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クソゲーがしてえ!  作者: 濱野乱
導かれし俺ら~取説編~
9/128

クソゲーにあっていいもの。なきゃいけないもの

 

ショッタリーン☆ 

ところ変わって森の中、羅刹のショータ君の無双が、はっじまるよー!

「キャラじゃないんだけどな……」

ショータはぶつぶつ言いながら、三人同時にかかってきた暴漢たちの攻撃を危うげなくかわす。斧が空を切り、剣先が枝にひっかかる。

手早く片づけ、アテナたちの後を追いたいところだが、敵の連携が崩せない。

鈴の音が鳴り響き、ショータの横髪を弓矢がかすめた。矢は巨木に刺さり、やがて弾性を失う。

敵の中に、優秀な狙撃手がいる。鈴のついた矢と、ついていない矢が、少しずれたタイミングで、別角度から飛んでくる。気配を絶ち、木々の間を移動しながら、ショータの隙を狙ってくる。矢尻には恐らく毒が塗られていることだろう。

ショータは常態スキル毒耐性を持っているが、一口に毒といっても千差万別だ。あまり食らいたい攻撃ではない。

本気を出せば、十秒以内に鎮圧できるが、暴漢とはいえ、相手はプレイヤーだ。ショータの中で殺しは御法度なのである。その手心が難しい。

まずは狙撃手を行動不能にしなければならない。大体の位置は矢が飛んでくる角度から掴んでいる。最短距離を頭の中で計算し終えた時、無惨な悲鳴が森中に轟いた。

敵も予想外だったようで、一端戦闘が中断された。

重たい何かを引きずるような音が、しだいに近づいてくる。

「ちーわっす、ゴミお届けにあがりましたぁ」

ぼろくずのようになった二人の男が無造作に地面に放られた。狙撃手だと思われる。虫の息だが、手足がわずかにけいれんしている。

男たちの髪を掴んで引きずってきたのは、アッシュブロンドをツインテールにした眼帯のエチカだった。黒のAラインワンピースに赤のハイカットスニーカーを履いている。

「エチカ・・・・・・、どうして」

ショータが戸惑う中、エチカは弾んだ足取りで隣に寄り添った。

「細かいことは、どーでもいいっしょ。それよりこいつら、殺っていい? いいよね?」

餌を前に興奮した猛獣のようなエチカの頭を、ショータが小突く。 

「殺しはダメだ。何度言えばわかる」


エチカは自分の親指を噛み、返事をしない。ショータはため息をつき、きつい口調に切り替える。


「一人でも殺したら、二度と君と口を聞かない。それでもいいんだね?」

「はあ? マジイミフ。こいつらゴミだし」

ショータの哀れむような視線に気づくと、エチカは口元をだらしなく開き、惚けたように笑った。

「えへえ・・・・・・、しょうがないにゃぁぁ♡♡♡」

隙だらけの子供二人に嘗められ、暴漢たちの怒りに火がついてしまう。

渾身の武器の乱舞。

しかし、歴戦の二人に感情的な攻撃は、逆に付け入る隙を与えることになる。

ショータは小柄な体を生かし、一足で暴漢の懐に入り込むと、その勢いを利用した肘打ちで、地に沈めた。

エチカは、ゆらゆらと不穏な動きで短槍をかわし、焦った相手に足払いをかけて転ばすと、頭部を蹴り飛ばし気絶させた。

残党は四名となったが、その四人は意気を完全に削がれ、武器を捨て投降した。

ショータたちは戦闘に難なく勝利したが、その時、敵の一人をうち漏らしたことに気づいたのは、しばらく後だったと、俺は聞かされることになる。


 3


月夜の下、俺とアテナは街道をゆっくりと歩いていた。落下の際、俺は足を捻ったらしく、アテナに肩を貸してもらっている。人気はなく、白い明かりが静かに道筋を照らしている。

「王都まで、あとちょっとだよ。ガンバろ、タロウ」

アテナはたびたび俺を励ましてくれる。顔を真っ赤にし、歯を食いしばる様は、珍しく献身的だ。

「もう・・・・・・、いいよ。アテナ」

俺はアテナから体を離し、地面に座り込んだ。

「何言ってるのよ、タロウ。早く逃げないと、せっかくショータ君が」

「元はといえば、お前が蒔いた種みたいじゃないか。俺は関係ない。さっさとどっか行っちまえ」

足手まといの俺を置いていけば、アテナが王都まで逃げられる確率は高まる。もし、追っ手が来ても、俺が足止めできるかもしれないとか・・・・・・、別に考えてないからな。

「もうっ、いいかげんにしてよ、タロウ! 今日はずっと不機嫌だし、どうしてそんなに子供なの?」

「お前が言うな! ショータと所かまわずイチャつきやがって、見苦しいんだよ!」

アテナの大声に当てられ、俺も感情を抑えきれなくなる。後悔しても遅いけど、溜め込んでいたものをはきだせて、少し楽になった。

「だって、ずっと会ってなかったんだもん。もしかしたら、ショータ君、死んじゃったかもって思ってたのよ。でも生きててくれた・・・・・・・喜んじゃいけないの?」

アテナの様子を恐る恐る伺うと、肩を落とし、ひどく取り乱している。余裕も何もあったものじゃない。

「わりぃ・・・・・・、言い過ぎた。お前らの方が長い時間過ごしてるんだもんな」

「ううん。多分、タロウの方がアテナとずっといるよ」

「そうなのか? 俺はてっきり、お前とあいつが蜜月を過ごしたんだとばかり・・・・・・」

「何それー? いやらし! タロウったらエッチなことばっかり考えてるのね。だったら、ぱふぱふ補助券あげるから、これで手を打ちましょ」

アテナが胸の谷間から例の紙を取り出す。俺が受け取らないと見るや、首を傾げた。

「一枚じゃ足りない? 二枚でも三枚でもいいから早く立ってよ、ほら」

俺は下を向いて拳を堅く握っていた。嗚呼、捨てなきゃよかった補助券。夢の祠を出た際、もういらないと思ってほとんど捨てちまった。確か数枚は残っていたはずだが、海水で駄目になっているだろう。まあどうせ俺が受け取る資格なんてないのだろうけど。

俺は息を大きく吸い込み、アテナを怒鳴りつける。

「いらねえよ! そんなもん。お前どうせ他の男にも配ってるんだろ? このクソビッチが!」

アテナは懸命に笑おうとしていたみたいだが、無理だった。涙の粒が呼吸するたび吐き出された。しだいにしゃくりあげるようになった。

俺は、こんな作用を期待したわけじゃない。こいつは俺を置いて、颯爽と逃げると思ってたんだ。

アテナは顔を押さえ、座り込んでしまった。

「タロウが・・・・・・、喜ぶと思ってしたのに、ひどいよ」

涙声で、己の不遇を訴えるアテナ。

俺は使いものにならなくなった足を引きずり、何とかこの場を立ち去ろうとがんばった。だってどうしたらいいのかわかんねえんだ。

こいつは悪い女なのだ。ショータもそう言っていたし、俺の気持ちも変わらない。

そう、初めから一つも変わっていない。

「いつまで泣いてんだ。立て」

俺は片足で立ち、アテナに手を差し出した。アテナはその手を一度はたいてから、弱々しく握った。

「俺はお前がどうなろうと知ったことじゃない。でも、ショータは良い奴だからな。あいつを困らせたくない。お前もそうだろ? 一人で逃げろ、アテナ」

「・・・・・・、もう知らない」

アテナは涙を拭い、よろよろと歩きだした。

俺はその背を黙って見送る。謝ってなんかやるものか。

しんがりを引き受けたにもかかわらず、アテナに気を取られ、俺の注意は散漫だった。足音に気づいた時には手遅れだった。

「がっ・・・・・・!?」 

突然、後頭部に鈍痛がしたと思うと、立っていられなくなり、たまらず膝を折って倒れた。

「ったく・・・・・・、手こずらせやがって、ガキどもが」

俺をサーベルの柄で殴りつけたのは、先ほどの暴漢の一人だった。ついに追いつかれてしまった。

俺は途切れそうになる意識のまま、右手でこいつの足首を掴もうとしたが、靴で手の甲を踏みつけられた。

アテナが振り返る。驚愕に目を見開き、引き返してきた。

「こっち来んな! バカっ・・・・・・」

俺は顎を蹴りあげられ悶絶する。意識が白む。容赦ねえな、クソ。こんな奴、ショータに比べたら雑魚なんだ。右手が使えれば・・・・・・。

「タロウに乱暴しないで! アテナが言うこと聞けばいいんでしょう?」

アテナの悲鳴にも似た懇願に、男が下卑た笑みを浮かべた。

「初めからそうしてくださいよ、神官どの。さあ、お顔をこちらへ」 

アテナの小さな顎を掴み、男はまじまじと観察している。泣きぬれた瞳、屈辱に打ち震える唇を堪能しているようだった。

「噂に違わぬ美しさですな。他国の姫君も貴女の美貌に嫉妬に狂っているそうですよ。それに加えて頭も切れる。好かれる要素がまるでありませんね、可哀想に」

アテナは地面に投げ出された。男が白い喉元にサーベルを突きつける。

「本当にお別れが名残惜しいのです。本当です。でも仕事ですから。恨むなら」

「全てを与えた神様を恨め?」

男はアテナから飛び退くのようにして、距離を取った。笑みは消え、冷や汗が頬を伝っていた。思考を読まれたと思ったのである。

アテナがおもむろに身を起こす。顔にかかった前髪をかきあげた。表情は消え、目だけが炯炯と光っている。

「そうねえ、アテナは、ありあまる富を持っているわ。でもぉ・・・・・・、一番肝心なものは与えてもらえなかったの」

アテナが華奢な足を振りあげただけで、男は怯んだようにさらに後退した。

「貴方は知ってる? アテナの持っていないもの。ここがこんなにも痛いの」

アテナは胸に手を置いている。

「何を・・・・・・、訳のわからないことを、ごちゃごちゃと!」

振りあげたサーベルが空しく空を切る。何度やっても同じことだった。まるで距離間が歪んでしまったようにアテナには届かない。

ひとしきり運動されられた後で、男が絶望しきったように腕を下ろした。こんなはずではなかった。アテナが戦闘能力を持たないNPCだと聞かされていたのである。

「刺客だっていうから身構えてたけど、この程度・・・・・・、つまんなーい☆」

余所を向いたアテナの不意をつき、男が襲いかかるが、サーベルは倍以上の力で弾き飛ばされ、地に杭打つ。

「ぐっ・・・・・・!?」

アテナは長い杖を振りかざしている。尖端に髑髏の装飾が施された禍々しい杖だった。

「貴方、とっても不味そう。吸い殺そうと思ったけどやーめた。アテナのペットの餌にしてあげるね」

アテナは軽蔑したように嘯くと、手元でウインドウを操作し始めた。

プレイヤー以外、スキルを使うことはできないはず。だが、アテナの淀みない動きを目の当たりしてその淡い期待は失われる。

「でーきた、完成だゾ☆」

アテナが杖をバトンのようにくるくると回した。

地面から、白い泥のような塊があふれ、男の視界を奪っていった。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


男が目を開けると、地面が白く柔らかくなっていることに気づいた。足が沈み込むが、抜けないほどでもない。指を恐る恐る触れさせてみると、べっとりと、白いものがついた。鼻先を近づけると・・・・・・、

「これは、クリームか」

肩すかしを食ったように男は、ため息を漏らす。周囲も同じように粘着質のクリームで通路が作られている。アテナが何らかのスキルで男を平原から別の場所に送ったのだ。 

足を取られそうになりながら、男は歩いた。甘ったるい香りに吐き気を催しつつ、必死の思いで脱出を試みる。

不気味なほど静まり返った通路を抜けると、開けた空間に出た。そこにもクリームが敷き詰められていたが、そこにあったものに男は目を奪われた。

スポンジケーキとクリームがうず高く積まれ、豪奢なゴシック調の城が建てられていた。尖塔の部分に苺が載っており、城壁の部分はチョコレートでできていた。バルコニーにアテナが立っている。純白のドレスに身を包み、男を見下ろしていた。

「どうして? なんて聞かないわ。よくあることだから。でも依頼人の名前は教えて」

「・・・・・・、早く殺せ」

アテナは男の表情を読もうとしたが、面倒になってやめた。どうせ結末は同じなのだ。

チョコレートの城門がゆっくり左右に開き、何かがまろびでた。

蠢くそれらを目にした瞬間、男は引きつった笑みを浮かべた。笑うしかなかった。搾取されるだけの結末、アテナという絶対的な存在の前に屈した瞬間だった。

「誰だろ・・・・・・、アテナを嫌う人。ヒロコ姫? Drカトー? ソロモン? それともリリスちゃんかなぁ?」

クリームにイチゴのソースがかかるように血飛沫が城下を彩る。

阿鼻叫喚の惨状を気にとめることなく、アテナは指を折り、自分の仇敵リストを数えたものの、両手の指で足りなくなりやめた。

 

 

俺が目を開けた時、アテナは俺の頭を膝に乗せ、月を見上げていた。

こいつの足って、並の枕より俺の頭にフィットするみたいだ。起きたってバレたら、すぐにでも喧嘩になりそうだから、俺は寝たふりを決めた。口の中も切っちゃって、喋るのも難しかったんだ。

アテナは暢気に歌を歌っている。民謡のような独特な節回しの曲だ。こいつがこうしているってことは、暴漢から逃げられたのだろうか。

俺がやっつけたってことはまずないだろうから、ショータが来てくれたのかもな。俺は安心してアテナの枕に顔を埋めた。

「いつまでそうしてるのかな、タロウ」

狸寝入りは無駄だった。女って時々えらい勘が鋭くなるよな。

「・・・・・・、無事でなにより」 

「え? 今なんて? タロウ」

俺は口の中に溜まった血を吐き出した。ジンジンする。

「逃げろって言っただろ? 何で戻ってきたんだ」

「わかんない」

嘘でも俺のためって言って欲しかったな。わがままかもしれんけど。

「あいつは、どこだ? あの襲ってきた・・・・・・」

アテナは目を丸くしてとぼける。そうやってると、俺の同級生より幼く頼りない。

「・・・・・・、さあ? 知らない。タロウが滅茶苦茶暴れたから、びっくりして逃げちゃったよ」

俺、そんなに働いたかな。納得いかなかったが、アテナが無傷なのでそう信じる他ない。

「ショータは?」

「まだ森みたい。結構人数いたからね」

ショータのことだから心配はいらないだろうが、早く安心させてやりたいな。アテナが無事だって。

アテナが水でぬらしたハンカチで、俺の顔を拭いてくれた。頼んでないのに気が引ける。

「タロウ、カッコよかったよ」

俺もアテナと同じだ。どうしてあんな行動を取ったのかなんてわからない。襲ってきた奴みたいに、アテナがNPCだからって、割り切ることもできなかった。

「でもショータの方がカッコいいんだろ?」

アテナは俺の鼻を指でつついた。

「野暮なこと訊かないの。ショータ君はショータ君。タロウにはタロウの良さがあるんだよ・・・・・・、タロウ、素敵」

耳元で魔法の羽箒を使われる。顔から火が出そうだった俺は、膝から脱出しようと躍起になる。

「あ! ダメよ、タロウじっとしてて」

「うるせ・・・・・・、お前の顔なんか」

アテナは俺の頭を抱え込み、マントでくるんでしまった。

「顔が? 何でしたっけ?」

勝ち誇ったようなアテナの声が、遠くに聞こえた。

「タロウ、特別だからね。ほら、ぱふぱふ・・・・・・」

俺が味わった桃源郷を、くどくど実況なんかできないね。

一つ言えるのは俺の頭はアテナによって、バカにされちまったってことだけだ。

散々だよ。これだからクソゲーって奴は。

 

 

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