良い風が窓から入り込み、僕の髪と窓辺に飾ってあった小さな植物の葉を、穏やかに揺らす。


H君が聞いてきたのは、きっとあの夜空をモチーフにして作った小瓶のことだろう。

先日の星空があまりにも綺麗だったので、試作品としてひとつ、作ってみたのだった。


そして、丁度そのとき訪ねてきていた、昔から仲の良かった友達…今は書店の店長をしている彼に上げてしまったのだ。


H君は折角綺麗だったのにもったいないですね、と呟いたが、すぐに何か気付いたような顔をして、あぁ、なるほどと僕の方を見る。


「なら今頃は、あいつの手に渡っているかもしれませんね。」


「あいつって?」


さぁ、誰でしょうね。H君は勿体ぶって僕には教えてくれなかったが、


「でもきっと、誰よりもあの瓶が必要だった子で、誰よりもあの瓶を大切にしてくれる、そんな子ですよ。」


と言って、くすりと笑う。


僕の作ったものを必要としてくれる人がいる、さらにはそんなに大切にしてくれる人がいるのだと思うと、胸の奥をくすぐられるような、とても嬉し恥ずかしい気持ちになった。


ティーカップを置き、それじゃあ学校に行ってきますね、とカバンを持って店を出て行った彼を見送り、開店の準備をする。


きらきらと店の中が輝いて見えるのは、朝日と瓶だけのせいではないだろう。


店の扉にたてかけてあった看板を「open」にかえ、ぐっと背伸びをする。


こうして、この店「水創楽」の、まだ見ぬお客さんを待つ僕のいつも通りの、それでいていつも以上に素敵な一日が幕を開けた。

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