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クソゲーがしてえ!  作者: 濱野乱
導かれし俺ら~取説編~
8/128

所詮、クソゲー

「ほら見てください、タロウさん。くぱぁ・・・・・・」

草茂る平原で、俺はショータの戦闘講義を受けていた。王都に向かう道すがら、お願いしたのである。

本来、講義を請け負う義務のある神官様は、離れた場所で化粧直しをしている。

ショータが、スライムを捕まえて指を入れていた。ジッパーを無理矢理押し広げるように、ゼラチン質を引きちぎろうとしている。

俺があんなに恐れていたスライムを、ショータがたやすく玩具にできるのには、理由がある。

VAFでは素早さの高い方が先手を打つことができる。見た目通り、スライムはあまり機敏ではなかった。

ショータの職業、羅刹は素早さの成長著しいらしく、かなり優位なのだ。それに加え、自分の番に、二回行動できるという便利なスキルまで持っている。

「でも結構厳しいですよ、一回目の行動で敵の動きを読まないといけませんから。うまくいかなくて逃げることも結構あります」

ショータが言うには、先手で敵を始末できる可能性は少ないらしい。羅刹は防御力が低く、すぐに瀕死に陥る恐れもある。

「エンチャントも無料じゃないですし、効率よく戦闘を組み立てるのに苦労します」

スライムの側でウインドウが明滅している。

 

 [解決しますか?]

 

ショータが許さない限り、スライムは延々と体を引き延ばされ続ける。死ぬことなく。つまり、これと逆の事態も起こりうるということなのだ。俺の肌は泡立った。

「ねー、終わった?」

俺の肩ごしに進捗を訊ねたのは、今を時めく美しすぎるビッチ神官、アテナである。

化粧を直したらしいが、ナチュラルメイクなのか、すっぴんなのか俺の目では判別できない。白磁のような肌に毛穴一つなく、夜通し歩いたにもかかわらず、隈も見あたらない。

ショータに媚態を含んだ目配せをして、俺に対する当て付けのようにも思える。

「アテナさん、もう少しですみますから、待っててもらえますか?」

「はーい。終わったら呼んでー」

アテナは蝶のような身軽な動きで、俺の側を離れた。

俺は、こいつと絶対口を利かないって、決めてるんだ。

気を取り直して、ショータに向き合う。

「タロウさん、何かわからないことはありますか?」

ショータにこれまで聞いたことを頭の中で整理する。

VAFの戦闘で素早さが最大の武器。その点、俺の職業、盗賊は恵まれている。

敵もエンチャントを使ってくるため、それをかわす読みも重要。

行動を解決するまで待機時間が与えられるが、最大一分であること。

逃げることは恥ではない。確実に勝てる戦闘以外、してはいけないこと。

「死んだら、終わりなんだよな」

VAFが正常だった頃、プレイヤーが死んでも夢の祠に戻ることができた。しかし、今は違う。消えてしまったアバターを復活させる方法はないらしい。消えた者たちの消息も不明だ。

「ショータ、不思議なんだけどさ」

「はい」

「VAFってただのPCゲームだったよな。なんでこんなことに・・・・・・」

VAFは仮装空間に複数のプレイヤーを送り込む、いわゆるVRMMOではなかった。脳に電気信号を送り込んで誤魔化してるっていうなら話が簡単だが、俺たちが暮らしていた2020年、技術はそこまで発達していなかったのである。ドット絵と、美麗なアテナのスチルしか能がないクソゲーというのは周知の事実だ。

ショータも明確な答えを持っていなかった。ただ、カトーと違って、彼も俺と同じように現実に戻りたいようだった。

「幸い、クリア方法は確立しています」

VAFの最終目標は、72カ所ある城を攻略することだ。ショータは既に70カ所を攻略しているという。王手をかけている状況なのだ。

「お前、本当すごいよ。VAFって一応、全世界で行われているわけだろ」

そんな無双を誇る彼ですら、71カ所目で失敗したのだ。

城を守っていた魔神ガープは、それだけ強大な敵だった。ショータは極北から命辛々逃げ延び、捕鯨船に拾われ、港に戻ってきたのである。

「俺にできることは何にもねえな。はは・・・・・・」

「そんなことありませんよ」

俺の自虐的な笑い方を咎めるように、ショータは真顔を向けてきた。

「タロウさんが生きて現実に帰ること。それが一番大事です。今はそれすら難しいということを肝に命じてください」

注意されちまった。ますます情けねえ。でもこんな状況で、他人を思いやれるこいつには叶わねえって思ったね。俺にもう少し力があったら、こいつの隣で戦いたいよ。誇張は抜きでさ。

「王都につくまでに基本のノウハウは教えますから。覚悟してくださいね」

「うん、よろしく頼むわ」

俺は年下のショータに自然と頭を下げていた。教えを請うのに年齢とか関係ない。

アテナが口を押さえて、暢気にあくびをしている。どういう思考回路をしてるんだろうな、こいつは。

俺はショータに顔を寄せる。

「なあ、ショータ、確認しておきたいんだが、アテナはNPCなのか?」

NPCとは、Non player characterの略だ。普通は決められたルーチンに従って動く。

アテナは神官という役職についているが、ゲームのことは知らぬ存ぜぬを通しているらしい。タブレットをくれるくせに。ゲームだからと言ってしまえばそれだけだが、これだけリアルに作られていると、アテナが本当に生きているんじゃないかと錯覚してしまうのだ。

「僕は、アテナさんをNPCだと思ったことはありませんよ」

「いやでもそれって、アニメキャラに恋するようなものなんじゃないか」

「いけないですか?」

ダメだこいつ。早くなんとかしないと。だが、俺にも痛いほどその気持ちが理解できた。

「ねーえ、まだ?」

アテナがじれたように、俺たちの間に割って入った。香しい髪の匂いに意識を奪われそうになる。これが現実だったらどんなにいいだろうな。

「アテナ、のど乾いたなー。ショータ君、お水ある?」

プレイヤーはFG(Frontier Gear)という腕時計型タブレットを装着する義務を負う。ショータも例外ではない。FGは物質を電子化して収納することが可能だ。おかげで冒険者は手ぶらで歩くことができる。

ショータが、水の入ったペットボトルを物質化し、アテナに手渡した。

笑顔で受け取り、遠慮なく口をつけるアテナ。白い喉が蠢くだけで、俺は目を離すことができなくなった。

「・・・・・・ん? どうしたの、タロウ。お水飲みたいの? いいよ」

俺の視線に気づいたアテナが、飲みかけの水を差し出す。見なかったことにして、ショータの講義に戻る。

「一番大事なことなのですが、VAFは通常のゲームとは違い、体力を回復する施設や、アイテムがありません」

他の方法があると言いたげだ。ショータは俺がそれを答えることを期待している。

「・・・・・・、スキルで回復するんだな!」

「その通りです。今からそれをお見せします・・・・・・、目を背けないないでくださいね」

気になることを言って、ショータがスライムに向き直る。

スライムは、ショータのスキル、『影踏み』で身動きが取れなくされている。文字通り、影を踏んだ相手の動きを縛るスキルだ。

ショータの言葉の意味を、俺はすぐに実感することになる。

ショータはスライムを饅頭のように小さくちぎり、口に運んでいく。

ショータがしてみせたのは、生の営み。補食だった。

スライムは激痛にのたうつように波打ったのは、俺の気のせいじゃないだろう。それでも俺は目を離しちゃいけないように思った。それが物事に対する責任だとショータと、スライムは教えようとしてくれているのだ。

食べ終わったショータが、ハンカチで口元を拭う。

「脅かすわけじゃありませんが、生きるためにここまでする場合もあるということです。でもタロウさんはマネしちゃいけませんよ」

ショータが人差し指で×マークを作る。アテナもそれをマネしていた。

俺は、すっかり自信を失いかけた。ショータは、何千、いや、何万という修羅場を潜ってきたのだろう。カトーや、もしかしたら、俺を港で投げ飛ばした少女も。

俺は彼らのようになれるだろうか。そんなことを自問してる時点で、もう結果は見えているのかもしれない。

「タロウー、大丈夫? 顔色悪いよ」

アテナが、俺と鼻がくっつくくらいに顔を寄せてきた。

「・・・・・・、もういいよ。だいたいわかった。王都に向かおうぜ」

アテナを押しやり、俺が先頭に立って歩きだした。が、すぐに二人に追い抜かれてしまう。

俺は、何しにここに来たんだろう。

途中、昼休憩をはさみながら、ウナギロードを辿り、王都へ向かった。舗装されている道をシルバーの軽トラックが排気を立てて走り抜ける。埃と煤煙でむせる俺。

「著しく世界観を壊す描写だな。何で車走ってんだよ。しかもガソリン車か!」

ショータに歩きながら聞いたところによると、プレイヤーの誰かが、近代技術をこの世界に流出させたらしい。冶金技術が確立し、職工も現れてきている。石油も掘れるし、レアメタルもわずかに見つかっている。

急激な技術革新により、この世界はよちよち歩きから、急速に進歩しつつある。それらの技術は、魔導と呼ばれ、最近王都にも研究所が造られた。今のところ、政府が技術を独占しているらしいが、民間に届くのも時間の問題だろうという話だった。

「おかしいのはタロウでしょ? トラックくらい普通だよ。市場に輸入品を運ぶの」

したり顏の神官様が仰るなら仕方ない。俺がこれから向かう先に、中世ヨーロッパ風の世界がないのが少し残念である。

「あと少しです。がんばりましょう」

日が暮れる前に、王都にほど近い峡谷にたどり着いた。ここを抜ければ王都の城郭が見えてくるらしい。

峡谷の入り口に、一際目立つ人影が立ちふさがっていた。

「あいや! しばらくぅぅぅ!」 

顔に白いドーランを塗り、赤い隈取りをした大男が見得を切った。俺の身長の倍はあるだろう。筋骨隆々とし、黒い着物に緋牡丹の柄の羽織を肩に掛けている。まるで浮世絵の歌舞伎役者が抜け出たような魁偉な出で立ちだ。

俺たちは立ち止まった。その男の威容に、立ち止まらざるを得なかったのである。

「何かご用でしょうか?」

呆気にとられる俺を余所に、ショータは落ち着き払っている。

大男が差し歯のように整った白い歯を見せ、くわっと笑う。

「拙者、ここで番をしているでござる。この先、落石の危険があるゆえ、通行まかりならぬ。・・・・・・、引き返されよォォォ!」

いちいち目を見開き、見得を切る。

ただの交通案内にしては仰々しすぎる。この歌舞伎者もプレイヤーらしい。太い手首にFGを装着しているのが確認できた。

「そうですか。ご苦労様です」

ショータは、さらりと歌舞伎役者にお礼を言って元来た道を引き返す。俺とアテナもそれに倣った。

「おい、ショータ、いいのかよ」

「ええ、少し遠回りですが、森を通りましょう。アテナさんも、野宿は嫌ですよね?」

アテナは、こくんと頷いた。ショータは、アテナのことを優先して考えている。アテナも王都での仕事があるらしく、いつまでも俺たちに同行するわけにはいかない。当然だが、俺のことはついでだ。

丘を下りた先にある森は、ウナギロードから外れているため、魔物よけの光もない危険な場所だった。

鬱蒼とした森は、日暮れ近くということも相まって濃い障気を放っていた。薄気味悪い鳥の鳴き声が聞かれた。

だが、単に危険な場所という括りにするには惜しい場所ではあるようだ。森に生えているキノコを売れば、お小遣いが稼げるという豆知識を教わった。

湿気の多い道なき道を、歩かなければならない。ぬかるみに長靴がはまる俺。

ショータは、アテナをお姫様抱っこして楽々通過した。

森の出口までは思ったよりかからなかった。魔物はショータが撃退してくれる。俺の出番はない。

細くなった道の先に、ランタンの明かりが仄かに浮かび上がる。数人の男たちが、たむろしていた。ここも通行止めってオチじゃないだろうな。

「お待ちしておりましたよ、神官どの」

一人のやせこけた中年男が口を開いた。アテナの知り合いか。シャツにベストと綿パンツ、町人風の軽装だ。他の奴らも似たような格好をしている。

「あらぁ。お迎え? ご苦労様」

男は、アテナをなめるように眺めた。ねっとりとした視線はあきらかに気分を害するものだった。

「ええ、地獄からのお迎えです」

男たちはめいめい、その手に剣やら、斧やらを携えている。ショータと俺はアテナを守るように隊形を整えた。

「神官どの、貴女ずいぶん恨まれてますな。王都に戻ってきて欲しくないと思っている者が、ずいぶんいるんですよ」

男が、サーベルのような武器を無造作に振り回しながら言った。

「アテナさん、また何かやったんですか?」

ショータが小声で訊ねると、アテナは顎に手を添え考える。

「うーん・・・・・・、そういえばこの間買ったバッグの支払い、まだだったかも」

ため息をつくショータ。

木々の陰から、さらに複数の足音が聞かれた。元来た道からも殺気だった男たちがやってくるぞ。一体何人いるんだ。

「タロウさん、緊急事態です」

「見りゃわかるよ、ショータ。どうするんだ」

「アテナさんを置いて逃げます」

「は?」

「・・・・・・、というのは半分冗談ですが、まずいですね。数が多すぎます」

そして俺というお荷物がいる。

この連中、皆FGをつけている。ということはプレイヤーのはずである。どうしてアテナを狙うのだろう。

「お金、そんなに欲しいですか?」

ショータが汚れを知らない子供のように訊ねると、群衆がどよめく。しかし、その中の一人が感情的に唾を飛ばす。

「悪いか? 俺たちは被害者だ。俺たちが奪われた時間や居場所を、この世界から収奪するだけさ。リラクマは現実に帰還しても使えるからな。所詮ゲームのNPCだ。倫理的にも問題ない」

そうだそうだと、口々に声が上がる。一端迷いかけた奴も武器を握りしめた。

アテナは口をあんぐり開けて、話の成り行きを見守っている。こいつにしたら、俺たちプレイヤーの事情なんて知らないんだ。所詮、AIに都合の悪い情報は適応されない。

「話はわかりました。ですが、僕はアテナさんを貴方たちに渡すつもりは毛頭ありません。結論はそれだけです。納得いかないなら、僕がお相手します」

ショータが言い終わるが早いか、暴漢の一人が角材のようなものを振りかぶってきた。低レベルプレイヤーの不意打ちなど、ショータには予想済みだったみたいだ。角材を片手でいなすと、暴漢の股間を容赦なく蹴りあげた。暴漢は泡を吹いて吹き飛び、海老ぞりしたまま動かなくなった。

「・・・・・・・、っ!?」

反射的に、俺は股間を押さえた。その場に居合わせた奴らも残らず同じポーズをしていた。

アテナだけが嗜虐的な笑みを隠そうと、手で口を覆い、身をよじっていた。

「シ、ショータ・・・・・・、ちょっとやりすぎじゃないか」

俺が恐る恐る言うと、ショータは天使のような微笑みを浮かべた。

「大丈夫ですよ、所詮ゲームなんですから」

再びどよめく群衆。やはり烏合の衆だ。ショータの強さに加え、上辺だけの大義で纏まりが取れるわけがない。足音を立てずに、その場を離れる軟弱者が三人くらいいた。

「怯むな!」

下がりきった志気を持ちこたえさせようと、男ががなる。始めにアテナを呼び止めたやせこけた男だ。一応リーダー格なのかもしれない。

「報酬は、50万リラクマだぞ! 多勢に無勢だ。囲めばどうということはない。それに”あの約束”を忘れたか!」

金に目がくらんだのか連中が勇をこして、俺たちの包囲を狭めてきた。槍や、斧などリーチを持った武器が迫ってくる。もう戦いは避けられない。

「タロウさん! アテナさん! 失礼します!」

ショータは何を思ったか俺とアテナの首根っこを掴み、木々の彼方に放り投げた。

「うっそおおおおおおおおおおお!?」

俺は、女子のような悲鳴を上げて空を舞った。投げ出されたのは森の外だ。当然、着地などできるわけがなく、転がり転がり、死ななかったのが奇跡のようだった。激痛でしばらく息するのも忘れたくらいだ。

「う・・・・・・、アテナ、大丈夫か?」

俺の心配をよそに、アテナはピンシャンして、立っている。納得がいかねえ。

「もー、しょうがないんだから。ほら、立って、タロウ。逃げるよ」

アテナに立たせてもらい、服の汚れをはたいてもらう。

ああ、クソ。所詮、クソゲーのくせに。


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