クソゲーにあっていいもの。なきゃいけないもの
ショッタリーン☆
ところ変わって森の中、羅刹のショータ君の無双が、はっじまるよー!
「キャラじゃないんだけどな……」
ショータはぶつぶつ言いながら、三人同時にかかってきた暴漢たちの攻撃を危うげなくかわす。斧が空を切り、剣先が枝にひっかかる。
手早く片づけ、アテナたちの後を追いたいところだが、敵の連携が崩せない。
鈴の音が鳴り響き、ショータの横髪を弓矢がかすめた。矢は巨木に刺さり、やがて弾性を失う。
敵の中に、優秀な狙撃手がいる。鈴のついた矢と、ついていない矢が、少しずれたタイミングで、別角度から飛んでくる。気配を絶ち、木々の間を移動しながら、ショータの隙を狙ってくる。矢尻には恐らく毒が塗られていることだろう。
ショータは常態スキル毒耐性を持っているが、一口に毒といっても千差万別だ。あまり食らいたい攻撃ではない。
本気を出せば、十秒以内に鎮圧できるが、暴漢とはいえ、相手はプレイヤーだ。ショータの中で殺しは御法度なのである。その手心が難しい。
まずは狙撃手を行動不能にしなければならない。大体の位置は矢が飛んでくる角度から掴んでいる。最短距離を頭の中で計算し終えた時、無惨な悲鳴が森中に轟いた。
敵も予想外だったようで、一端戦闘が中断された。
重たい何かを引きずるような音が、しだいに近づいてくる。
「ちーわっす、ゴミお届けにあがりましたぁ」
ぼろくずのようになった二人の男が無造作に地面に放られた。狙撃手だと思われる。虫の息だが、手足がわずかにけいれんしている。
男たちの髪を掴んで引きずってきたのは、アッシュブロンドをツインテールにした眼帯のエチカだった。黒のAラインワンピースに赤のハイカットスニーカーを履いている。
「エチカ・・・・・・、どうして」
ショータが戸惑う中、エチカは弾んだ足取りで隣に寄り添った。
「細かいことは、どーでもいいっしょ。それよりこいつら、殺っていい? いいよね?」
餌を前に興奮した猛獣のようなエチカの頭を、ショータが小突く。
「殺しはダメだ。何度言えばわかる」
エチカは自分の親指を噛み、返事をしない。ショータはため息をつき、きつい口調に切り替える。
「一人でも殺したら、二度と君と口を聞かない。それでもいいんだね?」
「はあ? マジイミフ。こいつらゴミだし」
ショータの哀れむような視線に気づくと、エチカは口元をだらしなく開き、惚けたように笑った。
「えへえ・・・・・・、しょうがないにゃぁぁ♡♡♡」
隙だらけの子供二人に嘗められ、暴漢たちの怒りに火がついてしまう。
渾身の武器の乱舞。
しかし、歴戦の二人に感情的な攻撃は、逆に付け入る隙を与えることになる。
ショータは小柄な体を生かし、一足で暴漢の懐に入り込むと、その勢いを利用した肘打ちで、地に沈めた。
エチカは、ゆらゆらと不穏な動きで短槍をかわし、焦った相手に足払いをかけて転ばすと、頭部を蹴り飛ばし気絶させた。
残党は四名となったが、その四人は意気を完全に削がれ、武器を捨て投降した。
ショータたちは戦闘に難なく勝利したが、その時、敵の一人をうち漏らしたことに気づいたのは、しばらく後だったと、俺は聞かされることになる。
3
月夜の下、俺とアテナは街道をゆっくりと歩いていた。落下の際、俺は足を捻ったらしく、アテナに肩を貸してもらっている。人気はなく、白い明かりが静かに道筋を照らしている。
「王都まで、あとちょっとだよ。ガンバろ、タロウ」
アテナはたびたび俺を励ましてくれる。顔を真っ赤にし、歯を食いしばる様は、珍しく献身的だ。
「もう・・・・・・、いいよ。アテナ」
俺はアテナから体を離し、地面に座り込んだ。
「何言ってるのよ、タロウ。早く逃げないと、せっかくショータ君が」
「元はといえば、お前が蒔いた種みたいじゃないか。俺は関係ない。さっさとどっか行っちまえ」
足手まといの俺を置いていけば、アテナが王都まで逃げられる確率は高まる。もし、追っ手が来ても、俺が足止めできるかもしれないとか・・・・・・、別に考えてないからな。
「もうっ、いいかげんにしてよ、タロウ! 今日はずっと不機嫌だし、どうしてそんなに子供なの?」
「お前が言うな! ショータと所かまわずイチャつきやがって、見苦しいんだよ!」
アテナの大声に当てられ、俺も感情を抑えきれなくなる。後悔しても遅いけど、溜め込んでいたものをはきだせて、少し楽になった。
「だって、ずっと会ってなかったんだもん。もしかしたら、ショータ君、死んじゃったかもって思ってたのよ。でも生きててくれた・・・・・・・喜んじゃいけないの?」
アテナの様子を恐る恐る伺うと、肩を落とし、ひどく取り乱している。余裕も何もあったものじゃない。
「わりぃ・・・・・・、言い過ぎた。お前らの方が長い時間過ごしてるんだもんな」
「ううん。多分、タロウの方がアテナとずっといるよ」
「そうなのか? 俺はてっきり、お前とあいつが蜜月を過ごしたんだとばかり・・・・・・」
「何それー? いやらし! タロウったらエッチなことばっかり考えてるのね。だったら、ぱふぱふ補助券あげるから、これで手を打ちましょ」
アテナが胸の谷間から例の紙を取り出す。俺が受け取らないと見るや、首を傾げた。
「一枚じゃ足りない? 二枚でも三枚でもいいから早く立ってよ、ほら」
俺は下を向いて拳を堅く握っていた。嗚呼、捨てなきゃよかった補助券。夢の祠を出た際、もういらないと思ってほとんど捨てちまった。確か数枚は残っていたはずだが、海水で駄目になっているだろう。まあどうせ俺が受け取る資格なんてないのだろうけど。
俺は息を大きく吸い込み、アテナを怒鳴りつける。
「いらねえよ! そんなもん。お前どうせ他の男にも配ってるんだろ? このクソビッチが!」
アテナは懸命に笑おうとしていたみたいだが、無理だった。涙の粒が呼吸するたび吐き出された。しだいにしゃくりあげるようになった。
俺は、こんな作用を期待したわけじゃない。こいつは俺を置いて、颯爽と逃げると思ってたんだ。
アテナは顔を押さえ、座り込んでしまった。
「タロウが・・・・・・、喜ぶと思ってしたのに、ひどいよ」
涙声で、己の不遇を訴えるアテナ。
俺は使いものにならなくなった足を引きずり、何とかこの場を立ち去ろうとがんばった。だってどうしたらいいのかわかんねえんだ。
こいつは悪い女なのだ。ショータもそう言っていたし、俺の気持ちも変わらない。
そう、初めから一つも変わっていない。
「いつまで泣いてんだ。立て」
俺は片足で立ち、アテナに手を差し出した。アテナはその手を一度はたいてから、弱々しく握った。
「俺はお前がどうなろうと知ったことじゃない。でも、ショータは良い奴だからな。あいつを困らせたくない。お前もそうだろ? 一人で逃げろ、アテナ」
「・・・・・・、もう知らない」
アテナは涙を拭い、よろよろと歩きだした。
俺はその背を黙って見送る。謝ってなんかやるものか。
しんがりを引き受けたにもかかわらず、アテナに気を取られ、俺の注意は散漫だった。足音に気づいた時には手遅れだった。
「がっ・・・・・・!?」
突然、後頭部に鈍痛がしたと思うと、立っていられなくなり、たまらず膝を折って倒れた。
「ったく・・・・・・、手こずらせやがって、ガキどもが」
俺をサーベルの柄で殴りつけたのは、先ほどの暴漢の一人だった。ついに追いつかれてしまった。
俺は途切れそうになる意識のまま、右手でこいつの足首を掴もうとしたが、靴で手の甲を踏みつけられた。
アテナが振り返る。驚愕に目を見開き、引き返してきた。
「こっち来んな! バカっ・・・・・・」
俺は顎を蹴りあげられ悶絶する。意識が白む。容赦ねえな、クソ。こんな奴、ショータに比べたら雑魚なんだ。右手が使えれば・・・・・・。
「タロウに乱暴しないで! アテナが言うこと聞けばいいんでしょう?」
アテナの悲鳴にも似た懇願に、男が下卑た笑みを浮かべた。
「初めからそうしてくださいよ、神官どの。さあ、お顔をこちらへ」
アテナの小さな顎を掴み、男はまじまじと観察している。泣きぬれた瞳、屈辱に打ち震える唇を堪能しているようだった。
「噂に違わぬ美しさですな。他国の姫君も貴女の美貌に嫉妬に狂っているそうですよ。それに加えて頭も切れる。好かれる要素がまるでありませんね、可哀想に」
アテナは地面に投げ出された。男が白い喉元にサーベルを突きつける。
「本当にお別れが名残惜しいのです。本当です。でも仕事ですから。恨むなら」
「全てを与えた神様を恨め?」
男はアテナから飛び退くのようにして、距離を取った。笑みは消え、冷や汗が頬を伝っていた。思考を読まれたと思ったのである。
アテナがおもむろに身を起こす。顔にかかった前髪をかきあげた。表情は消え、目だけが炯炯と光っている。
「そうねえ、アテナは、ありあまる富を持っているわ。でもぉ・・・・・・、一番肝心なものは与えてもらえなかったの」
アテナが華奢な足を振りあげただけで、男は怯んだようにさらに後退した。
「貴方は知ってる? アテナの持っていないもの。ここがこんなにも痛いの」
アテナは胸に手を置いている。
「何を・・・・・・、訳のわからないことを、ごちゃごちゃと!」
振りあげたサーベルが空しく空を切る。何度やっても同じことだった。まるで距離間が歪んでしまったようにアテナには届かない。
ひとしきり運動されられた後で、男が絶望しきったように腕を下ろした。こんなはずではなかった。アテナが戦闘能力を持たないNPCだと聞かされていたのである。
「刺客だっていうから身構えてたけど、この程度・・・・・・、つまんなーい☆」
余所を向いたアテナの不意をつき、男が襲いかかるが、サーベルは倍以上の力で弾き飛ばされ、地に杭打つ。
「ぐっ・・・・・・!?」
アテナは長い杖を振りかざしている。尖端に髑髏の装飾が施された禍々しい杖だった。
「貴方、とっても不味そう。吸い殺そうと思ったけどやーめた。アテナのペットの餌にしてあげるね」
アテナは軽蔑したように嘯くと、手元でウインドウを操作し始めた。
プレイヤー以外、スキルを使うことはできないはず。だが、アテナの淀みない動きを目の当たりしてその淡い期待は失われる。
「でーきた、完成だゾ☆」
アテナが杖をバトンのようにくるくると回した。
地面から、白い泥のような塊があふれ、男の視界を奪っていった。
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男が目を開けると、地面が白く柔らかくなっていることに気づいた。足が沈み込むが、抜けないほどでもない。指を恐る恐る触れさせてみると、べっとりと、白いものがついた。鼻先を近づけると・・・・・・、
「これは、クリームか」
肩すかしを食ったように男は、ため息を漏らす。周囲も同じように粘着質のクリームで通路が作られている。アテナが何らかのスキルで男を平原から別の場所に送ったのだ。
足を取られそうになりながら、男は歩いた。甘ったるい香りに吐き気を催しつつ、必死の思いで脱出を試みる。
不気味なほど静まり返った通路を抜けると、開けた空間に出た。そこにもクリームが敷き詰められていたが、そこにあったものに男は目を奪われた。
スポンジケーキとクリームがうず高く積まれ、豪奢なゴシック調の城が建てられていた。尖塔の部分に苺が載っており、城壁の部分はチョコレートでできていた。バルコニーにアテナが立っている。純白のドレスに身を包み、男を見下ろしていた。
「どうして? なんて聞かないわ。よくあることだから。でも依頼人の名前は教えて」
「・・・・・・、早く殺せ」
アテナは男の表情を読もうとしたが、面倒になってやめた。どうせ結末は同じなのだ。
チョコレートの城門がゆっくり左右に開き、何かがまろびでた。
蠢くそれらを目にした瞬間、男は引きつった笑みを浮かべた。笑うしかなかった。搾取されるだけの結末、アテナという絶対的な存在の前に屈した瞬間だった。
「誰だろ・・・・・・、アテナを嫌う人。ヒロコ姫? Drカトー? ソロモン? それともリリスちゃんかなぁ?」
クリームにイチゴのソースがかかるように血飛沫が城下を彩る。
阿鼻叫喚の惨状を気にとめることなく、アテナは指を折り、自分の仇敵リストを数えたものの、両手の指で足りなくなりやめた。
俺が目を開けた時、アテナは俺の頭を膝に乗せ、月を見上げていた。
こいつの足って、並の枕より俺の頭にフィットするみたいだ。起きたってバレたら、すぐにでも喧嘩になりそうだから、俺は寝たふりを決めた。口の中も切っちゃって、喋るのも難しかったんだ。
アテナは暢気に歌を歌っている。民謡のような独特な節回しの曲だ。こいつがこうしているってことは、暴漢から逃げられたのだろうか。
俺がやっつけたってことはまずないだろうから、ショータが来てくれたのかもな。俺は安心してアテナの枕に顔を埋めた。
「いつまでそうしてるのかな、タロウ」
狸寝入りは無駄だった。女って時々えらい勘が鋭くなるよな。
「・・・・・・、無事でなにより」
「え? 今なんて? タロウ」
俺は口の中に溜まった血を吐き出した。ジンジンする。
「逃げろって言っただろ? 何で戻ってきたんだ」
「わかんない」
嘘でも俺のためって言って欲しかったな。わがままかもしれんけど。
「あいつは、どこだ? あの襲ってきた・・・・・・」
アテナは目を丸くしてとぼける。そうやってると、俺の同級生より幼く頼りない。
「・・・・・・、さあ? 知らない。タロウが滅茶苦茶暴れたから、びっくりして逃げちゃったよ」
俺、そんなに働いたかな。納得いかなかったが、アテナが無傷なのでそう信じる他ない。
「ショータは?」
「まだ森みたい。結構人数いたからね」
ショータのことだから心配はいらないだろうが、早く安心させてやりたいな。アテナが無事だって。
アテナが水でぬらしたハンカチで、俺の顔を拭いてくれた。頼んでないのに気が引ける。
「タロウ、カッコよかったよ」
俺もアテナと同じだ。どうしてあんな行動を取ったのかなんてわからない。襲ってきた奴みたいに、アテナがNPCだからって、割り切ることもできなかった。
「でもショータの方がカッコいいんだろ?」
アテナは俺の鼻を指でつついた。
「野暮なこと訊かないの。ショータ君はショータ君。タロウにはタロウの良さがあるんだよ・・・・・・、タロウ、素敵」
耳元で魔法の羽箒を使われる。顔から火が出そうだった俺は、膝から脱出しようと躍起になる。
「あ! ダメよ、タロウじっとしてて」
「うるせ・・・・・・、お前の顔なんか」
アテナは俺の頭を抱え込み、マントでくるんでしまった。
「顔が? 何でしたっけ?」
勝ち誇ったようなアテナの声が、遠くに聞こえた。
「タロウ、特別だからね。ほら、ぱふぱふ・・・・・・」
俺が味わった桃源郷を、くどくど実況なんかできないね。
一つ言えるのは俺の頭はアテナによって、バカにされちまったってことだけだ。
散々だよ。これだからクソゲーって奴は。